言えなかった日
食堂と呼ばれる広い会議室のような部屋の一角にきちんとカウンターをしつらえた厨房がある。セイラはいつもそこで皆の食卓を賑わすメニューを練っていた。先だって鈴奈に朝食を頼まれていたので、それを次々に瞬間調理器にかけてテーブルへ運んだ。
「手伝うよ、セイラ。」
手を洗って着替えを済ませた由良と美夜子がカウンター越しに手を出した。
「助かるよ。じゃ、コレをテーブルに乗せてくれるかい?」
くつろいだ姿になった鈴奈貴緒主従がのんぴり顔でカウンター近くのテーブルで談笑している。そこに運んでいくと貴緒がにっこりと笑って礼を言う。
「よかったら一緒に座らない?」
鈴奈がのんびりと誘うと、美夜子は嬉しそうに答えた。
「いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて。」
女性ばかり四人で遅い朝食を楽しんでいると、少し離れた席に後から入ってきた秀が腰を下ろす。そこへセイラが速やかに歩いて言って二言三言交わす。
そういえば、いつも秀は皆と少し離れた場所にいる気がする。
このテーブル女の子ばかりになっちゃったから近寄りにくいのかもしれないが、彼が誰かと向かい合って食事をする場面が思い浮かばなかった。由良の記憶違いでなければ、秀はいつも一人で食べている気がする。
そんなことを思いながらフレンチトーストを口に運んでいると、それを見透かしたように鈴奈が言った。
「秀は、いつもああなのよ。同じ食卓につこうとはしないわ。」
「え、女性ばかりの所に遠慮してるんじゃなくてですか?」
「流河や刀麻なら喜んで女性の中に入ってくるのにね。」
「僕も何度か誘ったんだけど、断られたんだ。食事は独りでするものじゃないんだけどね。」
紅茶のお代わりを持ってきたセイラが付け足すように言う。
「量や食事の内容も徹底して制限してるわ。戦闘用の身体を作るためですって。でしょ?セイラ。」
「うん。秀は皆と少しメニューが異なる。」
「凄いですね。私もそうしたほうがいいのかな。」
昨晩、鍛えてやる、といわれたことを思い出し、由良は手に持ったフレンチトーストを見た。あれほど強くなりたければ、同じことをしなければならないのだろうか?
でも、食べたいものは食べたい。この欲求を耐えるのはかなりの忍耐力がいる。
「君はまだ若いんだからいっぱい食べないと。成長期ってのは身体を作っているんだからね。」
目の前の皿を凝視して唸り声を上げ始めた由良に、セイラが苦笑して提言する。スタイルを気にする美夜子までもが思わず手を止めたので、鈴奈と貴緒がまた笑った。
「美夜子さんも食べたほうがいいわ。心配しなくてもちゃんとカロリー計算された食事だから、太りはしないわよ。」
「そうですよ。二十歳前なんてまだまだエネルギーが必要なんですから。」
「水を差すようで悪いけど、デザートのレア・チーズケーキは残念ながら計算から除外されてるんだ。ダイエット希望の方には出さないよ。」
「な、なんですって?」
この世の終わりみたいな声を出して鈴奈がセイラを睨み付けた。
「どうしよう、食べたい。でも太るわね。でも食べたい…。」
鈴奈が究極の選択を迫られたかのように深刻に悩んでいる。
睨まれてもどこ吹く風でセイラは空いた皿をトレイに載せ、
「ゆっくり迷っていいよ。今日一日くらいは持つからね。由良ちゃん、美夜子ちゃんはどうする?」
「食べたい。いただきます。」
「あたしも。ください。セイラのスイーツ本当においしいんだもん。」
「そう?ありがとう。そう言ってくれると作る甲斐があるね。」
デザートを取りに厨房へ戻っていく。
「あたしも、一旦休んでから解析に入るから、その時にでも頂こうかしら。」
そう言って、鈴奈が立ち上がった。貴緒を促して、そのまま食堂を出て行く。その二人の後姿を眺めながら、美夜子が呟いた。
