一方的
「それで?まだ何か気になる事あるかな?」
ごくごく自然な笑顔で問う。もう一周回って吹っ切れたような気もする。
当然あると見越しての質問だ。
氷室は訝し気な視線をこちらに向けてくる。俺はもう動揺も物怖じもしない。
現時点での整理として、まず氷室の言動は明らかに年相応じゃないと言えるだろう。
淡々と事実確認をしてこちらの真実を見抜いて来ようとする。
目的自体は分からないがその姿はまるで探偵の様だ。
……これで中一なんだよな?
だが年不相応という話でなら俺にも当てはまる。
従ってその事実を前にして気圧されはしない。
最も彼女の様に13年という歳月の中で大人びた風格を出している訳では無い。
ただ俺は……2週目だからというだけだ。
さあ来るがいい。どんな疑問にも答えてやろうじゃないか。
こっちは計画遂行に人生全てを捧げるつもりなんだ。
下手に悟られて足を引っ張られるのも困る。
「いえ、もう結構よ」
そう言って氷室はノートをしまう。
成程もう結構か。
もう結構の場合、最適な言い訳は……
「……?もう結構?」
思わず目を見開いてしまう。
選ばれたのは、予想だにしていなかった選択肢だった。
「ごめんなさい。私この後用事があるから」
氷室は頭を下げ、そそくさと帰り支度を整える。
俺はその行動にますます困惑してしまう。
何だこのタイミングのすかされ様は。
親の事についてつつかれて動揺し、いざ覚悟を決めたらぱっと退かれる。
異様なほどに俺の思惑は裏目に出てしまう。
果たしてそれは偶然か、氷室の目論見なのか。
精々前者であってほしいものだ。
席を立ち背を向ける氷室を俺はじっと見つめる。見つめることしか出来ない。
何なんだこいつは……一体何がしたいんだ?結局気付いているのか?何で唐突に帰るんだ?
頭の中の疑問符が鳴りやまない。
疑心を視線で悟ったのか氷室は肩をぴくっと震わせた。
そして俺の方に振り向き……
「……!?」
思わず飛び退きそうになるも椅子にもたれかかっているのを思い出す。
氷室は笑っていた。
それは限りなく穏やかな笑みだった。まるで母親が我が子に向けるような。
慈愛に満ちたその表情は一層不安を増加させる。
俺の視線に気づいたん……だよな?
だったら今笑うところじゃないだろう。
「……そう警戒しないでいいわ。少なくとも私は貴方の味方だから」
彼女は笑顔を全くとして崩さない。
まるで心を読んだかのように心情をぴたりと当てられ、落ち着きを促される。
しかしそう言われてはいそうですねと落ち着ける筈もない。
味方……だと?
断片的に拾った一単語が頭の中を支配する。
今の俺にとってその言葉がどんな意味を持つか……彼女は知っているのだろうか。
全て理解していて……何のつもりで……
「どういうこ……えほっ!」
真意を問おうとするも呼吸が整わず呂律が上手く回らない。
そんな俺を見て氷室は満足げに頷いた後に背を向ける。
間て……!まだ聞きたいことが……!
必死に引き留めようとするも言葉が上手く出ない。
焦りが俺の首を締めあげる。2、3度咳を零すので精一杯だ。
最後の抵抗と言わんばかりに俺は手を伸ばす。
「待……」
「何かあったらいつでも頼ってくれて構わないわ。それじゃあまた学校で」
最後まで一方的な調子で言い残し、氷室は喫茶店を後にした。