人間関係の日
「起きなさいよ、いつまで寝てるのよ由良!」
「うう~。起きます…。」
だらしなく寝ていた由良の毛布を引き剥がして美夜子が両手を由良の頭に乗せた。寝癖の付いた髪をぐしゃぐしゃとかき回すように撫でる。
「わかったよぉ。起きるよ。ふぁ~。」
目を擦り大きな欠伸をした由良の目の前には、既に隙無く着飾った親友の姿があった。
「さっき鈴奈さんから連絡あったのよ。あんたを起こして連れて来てって。早く顔を洗って支度して頂戴。」
鈴奈の名前を聞いた途端、由良は覚醒したのか慌ててベッドから下りた。駆けるように洗面所へ行って洗顔を済ませて戻ってくると、二人で共同使用のクローゼットを開き、引き出しから水色の長袖シャツと黒いストレートジーンズを引っ張り出す。忙しくそれに着替えはじめた。脱いだジャージをベッドへ放ると、美夜子がそれを畳んでくれる。
手厳しく起こした割りに、親友の機嫌は良さそうだった。解析の結果を見せた美夜子は凄く鈴奈に褒められて、更に二人は親しくなったように思える。難しい内容の話題で盛り上がる親友と指導者は、一層似て見えた。自分以外の誰かと仲良くなっていく美夜子を見て嬉しいと思う反面、ほんの少しだが寂しくも感じた。
「お腹空いたなぁ。」
クローゼットの扉に付いている小さな鏡を覗き込んで、お義理のようにブラシを髪に通すとくるっと親友の方を振り返った。小さく溜息を付いた美夜子が、立ち上がってブラシをもう一度かけてやる。
「ハイ。あんた何もつけなくていいの?」
「いらないよ。ちゃんと顔も洗ったし、寝癖もそこまでひどくないでしょ。さ、いこ。」
クリーム色のブラウスに黒のボレロ風のカーディガンを羽織った美夜子は、外に出るための身支度に最低でも三十分かかる。なのに親友と来たら、起こされてからまだ三分足らずでもう人前に出ようと言うのだから呆れる。
でも今更何を言っても仕方が無い。由良はそういう娘なのだ。
食堂に行くと、鈴奈貴緒主従が既に朝食を食べていた。隣に菫の姿がある。
「お早うございます。」
「待ってたわよ。今日、ちょっと付き合ってもらいたいところがあるの。」
「ハイ。サーベル持ってきますね。どちらへ?」
「…戦闘するわけじゃないわ。今日は本当に普通の仕事よ。川越まで一緒に行って頂戴。」
「川越?ああ、倉庫のある?」
「あんた知ってるの?」
自分の知らないことを親友が知っている事に美夜子が驚いたように声を上げる。
「うん。一度だけしゅ…爆発物除去の時に手伝いに行ったことがあるから。とても広いガレージみたいなところ。」
一度言いかけた言葉を飲み込んだ親友をちらりと睨んで、美夜子は指導者に向き直った。
「そこで何を?」
「城之崎さんの受け入れを頼もうと思っているの。川越の施設なら空きがあるって連絡を受けたから。手伝ってもらえるかしら?」
「あ、そうなんだ。よかったね、菫さん。勿論、手伝いますよ。」
「ありがとうございます。由良さんには色々ご迷惑を…かけてしまって。」
「大したこと出来なかったよ。ごめんね。…がんばって、いいお医者さんになってね。そしたら私の事も診て貰えるかな。」
「きっとなります。必ず。」
恥ずかしそうに笑った菫は、そっと由良の手を握ってもう一度丁寧に礼を言った。
「由良さんがあの時かばってくれたから、いまのわたしがあるんです。きっとまた会えますよね。」
「きっと会えるよ。川越なんて近いじゃない。と、その後外国に留学しちゃうんだっけ。でも、案外世の中って狭いもんだし、ね。」
力強く菫の手を握り返して精一杯優しく笑いかけた由良は、美夜子の横からつつかれて、手を放した。
前回そこを訪ねたときは無人だったのに、今日は何人もの人影が忙しそうに立ち働いていた。
古風な蔵のような大きな建物の中は、一歩踏み込むとまるでガレージだ。数台の地上車やエアカーが駐車してありそれらを整備する人たちが、入ってきた指導者の姿を見て騒然となり次々に作業を中断して寄ってくる。
