裏の物語2
翌朝
輝灯は誰にも会わないように早く家を出た。
「最悪な日になるんだろうな…」
1日が憂鬱でならない。早く終わってくれないだろうか。
なるべく早足で学校へ向かう。
「輝灯君、クリエイターを代わってくれないか?」
誰にも会わない為に早く出たのに、嫌なやつに絡まれてしまった。
「……ほっといてくれ。」
振り向かずにそう告げる。
「いやぁ、ごめんね。無神経なやつで。」
!?誰だ??
驚いて振り向く。そこには徳田雲秋だけがいる。しかし、先程聞こえた声は明らかに雲秋の声ではない。
「でも、クリエイターを代わって欲しいってのはホントなんだよ〜。」
「ーッ!?」
今度は正面から声がした。
そこには、見たことのないピエロがいた。
「あ………ッ……!?」
灯よりも大きく、見下ろしているピエロ。それがいきなり出てきて訳の分からないことを言っている。全く頭が追いつかない。
「うんうん。いい反応。やっぱこれだね。あいつは驚きすらしなかったからね〜。」
ピエロは雲秋を指さす。それにつられて雲秋を見る。雲秋はやはり、顔一つ動かしていない。
「な、なんなんだ………ッ…何が…?」
無理だ。整理できない……。
「まず、私はクリエイター。日本語だと創造者が訳に当たる。そんで、やってることは正義の執行者のサポートさ。」
駄目だ。話が突飛すぎる。そもそもこの状況は何なのだ…。
「でも、諸事情で正義の執行者が私を裏切った。で、今、狙われてる状況なんだ。だから、私と代わって欲しいんだ〜。いいかな?」
クリエイターは自分の状況と仕事内容をザックリとだけ説明した。
勿論そんな説明は頭に入ってこない。多分、今何言われても分からないと思う。
「そろそろ、早い生徒は来るかもだ。そうだ!放課後、話の続きをしてしまおう!というわけで行ってらっしゃーい!」
そう言ってピエロは消えた。
朝から、訳が分からない………。
「…ストレスかな…。」
起きた状況を飲み込めずに、取り敢えず歩き始める。
「灯君は確かにストレスは抱えているけれど、さっきの出来事は本当のことさ。」
背後から雲秋の声が聞こえる。無視したいのは山々だが、先の状況について雲秋なら知っているのかもしれない。
「………雲秋君は今さっきのこと理解してるのかい?」
歩きながら問いかける。
「まぁ、多少はね。簡単な話、灯君にクリエイターを代わって欲しいっていうことさ。」
違う。そうじゃない。そもそもクリエイターっていうのは何なんだ。そして、何故、灯が、その後継に選ばれるのか、その辺りが分からい。
「君はクリエイターが何なのか分かるのかい?」
気付けば、もう学校に着く。嫌な1日の始まりだ。でも、今はそれ以上に
「僕もさっき知った。正義の執行者のサポート役だそうだ。」
………は?
「……………具体的何をするのかも……」
「うん。知らない。僕が言われたのは灯君にクリエイターの代わりを務めるようにして欲しいということだけさ。」
呆れた。仕事内容も分からないのに人に勧めるだと?それって無責任じゃないか。
「灯君にとって有益なことだとも言っていたよ。」
駄目だこれは。何を言っても通じない。けれど、灯にとって有益というのは気になる。どうせ具体的なことは知らないのだろうが、一方的に蹴ってしまったら後々後悔するかもしれない。
「もし、次にクリエイターっていう奴に会ったら保留って伝えといてくれ。あと仕事内容も聞いたほうがいいと思うよ。」
下駄箱から上靴を取り出し、自分の靴を入れる。上靴を履いて、自分の教室へと向かった。
早い時間に着いた為、教室の人はかなり少ない。彼らは灯と面識は少なく、灯をいじめることはない。
この朝の時間が灯にとって落ち着ける時間だ。自分の席について、授業の予習を始める。
雲秋も灯にちょっかいをかけずに自分の席に向かった。
しばらくすると、石田勝と今末星乎がやってきた。
「うわっ、ここくっせぇ。換気換気!」
勝は教室中の窓を開け始めて、それに釣られて一部の生徒も窓を開ける。咳込むジェスチャーをする者もいた。
