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追いかけっこ

 アリシャさんと手を繋いで邸の外へ出る。

 ちなみにライエル先生は、エグバートさんと何か話があるということで二人だけだ。


「あー……」


 狭い。

 確かに庭はあるけれど、その広さは私の足でも一分あれば一周できそうなもの。

 何というか、都会の庭付き一戸建てという感じだ。

 

「リリ様、今“狭い”って思ったでしょう?」

 エスパーか。

 そういえば、同じことをライエル先生にも感じた気がする。親子揃って心が読めるのか。

 それとも表情に出ていたのだろうか。


「イングベルト様のように騎士爵のみを持つお方は、こうのくらいのお邸に住むことが多いんですよ。お役目で外に出たりすることが多いからって」

「そういうものなのですか……」

 ずいぶん実際的な話だ。騎士というと、格式とか体面も気にするイメージがあったけれど。


「さて、それじゃ歩きましょうか!」


 手を引かれて歩き出したものの。

「戻ってきてしまいました」

 予想どおり、一分かそこらで邸の入り口に戻ってきてしまう。


「アリシャさん、運動になっている気がしないのですけれど……」

「そんなことはないですよ? こうしてゆっくり歩くのもいい運動なんですから」


 もう一周ですよー、と歩き出すアリシャさん。

 はぁい、と我ながら気のない返事を返していると自覚しつつ、付いていこうとして、ふと気付く。


 改めて見ると、アリシャさんの身体を覆う理力は密度が濃く、流れが整っているように見える。

 試しに理力の糸を伸ばして触れてみると、最初は感じなかったけれど、何処か力強い反応を返してくる。


「アリシャさんは、何か武術を習っているのですか?」

 私の脈絡のない質問に、アリシャさんは不思議な顔をして振り返ると、


「……ところで、リリ様はどうして私のことを“さん”付けてお呼びになるのですか?」

 全く関係のない質問を寄越してきた。


「ふぇ? いえ、アリシャさんの方が年上ですから」

「それはそうですけど、リリ様は貴族です。歳も近いのに、“さん”付けはおかしいですよ?」

「それは分かっているのですけれど……」


 精神的な年齢では、倍近い年下なわけでもあるし。


「では……、アリシャさんのことをお友達と思ってもいいですか……?」


 考えてみれば、「友達になりましょう」って言って友達を作った記憶なんてない。

 あれ、何だこれ。もの凄い緊張する。青春かっ!


 そんな、私の内心を露知らず、きょとんとした顔をしていたアリシャさんは、 


「はい! では私とリリ様はお友達ですっ!」

 むぎゅ、と抱き締めて返事をくれた。


「あ、それならアリシャさんも――」

「でも私は、話し方変えられませんからね?」


 お父さんに怒られてしまいますので、と舌を出す。

 ……先手を取られてしまった。


「何だか……凄く座りが悪いです」

「それは仕方ないです。慣れていただかないと」


 言いたいことは分かるけれど。

 頬ずりしながら頭を撫で回すのも、十分怒られることだと思いませんか。


 一通り撫で繰り回して満足したのか、アリシャが身を離す。


「えっと……それで、武術をやっているか、でしたか? んー、特別何かを習っているわけでは……あ、以前護身用にナイフの使い方を習ったことがあります。筋が良いって褒められたんですよ」

