来ちゃった
ファミレスをあとにしたオレは、それから十五分程で我が家にたどり着いた。
「ただいまー......っと」
我ながら覇気の無い声が出ていると思う。
まあ、いつものことだが。
「お帰りなさーい」
あの声をよく聞き取れたものだ。
廊下の先に見える閉ざされたリビングの扉の向こうから声が響く。
オレは靴を脱ぎ、ワイシャツのボタンを外しながら廊下を通っていき、リビングの扉を開ける。
冷房が効いているのだろう、冷たい空気がそこには充満していた。
「よう、母親」
「おう、息子よ」
オレの母親は壁際に設置されたソファに腰掛け、向かいのテレビを見ていた。
手短に挨拶を済まし、オレはキッチンの冷蔵庫へと歩み寄っていく。
「そういえば、あんた宛にさっき電話があったわよ?」
「電話?」
目線はテレビに向けたままそう言う母親。
「そうそう、一馬くんから」
「ほーん。なるほど、了解」
冷蔵庫から取り出した麦茶を喉に流し込む。
......いやー、最高。
「それで、一馬くんがね......」
話を続けようとする母親を遮り、オレは推理を語る。
「まぁ待て母親。大体の見当は付いてる。おおかた、謝罪の電話だったんだろ?」
自信満々にそう告げる。
自信が有り余ってどや顔を披露してしまった。
「いや、違うわよ」
「違うのかよ」
凄く恥ずかしい。
自然とオレのどや顔が消えたのが分かった。
「それ以外にアイツがオレに電話掛けてくる理由は無いと思うぞ?」
まさか遊びに誘ってくれるわけでもあるまいに。
オレはボタンが全て外れたワイシャツを脱ぎ、リビングを出て洗面所へと向かう。
「それがね、『ユウに可愛い彼女ができたみたいです!!』って言ってたのよ」
リビングから聞こえる張った声。
まだその話が続いているのか。他に何か話題は無いのかアイツは。
洗面所で制服を脱ぎ、一旦二階の自室へと向かう。
そしてクローゼットから私服を取り出して着用した。
二階にはエアコンが付いていないため、基本的に夏場は一階にいることが多い。
一階へと下り再びリビングに入ると、母親が話の続きを展開してきた。
「で、何? あんた彼女ができたの?」
「できてねぇよ」
一体どうしてくれるんだ一馬。
言い訳の仕方が分からんぞ。まさか『その彼女は恋愛ゲームの話だ』って言うわけにもいかないし。
ていうか言えない。
肉親にそんなことを言える人間がこの世にいるのだろうか。
そもそも恋愛ゲームなんかやってない。
「なーんだ......つまんないの」
幸い母親は興味を失ってくれたようで、それ以上追及してくることは無かった。
オレはリビングの床に寝転がりテレビを見る。
昼のニュース番組が流れていて、今はストーカー事件のニュースが流れていた。
『元会社の同僚の男が、その会社の女性の家へと押し掛け、殴る蹴るなどの暴行を加えた疑いです』
要約するとこんな感じだろうか。
なにぶん自分が男なので、こういったニュースにはいまいち危機感が持てなかったりする。
変わらずソファに座っている母親は
「怖いわねぇ」
と言っていたりもするが。
そのニュースが終わり、次のニュースが始まった丁度その時、インターホンの音が家中に響いた。
「あら、誰かしら」
「さぁ......」
「あんた、ちょっと行ってきてよ」
オレに命令を下す母親。
「はぁ? 何でオレが。母親の仕事だろうが母親が行けよ」
すると、大きく呆れた溜め息を吐く母親。
「はぁーーー......あんたねぇ、これからの時代は男も来客の接待ぐらい出来るようにならないといけないの。それが男女平等よ」
なかなかに反論し難い理論を語る母親。
「ちっ......分かった分かった。オレが行けばいいんでしょ」
このまま反論を続けるとオレの晩飯がやたらと質素になるという反撃をされてしまうかもしれないので、大人しく従うことにする。
よっこらせいや、と立ち上がり玄関へと向かう。
「オレにここまで移動させといて只のセールスとかだったら許さねぇからな」
何も悪くない来客に八つ当たりをしつつ、オレは玄関の扉を開ける。
そこには、つい一時間程前に振った女が、千歳が立っていた。
「お前......何でここに......!!」
突如フラッシュバックする記憶。
『元会社の同僚の男が、その会社の女性の家へと押し掛け、殴る蹴るなどの暴行を加えた疑いです』
「ユウ、くん......?」
オレが何も言葉を発さないでいると、怪訝な顔で千歳が声を掛けてくる。
その間にも、オレの脳内にはあのニュースが繰り返し流れていき......
「許してください!!!!」
「ええ!?」
気づけば、玄関先で土下座をしてしまっていた。




