いぬの日
「鈴奈様!美夜子!」
口元にクリームをつけたまま由良が嬉しそうに叫んだ。
そうして並んで歩いていると、まるで姉妹のように似ている。
「まあそれが出来るほど人間は器用じゃないわね。セイラ、由良さんが食べてるのあたしにも頂戴な。」
「あたしも欲しいな。由良ずるいじゃない、自分ばっかり!」
美夜子が指で口元を指差した。親友の顔に色々付いていることを指摘するように。
「フルーツパフェだよ。紅茶はつける?」
「お願い。」
同じテーブルについて、美夜子は由良の、鈴奈は秀の隣に腰をおろした。
「由良さんを探していたのよ。部屋にもいない、訓練室にもいない、となるとここしかないと。当たったわ。」
「私ですか?今日は、貴緒さんはご一緒じゃないんですか?」
「ご一緒じゃないからあなたを探したの。秀でもよかったんだけど、まだ外に出すのは心配だし。なんで由良さんは通信機器を持ち歩かないのよ?おかげで探し回っちゃったわ。」
「機械苦手なんです。」
「シミュレーターではランキング一位になってるのに?」
「一位は秀じゃなかったの?」
「更新されてた。今トップは由良さんよ。また流河がひねくれちゃうわね。」
「どうしてそこで流河さんがひねくれるんですか。」
「シミュレーターが導入された時から秀が来るまでトップはずっと流河だったからよ。彼は格闘にかなりの自信を持っていたから、秀にトップを取られたときの凹みようったらなかったわ。」
「あれはあくまでデータの上での成績だ。流河のようなパワーのあるタイプは不利なんだ。」
「うん、私もそう思った。動体視力と反応がものを言うマシンだよ。身体の大きい流河さんは絶対的に不利だし、それなのにあれだけのスコアが取れるのは凄いよ。流河さんは間違いなく一番強い。」
「本人に聞かせてやりたいわね。…それでも負けた事に変わりは無いっていいそうだけど。」
「そうなんですか。そんなに自分の強さにプライドがあったから。」
「あたしが見てる限りでは、流河はやっぱり大きいからどうしても反応やスピードで劣るけれど、それを補って余り有る力を持ってるわ。彼ほど大型の銃器を自在に使いこなす人は中々いないし、場数をこなしているから、本当に頼りになるのよ。だから、つい頼っちゃうのよね。」
軽く息を吐いて頬杖を付くマドンナのところにもフルーツパフェが到着した。
「秀や由良ちゃんはスピード重視タイプだ。特に、由良ちゃんの限界反応数値は素晴らしいね。ほとんど予知してるとしか思えないくらいだよ。君は一体何者なんだい?忍者?」
ふざけて片目をつぶって見せるセイラに少し驚いたが、由良は笑って隣の親友の顔を見つめた。
「ただの番犬ですよ。美夜子専用のね。」
美夜子も視線を合わせて、ねー、と声を合わせる。
「成程、盲導犬としては少々忍耐力が足らないようだな。食べ物の誘惑には弱い。」
「否定できない。」
その場の全員が笑う。秀でさえ口元を押さえていた。
上品に口元を押さえながらそれでも笑いを隠し切れない鈴奈が紅茶を口に運んだ。余程おかしいのか、目尻に涙が滲んでいる。美夜子も思わずスプーンを置いて笑っていた。由良がいるとなんとなく楽しいのだ。あの秀でさえ表情が変わる。
たいらげたパフェのお代わりを貰おうと無言でセイラを見上げている親友を見て、また美夜子は笑った。飼い主に餌をねだる子犬のようだ。
「ごめんね、もう材料がないんだ。また今度ね。」
申し訳なさそうにセイラが断ると、由良は気落ちしたように思わずうつむいてしまう。その姿さえ、なんとなく笑いを誘うのだ。
「ところで、どうして私を探してらしたんですか?」
「うん、ちょっと出かけたいんでボディガードになってもらおうと思って。貴緒は昨日から刀麻とデート中なの。しばらく会わせてやれてなかったから、丁度刀麻も非番だって言うし外出許可をね。」
「了解しました。どちらへ行かれるんです?」
「西東京警察署よ。秀、悪いんだけど、見えるんなら自動操縦できるように行き先を登録しておいて。」