「解析…?ひょっとして昨日のデータの?」
「そうよ。興味あるなら、来る?」
その声が届いたのか、鈴奈が振り返る。
「はい、見たいです。いいんですか?」
美夜子も立ち上がった。そのまま二人について行ってしまう。残された由良はデザートを待ちながら、親友の分はどうしたらいいだろう、と考えていた。
離れた席で食事を終えた秀が、空いた食器を手に厨房へ歩いていく。そして厨房でセイラとまた言葉少なに会話すると、すぐに出て行ってしまった。彼も睡眠不足だろうから、きっと眠いのだろう。
「おや、美夜子ちゃんは行ってしまったのかい?」
「うん。か、会席?懐石…?のことでどうとか。美夜子の分も私食べるよ。」
手で口を覆ってセイラがくすくすと笑った。
「解析でしょ?やだな、二人分も食べたら気持ち悪くなっちゃうよ?大丈夫、取って置けるよ。」
二つの紅茶のカップと、チーズケーキをのせたトレイをもってセイラが由良の隣りに座った。
二人前食べても体調を崩さない自信がある由良は、少しだけ口を尖らせる。
「隣り、いいかい?」
「うん、勿論いいよ。」
白い丸い皿に、ブルーベリーソースとミントで飾り付けされた綺麗なチーズケーキが乗っている。ちゃんとしたカフェで出されるような素敵なデザートに、若い娘達は目がない。勿論、由良も、すぐに手をつけ始める。
「お帰りなさい、由良ちゃん。大変だった?北海道は。」
ゆっくりとミルクティーに口をつけながらセイラが語りかける。フォークを口から離した由良はぼんやりと隣りの金髪の青年を見た。
『お帰りなさい』という言葉が、なんだかとても特別に聞こえた。なんだか、ここが自分の家みたいに思えてくる。
エプロン姿でにっこりと笑っておやつや食事を出してくれるセイラはさしずめお母さんだろうか。
少しだけためらいがちに、でもはっきりと由良は応える。
「ただいま。…そうだね、北海道はね、思ったよりも寒くなかったよ。」
またセイラがくすくすと笑い出す。
マドンナに言われた仕事について尋ねたつもりだったのに、気候について返事をされてしまった。紅茶を吹き出さないようにゆっくりとカップをテーブルに置いて、口元を軽く押さえる。
「寒くなかった?そう。よかったね。こっちは、君や美夜子ちゃんがいなくてとても静かで、寂しかったよ。」
「またそんなこと言って。うるさいのがいなくてせいせいしてたでしょ?」
「いやいや本当に寂しかったって。秀も後を追いかけるように行ってしまったしね。色々あって大変だったかな?」
「でもちゃんと仕事はしてきたよ。私達優秀な素人工作員?」
またセイラが笑った。そんなに笑わせるようなことを言っているつもりはないのだが、由良が何かを言うたびに今日は皆が笑うのでなんだかおかしな気分だった。
「君は本当に面白いね。あんなに強いのが嘘みたいに、天然な所が。」
「自分ではボケたつもりはまるでないんだけど。さっき注射がコワイって言ったらやっぱり皆に笑われてさ。なんでなの?」
「それはやっぱり、サーベルを持ってる時は大の男が怯むほど強いのに、幼稚園児みたいな事言ってるからじゃない?」
「じゃ、皆は怖くないわけ?私はいくつになっても注射は怖いけどなぁ。」
「怖くても口に出す人は余りいないんじゃない。」
「みんな見栄っ張りだ。私は正直なだけです。」
憤然として、またチーズケーキの欠片を口に運ぶ。それをセイラは嬉しそうに眺めて、また紅茶を飲んだ。
「ねぇ、由良ちゃん。」
「何?」
穏やかだが、どこか改まったように口調を変えて声をかける。青い目が、まっすぐに由良を見つめるので、由良は食べる片手間に話すのがなんだか申し訳なくなり、フォークをおいて口の中のケーキを慌てて飲み込んだ。
再びセイラが口を開こうとしたとき、秀が食堂へ戻ってきた。
