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初めて得た物

今回は千歳の過去です! 

 この世に生を受けて十七年。

 私の短い人生は、決して華々しいものではなかった。生まれつき病弱で、病院の外に出ることも叶わず、私の遊び相手は、遥か遠方の両親が届けてくれたぬいぐるみだけだった。自分が名付けたぬいぐるみを相手におままごとを繰り返す日々。毎日毎日、その寂しさを紛らわせるために、ぬいぐるみに話し掛けていた。


 六歳の夜、私はこっそりと病院を抜け出した。

 普段窓から眺めているだけの『外』という世界に飛び出してみたくて、好奇心に身を任せ、病院のある山を下った。

 一人で田んぼが広がる区域を越え、住宅街へと足を踏み入れた、あの時の興奮は今でも覚えている。


 住宅街で見る景色は、私には異世界のように思えた。人々の声で賑わう商店街、往来する車の群れ、民家から漂う夕食の匂い!

 

 そんな感動と伴に、私は自分がいた世界がどれほど小さく、狭く、閉ざされた場所かを知った。


 母親に手を引かれ、笑顔で自分の横をすり抜けていく同い年くらいの子供。ガードレールに腰掛け、談笑している高校生。家族に連絡しているのか、笑顔で耳に当てた携帯に声を向けるサラリーマン。


 全て、私が知っている世界とは違う。

 私が知っている、孤独な世界とは違う。


 温かいはずの光景が、何故か私には残酷に見えて、自分が異物であると告げられているようで、私は逃げるようにその場を去った。




 辿り着いたのは名も知らぬ公園。

 存在する遊具はシーソーとブランコだけの、質素な公園。

 私はブランコに腰掛け、小さく小さく、揺れるように漕いでいた。


 外になんか来なければ良かった。

 そのせいで、自分が恵まれていないのだと知ることになってしまった。


 そんな内に沸いた悲しみに涙を溢しかけたその時────貴方は現れた。


「君、一人なの?」

 目の前から浴びる呼び掛け。

 反射で顔を上げると、そこにはいつの間にか一人の少年が立っていた。

「友達と遊ばないの?」

 キョトンとした顔で問いを続ける少年。

「あな、たは......?」

 ようやく出た私の声は、自分でも驚くほど小さく、間抜けな物だった。

「ぼく? ぼくは八重雲勇也! この町に住んでるんだ!」

 ニコッと笑い、答えてくれる少年。

「ゆうや......」

「うん、ゆうや! 君の名前は?」

 質問は私に返される。

「私は、白峰千歳......」

「しらみね......ちとせ?」

「うん、そうだよ。それが私の名前」

「へぇ~~そうなんだ! ちとせって名前は初めて聞いたよ! どういう字なの?」

 私に興味を持ってくれているのか、絶えず質問を浴びせてくる勇也くん。

「こういう、字だよ?」

 私はブランコから下り、しゃがんで地面へと字を連ねていく。

 やがて刻まれる『千歳』の文字。

「ぜん......ざい?」

「『ちとせ』!!」

 先程教えたばかりだと言うのに、もう読み方を忘れてしまったのだろうか。

「あ、そうそう『ちとせ』ね、『ちとせ』」

 思い出したように笑う少年。

 子供ながらに失礼だと思った私は、この少年から距離を置こうと歩き出す。

「あれ? どこに行くの?」

 ズンズンと足を回す私の後ろに付いてくる少年。しばらく公園内をぐるぐると回り続け、やがて四周目に入ろうとしてしまった。

「付いてこないで!!」

 堪らず振り返り、怒鳴り声を上げる私。

 先程、街中で貯めたストレスを含めて、この少年へと叫んだ。

「............」

 少年はそんな私の怒り顔を、ジッと見つめていた。

「......? どうしたの?」

 身じろぎ一つしない少年に警戒心が生まれる。

 少年は変わらず黙って私を見つめるだけだ。

 

