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リリ、逮捕されそうになる

 青年と別れてからしばらく通りを歩いていると、やがて広場に出た。

 そこには、市場通りに負けないぐらいの人出と、初めに想像したとおりの市場が広がっていた。


 中央にある大きな噴水を囲むように、荷車をそのまま売り場に変えた屋台をはじめ、道に敷いた布の上で商品を広げている、行商と思しき人の露店も見受けられる。

 食べ歩きができそうな軽食も多い(ちなみに設備の関係か、その場で調理している屋台は一台もない)けれど、柄の折り込まれた布類から木彫りの人形らしき、いわゆる“観光地で売っていそうな土産品”まで、色々と並んでいる。


 ここでなら目的も果たせそうだ。


 お金もないのに市場を目指していたのには、当然理由がある。

 ウインドウショッピングを楽しむつもりもあったけれど、最大の目的は、この国の貨幣制度を把握するためだ。

 お金の価値や使い方など、その制度を知るには、実際に使われているところを見るのが一番というもの。


 市場通りで試してみたら、売り子が声を掛けてくるわ、時間が経つに連れて明らかに警戒された視線が刺さるわで、居心地が悪かった。

 まあ、子どもが一人、商品を買うでもなく傍でずっと眺めていれば、かっぱらいの類に思われてもおかしくないだろう。


 その点、この場の雰囲気なら、「誰かを待っているんですよ」風な空気を出していればそこまで警戒されずに眺めていられそうだ。


 噴水の縁に腰掛け、近くの露店で行われているやり取りに、しばらく耳を澄ますことにした。


◇◆◇◆◇◆


 ファンタジーの王道ともいうべきか、この国に紙幣はなく、商取引には基本的に硬貨が使われていた。

 露店での取引では、ほとんど“銅貨”だったけれど、どうやら大きさによって“銅貨”と“小銅貨”に区分けされているようだ。

 珍しいところで、銅貨の下には木製の“木貨”もあった。ただ露店には、それ単独で購入できるものはあまりなく、あくまで小銭扱いの補助貨幣といったところ。

 各通貨は十枚ごとに次の単位に上がるらしい。つまり銅貨一枚イコール小銅貨十枚イコール木貨百枚だ。


 いまだ暦の知識は無いけれど、仮に一月三十日として、売っている食べ物の値段から考えるに、銅貨三十枚弱が人一人の一月分の生活費だろうか。


 この場での取引には額面的に釣り合わないようで、銅貨以上の貨幣は確認できなかったけれど、存在するだろうことは想像に難くない。多分、“金貨”と“銀貨”だ。

 先ほどの装身具店で、値札だけでも確認しておけば良かったか。


 そんなことをつらつらと考えていると、近くで軽食を販売していた屋台に商品の補充があったのか、食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐる。

 邸で昼食を取ってから出てきたものの、それなりに動いたせいもあってか、少しお腹の空きを感じる。

 

 ちなみに、意外にと言うべきか、この世界での食事は普通においしかった。

 生活様式などから受けるイメージだと、もっと大雑把なものかと思っていたけれど、きちんと味付けを考えて作られているのが伝わってくるのだ。


 お金を何とかできたら、次は食べ歩きをしよう。


 それにしても、香辛料が利いた香りが漂ってくるけれど、屋台で売るものに使えるぐらい一般に流通しているのだろうか。

 この香り、胡椒と似ているけれど少し違う気もする。ハーブ類で香り付けをしているのかもしれない。


「良い匂いだよねぇ。あれ、ちょーっとお高いけど、すぐ売り切れちゃうんだよ」

 すぐ近くから聞こえてきた声に目を向けると、いつの間にか隣に一人の女性が腰掛けていた。

 年の頃が十代後半と思われるその女性は、一人何かを納得したように頷いている。


「……私、そんなに分かりやすい顔してました?」

「してたしてた。涎が垂れそうだったもの」


 ぺたぺたと口元を確認してみる。

 ……いや、もちろん垂れてないけれど。念のため念のため。


「それじゃあまるで、私が食い意地が張ってるみたいじゃないですか」

「あれ? この後買ったら一口あげようかなーって思ったんだけど、食べたくなかった?」

「食べたいです!」


 ……はっ、つい本能のままに返事をしてしまった。

 いくらなんでも、初対面の人から食べ物を奢ってもらうわけがない。


 女性は、素直でよろしいー、なんてからからと笑いながらも、

「ま、それはさておき。ちょーっと、そこよけてくれるかな?」

 じゃらり、と鍵束を目の前で振って見せながら、私の足元を指差す。


 何ださておくのか、なんて思いつつ、腰掛けた縁の側面を覗き込むと、確かに何か鍵穴のようなものがある。それを囲むように亀裂が走っているところからすると、どうやらこの一角は、引き出しのようになっているらしかった。

