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少女が得たもの

 彼を待ち続け、あと少しで花火が上がる時間となった。

 先程から隣に座る桐花さんは一言も言葉を発さず、ただじっと夜空を見上げている。

 対して、私は空に意識など無かった。

 先程から考えているのは、彼が来るかどうか。ただそれだけ。

 優しい彼なら、きっと此処へ来てくれる。

 昔のように、何も期待していなかった私を驚かすように、安心させるようにヒョッコリと現れる。

 私はそう信じている。

 だが、脳裏を過る言葉がある。


『オレの答えは変わらないと思うぞ』


 私が彼の家へ押し掛けた時に言われた言葉。

 あの時は、それでも構わない、なんて強がったけれど、内心ではとても辛かった。

 思わず泣いてしまう程に。

 しかし、諦めたくない。

 その一心で、私は何とか彼にすがり付いてきた。彼に何とか振り向いて欲しくて。また私を見て欲しくて。

 だから、彼が私と共に川へと行ってくれた時はとても嬉しかったし、滝へ行きたいと私が言ったことを覚えててくれたと知った時は、心臓が跳ね上がるかと思った。

 そんなここ最近のエピソードが、私の心の支えだった。彼は『心優しい勇也くんはもういない』と言っていたけれど、でも、何処かに当時の彼が残っているかもしれないと、そう信じることができた。


 だから、きっと大丈夫。

 彼は私に会いに来てくれる。

 

 彼はきっと、私と共に──────


 そんな思いに応えるかのように、綺麗な花火が上空で咲いた。



...................



 賑やかな筈の周囲の喧騒がまるで聞こえてこない。花火が上がる数分前には、この屋上は人で埋め尽くされ、思わず耳を塞ぐほどに騒いでいた人々の声が、全く耳に入ってこない。


 彼は─────来てくれなかった。


「............白峰さん」

 横から声が掛けられる。

 どんな顔で対応すれば良いのか分からず、私は何気なく立ち上がった。

「振られ......ちゃいましたね、私」

 不思議と涙は流れなかった。

 代わりに顔を満たすのは、ただ自嘲的な笑みだけ。

「いいんです。覚悟は......ちゃんと決めて来たんですから。もう、ウジウジしません。私が馬鹿だったんです。彼の事情なんて考えもせずに、いつまでも過去の約束に囚われて......人は変わるもの、そんな当たり前のことを認めようともせずに、ただ自分の都合を押し付けて......こんな面倒なだけの女、振られて当然なんですよ、きっと」

 私はフフッと軽く笑う。

 今は、ただこうしていつもの自分を演じていたい。強がっていたい。


「本当にっ......気にしてなんかいません。私と唯一接してくれた人がいなくなった。ただ......それだけのっ、ことです......!」


 上手く声が出てこない。流すまいと決めていた涙が、意に反して流れてくる。言葉とは真逆の感情が、私の顔には表れていた。


「私っ、ぐすっ......居場所がっ、無くなっちゃった」


 彼を完全に失った。

 もう、どうすることも出来ない。

 彼は私を拒絶した。ならば、私はそれを受け入れるしかない。

 もう、彼に迷惑を掛けたくない。

 彼の言う通り、これ以上、あの美しい思い出を、私の唯一の宝を、彼にすがり付くことで汚したくはない。

「......もう、家に帰ります。これ以上この街に居ても、私には、もう何もないから......」

 私は涙を拭い、手で口元を覆いながら屋上の出口へと歩き出した。

 しかし、背後から声が届く。

「......分かるよ、白峰さんの気持ち」

 後ろから優しく響く桐花さんの声。

「何が......分かるんですか? 貴女には、居場所があるじゃないですか。私には無い、とても暖かくて優しい居場所が......そんな貴女に何が分かるって言うんですか?」

 その優しい言葉に、私はつい反論をしてしまう。彼女のその安易な優しさが、私の苛立ちを煽っていた。

「......分かるよ。実はね、私、虐められてたんだ。小学校に入学してすぐに虐められるようになった。一年生の時は、誰も私を助けてくれなくて、たった一人で、孤独に日々を過ごしてたの」

「......」

「私ね? 何処にも自分の居場所が無いんだって、そう思って、自分には価値も無いんだって、そう決めつけてた......でもね? そんな私を、ユウが救ってくれた。『私が虐められてることなんて、自分が私と関わらない理由にはならないから』って、そう言って......彼は私に居場所をくれた。一馬と渡、そしてユウ。そんなチグハグな三人の輪に、私も混ぜてくれた」