「マドンナ!こんにちは。連絡を受けております。」
背丈は由良より少し高いくらいの若い青年が作業着姿のまま挨拶した。鈴奈の前へ進み出てにっこりと笑う。柔和な顔立ちの、優しげな男性だった。手袋をはずして、少し汚れた灰色の作業着のポケットにねじ込むと右手を差し出す。
「立原さんね?受け入れをお願いしたい子を連れてきたわ。」
軽く青年の手を握るとすぐに向き直って後ろに従えて来た菫を紹介する。スーツケースを手にした菫がおずおずと前に出て小さく頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
彼女の荷物を持ったままの由良と美夜子の方へ、立原、と呼ばれた青年の後ろにいた他の人間が寄ってくる。
「彼女の荷物これ?俺たちが運ぶよ。ありがとな。」
安西兄弟と同世代くらいの青年たちだった。二人から荷物をそっと受け取って愛想よく笑った。
「立原敬三です。川越の施設長で、三年目になります。よろしくね、菫ちゃん。」
菫とも握手を交わすと、彼らは彼女を囲むようにしてガレージの奥へと連れて行った。
「うまく馴染めるといいですね。」
「基本的に施設の人間には新入りに親切であるよう指導してるから大丈夫だと思うわ。ある意味ここに来る人たちは皆同じ辛さから逃げてきたわけだから、理解しあうのが難しくないはずなのよ。」
「同じ辛さから…。」
「そうよ。周囲に受け入れてもらえずにここへ来るわけ。社会のはみ出し者集団って所ね。それにしてははみ出た人間が多すぎやしないかって思うけど。人口比率から考えたら半分近い人間が施設にいるってのに。どうしてその異常さに誰も何も感じないのかしら。」
「鈴奈様…。」
「その異常な事実から目を背けさせているものがあるからですね。」
「…保身ね。利己主義とも言うわ。」
鈴奈と美夜子の会話が難しくなる。途端に由良は頭を掻いた。二人の難解な議論には到底ついていけないのだ。つまらないので、由良はガレージの作業を再開した人達の方へ歩み寄っていった。一番近くにある真っ赤なボディの地上車は、二人の若い女の子がワックスをかけて、もう一人の女の子が運転席からたくさんの配線で自分の端末を繋げている。
「…ううぅ~。入力のコマンドがどうしてもわからない~。どうするんだっけ、さやか、覚えてる?」
端末を抱えたその女の子が、フロント側にワックスをかけている女の子の方を見た。
「あたしにプログラムの事聞かないでよ。…思い切って問い合わせたら?教えてくれるかもよ?」
「ええ~?…あの人、怖いんだもん。聞くのヤダ。」
「確かに怖い。顔そのものはかなりいいのに、おっかなくって声かけられないもん。」
作業する女の子達の会話を聞いているうちに、由良は一人の青年が脳裏に浮かぶ。
「ひょっとして、それ秀さんのこと?安西秀?」
思わず声をかけてしまった。三人の女の子がいっせいに由良の方を見る。そして慌てて寄ってきて、由良の口を塞ぎ、周囲を見回した。近くにいるのは議論に熱が入った美夜子とマドンナ、そして自分達だけだと知ると、女の子達は胸をなでおろしたようだった。
「呼び捨てになんかしたら駄目よ。怖いんだから。睨まれちゃう。…ていうか、あなた誰?」
「あ、ごめんねいきなり割り込んだりして。私、今日マドンナと一緒に菫さんの引越しに付き添ってきた庄司由良っていいます。菫さんはあっちね。」
「東京支部の幹部に入ったっていう女の子?じゃ、あっちでマドンナと話してるのがもう一人の?」
「うん。あの子は高野美夜子だよ。どうして知ってるの?」
「知ってるも何も有名だもん。どこの施設にも属さなかった女子高生がマドンナの隠れ家にいるって。一人は男の人顔負けなくらい物凄く強い女の子で、あの安西兄弟でさえ舌を巻くくらいって噂だよ。それ、あなた?」
「やあ、照れるなぁ。私そんなに有名になってたの?」
「じゃああっちの可愛い子が、マドンナの片腕になるって噂の?」
