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十年前の約束 君を幸せにする約束  作者: 東頭明治
押し掛け女房(仮)
13/39

それぞれの思い

 自室へと入り、そのままベッドへダイブする。


 ......厄介なことになったな。


 オレの計画が崩れてしまった。

 当初のオレの計画では、早々に千歳に嫌われ、何の未練も無しにサヨナラする予定だったのだが、我が母親によってその予定はキャンセルされてしまった。


 これからどうするか見当も付かず、枕に顔を埋めて唸っていると、隣の父の部屋から声が響いた。


「あ、そういえば、結局何日間滞在するんだっけ?」


 そう話す母親の声。


「えっと......三十日間ほどになると思います」


 答える千歳の声。あれから二階へと上がって来たらしい。


 ......三十日か。

 想定していたよりも期間が長いな。

 オレにとっては、それだけリスクが上がるということだ。


「あら、そんなに滞在できるの? ならたくさん勇也の話を聞かせてね! 息子の初恋の話を聞いてみたかったのよ!」


 何を呑気に喜んどるんじゃ。


「もう! おば様? 私としても恥ずかしい話なんですからね?」


 満更でもなさそうじゃねぇか。

 声音でしか感情を判断できないが、千歳は恥ずかしがりながらも若干嬉しそうだ。


 そんなジェネレーションガールズトークを聞き、つい溜め息がこぼれる。


 体を起こし、ベッドの上であぐらをかく。

 ベッドと密着している壁にある窓から外を覗くと、家の前の道路に黒塗りの車が停まっているのが見えた。


 ......あの男も何を考えてるんだか。


 さっさとお嬢様を連れて実家に帰ればいいだろうに。


「じゃあ、そういうことだから。自分の部屋だと思って存分にくつろいでね」


「はい。ありがとうございます」


 そんなことを考えている間に、どうやら案内が済んだらしい。

 お礼の言葉が聞こえると共に、ガチャリと隣部屋のドアが開く音が聞こえた。

 そして直後に聞こえる階段を下りていく音。


 その音を聞き、オレはベッドから下りて部屋を出る。

 階段へと向かう途中、ほんの少しだけ開かれた隣部屋のドアからその中を覗くと、千歳が窓を開けようとしている姿が目に入った。


 オレはその姿を見て、階段を下っていく。


 リビングへと入ると、相変わらず母親がソファに座ってテレビを見ていた。


「どういうつもりなんだよ?」


 尋ねるオレ。


「何が?」


「何で千歳をこの家に泊めようなんて言い出したんだよ」


 すると、母親は手元に置いてあったテレビのリモコンを取り、音量を下げた。


「何でって......そりゃあ、行く宛もないって言ってる女の子を追い出すようなことできないからよ」


「そういうことじゃなくて......ここに千歳を泊めることが、どれだけ危険なことかぐらい分かるだろ?」


 本当に母親が何を考えているのか分からない。

 ただ一つ言えるのは、千歳をここに泊めてはならない、ということを母親は必ず分かっているはず......ということだ。


 オレがそう尋ねると、珍しく母親が真剣な顔をしてオレに向き直った。

 いつものあっけらかんとした表情が消えている。


「確かに、アンタがしていることは正しいのかもしれない。人を悲しませないために嘘を吐くのも、時として必要なことよ......アンタは今、嘘を吐くことで可能な限りの優しい世界を彼女に与えている。......でも、それだと、彼女が全てが嘘だと気づいた時に、余計に彼女を傷付けてしまうかもしれない」


「じゃあ、残酷な現実を突き付けた方がマシだってのか? 十年間も約束のために病と闘い、この地へ戻ってきたアイツに『お前がしたことは無駄だったよ』と教えた方がいいってのか?」


 オレがそう言うと、少しの間母親は口を閉ざした。そして、静かに言葉を発する。


「さぁ......どうでしょうね。それを決めるのはアンタの役割でしょ? 約束を交わしたのはアンタなんだから」


「結局丸投げかよ......」


 言いたいことを言っておいて、結局判断を下すのはオレか。


 しかし、今の話で気づけたことがある。

 

 それは、どう転んでもオレが損な役回りをさせられることに変わりはない、ということ。


「はぁぁあ。何でこんな面倒臭いことしなきゃならないのかね?」


 自然と溜め息と愚痴がこぼれてしまう。


「恨むんなら約束をした自分自身を恨むことね」


 ごもっとも。


「......ま、精々頑張りなさい。私から余計な口出しはしないけど、でも、男だったら自分がした約束はしっかりと果たしなさいよ? ......それがどんな形であってもね」


「......ああ、精々足掻いてみるよ」


 どんな形であっても......か。

 やはり母親も、ハッピーエンドはあり得ないことくらいは理解していたらしい。

 

「おば様ー! 少々お尋ねしたいことがあるんですけどー!」


 二階から響いてくる千歳の声。

 オレ達二人の状況などお構い無く、呑気な声を上げている。


「はいはーーい」


 母親も先程までとは打って変わったあっけらかんとした声でそれに応じる。

 そしてリビングにオレを残し、二階へと上っていった。



..................



 オレは外へと出て、家の前に駐車されている車へと近付いていく。


 向こうもオレに気がついたのだろう、運転席のドアが開き、執事の男が姿を現した。


「アンタ、もうオレと千歳を会わせる気なんてなかったはずだろ?」


「はい」


「じゃあ、アレはなんだ。何でアイツが此処に来ることに反対しなかった」


 そう尋ねると、男はしばらく黙りこむ。

 オレが動かずに返答を待っていると、ようやくその口を動かした。


「私は、お嬢様が海外へ発たれた後も、ずっと近くでお嬢様に仕えて来ました。そのことは、貴方もご存知でしょう?」


 オレが小さく「ああ」と返答すると、男はさらに言葉を続ける。


「その中で、ふと気がついたのです。お嬢様があの約束を何としても叶えようとする理由を」


 さらに続ける。


「初めて異性と交わした約束とはいえ、所詮は子供の口約束。実現する可能性なんて殆ど無いでしょう。そんなこと、お嬢様も理解しておいでです。しかし、それでも尚約束に固執する。貴方の都合を無視して、居候をするまでに」


 そうだ。

 確かにアレは異常だった。千歳は他人のことを思いやれない人間ではない。むしろ優しい人間だろう。

 そんな千歳が、男が一度振った女と同じ家で寝食を共にするのを嫌がるということを理解できないはずがない。

 

「それほどまでに千歳が必死になる理由はなんだ?」


 オレはそう尋ねる。


「私からは何も言えません。もし私がそれを言ったら、貴方は無理矢理にでもその理由を解決するでしょうから。それはお嬢様が望んでいることではありません。お嬢様は、偽物ではなく本物を欲していますから」


「偽物ではなく本物を? 訳が分からんな」


「ですから言っているでしょう。貴方は知らなくていいのです」


「そうかよ」


 そして生まれる沈黙。

 話している時は大して意識していなかった蝉の鳴き声がやたらと耳障りに響く。


「で? その理由とやらと、アンタが千歳を此処に連れてきたことに何の繋がりがあるっていうんだ?」


 オレの問い掛けに男は笑顔で応じる。


「つい先程、可能性を見つけましたので」


「いや、だから訳が分からんって」


「いや、ですから貴方は知らなくてもいいんですって」


「......そうかよ」


 どうもオレは、年寄りと会話が出来ないらしい。


 こんな暑い外にいつまでもいたくないし、とっとと室内に戻るとしよう。

 

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