「セイラ、地下の訓練室を開けてくれないか。」
「いいよ?今は空いてるはずだけど、どうしたの?秀ならいつでも入れるはずだよね?」
「そいつが鍛錬したいと言うから、出入り出来るようにロックを外してもらいたい。」
安西兄弟の次男はセイラの隣りで紅茶を飲んでいる由良を指差して低い声で頼む。由良は目を見開いて、秀に視線を向ける。
「今から?もうはじめるの?」
「気が向いたら動きやすい格好で来るがいい。俺はシミュレーターの調整をしている。」
「行くよ、すぐに行くから。」
残りのケーキを全部口に入れて、由良はそれを紅茶で流し込んだ。ゆっくり味わいたかったが、訓練室にも多大な興味があった。慌てて席を立ち、自室に戻って着替えをするために食堂を出ようとするが、由良はふと足を止めて振り返った。
「セイラご馳走様。凄くケーキおいしかったよ。今、何か言おうとしてたよね?」
「ああ、いいんだよ。また今度話すから。」
セイラが優しく言って白い右手を左右に振ると、由良は少し申し訳なさそうに笑って、そのまま自室へ行ってしまった。
その様子を見て、秀が無表情のまま呟く。
「邪魔をしたか?」
「そんなことないよ。…気にしないで。」
そっとため息をついて、セイラが青い目を伏せた。長い金髪を軽くすくようにかき上げるとテーブルの上の空いた食器を手に立ち上がる。思い立ったように、食堂を出ようとする秀に話し掛けた。
「君が訓練して面倒見てあげる気になるなんて珍しいこともあるね。彼女も訓練室にいつも入れるように認証登録を変更しておこうか?」
「そうしてやってくれ。強くなりたいそうだ。俺よりも。」
「ウチで最強の君より強くなりたいと。彼女らしいや。」
「俺は最強ではない。流河がいるだろう。由良は函館ではじめて例の警備兵を殺した。むごい死体を見てひどく動転していた。そのせいで自分の弱さを痛感したんじゃないか。」
「最強を自負してた流河は君に負けたっていまだに根に持ってるけどね。そう。そうか。辛い目に遭ってたんだね。」
青い目を伏せて悲しそうに呟いたセイラはそのままカウンター奥へ歩いていく。
「俺よりお前のほうが由良を喜ばせてやれるだろう。何かうまいものでも食わせてやってくれ。」
秀にしては少し投げやりな感じの言い方で厨房に声をかけると、そのまま出て行ってしまった。
「何か…ねぇ?」
食器を食洗機に丁寧に入れながら、セイラは独り言のようにまた呟く。
エレベーターで地下一階に下りると、すぐ目の前にごつい自動ドアとタッチパネルがあった。騒音や振動が伝わらないように訓練室は頑丈な作りになっているようだ。由良が軽く右手でパネルに手を当てると、重い音をたてて自動ドアが開く。
広い空間の半分近くを大きな機械が占めていた。残りの空間にいくつかトレーニングルームらしい機材が見える。壁面全体を覆う鏡や、平行棒、それにたくさんのトレーニングマシン。思わず足早にマシンへと近寄り操作法を調べたくなった。
「これは、走る奴?こっちは筋トレ用かな?おお、でっかい鏡だ!広い板敷きの床だ!畳まであるよ!」
設備の充実に歓喜の声を上げる。見事に磨かれたつやのある板の間に膝を付いて懐かしそうに手で床を撫でた。
畳の、懐かしいこの感触。道場の床と同じ。踏みしめた響きや滑る感覚。靴と靴下をを脱いで裸足になりその場で正座する。姿勢を正して両手を膝にのせ、目を閉じる。
精神統一。
幼い頃から道場に通い、そこで武道を仕込まれた。道場の師範は真っ白な髪と髭の、還暦近い老人だったが、由良に剣道の精神を叩き込んでくれた。
武道は勝敗による強さを追求するものではない。自分を磨くためのものだと、いつも教えてくれた。由良にはただ精進あるのみと、シンプルに教えた。面倒な理屈が理解できる娘ではなかったのだ。
