第七話 雨の日の邂逅(後編)
「……それは本当に薬なのかい。見るからに禍々しい輝きをしてるじゃないか」
マチルダが、ごくりと唾を呑み込みながら漆黒の液体を見つめる。
「これは菘藍の根を煮詰めたものに、龍の脳の結晶を加えたものなんだ」
「り、龍の脳だって!? あんた、そんな恐ろしいものをどこから……!」
マチルダが目を丸くして声を裏返すと、エリックは弱り切ったいつもの苦笑いを浮かべ、首を振った。
「違うよマチルダさん、本物の龍の頭をカチ割って持ってきたわけじゃない。これは遥か東の国に生える木から採れる、貴重な芳香成分の結晶さ。って……問題はそこじゃないんだ。この子は今、病と闘う力でもある、自分の中の光の魔力が暴走を起こして、衰弱を加速させているんだ。だから、この薬に込めた闇の魔力で一次的に抑え込むんだよ」
「そんなことしちまったら……この子の体はどうなるんだい」
「そう、光の魔力が抑えられるってことは、この子の本来持っている闘う力も一緒に弱ってしまう。最悪の場合、病気に負けてそのまま命を落とすかもしれない。……だからこそ、病気のもとを直接叩く菘藍の根と、薬効を素早く全身の隅々まで巡らせる龍脳を混ぜた。だけど、薬自体が今のこの子の弱った体にはかなりの負担にもなるんだ」
エリックの瞳に宿る真剣さに、マチルダはそれ以上言葉を挟むことができなかった。
「……手伝ってくれ、マチルダさん。少しずつ、喉に流し込む」
エリックは少女の頭を優しく抱き起こし、器の縁を小さな唇へと宛がった。一滴、また一滴と、ほのかに青みがかった漆黒の液体が少女の喉へと吸い込まれていく。少女は時折、苦しげに眉をひそめたが、なんとか全ての薬を飲み干した。
それから、エリックの長い寝ずの看病が始まった。
部屋の中には、絶えずミントとユーカリのツンとした湯気が立ち込め、視界を白く染めている。
エリックは少女の傍らを一歩も離れなかった。
「……ケホッ、ウ、ウグッ……」
少女が苦しげに身悶えするたびに、エリックは素早くその体を横に向け、細い背中を優しく、かつ的確なリズムで叩いて痰を吐き出させた。
熱のせいで失われる水分を補うため、塩と蜂蜜の水をスプーンで一匙ずつ、時間をかけて根気強く含ませていく。
少女の小さな手を握り、手首の脈を測るエリックの指先からは、常に微弱な魔力が流れ、彼女の体内で暴れる熱の動きを監視し続けていた。
一刻、また一刻と、夜が更けていく。
激しかった雨の音が、いつしか静かな夜の静寂へと変わっていく中で、エリックはただひたすらに少女の呼吸の音に耳を澄ませていた。
翌朝。
雲一つない、抜けるような青空から、眩しい朝の光が窓隙を抜けて部屋の中へと差し込んでいた。
エリックはベッドの傍らに椅子を寄せ、ベッドの端に突っ伏したまま、深い眠りに落ちていた。目の周りには濃い隈が浮かび、服は汗と湯気で少し湿っている。
シーツが、衣擦れの音を立てて微かに動いた。
「…………ん、…………」
少女の白い耳がピクリと動く。すると、ゆっくりと、本当にゆっくりとその瞼を持ち上げた。
昨日までの土気色だった顔には、うっすらと健康的な赤みが戻り、あれほど荒かった呼吸は静かで穏やかなものに変わっている。
少女は、戸惑ったように見慣れない天井を見つめる。
部屋の中には、微かに甘く、そして爽やかなハーブの香りが残っている。
隣を見ると、自分の手をそっと包み込むようにして、青年がだらしなく口を開けて眠っていた。
少女は長い睫毛を揺らしながら、掠れた声を小さく零した。
「……ここは、どこ……?」




