鍛錬の日
由良と美夜子が札幌から戻るという朝、セイラは久しぶりに自分の店の仕込みに顔を出した。
「店長!おはようございます。」
「おはよう由美ちゃん、沙希ちゃん。今日もいつもどおりよろしくね。」
普段滅多に営業に顔を出さない店長の出現に、二人のテンションが上がる。いつも店主のかわりに営業してくれているのは二十歳を過ぎたばかりの女の子だった。
門田由美は三年前に相模の施設に入った女の子で、その当時からセイラの知り合いだ。厨房は彼女の担当である。
上原沙希はホール係で、昨年から店を手伝うようになったばかり。彼女も相模の施設から来ている。
店の中をあちこち見回ってから二人に向き直ると、店主はにっこり笑って二人に小さなカードを一枚ずつ手渡した。今日は給料日なのだ。店長から明細を手渡され、細かな金額を目で追ってからそれぞれ手持ちのバッグにしまった。
「店長、たまには出てきてくださいよ。」
「僕は目立ちすぎちゃうから、そうもいかないよ。」
沙希と呼ばれた少女が左右に首を振ってセイラの前に詰め寄る。
「個人的に会いたいなぁ?たまにはお付き合いしてくださいよ店長。いっつもすぐ帰っちゃうんだもの。」
「ごめんね。これでも結構やることがあるもんでさ。そのうち二人に何かご馳走でもするよ。」
つれない上司に食い下がる沙希は、めいいっぱい媚びるように店長に笑いかける。
「個人的にって言ってるじゃないですか。セイラさん。」
由美の方が心配顔になり、二人の間に割って入った。
「よしなよ沙希。店長は忙しいのよ。だから私達がここで働いてるんでしょ。」
「ごめんね、沙希ちゃん。僕は好きな人がいるから、君の誘いには乗れない。でも君は僕の店の大事な戦力だよ。」
白い手でそっと沙希の手を握ってセイラは優しく笑う。その表情に一瞬引き込まれるかのように呆然とする沙希と、その隣りの由美の頭も軽く撫でてからもう一度言った。
「いつもありがとう。今日もよろしくね。」
「ハイ、店長。」
ばつの悪い表情になってしまった沙希をそこに残したまま、セイラはその場を後にした。
「さ、仕事しましょ、沙希。」
「…ちえ。もう四回目だよ、誘って断られたの。」
「四回も挑戦できる沙希の根性がすごいけどね。」
「四回目にして、はじめて言われたよ。僕は好きな人がいるって…どんな人かな。年上の色っぽい美人?やっぱり金髪の?」
「知らないわよそんなこと。これで懲りたでしょ。もう店長を誘うのはやめなって。箸にも棒にも引っかからないから。」
「だってぇ…あんな綺麗で、優しい人中々いないのにぃ…」
「ハイハイ。さ、今日のメニュー表をコピーして。」
「はーい。由美はなんとも思わないの?珍しい外国人だし、日本語ペラペラであんな綺麗な人なのに。」
「あたしは安西兄弟の方がタイプなんだ。流河さん、男っぽくてカッコイイ。秀さんも美形だな。」
「刀麻さんはカワイイけど、彼女いるしねぇ。」
頼まれたコピーの数を確認しながら、沙希が言う。
「最近彼らも余り顔出してくれないよね。彼女でもできたのかな?」
「マドンナの気まぐれにつき合わされてるって聞いてるけど。マドンナって言えばさ、こないだ鹿島にいる友達に聞いたんだけど、秀さんって昔マドンナの愛人だったらしいよ?」
由美の噂話に、各テーブルの上にメニューを配る足が思わず止まった。
「あ…愛人。あの、鈴奈さんの?あの、童顔で中学生くらいにしか見えないマドンナの愛人…。想像力が追いつかないよ。どっちかっていうとお守りなんじゃ。」
「だって当時はしょっちゅう鈴奈さんの寝室に出入りしてたらしいよ?鹿島では有名な話みたい。」
「そうなの?」
仕込みの手を止めずに由美は話を続ける。ランチタイム用の準備とその後のお茶用の菓子類を準備した。セイラの指示する通りにメニューを作り、そのレシピに従うだけだが、そこそこな手間だ。
「店長なら詳しく知ってるんだろうけど、話してくれるかな…多分、無理だろうなぁ。」