負けたときも、迷うときも、ただ精進あるのみ。勝ったときも、嬉しいときも、辛いときも、ただそれだけを。
由良が小学校を卒業する春に亡くなったその老人は、いつもそう言っていた。だから、由良はその日も竹刀を振り続けて流した涙を振り切った。厳しかったが、良い先生だった。
心を鎮め、瞑想に入る。微かに揺れていた由良の身体がぴくりともしなくなる。
訓練室の半分をしめるシミュレーターの中から顔を出した秀が、板敷きの床の上で正座する由良の姿を認め声をかけようとした。
だが、ただならぬ集中力で瞑想している彼女の様子をみて思いとどまる。恐らく声をかけても届くまい。
10分程の静寂の後、彼女はゆっくりと目を開けた。きつい目つきで澄んだ光を放つその瞳を、黙って壁際で立っている秀へ向ける。自分に意識を向けた由良の顔を見て、秀は瞠目する。
なんとすっきりとした表情だろう。
見ているこちらまでがどこか清々しくなるような表情で、彼女は立ち上がって秀に歩み寄ってきた。正面に立って、直立すると、ゆっくりと頭を下げる。
「お願いします。」
はっきりとした良く通る声で、しかし決して大声ではなくそう言うと、由良はまた笑った。
「あ、ああ…」
その様子に狼狽を隠せないほど驚いた秀は、珍しく歯切れの悪い返事をする。
「今のは、…何をしていたんだ?あそこに座って。」
「うーんと、集中力を高めるための、瞑想って奴。練習の前には必ずやるの。やらないと怪我したりミスが増えるんだ。」
「メイソウ?武道にはそういうのがあるのか。」
「武道だけじゃないよ。ヨガとか芸術家とかもやるよ。秀さんは知らないの?」
「俺ははじめて見た。怪我やミスが減るのはいいことだな、俺にも今度教えてくれるか?」
「いいよ。今日はまず何からやりますか?アップからはじめる?」
「アップ?」
「準備体操?」
「訓練に準備体操が?」
「身体を動かすときは、身体を温めてからやらないと怪我の元じゃない。」
「敵は準備体操の時間まで待ってくれないが。」
由良は少し考えて、また秀を見上げた。
「秀さんのやり方で、お願いします。」
「お前、本当に面白いな。まあ、いい。その様子だとトレーニングマシンの使い方も理解できそうだ。気が済むまで温めてからこちらに来い。」
「秀さんは?」
「お前の様子を見てから、やり方を考える。いいから、やってみろ。」
面白そうに由良の顔を眺めてから、秀は再び壁に背をつけた。彼女はまた少し考えてから、おもむろに動き始める。
「アップは部活でやってたことを、そのままやるね。」
身体を動かすことになると、いつもよりずっと生き生きとしている由良を見て、なんだか秀は楽しかった。
最上階のゲストルームに入室を許され、美夜子はその室内の機材に暫く目を奪われていたが、
「…うん、来てる来てる。大丈夫みたいね。」
独り言のように言う鈴奈に視線を戻すと、おずおずと近づいていった。
余り広くないゲストルームは、入り口のドア脇の二つのセンサーがお出迎えしてくれる。ここで細かく身体検査されているらしい。
それを突破すると正面中央に小さく明かり取りのための小窓が見え、その真下にシンプルなテーブルと椅子がある。高さがかなりあり、鈴奈や美夜子のような小柄な少女には、座ったら床に足が付かないだろう。それにゆっくりと腰を下ろした鈴奈が、何かをを振り払うように軽く右手を振る。
「ああっ凄い!これは一体!」
マドンナの手の一振りで、他に何もなかった部屋にたくさんのホログラムが現れる。テーブルの上にはキーボードが、足元にも何かのスイッチらしき鍵盤が現れ、まるでオルガンのようだ。鈴奈の正面には大きなモニターが出現し、左右、斜め後ろや天井にも、パネルらしきホログラムが浮かんでいる。そこに色鮮やかに、起動を示すたくさんの光源が現れては消える。
