↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/28

11

 振り返ると、微笑を浮かべたスーツ姿の男が立っている。背が高く、目鼻立ちのはっきりした華やかな顔立ちだ。

「篠原さん! お疲れさまです」

 驚いたように秋田が姿勢を正す。席に座っていた久瀬と浜松を含め、フロアにいた数名の職員が一斉に立ち上がった。

「ああ、みんな気にせず仕事続けて。……久瀬くん、ちょっといいかな」

 篠原と呼ばれた男は、久瀬に向かって小さく手招きする。それを横目に、宙は小声で「誰ですか?」と秋田に尋ねた。

「うち――異管の東京分駐所のトップだよ。て言っても、半分くらい本部の人だから、あんまりこっちには顔出さないんだけど」

「へぇ……」

 見た目は若そうに見えるが、確かに、上に立つ人間らしい落ち着きと余裕がある。ついじっと見つめていると、視線に気づいたように篠原がこちらを向いた。

「きみが三井宙くんかな? はじめまして、特異遺失物管理課東京分駐所の統括管理官、篠原悠です」

「は、はじめまして」

 差し出された手を取ると、思いのほか強く握り返される。宙は微笑を浮かべたままの男の顔を、戸惑いながら見上げた。宙も背は高い方だが、篠原の方がさらに目線が高い。

「久瀬くんから聞いたよ。きみ、異失物に残った記憶を見たんだって?」

「……はい。たぶん、ですけど」

「たぶん、でいいよ。こういうものは最初から断定しない方がいい」

 久瀬がそばに来ると、篠原は宙から手を離した。

「メールを貰った後、非公開資料も含めて調べてみたよ。だけど、やっぱり拘束型の異失物にそういった事例はなかった」

「そうでしたか……」

 久瀬は僅かに眉を寄せ、持っていた袋に入った首輪へ視線を落とす。篠原は首輪を見て、すっと目を細めた。

「それが例の首輪だね。ちょっと貸してもらえる?」

「……いいんですか?」

「ああ、大丈夫だよ」

 なぜか躊躇うようなそぶりを見せた久瀬に、篠原は笑顔で頷く。久瀬から袋を受け取ると、篠原はチャックの口を開けて、首輪を取り出した。

 首輪を手にしたまま目を伏せ――しばらくして、袋へ戻す。

「――うん。断言はできないけど、記憶干渉の力がある可能性は低そうだ」

 今ので、どうやって分かったのだろう。

 思わず目を瞬いて篠原を見る。

「では、彼が見たのはただの夢だったということでしょうか」

「まだ何とも言えないね」

 久瀬に答えて、篠原は宙へ向き直った。

「きみが見たのは、ただの夢だったのかもしれない。可能性が低いというだけで、異失物の力ということもあり得なくはない。でも、一番可能性が高いのは――」

 近くの棚に浅く腰掛け、篠原が宙と目線を合わせる。

「きみの力だ」

「俺の……?」

 ぽかんと口を開けて篠原を見返す。篠原は探るような視線を宙に向けたまま、軽く首を傾げた。

「三井くん。よかったら、うちでインターンしてみない?」

「イ……インターン?」

 思いもよらない言葉の連続で、オウム返しすることしかできない。

 大学三年生になり、同級生には企業や官公庁のインターンシップに参加する人が何人もいた。そんな彼らを宙は「えらいな〜」と他人事のように見ていたのだが。

 超能力的な力を認められて、警察の秘匿部署からインターンに勧誘されるなんて、そんなドラマみたいなことが自分に起こるとは。

「篠原さん。彼は一般人です」

「分かってるよ。だから、選ばせる」

 表情を硬くした久瀬に、篠原はひらひらと手を振ってみせる。

「ひとまず、夏休みの間だけ期間限定で、どうかな? その後は、きみの意思とこちらの判断を踏まえて決めよう」

「ええっと……」

「無理にとは言わないよ。ただ、自分の身に起きたことを知らないまま日常に戻るのは、きみも怖いんじゃないかな」

 篠原は宙と目を合わせ、微笑んだ。

 選ばせる、と言いながら、まるで篠原の考える『正解』へ誘導されているみたいだ。

「インターンって、俺は何をすれば……?」

「今日していたこととそう変わらないよ。週に三、四日この分駐所に来て、先輩職員と一緒に行動してもらう。そこで、何か気づいたことがあれば教えてくれればいい」

「それだけ?」

「それだけで、こっちは十分助かるんだよ」

 本当だろうか……?

 篠原の言葉を鵜呑みにするなら、それほど大変ではなさそうだ。

「でも、夏休みは短期でバイトやろうと思ってたんですよね〜……」

 自分で学生寮の家賃と生活費を払うことを条件に、宙は一人暮らしさせてもらっている。もともと警察官志望というわけでもないのに、インターンのために稼ぎ時の夏休みを潰すのは躊躇われた。

 頭を悩ませる宙に、篠原は内緒話をするように顔を寄せた。

「通常、警察庁のインターンは給与なしだけど、きみは特例として謝金を出せるよう上に掛け合ってあげる」

「えっ」

「そこらのアルバイトより、いい時給にしてあげられるよ」

 悪戯っぽい顔で言って、「どうかな?」と首を傾げる。宙は勢いよく手を上げた。

「やります!」

「お前、そんな簡単に……」

 苦い顔で久瀬が宙を見る。それを秋田が「まあまあ」と宥めた。

「私は一緒に働けるの、嬉しいよ。これからよろしくね」

 笑顔で言って、秋田は小走りで浜松のデスクへ向かった。

「浜松さーん、三井くんが異管でインターンするそうですよ」

「んん? そりゃまた急展開だな……」

 デスクの方から浜松たちの声が聞こえてくる。その声を聞きながら、篠原は「いやぁ、よかった」と満足そうに微笑んだ。

「異管は万年人手不足だからね。久瀬くんも、先月バディの子が異管を離れてから、ずっと単独で動いてくれてたし」

「……ちょっと待ってください。まさか、こいつを俺の新しいバディにするつもりじゃないですよね?」

「あはは」

「あははじゃなくて、ちゃんと答えてください」

 笑って誤魔化そうとする篠原に久瀬が詰め寄る。

 宙は改めてフロアを見渡した。別れを告げるためではなく、これからここで自分が働くことを想像して。

 胸の鼓動がいつもより少し早い。少しの緊張と、不安と――それを遥かに上回る好奇心。

 警察庁刑事局特異遺失物管理課。そのインターンとして働く日々には、どんなものが待ち受けているのだろう。

 期待に胸を高鳴らせながら、宙は笑みを浮かべた。


================================

異失物管理番号:02-018

作成日:2026年8月2日

作成者:久瀬隼人

異失物名:コタロウの首輪

分類:拘束型/装着型

危険度:Ⅲ級

発動条件:首輪の装着

確認された影響:装着者への締付反応/犬用命令語への服従反応

破壊可否:条件付きで可能。装着状態での破壊処理には締付反応を伴うため、要保護措置。

処置:東京分駐所第一保管室に収容


備考:装着者が対象物由来と思われる過去の追体験を申告。ただし、当該分類の異失物に類似事例なし。継続調査。

================================

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。