第1章 第6節:「六文銭」
「私は目立たないように一般の人の紛れて頂上まで来ました。そして人通りが途絶えたのを見計らって、この廃道になった登山道に入り、死ぬのに相応しい場所を選んだのです。もう二度と戻ることはないと覚悟していたので、ここで喪服に着替えた後、誰にも見つからないように持ち物を全部を谷に捨ててしまいました。そして、ここで静かにその時を待っていたのです」
女は静かに続けた。
「あなたが来てくれたのは、宿命なのだと悟りました。一日でもずれていれば凍死していたでしょう。私は運命に従ってもう一度だけやり直して見ます」
私は、再び言うべき言葉を失ってしまった。
ややあって、女は意外なことを切り出した。
「申し訳ありませんが、どこか途中まで送っていただけませんか」
失ってしまった言葉の代わり、女の膝からゆっくりと頭を起こすことで、同意したことを示した。
「どこまでですか」
力なく立ち上がってから、私はやっと一言呟いた。
しかし、この女の余りの異常さに、語尾が震えるのをどうしても隠すことができなかった。
「私は、先ほど言ったように持ち物を全て捨ててしまったのです。あるのはこれだけなのです」
と言って、お守り袋から五円玉を六つ取り出して見せたのだった。
怪訝そうに五円玉を見つめる私に、
「これは三途の川の渡し賃の六文銭なんです」と、消え入りそうな声で教えてくれた。
再び戦慄が私の背中を走り抜け、また身体が震え出すのを抑えることができなかった。




