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おしゃべりの続き

 何度か追いかけっこをした後、部屋に戻ってからはアリシャと他愛ない話をした。


 え、追いかけっこの勝敗? 一度も勝てませんでしたが、何か。

 アリシャが特別運動神経が良いのか、この世界の子どもはみんなそうなのかは分からないけれど、付け焼き刃ではどうにもならないことが分かっただけ良しとしておく。

 もう少し、理力の使い方に慣れてからリベンジしよう。

 トレーニング項目が増えていくなぁ……。


 やがて、エグバートさんとのお話も終わったのか、ライエル先生が部屋を訪ねてくる。


「あ、お父さん。お話は終わったの?」

「まあ、世間話のようなものでしたから。そちらも大丈夫だったようですね」

「もちろん! 身体の調子は何の問題も無し! 少しだけ強めの運動をしてみたけど、息遣いも鼓動もおかしなところはなかったよ」


 寝台脇の椅子に腰掛けたライエル先生に、ニコニコと嬉しそうな顔で報告するアリシャ。

 とても、さっきまで自分のことをお姉ちゃんと呼ばせようとしていた人とは思えない。

 ライエル先生もアリシャの見立てを信頼しているようだし、“助手”というのは伊達ではないようだ。


 にしても、心臓の動きなんていつ測っていたのだろう。

 抱っこされている時だろうか。あれ、抱き付きたかっただけではなかったのか。


「それに、リリ様凄いの! ぴょんぴょん跳ねて、蛙みたいだったんだから!」

 蛙て。……褒められている、のだろうか。飛び跳ねる生き物なら、せめて兎とかでも良かったのでは。


「ええ、部屋から見ていましたよ。アリシャ、最後の方はちょっと本気だったでしょう?」

「そうなの、危うく負けちゃいそうだったんだから」

「いえ、そんな……結局一度もアリシャには勝てませんでしたから。もう少し動けるかなと思ったのですけれど……」

「そんなことはありませんよ。アリシャは男性にも負けないぐらい、身体能力に恵まれていますから。それと良い勝負ができたというなら相当です」

「え、そうなのですか?」


 驚いてアリシャを見れば、うんうん、と頷いている。


 そうか、一般的な子供の身体能力が高いのではなく、アリシャが特別だったのか。そのアリシャに認めてもらえるのなら、理力による身体能力の底上げは十分に役立ちそうだ。

 あれ? でもそうすると……。


「そうですそうです! とても、最近までまともに運動していなかった女の子とは思えないほどでしたよ?」


 そうなるよね。でもさ、仕方ないじゃない。アリシャがそんなに特別だなんて思いもしなかったんだから。


「あ、あはは……まぐれですよきっと。すぐに息切れしてしまいましたし」

 この話の流れはよろしくない。今のところ、理力操作の話は誰にもするつもりはないのだ。

 強引にでも話を変えなければ。


「と、ところでライエル先生は、エグバートさんとどんなお話をしていたのですか? 世間話って仰っていましたけれど」

「あぁ、その……イングベルト様のお帰りが遅れそうだと耳にしたものですから、その確認をしていたのです」

「そうなのですか? 何か予定外のことでも……」


 確か巡視任務だと聞いているけれど、それが遅れるのであれば何かよろしくないことでもあったのだろう。

 私の疑問に、ライエル先生は少しだけ迷ったような顔をしながらも口を開く。


「どうやら、巡視任務に向かった先で魔獣の発見報告があったらしく、討伐任務に切り替わったそうなのです」

「魔獣……」


 そういえば、王都近郊でも珍しくないとと言っていたっけ。そして、見つかり次第すぐに討伐されるとも。

 それにしても、あくまで巡視のつもりでいた部隊が、そのまま討伐に移行して大丈夫なのだろうか。

 でも、ライエル先生の話し振りだとそれが当然のようでもある。

 魔獣単体であれば訓練された兵士には問題とならないのか、はたまた一刻を争うのか、それとも……。


 うっかり思索に耽ってしまった私の沈黙をどう受け取ったのか、ライエル先生は少し慌てたように言葉をつなぐ。


「あ、心配はいりません。討伐自体は問題なく行えたそうですから。ただ、どうしても事後処理などがあるため、お戻りが予定より遅れてしまうのです」


 どうして慌てているのだろうと思って、思い当たる。

 そういえば、私は魔獣に両親を殺されているのだった。そこに、またイングベルト様(かぞく)が魔獣に遭遇したと言われれば、普通、心穏やかではいられないだろう。