「そこなら五番目の登録だ。検索すれば直ぐに出る。」
「僕が送ろうか?」
「いいのよ、別に何も危ないことはないの。ただ皆には絶対に単身で行動しないように言ってあるのに、あたし自身が一人で出歩ったら説得力ないじゃない。」
「あたしも一緒に行っていいでしょうか?」
美夜子が少し興奮気味に尋ねた。
「かまわないわ。でも別に面白いことは何も無いわよ?」
「乗り物の操縦くらいは由良より上手にできますよ。」
「あら、そう?じゃお願いしようかしら。あたし運転は大嫌いなのよ。」
指導者の返答に気をよくした美夜子が、嬉しそうにスプーンを舐めた。操縦がろくろく出来ない由良は立場が無くて顔色を無くしている。
濃紺に白いレースをあしらった上品なスーツを身につけた鈴奈が、助手席に座っていた。操縦席に座る美夜子は、モスグリーンの上着に、淡い茶色のミニスカートだ。一緒にいると姉妹のような二人は、同じテイストの服装なので一層似て見えた。
「西東京警察署には、何の御用が?…聞いてもいいですか?」
操縦しながら尋ねる美夜子は、流河から聞いていたよりもずっと操縦が巧みだった。同乗していると必ず酔うぞ、とまで言われていたのに、そんな様子は全く無くスムーズで快適な移動だ。
「うふん。警備隊の制服一式を貸してもらうよう頼むのよ。できたら白服も借りたいのだけれど、どうかな。」
「え?制服を?」
「あると何かと重宝なの。彼らは制服に縫いこまれた身分証で互いを認識しあっているから、潜入させるのも簡単。どこに行くにも、あったら便利。」
二人のやり取りを、後部座席に座った由良は黙って聞いていた。
「あたしに聞きたいのはそんなことなの?美夜子さん。」
頬杖を窓側について、窓の外を見つめている鈴奈が促すように言う。
指導者に付いてきたのは、何か理由があるのだろうとすでに察していた鈴奈が柔らかく笑った。
叶わないな、と舌を少しだけ出して美夜子がすかさず口を開いた。
「歴史を調べていたのですが、近代100年を遡ると詳しいことが全く出てこないんです。何故でしょう?」
「それはね、この国の体制が現在のようになる一番大事な時期だったからよ。自然を何故消したのか、合成人間がいつ合法化されたのか、そういうことが決まった時代なの。」
「それが何故隠されているんです?」
「都合が悪いからよ。他の国と比べてもこの国は異常でしょう?それを意識させないためにも、日本は元々そういう国だったと言う印象を人々に植えつけておく必要がある。人は怠け者だから、現状に満足すれば多少の矛盾なんて考慮しなくなるわ。」
「意識させないため?」
「どうしてもその時代の記録を調べたいの?」
「はい。あたしと由良がこの世界に来たきっかけのはずの地震について調べたいんです。」
「ああ…そういえばそんなSFな話だったわよね。あなた達は、確か200年くらい前からやってきたんでしたっけ?」
あからさまに鼻で笑うような言い方に、少しむっとした美夜子が口を尖らせる。
「そう怒らないのよ。誰が聞いたって本気にはしないわ。…その話を信じるかどうかよりも、現在に及ぼす影響の方が重要よ。あなたの話を真っ向から信じると仮定してのことね。」
「信じてくれないのなら、何故私達を助けてくれたんですか?何故面倒見てくれるのですか?」
後ろから、由良がはじめて口を挟んだ。
その声を聞いて、鈴奈はとても意味深に微笑む。しかし、その笑顔は嫌なものではなかった。まるで、微笑ましいものでも見つけたかのような優しい笑顔。童顔の彼女でも、そんな笑顔は母親のように包容力を感じさせる。
「うふふふ。由良さんを引き取った理由はちゃんと別にあるのよ。うふふふ。その理由は教えて上げられないけれど。美夜子さんの方は、可愛かったから、かな?」
「理由?」
「美夜子さんは、いずれわかるわ。そうねぇ、それに、男所帯だった東京支部の隠れ家に、女の子が二人もいてくれるってのは、彼らにも生活に潤いが出て良いんじゃない?」
