それでも彼女はめげない
職員室前でオレは立ち往生していた。
理由は簡単。無断欠席は指導対象となり、担任教師からお叱りを受けることになっているからだ。
「あの担任なんか苦手なんだよなぁ......」
ハァ......と意図せず溜め息がこぼれ出る。
さて、どんな言い訳をしたもんか。
意を決してドアを開ける。
ガラガラーと音が響き、室内の教師連中の注目を集める。しかし、それも一瞬。
基本的に生徒にそれほど関心がない高校の教師達は、すぐに手元のパソコンへと視線を戻す。
そんな中で一人、オレの姿を見るや席を立ちオレの方へと歩んでくる教師がいる。
担任の柳田みつ。
三十代に差し掛かり、独身である身分に危機感を募らせている女教師だ。
「おーなんだ八重雲、今更何の用だ?」
意外と優しげな笑みを浮かべながら尋ねてくる。
人間、歳を取ると丸くなると言うが、この人もまたその例に漏れず丸くなってきているのだろうか。
「いやー、違うんすよ柳田先生。実は欠席してしまったのには事情がありまして......」
「ほう、事情が? 言ってみろ」
オレの眼前に屹立し、優しげな笑顔で、されど冷たく重い声を放つ。
「それがですね、十年前からタイムスリップしてきた恋人が、よりを戻そうと言い寄ってきたんです」
すると柳田先生は豪快に笑いだした。
「はっはっは! 冗談はよせ。お前を想っている人間なんて、お前の両親とこの私しかいないぞ?」
「うっは気持ち悪!!」
教師にそんなこと言われても何も嬉しくない。
先生が女性だからあと一歩の所で問題にはならないが、男教師がそんなことを生徒に言ったら一瞬で処分がくだされるだろう。
「ま、何はともあれ問題行動は問題行動だ。来い、生徒指導室で説教だ」
ですよね。
結局連行されることとなったオレは、大人しく先生のあとについていった。
............
十五分程度で生徒指導室での説教が終わり、オレは解放された。
指導と言っても軽く注意換気を受けたくらいで、殆どは夏休みの注意事項を伝えられたくらいだ。
さて、大人しく帰るとするかな。
昇降口で外靴に履き替え、校門を丁度通過した時に懐のスマホが震えた。
スマホを取り出して画面を見ると、一馬からチャットが届いていた。
『ファミレスで待ってるから、用が終わったら来いよー』
オレが断ることなどまるで考慮していない内容。
どうやら、オレの次の行動はオレの意思とは無関係の場所で決定されてしまったらしい。
まぁ、断ることもないから行っとくか。
............
校門を出て十分程歩き、目的地のファミレスに到着する。
値段が手頃なうえ味も良いということで、オレ達学生の間では放課後の人気スポットとなっている。
中へと入ると、最奥の角のテーブル席で机を囲んでいる三人組を発見する。
会話に夢中でオレが入店したことには気づいていないようだ。
その席の横にたどり着き、立つこと十秒。
「うおっ!?」
「ひゃっ!?」
「っ!?」
何気なく自身の机の側に立つオレへと目を向け、そして何故か驚愕の声を上げる三人。
「何だよその態度は。呼び出しといて喧嘩売ってるのか?」
親しき仲にも礼儀ありという言葉を教えてやりたい。
驚きのあまり椅子からずり落ちた体を元に戻しつつ、一馬と桐花が弁明を始める。
「ああ......いや、すまんすまん。ユウが居ることに気付かなくてさ」
「そ、そうそう! 別に分かってて無視してたわけじゃないから!」
オレは冷やかな目でその様子を流し見て、空いている桐花の隣の席へと腰を下ろす。
机の橋に置いてあった呼び出しボタンを押し店員を呼ぶ。
アイスコーヒーを頼み終えた時に、渡が口を開いた。
「ねぇユウ。先生は大丈夫だった?」
いや、先生はもう手遅れだ。手遅れというより嫁ぎ遅れだ。
無論、渡が聞いているのはそんな分かりきったことではなく、呼び出しのことだろう。
無断欠席が指導対象なのは渡達も知っている。