食器の数を確認しながら、先ほど店長がやったように由美が店内を見回る。衛生面のチェックだ。
「そっか、店長も鹿島だったよね。それにしてもあのお人形サンみたいなマドンナと、ろくに口も利いてくれない秀さんが愛人ねぇ。やっぱり想像つかない。会話するのかな?」
「そりゃするでしょ。それで、刀麻さんの彼女が来てからはプツッと二人は切れちゃったんだって。不思議よね。」
「なんで?そのまま続いててもおかしくないよね?だって別にモメたとかじゃないんでしょ?」
「本人達はなあんにも教えてくれないから、それ以上のことはわからないんだってさ。二人の間に何があったんだろうね。気になるなぁ。すれ違いとか、価値観の相違とか、なんかあんのかな?」
テーブルクロスを整える手を止めて、沙希が笑った。
「由美は人のゴシップ大好きだよね。」
「他人事ほど、面白いのです。」
「趣味悪い。人の恋路は邪魔するし。」
「だからぁ、店長は無理って言ってるでしょ?店長はね、昔の彼女と酷い別れ方をして以来だれとも付き合わないんだって。」
沙希がホールから厨房にかけ戻ってくる。
「なにそれ、私の知らない情報知ってる。教えてよ、それどういうこと?」
まずった、と小さく呟いてからまた由美は手袋をはめなおした。タルト生地をこねるのはなかなかくたびれるのだ。
「口が滑った…まあ、いっか、口止めされてるわけじゃないし。店長は鹿島にいるとき付き合ってた子がいたんだけど、施設をでるとき無理矢理別れてくれって言って出てきちゃったんだって。その子はよっぽど店長が好きだったらしくて、最後まで追いすがったんだけど、振り切って別れちゃったんだってさ。酷いことしてしまった、って後悔してたよ、店長。」
「ええ?あの優しいセイラさんが?てか、本人から聞いた話?ずるいぃぃ。」
「だから、今だに誰とも付き合えないんじゃないの?その子にまだ悪いと思ってるのかもよ?」
「そんな過去があるなんて…私が癒してあげるのに。」
「いや、多分あんたは全く相手にされてないと思う。店長すっごくもてるからね。」
「でも今日好きな人がいるって、言ってたじゃない。」
「だから沙希がしつこいからそうでも言わないと諦めてもらえないって思ったんだよ、きっと。」
「そうかなぁ。店長つれないよなぁ。他あたるかな。」
「そうして。今後のスムーズな職場の人間関係のために。」
「はあい。」
形を整えたタルト生地を冷蔵庫に入れると、由美はようやく手袋を脱いだ。
「裏の冷蔵室からフルーツ取ってきてくれる?二番と六番と十番の箱ね。」
「はあい。おお、今日はひょっとして木苺タルトじゃないですか?店長のスィーツの中で人気ナンバーワンだ。」
「うん。食べたいなら沙希の分、別にしておくよ。」
「食べたい。テイクアウトしたい。」
「わかった。店長ほど力がないから、あたしじゃあまりいい生地つくれないんだけどね。」
「由美のも十分おいしいよ?」
「ありがと。がんばります。」
厨房よりさらに奥にある倉庫へ行く同僚を見送って由美は飾りつけの準備を始める。
由美はセイラのことを、恋愛の対象というより、職人として尊敬しているのだ。人格者としても敬愛しているが。
だから沙希をあまり深入りさせたくはなかった。憧れる気持ちはわかる。だが、それ以上のことは無理な気がする。
「なんかね…見てるものが、ちょっと違うんだよね、あの人は。」
セイラの美しい青い瞳を思い出しながら、由美は小さくため息をついた。
鈴奈に早朝から叩き起こされて、由良と美夜子は疲労の抜けない体を引きずるように札幌の支部を後にした。
「余り長居しては迷惑よ。用が済んだんだから戻りましょう。」
無邪気な声音できつい命令のマドンナに、流河が泣きそうな顔で抗議する。
「せめて、あと1時間寝かせてくれないかな…」
