第1章 第2節:「生首」
荒れ放題の樹林帯を抜けると、背丈ほどに伸びた草が行く手を遮ったが、道の痕跡を辛うじて捜し当てながら山頂へと向かった。
やがてハイマツ交じりの岩場となり、数カ所、土砂崩れで道が塞がれた場所があったが、私は服など汚れるにまかせて、土砂の山を乗り越えてなおも進み続けた。
この頃から次第に雲が厚さを増し、それにしたがって岩陰もその暗さを増していった。
山の端と空が溶け合い、所々に開いた雲切れ目から細い光の柱が異様に輝いていた。
もう間もなく、雨が落ちてくるかも知れない。
それは、それでいいだろうと思いながら、躁状態の私はひたすら頂上を目指した。
ほとんど夜と見まがう暗さの中、北面の切り立った岩を回り込んだ時、いきなり目の前の暗がりに、若い女の白い生首が浮かび上がったのだ。
一瞬にして恐怖で凍りついた私を、その生首は平然と見つめ返し、空中で嬉しそうに微笑んでいるのだった。
発狂寸前になりながらも、女の身なりが黒尽くめであり、そのために身体が暗がりに溶け込んで見えないことに気づき、凍りついた身体がようやく融け出しそうになった。
しかし、この時雲の切れ目から差し込んだ陽光に、女の姿がおぼろげに見えた時、私は以前にも増して凍りついてしまった。
靴こそローヒールではあったが、足先から帽子に至るまで黒尽くめの、山にはおよそ不釣合いな喪服姿で微笑んでいたからだった。
「何してるの!」
ようやく息がつけるようになって、私は、かろうじてこれだけを悲鳴のように絞り出すことができた。
「何もしていません。ただ、こうしてずっとあなたを待っていたのです」と、その女は低い声で静かに答えた。