「ちょっ、さっっっっむ!いや、マジ、誰だよこんな臭い奴。そいつのせいで、俺等がこんな目に遭わなきゃいけないじゃねぇか!責任取れよ、マジで。」
星乎は不機嫌そうに自分の席に向かう。その途中、灯の席に近付き
「気の所為か?この辺やけに臭いが強いって!あはははは!」
嫌味を言って、席に向かった。
朝礼の時間になり、先生が来る。
「なんで、こんな寒い日に窓なんて開けてるんだお前たちは?」
教室に入るなり、そう呟く。
「いやぁ、病気が充満してるような気がしたんで。誰がどんな病気持ってるか分からんじゃないですか。うつされたら困るしねぇ。」
勝が言い訳をダラダラと述べる。先生は納得したようで
「そうか。病気なんて、気を張ってればなるもんじゃないが。万が一ということもある。」
朝礼はこれ以降は穏便に進み、4限目までの授業も同じように進んだ。
昼食を終えた後の5、6限目は冬のクラスマッチの練習試合だった。種目はドッヂボール。王道だ。
まずは役割分担である。男女別であり、男子は勝や星乎が率先して役割を決め始める。
「灯君は内野ね。」
勝が何の前触れもなく告げる。
「いや、僕は…」
「悪いけど、みんな迷惑するから、内野ね。子供じゃないんだし、ワガママは恥だぜ。」
要望を伝えようとしたが、星乎が暇を与えずに役割を決定させる。
最終的に勝と星乎、雲秋、が外野、それ以外は内野ということになった。
雲秋は他の生徒が外野に行くことを拒否したため、回されている。確実に灯を差別している訳だ。
本当に嫌気がさす。灯は溜息をついて、練習試合を始めた。
練習試合中、疑問に感じたのは勝や星乎の投げるボールが明らかに他の生徒に比べ、速いということだ。あの速さでは顔に当たった時に怪我をしてしまうのではなかろうか。その点以外は普通。灯はそう考えた。
6限目も同じように練習試合である。5限目での反省を活かして、作戦を立てたり、配置を見直したりするのだが、灯たちのクラスはそういうこともせず、練習試合のみを行うようである。
6限目の最初の試合で、担当の先生は灯たちのクラスから目を離してしまった。
すると、生徒の殆どが試合に没中し、だんだんとボールが加速する。
星乎が相手にボールを当て、内野に入ってくる。
「ホラ、灯!前見て!前!」
灯は既に前を見ているため、星乎は取り敢えず、灯を注意したいだけなのだろう。
本来なら、すぐに相手のボールに当たって外野に行きたいが今のボールに当たると、何処か痛めそうである。
何となくそんなことを考えていると、星乎にボールがわたった。
「灯!いくぞ!」
「え?」
訳も分からず星乎の方を向いた矢先ボールが顔に当たった。
「いや、おい、灯邪魔すんなや!」
周りの生徒は疑問を抱き、「さっき、灯を呼んだ筈だ」と問いかける。
「は?いや、嘘やろ?俺、完全に勝のつもりやった。あははは!」
そんな会話を他所に灯は倒れてしまった。
急いで雲秋が駆け寄り、保健室に連れていこうとする。灯の顔を見ると鼻血が出ており、皮膚が真っ赤になっている。
「大丈夫かい?」
声をかけるが返答がない。
「おい、雲秋。灯どうしたんだ?」
クラスの担当の先生が雲秋に声をかけた。
「あぁ、ボールが当たったみたいなんで、保健室ににいくとこでぇす!」
何故か星乎が答えた。近くにいたから星乎にも聞こえていたのだろう。言っている内容に間違いはないため雲秋は急いで灯を保健室に連れて行った。
ガラガラと保健室のドアを開ける。
「2年3組徳田雲秋です。失礼します。」
恒例の挨拶を済ませて、中に入ると保険室の先生が驚いたように目を開いた。
「いやいや、どうしたの!?……まぁ、まずはベッドに寝かせてあげないと。」
保健室の先生は手早く、ベッドに寝かせ、血を拭き取り、氷を袋に入れて灯の顔を冷やす。
「呼吸はしてるみたいで安心だけど、反応がないのよね?」
雲秋から軽く話を聞いて、気になったことを質問する。実際に保健室の先生も呼びかけたが、応答はなかった。
「……意識がないみたいだし、脳震盪?取り敢えず、保護者呼んで病院よね。いや、救急車呼んだ方がいいか。」