貴緒がまた苦笑しながら、流河に同情しているのか軽く彼の膝を叩いた。その動作になんとも情けない笑顔で返した流河はまた欠伸をして、着替えを取りに立ち上がる。
美夜子と由良はまだベッドから出たばかりで顔も洗っていなかった。美夜子も欠伸を手で隠しながら伸びをする。
由良は目覚めた途端に凄まじい空腹感で気分が悪くなった。思わず腹部を両手で覆う。
「東京に戻って寝ればいいでしょう?早く車を出して頂戴。」
「…あんたと貴緒を乗せると、四人乗りなんで一人あぶれちゃうんですけど。」
備え付けのロッカーからいつものジャンパーを取り出して袖を通しながら長男が言った。
「秀は単車で来てる筈よ。問題ないわ。由良さんなら乗れるでしょ?」
「は、はい。乗れ、ます。」
気持ち悪くて歯切れ悪い返事になったのを、どう解釈したのか美夜子が心配そうに顔を覗きこんだ。
「大丈夫?由良…嫌なら、あたしが代わるわよ?」
「いや、あの、嫌なんじゃなくてお腹空いちゃって…。」
「そういえばあれから薬は飲めましたか?由良さん。」
心配そうに貴緒が声をかける。それにどう答えようか考えてるうちに、もう一つのベッドに腰掛けている秀が先に答えていた。
「昨夜全部吐いてたからな。気分が悪くなるほどの空腹感はそのためだろう。」
「そうだったんですか。やっぱり注射の方がよかったですね。」
「いや、注射コワイんで、遠慮します。」
小さな声で由良がそういうと、彼女以外の全員が笑った。秀までが口を手で押さえている。
「な、なんで皆笑うんですか?」
由良の疑問には誰も答えず、ただ口を押さえて笑いを殺そうとする。鈴奈がようやく収まったらしく、
「セイラに連絡して、御飯用意しておくように言っておくわ。さ、皆出るわよ、用意して。」
彼女にしては珍しくはきはきした口調で命じた。
もういつものジャンパー姿になっている秀が、出入り口からスポーツバッグを持ってくる。
「今朝早く、函館の連中が運んできた。お前達の荷物だ。着替えが済んだら呼んでくれ。」
そういうと、流河と一緒に部屋を出て行こうとする。
「あ、そうだ、サングラス。秀さん、サングラス返すね、助かりました、ありがとう。」
昨夜着ていた制服の中身を点検していた由良が、部屋を出る前の二人を捕まえる。秀は軽く頷いて受け取ると、ポケットに仕舞った。相変わらずの無愛想だったが、由良はもう気にならなかった。
「気分が悪そうだが、俺のメットに吐くなよ。」
ふと思い出したように秀が背を向けたまま低く悪態をつくと、
「吐くものが残ってないのが残念だよー。」
由良は笑ってから舌を出す。その様子を、美夜子がいぶかしげに見る。
やけに親しそうになっている気がするのだ。意識を失ってから、親友とあの無愛想な鉄仮面との間に何かあったのかと、視線で彼女を見る。由良はいつもどおりに軽く笑って別に、特に何もないよ、とジェスチャーを返す。
「嘘が下手なんだから。」
そう、呟くと美夜子はバッグを開いて着替えを始めた。
「あ、これ…昨日の、函館の子達のだ。」
小さなカードが1枚ファスナーにそっと挟まれていた。開いた時にそれが机に落ちて、その拍子に起動する。
「伝言カード?」
美夜子が取り上げて由良にも見せる。小さな液晶パネルに火が入り由斗と藤次郎の顔が浮かぶ。元気そうな笑顔で、手を振っていた。また函館に来いよーと、一言添えられて、彼らの通信端末の認証番号が表示される。
「あら、気に入られたみたいね。」
鈴奈がカードを見つめている二人に声をかけた。
「作戦が済んだらすぐに東京に帰らせるって言ったら、とっても落ち込んでしまってましたよ、彼ら。由良さんと美夜子さんのこととても気に入ったらしくて、函館市内案内したかったって言ってました。さびしかったんじゃないですか?」
こちらも出立の準備をしている貴緒が口添えるように言う。彼女は彼女で鈴奈と移動の旅に用意があって大変なのだ。