「ああ、何か実際は、殆ど夏休みの過ごし方についての注意事項を聞かされたくらいだったよ」
「そっか。それは何よりだよ」
すると、一馬も口を挟んでくる。
「ま、みっちゃんはそこら辺のこと分かってくれてるからな。ちょっとやそっとのことじゃ憤慨したりしないって」
そこについては同感だな。教師としては問題なんだろうが、生徒としてはありがたい限りだ。
「そんなことより! せっかくの夏休みなんだし、私達もどこかで集まって遊ばない?」
そんな提案をしてくる桐花。
その瞳の輝きは眩いばかりだ。まるでプラネタリウム。
「断る」
「早!?」
そして即座に脚下するオレ。
「えー、何でだよユウ。お前も一緒に遊ぼうぜ?」
既に参加するつもりなのだろう、一馬がオレを誘ってくる。
「そうだよユウ。夏休みに引きこもってばかりいても何も楽しくないよ?」
次いで渡もオレを誘う。
「いやいや、何で夏休みにお前らと顔を合わせないといけないんだよ。オレにだって一人になりたい時くらいあるんだ。放っといてくれ」
それだけ言い終わり、同時に運ばれてきたアイスコーヒーを受けとる。
ガムシロップを一つ投入し付いてきたストローでグルグルとかき混ぜる。
「......まぁ、それもそうよね。楽しいには楽しいけど、毎日この面子だけって言うのもね」
オレに共感する部分もあったのだろう、桐花もぼやく。そしてその不満は伝染していく。
「そうだよなー。恋人でもいれば違ってくるんだろうけど」
続いて一馬も不満をこぼすが、やはり異姓関係のことだった。
「そうだね。何か新しいメンバーとかが加わってくれればいいんだけど」
そして生まれる沈黙。
オレは言うこともなく、ひたすらにアイスコーヒーを吸っていく。
その沈黙を破ったのは一馬だった。
「あ、でもユウはその心配ないか」
ニヤニヤと不気味に笑いながら言う一馬。
「ん? どういうことだ?」
意味が分からず尋ねる。
「だって、お前にはいるんだろ? 画面の中に恋人が! ......ブフッ」
まだその話続いてたのかよ。
そして桐花と渡が必死に笑いを堪えている姿が目に入る。
......。
何故にオレはこんなにも笑い者にされているのだろうか。
オレ、コイツらに何かしたっけ?
......何も思い当たる節が無いということは、これは只の理不尽というものなのだろう。
腹が立ったオレは一気にアイスコーヒーを飲み干し、席を立つ。
「! あ、おいユウ」
声を掛けてくる一馬。
「もう帰る。何だか今日は疲れたしな」
それだけを言い残し、オレは店を出た。
............
「あっちゃー、からかいすぎたかな?」
気まずそうに頭を掻く一馬。
「そう......かもね。後でちゃんと謝っとかないと」
反省の意を示す桐花。
「うん。そうしよう」
桐花に同意をする渡。
三人がしばらく黙っていると、ふと横から声が掛けられた。
「皆さんは、八重雲くんを知っているのですか?」
三人が顔を向けると、そこには白いワンピースを着て麦わら帽子を被った女が立っていた。
か弱く儚げな雰囲気を醸し出すその女に三人が見とれていると、最初に正気に戻った桐花が返事を返した。
「八重雲は......ユウは、確かに私達の知り合いだけど......貴女は?」
「ユウ......ふふっ、彼は今、そのように呼ばれているのですね」
女は優しく微笑み続ける。
「申し遅れました。私、そのユウ君に先程フラれてしまった白峰千歳と申します」
恭しく頭を下げる千歳。
「「「えぇーーーーーー!!!!????」」」
三人が驚愕の叫びを同時に上げる。
その三人の様子に目を丸くして、呆気にとられる千歳。
しかし、やがてその美しい顔に微笑みを取り戻すと、言葉を続けた。
「差し支えなければ、お教え頂きたいことがあるのですけれど......」
三人は、その千歳の顔を心ここにあらずといった様子で見つめていた。