「へえ、そうなんだ。知らなかったなあ、美夜子は鈴奈様の片腕になるんだ。」
噂ほどあてにならないものはないというが、当の二人は自分達の事がそんな風に施設の人たちの間に広まっているとは全然知らなかったので、事実とは違う噂の内容に少し驚いた。
だが由良は敢えて否定も肯定もしなかった。どう答えるべきかわからなかったからだ。
「それより、何か聞きたいことがあるんじゃなかったの?プログラムのこと?」
「あ、そうだった。ナビシステムの、目的地検索で道筋を入力する所でつっかえちゃって…難しいんだもん。」
「秀さんならわかるの?」
「そりゃあ…このシステム作ったの彼だからねぇ。でも聞くの怖いし。」
「メールで聞いちゃえば?」
「彼は殆どメール返さないよ。よっぽど緊急でない限り。」
「そうかなぁ。秀さん、優しいよ?聞いたら教えてくれると思うけど。」
二人の女の子は顔を見合わせてぶるぶると首を振った。
「怖いよぉ。ほとんど口も聞かないし。いっつも無表情だし。目が合うと睨まれるし。女の子だって殴るらしいじゃない。」
「う、うーん。まあ、それは事実かもしれないけど…親切なところもあるよ。」
弁護が下手くそな由良である。誤解されがちな彼を、どうにか理解して欲しいが、うまく言えない。自分の愚かさ加減に呆れてしまう。美夜子ならば言葉の選びようも違うだろうに。
「由良さん、でしたっけ。親しいみたいですね?怖くないんですか?」
「怖い所もあるし、優しい所もあると思うけど。美夜子ー、ちょっと端末貸して?」
「いいわよ?誰にかけるの?かけてあげるわよ。」
呼ばれてこちらに顔を向けた美少女に、作業していた女子二人は目を丸くする。
「秀さんを呼び出して欲しいんだけど。作業してる子が、わからないところを聞きたいんだって。」
柔和な表情をにわかに険しく変えた美夜子は、気に入らない男の名を聞いて不親切に変わった。
「あたし、あの人とは口聞きたくない。つなげてあげるから、自分で喋って。」
「美夜子まで…。もう、それでいいから、貸してよ。困ってるみたいだからさ。」
美夜子はカード型端末を由良に手渡すと、すぐに鈴奈の方に向き直る。鈴奈がくすりと笑った。
「なんだ?」
小さな端末の画面に秀麗な顔が映ると低い声で返事が聞こえた。
「すみません。由良です。今川越に来てるんですけど、整備の作業してる人が教えて欲しいことがあるって。」
「担当者に換われ。」
「ハイ。」
由良が端末を女の子に差し出すと、こわごわとそれを受け取った彼女がぎこちなく喋り始めた。
「お世話になります。ナビシステムの事でお聞きしたくて。」
「搭載する車種と通し番号、ナビシステムの種類をこっちへ送れ。すぐに返送する。あて先は木下里香の直下フォルダでいいな。何がわからないんだ?」
「目的地検検索の工程を入力する方法が…。」
「わかった。二分以内に返す。他には?」
「ありません。」
「では、由良へ戻せ。」
木下里香は、秀が自分の顔を見ただけで名前まで覚えていたことに驚いたまま端末を由良へ返した。
「どうもありがとう、秀さん。忙しいところ、ごめんね。」
「他にわからないところがあったらいつでもメールで聞いてくれ、と伝えてくれ。早急に対応する。」
「わかりました。伝えます。」
「では、切るぞ。」
ブツっと音が聞こえそうなほどそっけなく通信を切られる。
由良が礼を言って美夜子に端末を戻すと、びっくりしたような顔の里香とさやかがこちらを見ている。
「親切だったでしょ?」
「親切…?かな?でも、すぐに対応してくれるとは思わなかった。もう返信が来てる。ていうか、あたしの顔と名前知ってるとは思わなかった。意外って言うか驚いたっていうか。」
「まあ、愛想がいいとまでは言えないけど、理由もなく意地悪するような人でも無いと思うよ。」