「ナイフで護身術、ですか?」

「往診とかで、街の外に出ることもありますから。野生の獣対策ですね」


 ひゅっひゅっ、と風切音を言いながら、ナイフを振る真似をしてくれる。

 切り、突き、払いを連続するその様子は、思いの外、堂に入っている。


「でも、人を襲うような獣をナイフ一本でどうにかするというのは、むしろ危険なのでは?」

「そうですね、どちらかというと心構えのためです。例えナイフでも、“自分は戦える”って思えれば、気持ちに余裕ができますから」


 話しながら興が乗ってきたのか、アリシャは軽いステップを交えつつ、くるくるとエアナイフを振り回してみせる。

 最後は、見えない何者かを一刀両断するかのように、腕を真横に振り抜いて動きを止めた。


「アリシャ、格好良いです」

「ふふふ、ありがとうございます」


 散歩を再開しながら考える。


 さっき見た限り、理力の流れは、アリシャの振り方に合わせるように腕や踏み込みの足に寄っていた。

 やはり想像したとおり、理力は身体能力の増幅にも使用できるようだ。


 私も、うまく流れをコントロールできれば、アリシャの抱き付き攻撃から逃げられるくらいの身のこなしができるようになるだろうか。


 ちょっと試せないかな。……いや、別にアリシャから逃げたいわけではないけれど。


 でも、私もナイフを振ってみたい、と言ったところで却下されることは目に見えている。

 何かないだろうか。軽い運動になりそうで、危なくなくて、そしてできれば子供らしい提案……あ。


「アリシャ、追いかけっこをしませんか?」

「追いかけっこ、ですか? んむむ……あまり走り回るのは……」

「なので、走って逃げ回るのではなく……」

 身振りも交えて、アリシャにやり方を説明する。


「えーと、つまり小さく区切った円の中で、私はリリ様に抱き付こうとして、リリ様は私から逃げ続ける、ということですか?」

「そういうことです!」


 これなら走り回らなくて済むから大丈夫、と思ったのだけれど。


「……リリ様は、そんなに私に抱き付いてほしくなかったのですか……」


 予想外のところでアリシャにダメージが。


「え、や、いえ、そんなことないですよ? 私、アリシャにぎゅってされるの嫌いじゃないです」

「……本当ですか? じゃあ、追いかけっこじゃなければ、抱き付いてもいいですか?」

「も、もちろんです!」

「ふふふー、それなら良かったです。これで遠慮なくリリ様のこと抱っこできますねっ」


 ではでは追いかけっこしましょうか、と語尾に音符が付きそうなぐらい御機嫌な様子のアリシャ。

 あれ? 私はめられましたか?


 ……まあいい。当初の“追いかけっこをする”という目的は達成できそうなのだ。

 今のやり取りについては深く考えないことにしよう。


 庭の中央に移動して、二人で向かい合う。


 ゆっくりと理力の流れをイメージして、両足に寄せていく。

 動くタイミングに合わせて、その都度動かすのが一番なのだろうけれど、さすがにいきなりできるとは思えないので前もって準備しておく形にした。 


「それじゃあ、始めますよー……ていっ!」

 明らかに手加減をしている速さで、両手を伸ばしながら歩み寄ってくるアリシャ。

「――やっ!」


 向かって来るアリシャの、横に回るイメージでステップを踏む。あまり力を入れたつもりはなかったけれど、思いの外勢い良く身体が動いてしまう。

 危うく前のめりに転びそうになるが、どうにか耐える。


「むむっ? 中々の身のこなしです。次は少し速くしますよー……とぉっ!」

 宣言通り、さっきよりも速いかったが、後ろに跳んで身を躱す。今度は危なげなく着地できた。


 そんな交差を何度か繰り返す。

 うん、やっぱり理力の使い方次第で、多少なりとも体格差のハンデはどうにかできそうだ。


 次はもう少し複雑な動きをしてみようと思うものの、アリシャはこちらに気を遣っているのか、一度交差するたびに間を置いてしまう。

 何か方法はないかと考えてみて、本気を出してもらう方法なんて定番のものぐらいしか思いつかない。


「アリシャ、もしこのまま私が、十回逃げ切ったら一つお願いを聞いてくれませんか?」

「お願い、ですか? えぇと、その、私にできることであれば……」

「その代わり、アリシャが捕まえられたら、一回だけ、アリシャのことを“姉さま”って呼んであげます」

 こちらが勝った時の条件を出すなら、あちらが勝った時の条件を出すのが公平だろうと考え、半ば冗談のように付け足した言葉。


 その言葉に、アリシャの動きがぴたりと止まる。


「……分かりました。リリ様が勝ったならば、私の命に代えてもお願い事を叶えて差し上げます」

「え、いや、そんな重いことをお願いするつもりはないのですけれど……」


 というか、アリシャさん、目が怖いです。


「では始めましょうか、リリ様。御覚悟です――!」

 それまでとは打って変わった身のこなしで飛び掛かってくるアリシャ。


 あっ、これアカンやつや。

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