 噴水の縁が引き出しとは珍しい。一体何を収めているのだろうか。


 私が横にどくと、女性は膝をついて鍵を開け、そのまま力を込める。


「よっ……こーいしょっと!」


 間延びした掛け声とともに引き出されてきたそこには、見覚えのある複雑な模様と拳大の青い晶石。


「理晶具……ですか?」

「そうだよー。これで噴水を動かしてるの」

「でもそれ、動いていませんよ?」


 中央の噴水は、今も水を噴き出し続けているけれど、青い晶石は乾いたままだ。

 青の晶石は理力に反応して水を生み出すようだけれど、晶石までの経路に理力の残滓はあれど、石が反応している様子はない。当然、水も出ていない。


「ん? あぁ、これと同じものが、奥と左右に三つあるの。この噴水、本当なら四カ所から水が出るんだけど、三カ所からしか水が出てないでしょ? 調子が悪いみたいでね」

「言われてみればそうですね……それじゃ、お姉さんは修理に来たのですか?」

「修理できると一番良いんだけど……」


 女性は言葉尻を浮かせたまま、理晶具の起動部に手を載せる。

 理力が、刻まれた模様を辿るように、掌から流れ込んでいく。けれど、晶石まで辿り着く前に勢いが弱まってしまい、とうとう停滞してしまう。


 何回か手を置いたり離したりしたものの、いずれも途中で停滞する結果に終わった。やがて、女性は諦めたように首を振って立ち上がる。


「んー……やっぱりダメかぁ」

「理晶具って、簡単に壊れてしまうものなのですか?」

「やー、簡単には壊れないんだけど、たまにあるんだよね。しばらく使ってると急に調子が悪くなる奴が」

 民生品だと特にね、と模様をつつきながら教えてくれる。


「原因とかは……」

「そーだねー、主な原因は三つかな?」

 まず一つ、と指折り数えてみせる。


「晶石が限界で、反応しなくなってる場合。晶石を交換すれば直るけど、ここはこの間交換したばかりだから、今回の不調の原因とは考えにくい」

「ふむふむ」

「二つ目は、“理力詰まり”が起きてる場合。どうも使い続けた理晶具は、理力の通る経路が目詰まりしやすくなるとか何とか」


 見ても分からないけどね、と苦笑を見せるけれど、私には見えているのでそれが原因ぽいことが推察できる。

 実際、理力の残滓が見えるし、さっきの様子も、理力が何かに引っかかるように停滞していた。


「ちなみに目詰まりしてるときは、どうやったら直るのですか?」

「理術士が理力を多めに通して押し開くの」


 それはまた。


「随分と力押しですね……そんな無理して、壊れたりは……」

「さぁ、どうだろう。物理的な疵に弱いのは良く聞くけど、理力の込め過ぎで壊れたなんて話は聞いたことないかな」


 確かに、理晶具に刻まれた模様は複雑もので、この緻密さが求められるのであれば少しの疵でも許容できないのは理解できる。


「で、最後の三つ目。単純だけど、一番嫌なケースだね。単に理晶具が壊れただけの場合。こうなると理晶具自体を直さないといけないから、時間が掛かるし、何よりお金が掛かる」

「お金が掛かるって……そもそもどうしてお姉さんが噴水の修理を考えているのですか?」

「それはもちろん、王都の治安を守るのが、我ら王都守護隊の使命だからだね」


 治安て。噴水の故障に大げさな。

 いや、それより。


「王都守護隊?」

「ん? そうだよ。ほら、ちゃんと隊証も着けてるでしょ」


 言って、二の腕に腕章のように巻かれた青い布を見せてくれる。

 いや、見せられてもそれが守護隊の証とは知らないのだけれど。ただのオシャレかと思ってました。


 ただ確かに、皮の胸当てや手甲、膝当てを着けた彼女の姿は、一般人とは見えないのも事実。

 守護隊……お巡りさんみたいなものだろうか。


「ま、そういうわけで、今できることは、原因が二つ目なことを祈って理術士を呼んでくるってことぐらいかなー」


 お仕事おしまーい、と引き出した理晶具を元に戻そうとする。


「あ、私も試してみたいです!」


 それを制するように、手を挙げて主張する。

 理術士でしか直せない。逆に言えば、これを直せるなら、私は理術士になれるということになる。

 それならダメもとでお願いしてみる手だ。


「試すって……動くかどうか?」

 