由良がにっこりと笑って言った。噂では男顔負けの戦闘力の持ち主だという女子高生は、つりあがった目こそきついが、きさくだった。何気なく困っている様子を見て声をかけて手を貸してくれる気安さも不思議な程人懐こい。
「ありがとう。あたし、木下里香。こっちは妹のさやか。」
里香は端末から顔を上げて由良に手を差し出した。
「姉妹なんだ。すごいね、車の整備が出来るなんて優秀なんだね。」
「飛行艇も好きなんだけど、まだそっちは試験が通らなくて出来ないの。ね、安西兄弟と一緒に暮らしてるんでしょ?流河さんって、どんな人?優しいの?」
「うん。面白くて優しいよ。」
姉妹と握手を交わした由良は、控えめに応えた。
「じゃあさ、金髪の外国人いるでしょ?あの人は?どんな人?たまにマドンナが連れて歩く所見たことあるんだけど、一緒に住んでるって聞いてるんだよね。日本語も流暢で、凄く綺麗な人だよね。」
「綺麗で優しくて料理が上手な人だよ。」
「へぇ~っ。いいなぁ…あたしもいいと思ってたんだ。もてるんだろうなぁ。」
「もてるらしいよ。」
「ねぇねぇ、いつも一緒にいるの?御飯とか一緒に食べたりする?」
「そう言うときもあるよ。」
里香とさやか姉妹は嬉しそうに聞いてきた。マドンナの周りにいる数人の幹部の事をやたら聞きだしたがる。小さく嘆息して、由良は聞かれたことにいちいち答えた。施設の女の子たちは、マドンナの周りの人たちのことに興味津々らしい。
「そんなに興味があるのなら隠れ家にくればいいじゃない?」
鈴奈がそばに寄ってきて、声をかけた。途端に、姉妹は引き下がる。
「いえ、そんな、とんでもないです。」
「鈴奈様。」
さっと仕事に戻っていく姉妹を苦笑して見送ったマドンナが、ちらりと由良を見た。
「貴方って不思議ね。貴方にかかると、あんなに恐れられてた秀でさえ、怖くない人になっちゃうのね。」
「普通の人じゃないですか。」
「普通じゃないわよ。あんなおっかない人。まともに相手が出来るあんたがどうかしてるわ。」
美夜子が口を挟む。由良が初対面で殴られて以来、彼女は秀を決して許さないかのように敵視する。
そんな親友の様子に、由良は眉尻を下げて困った顔をする。それがまた気に入らないかのように、美夜子はまた口を尖らせた。
「普通の定義がどこにあるかによるわね。普通の人なんて、どこにもいないのよ?」
マドンナが無邪気な声でそう言って笑った。
隠れ家に戻ると、セイラが慌てたように食堂からエプロンをはずしながら出てくるところだった。
「ああ、おかえりなさい。菫ちゃんは大丈夫だったかい?」
「ただいま。ええ、問題なく受け入れが済んだわ。どうしたの慌てて?」
「うん、秀が珍しく手伝ってくれって言うから。ちょっと彼の所に。」
「あら、本当に珍しいわ。彼が人の手を借りたいって言うなんて。」
「なんか急に問い合わせメールが増えたらしくて、対応が遅くなってしまうからって、どうしたのかな。今まで彼の所に問い合わせメールなんて滅多にこなかったのに何があったんだろ。とにかく行って見るよ。」
秀の私室へ足早に向かう金髪の異邦人の姿を見送って、マドンナは由良と美夜子を振り返った。
「お茶も入れてもらえないとはね。…こんなこともあるのね。」
「セイラ程おいしくはないかもしれないけど、私達でよかったら淹れましょうか。」
「お願いするわ。」
食堂の中へ入って、いつもはセイラのいる厨房へ美夜子と由良が入る。
「美夜子ってば、お茶の入れ方わかるの?」
「お茶くらい誰でも淹れられるでしょ?あんたまさかわかんないの?」
「や。あの、正直言うと、このキッチンの使い方がわからないから。下手にいじって壊しでもしたらセイラに怒られちゃうし。」
「あんた、しょっちゅうここに入り浸ってて、なんにも見てないの?たまにはセイラの手元くらいちゃんと見てみたらどうなのよ。料理から洗濯から掃除からなんでもしてもらってて、恥ずかしいと思わないの?」
親友の剣幕に、由良は一言もなかった。
「は、恥ずかしいと、今思いました。すみません。」
