知る者の願い
夕方午後六時。
今日は桜菜学園が一般人に開放される校内屋台大会と、西の大河の川岸で行われる花火大会の当日だ。病室の窓から外を見ると、浴衣姿の老若男女が歩いているのが見える。
その進む先にあるのは桜菜学園。
恐らく校舎の屋上で打ち上げ花火を眺めるのだろう。道行く人々の顔には笑顔が満ちている。
「さて......と」
オレは松葉杖を右脇に差し込み、拙く歩き出す。空いている左手で扉を開け、廊下へと出た。今日という日にこそ、オレには行かねばならない場所がある。
...................
私は自身の病室にある椅子に腰掛けていた。
「お嬢様、そろそろ」
隣から声を掛けられる。
「はい」
私はその声に返事を返し、立ち上がる。
今日は待ちに待った最後の日。
私の長年の想いが実を結ぶかどうか、その答えが出る日。
私は着用している桜色の浴衣の小さなシワを伸ばし、手鏡を使って前髪を整える。
「......よし」
最後の準備は整え、私は病室を出た。
「あら、お出掛け?」
病室を出た所で一人の看護婦と出会った。
私が十年前にお世話になった看護婦さんだ。
「はい、いよいよ最終決戦です!」
私は不安な心を誤魔化すように、精一杯の作り笑顔を浮かべて意気込んでいる風を装う。
「......そう」
彼女は昔と変わらぬ優しい笑顔を浮かべる。
そしてツカツカと私に歩み寄ってきて、頭の上に優しく手を乗せてきた。
「無理しちゃだめよ......?」
「......!」
昔と変わらぬ優しい言葉。
勇也くんと出会う前は、いつもこの人に励まされていた。その記憶が頭を過る。
その言葉と記憶に、私は心を無理矢理支えていた何かが壊れていった。
「......ほん、とうは......本当は、怖いんです。今の彼は、多分、来てくれないと思うから......昔みたいにっ......あの公園で初めて会った時のように、また私の元に現れてくれる。そんな彼は、もういないんじゃないかって......!」
私は手を乗せられた頭を垂れ、涙を床へと落としていく。
そのまま泣くこと数秒。
その間も彼女は私を優しく撫で続ける。
「でも逃げたくないから! 私は、彼を失いたくないから。それなのに、彼は私を突き放すばかりで......」
彼の前ですらここまで感情を露にはしていない。しかし、何故かこの人の前でなら、素直に醜い感情を剥き出しにすることが出来る。
強がってはいても、ズタズタに崩れかけている心を。
「......そう。彼がそんなことを」
「貴女は、何か知っているんじゃないんですか? 私が海外にいる間、彼に何があったのか知っているんじゃないんですか?」
私は感情に任せて問い掛ける。
彼本人には詮索しないと言っておきながら、結局、裏では彼の意に反することばかりしている。
「それを知って貴女はどうするの?」
「知りたいんです! 何故彼が変わってしまったのか......それすら知らないで一方的に拒絶されるなんて、そんなの......酷すぎる」
そこまで一気に捲し立て、終えると同時に埋め合わせるように涙を流し、嗚咽を上げる。
彼女はそんな私の姿を変わらず温かく見守り続けている。
「......私には、何も言うことが出来ないわ。貴女が傷つく姿を見るのも辛いけど、でも、彼の覚悟を無駄にもしたくないから」
さらに続ける。
「でも、言えることなら一つだけあるわ。それは、『彼は貴女を悲しませたくない』ということよ」
頭に乗せていた手を下ろして、そう優しく諭すように言う。
「悲しませたくないって......そんなの、おかしいよ。だって、現に私はこうして苦しんでるじゃない! それなのに、何が悲しませたくないって言うの!?」
子供のように叫ぶ私。
此処が病院の廊下ということも忘れて、ただ感情に任せて叫ぶ。彼に溜めていた不満がどんどんと溢れていく。
しかし、彼女は穏やかな笑みを浮かべているだけだ。
「......確かに、彼のしていることは間違っているかもしれない。でもね、最も苦しんでいるのも彼かもしれない。多分、彼は迷っているわ。貴女に全てを打ち明けた方が良いのか、貴女を多少傷つけてでも嘘を貫き通すべきなのか」
「......真実? ......嘘?」
一体、何のことを言っているのだろうか。
一体、彼が何をしているというのだろうか。
「ええ......とても残酷な真実と、その真実を覆う嘘。私から教えることは出来ないけど、でも、もし貴女が彼のことを知ったその時、私は貴女に彼を許してあげてほしいわ。多分、彼を救えるのは貴女だけだから」
やはり意味が分からない。私が彼のなにを許すというのだろうか。彼が罪人というわけでもないのに......。
「私から言えることは以上よ。それじゃあね、千歳ちゃん」
「.......」
去っていく看護婦。
その後ろ姿を見つめていると、横から声が掛けられた。
「お嬢様、そろそろ学園が開放される時間です」
「......分かりました」
私は涙を拭い、足を踏み出す。
これで、私の十年間の結果が出る。
私がずっと焦がれ、欲してきた彼を手に入れられるのかどうか。
その答えが数時間後には出るだろう。
私は彼を失いたくない。それは、私の居場所が無くなることと同義だから。
だから、絶対に手に入れたい。
私は自分を鼓舞するように強く足を出していく。
彼が来ないであろうことを予感しながらも。
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