もう、何も失いたくない
夜中の一悶着から三日が経過した。
その三日間、オレは千歳との事を考えぬようにするためひたすらに課題を片付けていた────わけではなかった。
「ねーお兄ちゃん遊ぼうよー!」
「ねーってばー! ねーねー!」
勝手にオレの部屋に侵入し、勉強机に向かっているオレの周りでごねる子供達。
潤は座っているオレのズボンを破れそうなほど引っ張り、玲音はベッドの上でピョンピョンと跳ねている。
「うるせえ!! オレはお前らみたく暇じゃないの! 教師のアホ共が出したふざけた量の課題を片さなくちゃいけねぇんだよ!! あとベッドで跳ねるな! 埃が舞うだろうが!!」
語気を強めてそう言うが、二人は全く聞く耳を持たない。それどころか、より一層だだをこね始めた。
「いーやーだー!! 遊んでくれなきゃいやだー!!」
「どうせお兄ちゃん暇なんでしょ? あーそーんーでーよー!」
さらに強くズボンを引っ張ってくる潤と思いきりベッドで暴れだす玲音。迷惑なヤツらだ。
尚も暴れ続ける二人に根負けし、オレは二人の提案に乗っかる。
「......あー分かった分かった! 遊んでやるから、もうそれ以上はしゃぐな!」
「やったー!」
「お兄ちゃん太っ腹ー!」
二人は急に上機嫌になり、ハイタッチを交わす。この変わり身は本当に凄いと思う。
オレは溜め息を溢してから、二人に問い掛ける。
「で? 遊ぶって言っても何をするつもりだ? テレビゲームは嫌だぞ? オレが勝てないからな」
勝算が低い勝負は決して受けない。例え幼児が相手であっても。
「あはは! お兄ちゃんゲーム弱いもんねー!」
「じゃあねじゃあね? ウォーターバトルやりたい!」
ウォーターバトルって......。
あれ結構準備大変なんだぞ。
「ウォーターバトルね......分かった分かった。準備するからお前らも手伝え」
ここで断って先程の状況へ逆戻り、なんてことは避けたいため、否応なしに賛成するしかない。
「うん!」
「ウォーターバトルー!」
二人は嬉しそうに部屋を飛び出していく。
子供って、何であんなに遊ぶのが好きなんだろうな。
二人の足音が聞こえなくなり、玄関の扉が開く音がしたのを確認し、オレは椅子から立ち上がる。そしてクローゼットを開き、濡れても構わない服に着替えを始めた。
..................
家の外に出たオレは、ただ黙々と作業をこなしていた。今日も相変わらず綺麗に晴れ渡った空のおかげで猛暑日である。蝉の鳴き声が煩わしい。
今は母親が出掛けているため、駐車スペースが空いている。そこが我らの戦場だ。
蛇口から伸びるホースの先端をゴム風船の穴に挿し込み水を注ぎ込む。
そして、充分に水が入った風船を隣の潤へと渡す。潤は風船の穴を縛って塞ぎ、その横の玲音へ。玲音は受け取った風船を綺麗に並べていく。
そんな流れ作業が続くこと三十分。
ようやく必要な水風船の量を生産し終えた。
「終わったーー......」
オレは両手を天に伸ばし、限界まで背伸びをする。強張っていた体が脱力していくのが分かる。良い仕事したなあ、と思っていると、子供達が催促をしてくる。
「ねえねえお兄ちゃん! 終わったんなら早く始めようよ!」
「玲音も早くやりたい!」
「え、まじ? ちょっと休憩しようとか思わないの?」
「そんなの時間が勿体無いよ!」
「早く始めよー!」
そう言って、二人は並べてある水風船を両手に持てるだけ持ち、オレから距離をとる。
「ほら! お兄ちゃんも風船を持って!」
「早く早くー!」
「あ、ああ......」
二人に促されるまま、オレは両手に水風船を持ち、ズボンの両ポケットに一つずつ風船を捩じ込んだ。
そして風船置き場から数歩分離れると早速、試合の開始が宣言された。
「「じゃあ、始めーーー!!」」
宣言と共にオレに飛来する二つの水風船。
決して素早くはないその風船をかわし、オレは右手に持った水風船を二人の方へ、されど二人にはギリギリ当たらない位置に投げる。
「わあ!」
「きゃあ!?」
自らの腕力と技量では出せない球速、そして弾ける水に驚く二人。
ふふっ、これで歳上の威厳というものを見せつけることができたかな。
そう思ったのも束の間。
二人は怯むどころか闘争心をさらにたぎらせ、オレに攻撃を仕掛けてきた。
「えい!」
「やあ!」
しかし、その球速は先程のものと何も変わらない。オレはそれを見切り、最低限の動きでかわす。
そして再び容赦なく二人へ水弾を撃ち込む。
二人は慌ててその弾をよける。
ビシャンと音を立てて弾ける風船。
さて、これでアイツの手元にある残弾数はあと四個。対してオレは二個だ。
向こうは二人同時に投げてくるため、実質あと二回の攻防で勝敗を決めなければならない。
だが、オレは二人それぞれに弾を当てなければならないため、もはや失敗は許されない。
暫くは膠着状態が続いていたが、やはり小学生。しびれを切らしてオレに弾を投げ込んできた。その二発の弾を掻い潜り、オレは潤へと狙いを定める。
「ひ!?」
自分がロックオンされたことに気づいた潤が身震いするが、もう遅い。
オレは潤の胸に風船を叩き込んだ。
「ぐわっ」
衝突の衝撃で肺から空気が漏れたようだ。
「はい、これで潤は脱落な」
あと残るは玲音だけだ。その玲音は仲間を失ったことで動揺したのだろう、持っていたラスト一つの弾を無謀にも正面からオレへと投げてきた。
その弾を素手で掴みとる。
「......あ!」
もはや武器を失った玲音は、オレの目を見つめて後ずさることしかできない。いや、熊かオレは。
「これでお仕舞いだ」
そう告げ、オレは掴みとった弾を持ち上げ、投げつける体勢を整える。
さあ、オレをなめていたことを後悔させてやろう。
「う、うわぁぁぁぁん!!」
最後の一撃を打ち込もうとした瞬間、玲音はオレから一目散に逃げ出した。いや、変質者かオレは。
「はっ、無駄な足掻きを......」
オレは駐車スペースを縦横無尽に逃げる玲音を焦ることなく追いかける。元より狭いスベースだ。逃げられるわけがない。
余裕綽々で玲音を追いかけていたその時、玲音が敷地内から道路へと飛び出してしまった。
マズイ、と思った時には遅く、タイミング悪くそこに車が迫って来ている。
思わず目を見開く。
それの光景を見ると同時に、蘇る記憶。
『いや! いやです! お願いします先生! どうかあの子を......!』
『お別れの時は誰にでも来る』
『手は尽くしたのですが、目覚めるかどうかは本人次第かと......』
『何でこんなことに......』
『ごめん......ね?』
ぐちゃぐちゃに脳裏を過るかつての記憶。
オレは、無意識に足を動かしていた。
迫り来る恐怖に体を縛られた玲音へと駆けていく。
必死に手を伸ばす。
......頼む。
待ってくれ。
もう、失うわけには......。
キキイイイイイイイイ!!!!
甲高いブレーキ音が今さら響き渡る。
その音は蝉の鳴き声すらも掻き消し響き渡った。
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