「そう、ですか……それは何よりです」


 実のところ、そこまで心配はしていない。というより、あまり実感がないというのが本音だ。

 これまで面倒を見てもらっていたことへの恩義は、当然感じているものの、まだ言葉も交わしていないため“家族”という印象は薄いのである。


 と、何だか微妙な空気になったことを察してか、アリシャがポンと手を叩いて話題を変える。


「で、でもそうすると、リリ様のお出掛け、しばらくお預けになってしまいますね」

「お出掛け?」

「そうなの、リリ様街に出掛けてみたいんだって。でも、イングベルト様のお許しがないと難しいですねって話していたの」


 む……確かにそうなってしまうのか。

 そこまで遅くなることはないだろうけれど、それは大問題だ。


「それは仕方がないですよ。それに、ライエル先生からもお許しをいただかないとなりませんし……」

 ですよね、とライエル先生を見ると、少し苦笑いをされる。


「そうですね……しばらく様子を見たいところではありますが、先ほどの動きを見る限り身体に問題はないようですし、構いませんよ」


 思いの外あっさりと許可が出た。そんなつもりはなかったけれど、何だか催促したみたいだ。

 こうなると、ますますイングベルト様の戻りが遅れるのが残念だ。やはり、何か考えなくてはならないかもしれない。


「ところで、出掛けるときにはアリシャも一緒にお願いしたいのですけれど……構いませんか?」

「リリ様の御付きにするのは、少し不安ですが……さっきも、粗相などしませんでしたか?」

「そ、粗相なんてしーてーまーせーんーっ! ねっ、リリ様?」

「え? うーん……」

 姉と呼ばせようと迫ったり、抱き付いて離れてくれなかったり、あまつさえ匂いを嗅ごうとしたりするのは粗相といわないだろうか。

 まあ、姉になろうとするのは違うか。……違うかな?


「あ、あのリリ様? そこで沈黙されてしまうと私の頭部が危ないのですが……」

 見れば、ライエル先生が微笑みながら拳を握っている。

 このまま何も言わずに先が見たい気もしたけれど、さすがに申し訳ない気持ちが先に立つ。


「ライエル先生、冗談です。アリシャはとても良くしてくれましたよ? それに、私からお願いしたことですから」

「そうですか……であれば、お好きなように連れ回してください。少々非常識でずれたところのある娘ですが、物は知っておりますので」


 え、非常識なの? その常識をこそ教えてもらいたいのだけれど。

 しかし、不満げな顔をしつつも、否定はしないんですねアリシャさん。

 大丈夫かな。まさかの非常識コンビ結成だろうか


◇◆◇◆◇


「さて、ではそろそろお暇させていただくとしましょうか」

 何となく話が一区切りしたところで、ライエル先生が席を立つ。

 それを見たアリシャも、若干物足りないような表情をするけれど、何も言わずに立ち上がる。


「あ、では玄関までお見送りします」

「へっ? いえ、そんなわざわざ……」

「気にしない気にしない」


 驚いた様子の二人の背中を押して、一緒に部屋から出ていく。

 この世界の常識では、貴族が平民を自ら見送ることはないかもしれないけれど、私の中では来客を見送ることは当たり前だ。


 それに、私にはやらなくてはならないこともある。


 そうして、三人揃って玄関まで来たところで、ライエル先生が一礼をしてくれる。


「それではリリ様。これからは定期的にアリシャを来させますので――」

「リリ様と一緒のお出掛け、楽しみにしてますからね!」

「はい、私も楽しみにしています」


 前のめりなアリシャの襟首を掴んで、ライエル先生が玄関を出ていく。

 何というか、仲の良い親子だと思う。


 おっと、忘れないうちにやっておかなくてはならないことがある。

 閉まりかける扉に手を掛け、後ろ向きに引きずられていくアリシャへ一言。


「また来てくださいね、アリシャ“姉さま”」

 にっこり笑顔で、ばいばい、と手を振ってから、すぐさま扉を閉める。


 直後、十二、三歳ぐらいの女の子が扉に激突したような音がしたけれど、気にしないことにした。

 次回、初めてのお出掛けです。


 恐らく、次も土日どちらかの更新となります。

 御了承下さい。

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