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。なんだか、嬉しかった。由良が最後に表示された番号の意味を美夜子に問うと、
「連絡先のことよ。…そうね、個人用の電話番号って言ったらわかる?携帯みたいなもんよ。」
「成る程。また声をかけてねってことかな。」
由良にもわかるように、丁寧に答えてもらい、由良は納得する。
「そういうことね。なんとなく、嬉しいわね。あたし達彼らにもてちゃったって事じゃない?」
「へええ。そんなことってあるんだね。」
一時一緒に過ごしただけの二人の少年の、元気で明るい顔が浮かんだ。そういえばなんだか妙に盛り上がったような覚えがある。
それが昨夜の事を忘れさせるわけではなかったが、それでも楽しかったことを思い出して二人の気持ちは明るくなった。
「これ、鈴奈様が彼らに頼んでくださったんですか?」
着替えを済ませた美夜子が、髪に櫛を入れながら尋ねると、
「あたしそこまで面倒みないわよぉ。荷物だけは頼んでおいたけど。」
童顔をほころばせてマドンナが言う。準備の済んだ貴緒がソファに座ったまま灰皿をテーブルに出した。鈴奈が軽く手を振っていらない、と示す。それを見た由良が目を丸くして尋ねる。
「煙草吸うんですか?」
「若い子の前では吸わないようにしてるわ。あと、安西兄弟の前でもね。」
「え?どうしてです?いいですよ別に。気にしません。どうぞ?」
この人っていったいいくつなのだろう?自分よりもずっと年下に見えるほどに童顔なのに、若い子と言われると言うことは随分年上なのだろうか。いぶかしげに何度も顔を左右に振る由良を見て、鈴奈は答えた。
「嫌がられるのよ。イメージが悪いんですって。あたしがいつも吸ってるのは特に健康に弊害のないタイプなんだけど、薬が入った品物とか出回ってたりするから。若い子の前で吸わないのは、単に、真似されないように。」
今度は貴緒が小さく吹きだした。
「違いますよ、鈴奈様は自分が喫煙するほどストレスがあるって思われたくないんです。」
「別にストレスなんかないわよ。部下をいじめて発散してるから。」
スポーツバッグのファスナーをしめて、美夜子は自分のカード端末に函館の少年達の認証番号を登録しながら、しれっとその会話に入り込む。
「主に流河さんですか?」
「うん。彼いじめるの楽しいの。しかもタフなんでいじめがいがある。」
「気の毒に…。」
貴緒が苦笑して立ち上がった。女子高生二人の準備が整ったらしいので、件の青年を呼ぶ。
呼ばれて戻ってきた二人の青年を眺めながら、美夜子が由良にだけ聞こえるような声でぽそっと呟いた。
「なんか、わかる気がするわ。いじめたい気持ち…」
「ええー?そ、そう?」
寝不足のためか絶間なく欠伸を噛み殺す大きな青年の背中を眺めて言う美夜子に、由良はとても賛成できない。
一方兄と同様に殆ど昨夜も寝ていないはずの次男の方は全く無表情で黙って荷物を手に持った。それと差し替えるように黒いヘルメットを由良に手渡す。
「ありがとう。」
短く礼を述べると、秀は軽く頷くだけだった。いつものように無愛想で、冷たい印象だ。
だが、昨日までとはなんとなく違った。昨夜由良を慰めてくれた事が、大きく影響してるのだろう、由良は彼のぶっきらぼうな様子があまり気にならなくなっていた。
この人は、こういう人なのだ。流河のように大らかではなく、刀麻のように細かな気配りのするタイプでもなく、セイラのようにとても優しいわけでもない。そして、函館の二人のように、明るく元気でもなかった。
でも、もう以前のように怖くはない。彼に悪意はないのだ。振られたかつての彼氏に似ていても、この青年とは関係ない。
「じゃ、階下で挨拶して、駐車場にでましょう。」
マドンナに促され、一同は札幌市を出る。
自分の店から戻ったセイラが、屋上の温室の中を見る。内部に入るのではなくモニター監視で、湿度や温度を確認しておく。毎朝の彼の習慣のようになってしまった。