 ですです、と頷いて見せる。


「えー……んー、まあいいか。でも、理晶具に疵を付けないでね? さすがに疵を付けられたら、守備隊の隊舎まで御招待しなくちゃならなくなるから」


 あら、意外に簡単に許可が下りた。確かに晶石は簡単に外せないようになっているし、他に盗めるようなものはない。

 きっちり釘は刺されたけれど。


 女性はそのまま、変わらず良い匂いを漂わせている屋台へ歩いていく。初めに言っていたとおり軽食を買いに行くらしい。


 それを横目で見ながら、いそいそと理晶具の前に膝をつく。

 起動部に手を置いてみると、ゆっくり身体から理力が流れ込んでいくのが感じられる。


 そういえば一番最初、ライエル先生の理晶具を使った時には、理力の感覚というのは感じられなかったっけ。理力の糸を編んだりした成果だろうか。


 さておき、やはり見えていたとおり、ある地点まで行くとそれ以上理力が進んでいかなくなる。

 この感覚は、何というか……ゆっくり進んでいる車輪が、小さな段差に引っ掛かって、乗り上げそうで乗り上げない感覚に似ている。軽く一押しすれば、すぐに通りそうだ。


 理力の糸を伸ばす要領で、すでに流れ込んでいるところに少しずつ理力を足していく。

 けれど。


「あれ、意外に硬い……」

 中々引っ掛かりを突破できない。量が少ないのだろうか。それとも勢いか。

 少しやり方を変えよう。


 まず理力を掌に集める。次いで、それをそのまま流し込むのではなく、小さな弾にして撃ち出すようにイメージする。

 イメージが固まって、よし行こう、と撃ち出そうとした矢先。


「そんなに睨めっこしてても、結果は変わらないでしょ?」

 買い物を終えて戻ってきていた女性の声とともに、ぽん、と頭に手を置かれたことが引鉄となって、


「あ」


 少しだけ打ち込もうとしていた理力が、まとめて流れ込んでしまう。

 それまで引っ掛かっていたところを容易く乗り越えた理力は、結構な量が晶石へと流れていく。

 それに反応した晶石が一際青く輝き、一瞬の間が空いて。

 

 どばぁ、と噴水が水を噴き上げた。


 おぉ、高い高い。ほか三カ所の水流は、精々大人二人分ぐらいの高さでしかないけれど、あれ、倍はあるんじゃなかろうか。


 幸い噴水は大きく造られているため、あの高さから水が落ちてきても、飛沫が周りに迷惑を掛けることはなさそうだ。

 むしろ、何かの出し物とでも思ったのか、何人かが水柱を見上げて歓声を挙げている。


 さて、となると問題は。

 ちらり、と後ろを見ると、私の頭に手を置いたまま女性が水柱を見上げている。こちらはさすがに、歓声を挙げるわけにもいかないようだ。

 どうしようか。とりあえず子どもらしさをアピールしてみよう。


「良かったですね! 直りましたよ?」

 いぇい! と笑顔でピースサインを向けてみる。


 そんな私を、女性は、何というか味わい深い表情で見下ろしてくる。

 そんな、お化けを見るみたいな目で見ないでほしい。


「いやいやいや! 君、理術士だったの!? 私、君ぐらいの年齢の理術士がいるなんて聞いたことないんだけど!?」

「いや、私も自分が理術が使えるって知りませんでしたし……」


 そんなわけあるかーい! と両手を高く上げて声をあげる女性。

 実に感情豊かな人だ。見てる分には楽しい。見てる分には。


「いい? 理術士って貴重なの。この街では小さいうちに素質の有無を確認されるし、外から来た人も、街に入るときに確認されて記録されるの」


 なるほど。だとすると、私もすでに確認されていたのだろうか。

 でも、誰も素質があるって教えてくれなかったし……、あ、いや特に聞いてもいなかったっけ?


「ましてや、あの量! 軍の理術士並みじゃない!」

「へー、そうなんですか?」

「そうなんですかって……君、名前は? どこの子? お父さんとお母さんは何してる人?」

「そ、そんないくつも質問されても……」


 女性は落ち着いてきたのか、はぁ、と一つため息を吐く。


「まあいいや。話は、この後隊舎でゆっくり聞くから」

「え!? いや、壊してないですよ?」

 まずい。これは正に「ちょっと署まで来てもらおうか」って奴だ。

 連れて行かれたら、娑婆には戻れないかもしれない。


「あ、あー……あっ! ほらあの人。屋台の人こっちを呼んでますよ。ちゃんとお釣り貰ってきましたか?」

「お釣り? いや、ぴったり払ってきたし……」


 女性は、素直な性格なのか、私が指差さした方を振り返る。


 そうして注意が逸れたことを幸いに、両足へと理力を集中させて一目散に撤退する。

 脱兎。


「誰も呼んでないじゃ……って、速っ!?」


 驚く声を置き去りに、人々の間を駆け抜ける。

 脚力を強化したとはいえ、最高速度の点では、さすがに鍛えている(だろう)大人には分が悪い。けれど、人混みの中となれば話は別だ。


「ちょっと、何で逃げるのさー!?」


 一目散に、一番近かった狭い路地へ逃げ込む。

 ちらりと後ろを見やっても、特に誰かが追ってきている気配はない。

 このまま少し、広場から離れることにしよう。


 でも、考えてみるとこの状況。お巡りさんに疑いを持たれて逃げ出したことになるのでは。

 ……大丈夫かな、私。

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