「ふふ、そんなに驚いてくれると鼻が高いわ。ウチ自慢のシステムよ。これ全て使いこなせるのはあたしだけなの。」
「凄いです。こんなたくさんの情報をいっぺんに…!」
自慢げに笑うマドンナが興奮する美夜子に笑いかけた。
「ほら、あなたの隣りのパネルに出してあげる。これが昨日貴方の転送してくれたデータよ。」
愛らしい靴下の足先は、鍵盤のようなスイッチを数回押して、立ち尽くしている美夜子の正面にパネルを出力させてデータを展開してみせた。
しかし、その不規則な記号と数字と文字の羅列が何を意味しているのか、勿論美夜子には全くわからなない。
「化けちゃったんでしょうか…これじゃ読み取れないよ。」
「暗号化よ。この意味不明なデータを意味のあるものに分析、解析するのが大事な役目。ここから必要な情報を絞り出すのよ。」
「あ、そうか。このままではどちらにしろ使い物にはならない。だから盗まれても大丈夫なようにあんな簡単に…」
「必要な役職の人には、コレを自動で解析するプログラムが組まれているらしいわ。でも残念ながらウチにはそんな人はいないの。だからあたしが自分で読み解くしかないのよ。」
「あたしなんかに、そんな大事なこと教えていいんですか?」
常に傍から離れない、側近でボディーガードの貴緒でさえこのゲストルームには入らなかった。部屋の外で待っているようにと言って、鈴奈は美夜子をこの部屋に連れてきたのだ。
鈴奈が大きな瞳を美夜子に向ける。ぼんやりした童女の印象の指導者は、少し悲しそうに美夜子に笑いかけた。
「貴方なら、使いこなせるようになるんじゃないかと思ったのよ、美夜子さん。」
「あたしが…コレを?このシステムをですか?」
驚いて、しかし思わぬマドンナの期待に嬉しくなり、美夜子は胸が高鳴った。
自分が、こんな凄いシステムを使いこなす。これだけのものを使えたら、世界中の情報を引っ張ってきて意のままに操作することだってできそうだ。
興奮の余り、息があがる。多くのホログラムの中で無数のプログラムが起動しては停止する。軽く指で触れるとちゃんと触れた質感があり、すばやく反応する。次々にまた新しいホログラムが立ち上がり、また起動する。
「例えば、これは、どういった機関につなげているんですか?」
次々に更新される画面の情報を見ながら、美夜子が尋ねた。この情報の元はどこからくるのか、それが知りたいと思った。
「…それはまだ教えて上げられないわ。でも世界中の情報にアクセスできるわよ。欧州の軍事機密でも、隣国の政治機関でも、勿論この国の中枢でもね。ただ、どうしても入れない部分はあるわ。ハッカーならきっと誰もが喜んで挑む様な相手も無数にあるでしょう。危ないことをしないって約束できるなら、少しだけ遊ばせてあげてもいいわよ。」
「危ないこと?」
「そうよ。その意味がわからないなら、遊ばせるわけにはいかないけど?」
「わかりました。危ないことはしませんから、いじらせてください、お願いします。」
美夜子は頭を下げる。こんな凄いものを見せられて今更尻尾を巻いて戻るつもりなんてなかった。触らせてくれなかったら、意地でも、勝手にでも触ってどんなことができるのか試してみたかった。
危ないこと。プログラムを壊すような真似や、機材を破損させないこと。情報元を探らないこと。そこから飛び出さないこと。
鈴奈のコントロール内で、おとなしく遊べるかどうかを聞かれているのだ。そこがわかっているのなら、
「いいでしょう。遊んで御覧なさい」
小柄なマドンナがまた右手を振った。美夜子の目の前に大きなホログラムとキーボードが出現する。嬉しそうに美夜子が声を上げた。それはもう輝く瞳をホログラムのパネルに向けて、大きな声で返事する。
「ありがとうございます。」
読んでくださってありがとうございます。




