-7 『架け橋』
結局、シエラがどうにか仲介してくれたおかげで、羽交い絞めにされて右肩を脱臼しそうになる程度で生きながらえることができた。
もはや暴行事件のレベルだが、俺も、シエラと混浴をしていたという後ろめたさもあって泣き寝入りするしかなさそうだ。
「本当になにもないのですね、シエラ様」
「言ったでしょう。なにもありませんでした。むしろハルさんは私によくしてくださったのですよ。眼鏡が壊れて見えなくなった私を連れてきてくださったのです」
「……そうでしたか」
妙な間に、未だ不服だという感情が垣間見える。
「本当に、なにもなかったのですね」と改めて俺に詰め寄ってきたマリーディアに、俺は苦笑を浮かべながらも「はい」とぎこちなく答えるので精一杯だった。
一緒に風呂に入っただとか、彼女の一糸纏わぬ姿を目にしてしまっただなどと言えるはずもない。
「それにしても、本当にありがとうございました。ハルさん」
改まって俺に向き直ったシエラが淑やかに頭を垂れる。
「これほどゆっくりできるなんて、こちらの世界に来れてよかったです。向こうの世界では色々としがらみもありますから」
「やっぱりそっちの世界にも色々と事情とかあるのか」
「私が羽持ちの天族であることもそうですが、多様な種族が居る世界では様々な障害があります。伝統や思想。それぞれの種族にそれぞれの価値観があります。それらはもちろん衝突することもあり、争いの火種になることも少なくないのです」
「へえ、それは大変だな」
俺たちの世界で言う宗教のようなものだろうか。
種族数が多ければきっと文化も多様に違ってくるのだろう。
「シエラ様のような天族の方たちとは違い、はるか昔から魔族と呼ばれる野蛮な連中も存在します。彼らは自愛の心の欠片もない、実力主義で弱肉強食な蛮族の連中です。そんな連中の横暴で世界が穢されないように、天族の方たちは神の教えを説いて全土を回られているのです」
すっと俺たちの間に割って入ってきたマリーディアが説明をしてくれた。
「なるほど。まあ、どこにだってそういう過激なヤツらもいるよな」
そうですね、とシエラは物憂げな瞳で頷く。
「ですが、私は全ての魔族の方がそうだとは思ってはいません。その種の生まれだからと言って、勝手な固定概念で虐げるのはあまりにも酷い話だと思うのです。たとえ種族間のしがらみがあっても、きっと、ちゃんと互いを知って交流を深めていければ、魔族の方とも私は友達になれると思っています。現に、現在ここの『門』が繋がっている先はもともと魔族の方が治めている領地でした。今でもそれに変わりありませんが、私のような天族が通える程度には、今の領主様は他種族に友好的なのだそうです。ですからお友達になれるかも――いえ、絶対になってみせます!」
そう言いながら微笑むシエラはまさに天の使いのようで、後光が差しているような錯覚まで覚えそうだった。その言を聞いたマリーディアが地面に膝をつけて祈るように手を組み、
「と、尊いっ!」と感慨深く涙まで浮かべていた。
わかった。この人、ただのガチのファンだ。
「そういう意味では、ここは種族間の何のしがらみない理想の場所です。そういう場所が世界中に存在すれば、どれだけ素敵なのでしょうね」
心からそう思っているのだろうと身にしみるほど、彼女の言葉にはまっすぐさがあった。だから少し大層すぎて大袈裟だと思ったけれど、俺も「そうだな」と頷いてしまった。
確かに、あやめ荘が異世界間を繋ぐ『そういう場所』になれればいい。そんなことをふと思ったのだった。




