第1章「出会い」 第1節「廃道」
今はもう獣道同然になった、かつての登山道とおぼしい藪の切れ目に私は身体を押し込んだ。
ここまでの崖を削った林道は、数年前の台風から既に廃道となっていた。
数年も放置された林道は、四駆でさえ思うに任せず、車もろとも谷底に転落しても何の不思議もなかった。
しかし、そのような状況に置かれてもなお、私は心の底から湧き上がって来る異常なまでの興奮を抑えることができなかったのだ。
これ以上車で進むことができなくなった所で車を乗り捨て、携帯GPSを駆使して、やっと荒れた藪の中に以前の登山口の形跡を見つけることができたのだった。
登山道を辿り始めてすぐ、行く手を塞ぐように数本の樹が折り重なって倒れており、私は迂回を余儀なくされてしまった。
その時、私はその中の一本に色褪せた赤い布が結び付けられているのに気づき狼狽した。
それは、かつての登山道を示していた道標の残骸だったのだ。
数年前の超大型台風が、回復不可能なまでに、ここら一帯を叩きのめしてしまった。
この辺は昔から知られている鄙びた湯治場を過ぎれば、放棄された畑や山林だらけの集落である。
そのため復旧するのに値しないと見放された文字どおりの「限界集落」なのだ。
荒れ果てた地形を目の当たりにし、崩壊前の登山地図が何の役にも立たないことを、私は思い知らされた。
それでも私は上空が開けた場所を見つけ、GPSでかつての登山道の痕跡を見出しては先に進んだ。
そして迷わずに戻って来るため、GPSの軌跡を克明に記録するよう設定し直すことにしたのだ。
想像通りに登山道はいたるところで寸断されていて、しばしば迂回を余儀なくされ、その都度、新しいルートを見つけるに少なからぬ時間を費やしたが、そのような煩わしさとは裏腹に私の気持ちは驚くほど昂ぶっていた。
この分なら、これから先誰とも会わずに済むと言う確信がそうさせたのだ。
そして、ザックに付けた熊除けの鈴のリンリンという軽快な音に、私の心は大きく共鳴し始めたのだった。