「鈴奈様。ふざけてますね?」
困ったような声で由良が言うと、マドンナは高い声をたてて笑った。
「いいじゃない。流河も貴緒もいないんだもの。秀はからかっても反応つまらなくって。」
あの秀をからかおうという神経が、由良にも美夜子にもわからない。
「100年以上前の記録は、国立国会図書館でしか閲覧できないわ。場所は京都と東京の二つ。」
「マドンナは、そこに行かれたことがあるんですね?」
念を押すように尋ねる由良に、童顔の指導者は頷いた。
「東京の方はどうしても入れなかった。チェックが厳しくて入館許可が下りなかった。京都の方は一度だけ入ったことがあるわ。その時は確か、匠と、流河と秀を連れて行った気がする。」
「ああ、それで…」
リハビリセンターから逃げ出すときに、秀が覚えていた座標の数値が京都府だったのはこのためだったのか。
「閲覧の条件はなんです?」
美夜子が尋ねる。
「衆議院議員の閲覧許可証。それに身分証の厳しいチェック。指紋、声紋認証。そんなところだったかな。」
「議員の許可証ですか。」
認証などはどうとでもなる。身分証もどうにかなるだろう、しかし国会議員の許可証となると、簡単に手に入るものではなかった。
思わず表情を曇らせ、美夜子はがっかりしたように頭を垂れた。
「とってあげてもいいわよ。議員の許可証。」
あっさりと鈴奈が言い放つ。
「ほ、本当ですか!?」
「今日明日ってわけにはいかないけど、とれなくはないわ。だからあたしも閲覧に行けたんだし。」
「お願いします。あたし、どうしても知りたいんです、知らなくちゃいけないんです。地震の後の事を。」
「条件をだすわよ、美夜子さん。」
「条件ですか?」
「あたしのシステム、使いこなせるようになった?」
「い、いえ、まだ。」
悔しそうに、声を詰まらせる。時々いじらせてもらっているが、今だにあの部屋のシステム全てを把握するには至っていなかった。プログラムそのものを学び始めてからもまだ日が浅い。
「あれを使いこなして、暗号を解析できるようになりなさい。あの解析作業は、運転の次にあたしの嫌いな事なのよ。あの解析ができないようでは、仮に閲覧に行ったとしても果たして理解できるかどうかって事よ。」
「閲覧も、暗号化されているんですか!?」
「言ったでしょ、ある程度の権限を持つ人には、解析プログラムが渡されているって。議員もそうなのよ。」
「わかりました。やります。出来るようになって見せます。」
「ところで、鈴奈様。」
「なあに?由良さん。」
「鈴奈様の嫌いな事は二つ伺いましたが、お好きなことはなんですか?」
「あら、わからないの?」
「?」
「部下をいじめて、ストレス発散することよ。」
聞くんじゃなかった、と後悔する由良の顔を見てから、鈴奈はもう一度高い声で笑った。
「東京の方の図書館には、番人がいるらしいわ。その番人にどうしてもあたしは通してもらえなかったのね。あたしでは役不足だった。」
「番人ですか?」
「そう。知識の泉を守る番人よ。本当にこの国を仕切っているのは、議事堂で居眠りばかりしている議員でもなく、書類と情報操作の事務仕事しかしない内閣でもなく、その番人だと言う話よ。」
「図書館の番人が、ですか。政治家ではなく?」
「議員や官僚を上手に、あるいは強引に従わせて運営しているのはその番人だって噂よ。あたし達の本当の敵は、多分その人なんでしょうね。」
「どうやって従わせるんですか?」
「知識の泉の番人が使う力は、情報でしょう、多分。」
「情報?」
「人間には、他人に知られたくないこと、知られてはいけないことがたくさんあるでしょう?あるいは、それと知らせずに情報の力で相手をうまく誘導する、なんて事も出来るわ。」
「弱みを握るってことですか。」
「その点、合成人間にはそれはないわ。情報は情報でしかない。でもね、人の力って、そんなモノじゃないのよ。人を動かすのは、情報の力だけじゃない。」