他の先生たちもやって来て、あれこれと相談している。
「ねぇ、雲秋君、彼の荷物纏めてもらっていい?」
保健室の先生に応え、鍵を取って教室に向かう。
「どうすんの?彼、頭やっちゃってるよ。」
2階に上がった時、背後から声がした。振り返るとクリエイターと名乗るピエロがいた。
「本当に君は使えない奴だな。自分の身を挺して守るくらいできなかったわけ?」
どうやらかなり苛ついてそうだ。その証拠にクリエイターが身につけている装飾がカラカラと音を立てて荒ぶっている。
「速度的に間に合わなかったんだ。」
「いや、関係ないでしょ。君のせいで私のプランが崩れた。彼はきっと入院する。君のせいだ。責任を持ってくれたまえ。」
上半身を90°に曲げて顔を雲秋に近づける。こう見ると顔の大きさも雲秋よりかなり大きいことが分かる。
「入院するというのなら、お見舞いの時に行けばいいのではないだろうか?」
荒ぶっていた装飾が一瞬ピタリと止まり、今度は雲秋を煽るように動き出した。
「君、情報処理能力が猿以下じゃないのか?君がやったことを考えてみよう。一言で言えるね。さん、はい!」
雲秋は分からずにポカンとしている。
「なんだ君は、たまげたなぁ。まさかここまでとは。はぁ〜。『迷惑行為』だろ。君がやったことは彼にとって迷惑でしかない。その点でいけば、君とあの悪ガキ共は同等だ。そんな君がお見舞いに来たとして、彼が受け入れる訳無いだろう。」
クリエイターは呆れたように上半身を起こして背を向ける。
「あぁ、最後に君、パーティシペイターになる気はある?」
「はい」と答える気はあるが、灯から仕事内容を聞くように忠告されている。別に今回のことまで言われている訳では無いだろうが聞くことが不利になるということは無いだろう。
「勿論、必要であればなるつもりだが、その前に仕事内容を教えて欲しい。それとクリエイターの仕事内容も具体的に教えてくれるだろうか?」
クリエイターは興味深そうに雲秋の方を向く。
「へぇ。ま、灯君が忠告やらなんやらしたんだろうけど、君そういうことは聞くんだ。いいだろう。教えよう。」
クリエイターは大袈裟にクルッと回転する。
「パーティシペイター。それは正義の執行者。即ち悪者をやっつけるのが仕事さ。」
今度は逆向きに回転する。
「クリエイター。それは創造者。尚且つ正義の執行者のサポーター。様々なものを創ってパーティシペイターを支援する。他にもパーティシペイターをスカウトする役割を持ってる。と言っても日本じゃ1人が限界だ。なにせ、正規の場所じゃないし、私が隠れ蓑に使っているだけに過ぎないからね。」
「最後の話だけよく分からなかったが,直接的に関係する話なのだろうか?」
「多分無いんじゃない。」
成る程。これで雲秋の用事もクリエイターの用事も済んだ。
「助かった。ありがとう。」
全身の装飾を大きく揺らして、クリエイターは笑った。
「やっぱり、君って面白いねぇ。」
それだけ言ってクリエイターは消えた。
荷物を持って保健室のドアを開ける。
先生の量は少し減っていたが、相変わらずガヤガヤと会話している先生は見かけられる。
「あっ、荷物持ってきてくれた!ありがとう。」
保健室の先生は雲秋から荷物を受け取り、もうクラスマッチの練習に戻っていいという旨を伝えた。
戻る際に一部の先生が「ほんと、ガキのすることはよく分からんですねぇ。」と呟いたのは雲秋に聞こえなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「…………なんだ、これ…。」
知らない場所に、知らないベッド。自分の置かれたよく分からない状況に戸惑う。
「ドッヂボールをしてたのは覚えてるんだけどな……。」
冷静にこうなる前のことを思い出してみるが、何故こうなったのか、理由がはっきりとしない。とはいえ、ドッヂボール中に何かあったのは確かである。
「あっ、目を覚ましたみたいですね。」
いかにと看護師さんという服装の人物が灯に近づいて、色々と検査をしていく。
「自分が何故そうなっているかは、覚えてないんですね?」