 だが、ふいに顔を上げて─────

「決めた! ぼく、君とお友達になるよ!」

 唐突に、そう宣言するのであった。

「─────!!」

 そんな少年の、たった今思い付いただけであろう言葉が、何故か深々と私に突き刺さった。

「なんだか、千歳ちゃん寂しそうだから。だから、ぼくがお友達になって、千歳ちゃんを元気にしたい! ......って、あれ? 千歳ちゃん?」

 私に構うことなく理由を述べていた少年が、私の顔を覗きこむ。

「......え?」

 気づくと、頬を涙が伝っていた。

「あれ......? 何で......」

 伝っていた涙を手の甲で拭い、眺める。

「千歳ちゃん、そんなに友達が欲しかったの?」

 少年はキョトンとしながら尋ねてくる。


 ......友達。


 それが、幼心に私が欲していた物なのだろうか。その答えは分からない。


 でも......。


「じゃあ、これからよろしくね! 千歳ちゃん!」


 何故か、少年に握られた右手がとても温かく、心地良かった。


「うん......よろ、しくね......?」


 せっかく拭った涙が、また私の頬を伝いだした。

 まだ友達という存在が出来た実感が沸いてこない。この少年が、あまりに呆気なくそう宣言したために。

「お嬢様!! 探しましたよ!!」

 突如、遥か後方から飛んでくる叫び声。

 振り返ると、公園の出入り口の更に向こうから私のお世話をしてくれている人が走ってくるのが目に入る。

「? あの人は? 千歳ちゃんのお父さん?」

「ううん、違うよ。『しよーにん』って言うんだって」

 尋ねてきた少年にそう答えると、少年は「へー」と、理解しているのかしてないのか分からない返事をした。


 私は少年の手を離し、出口へと歩く。

「千歳ちゃん?」

「......もう戻らなきゃ。沢山の人に迷惑がかかっちゃうから」

 私は出口へと辿り着く。

「千歳ちゃん! 千歳ちゃんに会いに行くにはどうしたら良いの!?」

 背後で叫ぶ少年。

「会いに......来てくれるの?」

「うん! 友達だもん!!」

 そして変わらぬ無邪気な笑顔を浮かべる。


 本当に、私を訪ねに来てくれるのかな? 

 今まで、両親でさえも一、二度しか見舞いには来てくれなかったのに。

 ......でも、この少年の顔を見ていると、何故か信用できてしまうような、そんな気がする。


「あじさい病院......」

「ん?」

 私の声が小さかったため、聞き取れなかった少年が再度聞き返してきた。

「あじさい病院!! そこが、私がいる所だから!」


 その言葉を最後に、私は世話係に掴まり、病院へと連れ戻された。

 本当に来てくれるかなんて分からないけど、でも一度だけ賭けてみよう。

 少年が言ってくれた『友達になる』というあの言葉。

 あの言葉が未だに私の胸に響いている。

 もし私にも友達が出来たら、その時は、あの街中で見た人達と同じように、幸せになれるのかな......?




..................




 次の日。

 私は勝手に病院の外に出たことを世話係から咎められていた。

 体が弱い私は逃げ出すことも出来ず、ただベッドの上で身を縮めるだけだ。

「お嬢様......貴女は病気を患っているのです。そのような体で外になど出れば、体は急速に悪化してしまうのですよ?」

「......うん」

 怒鳴るでもなく、諭すように静かに私を咎める男。その口調と表情から、私のことを真剣に案じているのが伝わってくる。

「今後は、このようなことはなさらぬように」

「うん......」


 お説教に一段落着いたその時、勢い良く病室の扉が開かれた。

 その音につい意識を持っていかれ、顔を向ける。

 そこには、昨日の少年が立っていた。


「こんにちは! 遊びにきたよ、千歳ちゃん!」


 昨日と何も変わらぬ笑顔を浮かべている少年。

 その姿を見たとき、自然と私の顔も綻んだのか分かった。



 こうして、私はかけがえのない一人の友人を得たのだ。






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