「お金、武力、それから?」
「由良さんが道を歩いていた。たまたますれ違った小さな女の子が転んで怪我をして泣いていた。貴方は、どうする?」
「まずは近寄って慰めて怪我の具合を見てあげるかな。それから保護者を探します。」
「そう、それが人の力よ。」
「え?」
「合成人間は命じられたことしか出来ないわ。転んで泣いている女の子を認識しても、命令が無ければそのまま行ってしまう。最近の人たちも、そういう風潮が一般的になってしまって、誰も助け起こしてさえやらないの。下手に関わってしまうことを恐れて。」
「なんか、過保護になりそう。」
「自分達に影響がなければ他はどうでもいいの。だから自分達は互いに過干渉で過保護になる。だから一層選民意識が強くなる。自分達だけが特別で他はどうでもいい。だって、他人は誰も助けてくれないんですものね。」
「鈴奈様。」
「人の力って、失っていいものじゃないわよねぇ?」
「もう一つ、聞きたいことがあります。」
「何かしら?」
「組織の指導者がずっと世襲制なのは何故なんですか?」
「…そう、その話はしていなかったわね。組織として形となったのはまだここ数十年って所なのよ。今の体制に批判的だった創始者にあたる人は女性だった、と言われているわ。その人は、国立国会図書館の開設に携わった一人として、その責任を感じたらしいの。だから自分の一族から指導者を選び続けて、社会から締め出された人達の救済をずっと続けてきた。自分の不始末は、自分の子孫で、ってことね。」
「ええ~。そんな。だって孫子の代の人たちには関係ないじゃないですか。」
「関係ない、と言い切った子孫は別の道に行けばよかったのよ。あたしの家族は、沢渡の家は、ずっとそうやって存続してきたから、指導者の務めを果たすことに何の疑問も無かった。あたしの母も、そうやってきた。あたしもそうよ。これがあたしの果たすべき役割。代替わりするたびに、務めを自分の代で終わりにしようと思いながら。」
「一人もいなかったんですか?テロリストの指導者なんていやだって逃げ出す人は。」
不躾な質問をずけずけとする由良に、美夜子は青くなった。失礼にも程があるだろうに。
「いたんじゃない?一人や二人。だから、指導者は必ず二人以上の子供を残すわ。あたしにも弟がいるのよ。」
指導者はそんな美夜子の心配をよそに、淡々と質問に答える。
「ええっ!?鈴奈様にはご兄弟がいるんですか?」
「母の弟である叔父は診療内科医なの。母が亡くなったときはあたしの後見として日本にも来てくれたのよ。場所は言えないけど、外国で暮らしているわ。」
「鈴奈様の弟さんはどこに?」
「それも言えないわね。あたしに何かあったとき、弟には絶対に無事でいてもらわなければならないから。」
「鈴奈様にも、まさか、お子さんが?」
「残念ながらあたしは未婚だし、子供もいないわ。弟に期待してる。」
それを聞いてなんとなく安堵する美夜子と由良だった。こんな若い女性に子供がいるなんて、考えられなかった。たとえその童顔が、実際の年齢とはかけ離れているとしても。
「いいなぁ。私も、兄弟欲しかったんだよな。」
ぽつりと由良が呟く。
「あら、由良さんは一人っ子なの?」
「美夜子もですよ。箱入りの一人娘です。」
「兄弟のいる男性と結婚すればいいじゃない?うちには三人もいるわよ?」
「ああ~。そう言えば、三兄弟でしたっけ。似てないから、どうも兄弟って感じがしないんですよね。でも兄弟ってあんなものなのかな?」
「セイラだって、兄弟がいるはずだわ。確か、上と下に。」
「ああ、セイラは真ん中か~。わかるなぁ。あの尽くす感じって、真ん中っぽいよね。」
「セイラってお姉さんがいそうじゃない?姉と妹に挟まれて苦労してますって感じ。」
「同じ真ん中でも、秀さんは全然違うな~。」
兄弟談義でひとしきり盛り上がると、三人は目的地に着いたことに気が付いた。