「はい。ドッヂボールをしてたところまでは覚えてるんですが…。」
検査の途中に確認のために聞かれた質問に答える。看護師さんは少し首をかしげて
「頭を強く打った影響ですかねぇ。灯さんはドッヂボール中に自分で頭をボールにぶつけにいったみたいですよ。それで気を失ったようです。」
「は?」
そんな馬鹿なことを自分がするだろうか?それに、仮にしたとして、どんな理由があるというのか。
「いや、私も疑問ですよ。それで、詳細に聞いてみたんですね。初めの子は頭をぶつけたって言ったみたいです。」
頭をぶつけるというのは有り得ることだろう。もしかしたら、余所見をしていた隙にボールが当たったのかもしれない。
「それで、さらに詳しく説明してくれる子も出てきて、その子が言うには灯さんは外野からのボールを取るためにボールが来そうな場所に走ったはいいものの、キャッチができずに頭をぶつけたみたいですね。」
それを噛み砕いて自分でボールにぶつかったとしたわけか。
そもそも灯はドッヂボール自体やる気がなく、できれば外野で油を売るつもりだった。しかし、勝や星乎にそれは拒まれて内野に来たが、ボールの速さが異常なため、取り敢えず避けることだけをしていた。それが自分から取りにいくだろうか?
「多分ですけど…………それはないんじゃないですかね………。僕、やる気無かったですし……。」
看護師さんは少し俯いて、
「ねぇ、灯さん。あなた、いじめられてる子?」
そう言った。
灯は一瞬、頭が真っ白になった。
いじめを知っているのは学校内だけのはずだ。それが何故、この病院の看護師さんまで知っているのか?
「何処の情報ですか、それ。」
疑問に思ったことを、勘ぐられないように伝える。
「いや、娘がいじめられてる子がいて、助けてあげられないって、ずっと言っててね。娘と同じ学校だし、もしかしたらと思ってね。」
娘?
看護師さんの名札を見てみると、そこには烏珠とあった。丁度、それはクラスメイトと一致する。
この看護師さんは烏珠俾涅華の母親なのだ。
もう1つ引っかかる点がある。俾涅華は灯を助けたいという旨を親にまで伝えているという点だ。学校内の設定を親にまで、普通伝えるだろうか?
「ええ。………いじめられてはいます………。」
本当は俾涅華もいじめに加担しているのでは?と聞きたいものだが、先の話を聞き、口き出すのを止めた。
「親御さんにはもう話してるの?」
「いや、話しても………。迷惑がかかるだけなんで大丈夫ですよ………。」
親に話したいのは山々だが、今の灯を親は信じはしないだろう。
「私から話そうか?少なくとも1人で解決するよりは複数人で解決した方がいいし。親御さんを味方につけるっていうのは有効な手段になるよ。」
そんなことしたら傷つくのは俾涅華の母親だ。灯の親、特に父親は自分の上司でも無い限り誰であってもなりふり構わないで罵詈雑言を浴びせる。
これは灯が言いたくても言い出せない理由の1つでもある。
「………無駄になると思いますよ……。いじめっ子の親は僕のお父さんの上司なんです。相当、お世話になっているという話ですし、恩を仇で返すようなことを僕のお父さんはできませんよ。」
俾涅華の母親は絶句した。
そして、何かを言おうとしていたが、言葉にせず、そのまま考えこんでしまった。
「……………そうね……。いじめのことを伝えると公になっちゃうからね……。学校が動いちゃうだろうし。子供達だけで処理するのが1番最善にはなるんだろうけど…………。」
その通りだ。子供だけで処理することが最も望ましい解決だ。できるものなら、そうしたいところだが勝や星乎たちにその気があるのだろうか。
「中々、うまい解決策が見つからないわね………。あ……。ごめん、灯さん。少し言いづらいんだけど………。」
突然、何かを思い出したように灯の名を呼んだかと思えば、すぐに口籠る。その様子に灯は困惑してしまった。
「あのね、俾涅華の前で暴力を受けるのだけはやめてちょうだいね…………。」
「………ん?」
口籠った果てに放たれた言葉に灯は困惑することしかできなかった。