小さく、ポツリポツリと呟くように言葉を紡いでいく。

「......それで、それが何なんですか? 分かるのは、彼は貴女には居場所を与えたのに、私には与えてくれなかった......ただそれだけじゃないですか」

「......ええ、そうね。彼は私を受け入れて、貴女は拒絶した。ただ、それだけ」

「じゃあ、何が言いたいんですか!?」

 苛立ちをぶつけるように、私は叫ぶ。

 周囲の人々がそんな私の声に驚いて振り向く。

 普段の私なら、その視線に緊張しただろうが、今はそんな余裕は無い。

 苛立ちはドンドン募っていく。

「私は、私はぁ......!!」

 意味を為さない言葉が口から出ていく。

 言葉が感情に追いつかない。

 何を言えば良いのだろう。

 もう、何がなんだか分からない。

 感情が胸の内で渦巻き、膨らみ、爆発していく。

 体が無意識に震えていく。


 ────そんな私の全身が温もりに包まれた。

 

「......!」

 その温もりは、不思議と私の震えを簡単に止めた。

「ねえ白峰さん、私と友達になってくれない? それが私の言いたいこと」

「......え?」

 背中を優しく抱き締めたまま桐花さんが発した言葉。その言葉の意味が、私には理解できなかった。

 その言葉は、いつの日か、彼から言われた言葉と同じだ。

「白峰さん、貴女、言ってたでしょ? 自分には居場所が無いって。だから、私にその居場所を与えさせて? 私達四人の輪に、貴女も入ってくれない?」

 小さい子供を諭すように、優しく告げてくる。

 その体と声の温もりが、私の凍結した心を徐々にほぐしていく。

「でも、彼は......ユウくんは、そんなこと認めない......だって、彼はもう私と関わるつもりはないんだから」

 私がそう言葉にすると、桐花さんは私の両肩を掴み、体を回転させ、顔と顔を向かい合わせた。

「何言ってるのよ。ユウが貴女を拒絶してるからって、私が貴女を拒絶する理由にはならないでしょ?」

 ニッと笑う桐花さん。

「......でも、私は────ひゃう!?」

 それでも一歩踏み出せずにいる私の頬を、彼女は両手でパシンッと挟んだ。

「大丈夫よ! 私の友人を蔑ろになんかしたら、たとえユウでもぶっ飛ばすから!」

 今度は強くそう言葉にする。


 信じて、いいのだろうか────


「そうそう、桐花の言う通りだよ!」

「珍しく良いこと言ったね」

 突如、前から飛んでくる声。

「一馬さん......渡さん......」

「よ、千歳ちゃん」

 二人は私の元へと歩み寄ってくる。

 そして、あと数メートルの所で立ち止まった。

「いや、実はさっきから話は聞いてたんだけどさ。それにしても、ユウも酷いことするよなぁ。オレだったら絶対に来るのに」

「まあまあ、ユウの事情も考えてあげようよ」

 二人は変わらず笑顔で言葉を交わしている。

「どう? 白峰さんも......いや、千歳ちゃんもこの中に入らない? 悪いヤツらじゃないわよ? なにせ、自分の友人が避けてる人間とも進んで仲良くしようするヤツらだから」

 二人は私へと微笑みかけてくる。

 その顔を眺めていると、渡さんが口を開いた。

「ねえ、千歳ちゃん。今は、僕らをそこまで大切に思ってないかもしれない。でも、これだけは覚えてて欲しい。君は、僕らの中では既に友人で、僕らの輪の中には既に君が入っていることを」

「......!!」


その言葉が、私の心に響く。

 私がずっと欲していた物を、彼らは既にあると言ってくれた。

 私が気がついていないだけで、私の居場所はもうあるのだと、そう言ってくれた。

 

「本当に......いいんですか? 私、自分で言うのもなんですけど、面倒臭いですよ? 一度友達になったら、死ぬまで付きまとうかもしれませんよ? いずれ、彼みたいに私を重荷に思うかも......」

 私は顔を俯けて、彼らに尋ねる。

彼らを拒絶するためではなく、不安を取り除くために私は質問する。

 こんな私でも、受け入れてくれるのだろうか。

「何言ってるんだよ千歳ちゃん! オレ達、死ぬまで友達でいたいと思うヤツとしか友達にならないぜ?」

 ニカッと笑う一馬さん。

「そう、ですか......」

その言葉が、私の不安を払拭していく。

 そして、桐花さんが私を離し、代わりに私の手を繋ぐ。

「ほら、大丈夫だから。だから、私達と友達になってよ。言っとくけど私、貴女みたいな人を放っとけないからさ。断ってもしつこく貴女に友達になろうって頼み続けるわよ?」

 イタズラっぽく笑う桐花さん。

 しつこく......か。

 これは、どうやら折れるしかないようだ。

「......うん......うん! よろしくね、皆!」


 その言葉を皮切りに、新たな涙が溢れ出る。

 しかし、その涙は、先程までの涙とはまた違うものだった。


 そんな私を見て笑う三人。

 この四人の空間は、かつて勇也くんと共にいた時に感じていた、あの幸福感に満ちていた。


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