「あ、帰ってきたみたい。お帰りなさい。」
北西の空に動きを感じて、セイラは大きく手を振った。小さな点にしか見えなかった影が、あっという間に大きくなり黒い単車とシルバーのエアカーの姿を見せる。温室の脇によけて待っていると、黒いエプロンと金髪が風圧に舞い上がった。
「降りていいぞ。」
低い声で指示され、単車の後部座席から降りてきたのは由良だった。力をこめてヘルメットを脱ぎ捨てると、癖のついてしまった髪をぐしゃぐしゃと両手でかきまわす。それから続いて着地したエアカーの方へ走りよってドアが開くのを待っていた。
温室の反対側に設置されている簡易ガレージに単車を収めると、サングラスをつけたままの秀がゆっくりと歩いて戻ってくる。
「お帰り、秀。つかれたでしょ?」
「少し、眠いな。」
セイラの隣りに並ぶように立つと、やっとサングラスをはずして目頭を指で押さえていた。
エアカーのドアを開くと貴緒が先に降りて鈴奈が続く。助手席から美夜子が降りて由良のそばに駆け寄った。
流河が中々降りてこない。
「流河、どうしたの?」
心配そうに運転席を覗き込んだセイラに、美夜子が代わりに答える。
「もう眠くて耐えられないんだって。このまま少し寝かせてくれって。」
気の毒そうに流河を見ていたが、金髪の青年は眉根を寄せる。
「それは困ったな。さっきハワイ大学から論文の催促が来たのに。どうするんだろ。一応知らせるだけは知らせないと。」
「ハワイ?論文?」
いぶかしそうに、美夜子が聞き返す。由良も目を丸くした。
「流河はハワイの大学の外部研究員なんだよ。毎月必ずレポートを出さないといけないんだ。」
その会話が耳に入った本人が飛び起きた。
「そうだった!やべぇ、まだ一文字も書いてない。」
「英訳は手伝ってやれるけど、本文は僕には手伝えないよ。」
「また徹夜かぁぁ!!」
大きな手で頭を抱えて運転席で苦悩する。
「流河さん、研究員なの…?何の研究?」
美夜子が信じがたいものでも見るかのように、苦悩する大きな図体を指差してセイラに尋ねる。
「あれだよ、あの温室。あれは流河の研究なんだ。メインは植物らしいんだけどね。詳しくは本人にきいて?僕も細かくはわからない。」
「自然の植物が殆ど育たなくなっこの国の土壌に、もう一度植物を育てるための研究よ。」
「鈴奈さん」
「この国では流河以外に三人しか研究員がいない分野です。」
マドンナの解説に、一言貴緒が添える。
「秀、車頼む。俺三時間だけ寝る。そしたら論文やるから。」
ようやくエアカーを降りて、流河は猫背になりながら歩き出すと、非常階段を使って屋上から下りていった。
「わかった。」
短く答えた次男がすぐに車を動かして、ガレージへまわす。
「テロリストじゃなかったっけ?」
由良がぽつりと呟いた。困ったようにセイラが訂正する。
「あのね、それは職業じゃないんだ。」
鈴奈と貴緒が笑い出した。
「あははは。そうよね、知らないんだもの、仕方ないわよね。」
「由良さん。組織の構成員は、皆それぞれ職業をちゃんと持ってるんですよ、少なくとも表向きには。」
「僕は知っての通り喫茶店の店長だよ。流河は研究員、刀麻は診療所の医師。秀は整備士。」
セイラが笑いながら説明してくれる。その後を引き受けるように鈴奈が付け足す。
「あたしはこれでも103の特許を持つ発明家。貴緒はその助手なの。」
「他にも新興宗教の教団党首、なんてのもありましたね。」
貴緒が蛇足。
「そ、そうか。テロリストって仕事じゃないんだもんね。よく考えればわかることなのに。」
「そういえば失念してたわ。どうやって収入を得ているのか考えもしなかった。」
目を白黒させている二人の女子高生の姿に、三人はさらにどっと笑った。ガレージから戻った秀がそれを相変わらずの無表情で見つめている。
読んでいただきまして、ありがとうございます。