「もういいわ。あんたは鈴奈様のところにもどって話し相手でもしてなさいよ。」
「ハーイ…。」
すっかり意気消沈してしまった由良が指導者のところに戻ってくると、鈴奈がまた笑った。
「追い出されたのね?」
「ハイ。」
「あたしも追い出されるわよ。セイラがいるときなんかいつも追い出されちゃう。向いてないものはどうしようもないわ。貴緒だってあたしには皿洗いさえさせてくれないもの。」
それは由良が追い出されるのとは意味が違うのではないだろうか。由良は本当に家事において無能だから追い出されるのであって、鈴奈の場合は、指導者たるものにそんなことはさせられないような、相手を尊重した意味で追い出されるのだろう。
テーブルに頬杖をついてお茶を待っていた指導者は不意に顔を上げて嬉しそうに顔をほころばせた。何事だろうと由良も彼女の視線の先を見つめる。
「遅くなりまして。申し訳ありませんでした、鈴奈様。」
白皙の美青年、ならぬ美女の貴緒が白いスーツ姿で靴音を響かせながら食堂へ入ってくる。いつ見ても凛々しくて、カッコいい女性だ。すらっとした長身をゆっくりと屈めて鈴奈の隣りに腰を下ろす。
「いいのよ、由良さんと美夜子さんに一緒に行ってもらったから大丈夫よ。」
「今日は、貴緒さんはどちらへいってらしたんですか?」
いつも一緒の主従が今日は別行動だったのが不思議でならない由良が尋ねた。
「母の命日なので、実家へ戻っておりました。ご迷惑をかけましたね、由良さん。」
「あ、そうだったんですか。」
「由良さんと美夜子さんが来てくれたから、貴方を実家へ戻してやることも出来るようになったわ。本当に助かるわね。そのうち、刀麻とデートする時間も余分にやれるかもしれないわよ。」
鈴奈が優しく笑って部下を思いやる表情を見せる。鈴奈は貴緒には優しかった。いつも傍にいるせいもあるだろうが、童顔にしたたかな本性を押し隠している指導者の全てを理解しているかのような貴緒に、鈴奈も心を許しているように見える。
「そんな」
嬉しそうに頬をうっすらと染めて照れる貴緒を見ていると、由良もなんだか嬉しくなった。貴緒と刀麻のカップルは、いつ見ても初々しくて、仲が良くて、羨ましい。こんな風に付き合えたら、きっと幸せなんだろうな、と思えてくる。
「私でよかったらいつでも使ってください。刀麻さんとデートして貰えたら私も申し訳が少しは立ちます。いつも刀麻さんには手当てしてもらってるから、そのお返しになれば。」
「ですってよ?よかったわね、貴緒。」
「ありがとうございます。ご迷惑をかけますね、由良さん。」
そこへ美夜子が紅茶を運んできた。そっとトレイを置いて、ミルクや砂糖を置く。
「こんにちは、貴緒さん。紅茶でいいですか?」
「はい。ありがとう、美夜子さん。悪いですね、セイラの代わりまでさせてしまって。」
「彼も忙しいんでしょう?出来ることはなるべく自分でやれるようにって思ってますよ。」
きっぱりと言い切った親友に睨まれて、由良は大柄な身体を小さくした。立場が無い。
「どうして急に問い合わせが増えたんでしょうね?」
不思議そうに美夜子が言う。そっと紅茶のカップに砂糖を入れた。静かに中身をかき回す。由良はミルクをたっぷり注いでろくに混ぜもしないでカップを口に運んだ。美夜子の出したミルクは冷たいので、ちょうど飲み頃の温度になるのだ。
「由良さんのせいじゃないかしら?」
「へ?私の、ですか?」
カップを口に運びながら指導者が意味ありげに笑う。
「今日、川越で作業してる女の子達に秀へ問い合わせさせたでしょ?あれで秀がそんなに怖い男じゃないってわかったからじゃないかしら。気楽にメール送れるようになっちゃったのかも。」
「それって、まずい事なんですか?私迷惑かけちゃったのかな?」
「どうかしら?迷惑ならはっきりそう言う男だから、本人に聞いてみて?」
困ったように眉根を寄せる由良を、親友の美夜子がこづいて気にすること無いわよ、と慰める。
