第2章 第19節:「不幸にしない愛」
環は、私をやさしく起こし自分の方にむき直させた。
「愛には、“幸せにする愛”と“不幸にしない愛”があるのです。
“幸せにする愛”とは、世間から認知され、愛する人への積極的な行動が許される愛なのです。
一方、世間から認知されない愛は、もがけばもがくほど愛する人を傷つけてしまうのです。世間には自らを護るために、そのような仕組みがしっかりと築かれているのです。
“不幸にしない愛”とは、愛する人のために何もしてはいけない愛なのです。
ですから、聡さんが世間の怖さを認めるのであれば、私を生贄にしないために、ただ見守ることしかしてはいけないのです」
「あなたと、いつも一緒にいられないのですか」
私は、胸が張り裂ける想いだった。
「どうして一緒にいなければ幸せではないのですか」
「死ぬことさえ委ねられるのは、あなたしかいないのです。私は、いつでも環さんの安らぎに浸っていたいのです」
懇願する私に、環は子供をなだめるように言った。
「安らぎは、あなたの心が落ち込んでいるからこそ得られるのです。
それは、その落差に比例して大きく感じるのです。
ですから、いつも身近にある安らぎは、いずれ安らぎではなくなってしまうのです。
私は、この幸せがいつかは幸せでなくなることが怖いのです。
聡さんは、甘美な欲望に目を向けようとせずに、人類の進むべき方向を確かめようとしています。
あなたが、欲望に満ちた世間から自力で這い出し、安らぎの世界に“鬼”として生まれ変わった時、初めて私と聡さんが結ばれる時なのです」
環の眼には、やさしさと同時に厳しさが込められていた。
「子どもたちの未来を喰い尽し、自分たちの刹那の欲望を満たすことしか考えていない世間なのです。聡さんも勇気を持って世間から解脱するのです」
環は冷厳な態度で私を戒めたのだった。