貴緒が事情を聞いて、くすりと笑った。
「迷惑してるかもしれませんけど、由良さんが悪いわけじゃないと思いますよ。多分。」
ストレートのまま紅茶をゆっくりと飲む貴緒がそう呟くと同時に、セイラが食堂に戻ってきた。鈴奈が手を上げてこちらに来るように声をかける。
「おや、今日は誰が紅茶を入れてくれたんだい?僕も頂けるのかな。」
鈴奈の向かい側に腰を下ろした金髪の青年が、テーブルの上を見て嬉しそうに微笑んだ。
「あたしよ。セイラもよかったらどう?」
「美夜子ちゃんが淹れてくれるなんて嬉しいね。出来たらミルクは温めてくれるかい?」
頷いて、親友が席を立ち厨房へと足を向けた。悪いね、と一声かけてセイラが嘆息する。
「どうだったの?問い合わせがたくさん届いてるって話だったみたいだけど…?」
鈴奈が面白そうに問いかけた。
「そりゃ、問い合わせってって言えばそうなんだけどさ。ほとんどアレ、デートのお誘いメールだよ。差出人殆ど川越の女の子ばっかりだったし。秀も凄く困ってたみたい。どう返信すべきかわからないって。」
「あははは!!やっぱりねぇ!!」
鈴奈と貴緒が同時に笑い出した。
「あの、私のせいで迷惑かけちゃったわけじゃないよね?」
由良が申し訳なさそうに言うと、セイラが軽く手を振った。
「元々彼はもてるんだよ。だってあんなにハンサムじゃないか。ただ皆怖がって近寄れないだけで。それがどうやら怖くないってわかった途端にあの通りってわけ。由良ちゃんは彼の人気を表面化するきっかけを作っただけだよ。”東京の安西兄弟”って、結構有名だからね。あの三人、とても人気あるんだよ。由美ちゃんや沙希ちゃんが言ってた。」
美夜子がもってきてくれたカップを、礼を言って受け取る。
「そういうセイラだって人気ものでしょ?川越の女の子に色々聞かれちゃったよ。」
「外国人が珍しいのさ。それだけだよ。」
「ふうん。そういうものなのか。」
納得しているのかいないのか、腑に落ちないような表情の由良がもう一度カップを口に運んだ。
「刀麻はここに彼女がいるってのも有名な話だから、悪い虫もつかないのよね?貴緒。」
「だと、いいんですけど。医師って世界中どこでももてますからねぇ。心配じゃないって言ったら嘘ですね。」
「刀麻さん、カッコいいもんねぇ。私もいつも助けてもらってるから、わかるなぁ。」
由良がうっとりと呟いた。長崎の病院での経緯を思い出すと、頼もしかった刀麻の姿が浮かんでしまう。刀麻のカッコよさは兄二人の魅力とはちょっと違うのだ。どう言葉にしたらいいかわからないが、由良には、彼に貴緒が引かれる理由がよくわかる気がした。なんというのか、刀麻がいてくれると心強い気がする。彼には、揺らがない強さがある。派手ではなく、激しくも無いけれど不動の意志を感じるのだ。何があっても彼は自分を見失わない。秀の冷静さとはまったく違う意味で、平常心の人だ。
刀麻を頼りに感じるのは、彼が医師であることばかりが理由ではないだろう。患者を安心させる対応に、その安定感を見るのだ。彼だけはいつも変わらずいてくれる、そんな強さがあった。
「…あげませんよ?」
珍しく貴緒が口を尖らせて由良に言う。よく整った凛々しい顔の、そんな子供っぽい表情が可愛らしくて思わず笑ってしまう。
「そんなおこがましい。感謝してるって言う意味です。本当に刀麻さんにも、貴緒さんにも、私は凄くお世話になってしまってるし。だから、私で代われる時があるのなら、デートしてきて下さいね。」
「ありがとう。」
素直に貴緒はそう答える。
「いいなぁ。貴緒さんと刀麻さんみたいにいつもラブラブだったらいいよね。」
美夜子も羨ましげに思わず呟く。
「美夜子には私がいるじゃない。」
由良が混ぜっ返すように笑いながら言うと、美夜子も笑って答えた。
「そうだったね。」
鈴奈とセイラがそんな二人を見てまたひとしきり笑った。
読んでくださってありがとうございます。




