嘘つき少女と暗殺者 ―罪と責―
―「もしまた歩けたら、何をしたい?」
ハンプティ・ダンプティにその質問をされたのは、6年前。
カーレンはその古屋に住んでいた、というより、そこでただただ雨風を凌ぎ、瓶に詰められたナッツをかじっていた。切断された両足首には申し訳程度の布が巻かれ、じくじくと恒常的に痛むことにも慣れ始めていた。目の前に転がるのは、それまで一緒に暮らしていた祖母の亡骸。カーレンが殺めたのではない。が、祖母が命を失うことになったキッカケは、カーレンの言動に違いなかった。
カーレンが物心ついた時にはもう、共に暮らす家族は祖母しかおらず、その祖母は盲目であった。懸命に助け合いながら暮らす中で、ある日、ベーカリーで見たことのないパイを見た。お店の人に何のパイなのか、いくらするのか尋ねる。チェリーパイというらしい。小さな試食をもらって、カーレンはスキップしながら家に帰った。
どうしてももう一口欲しかった。けれどお店の人に試食だけ貰うのは気が引ける。しかし自分が今持っているお小遣いだけでは足りず、カーレンは考え、思いついた。祖母を欺けばいいのだと。
―「ごめんなさい、おばあちゃん。おつかいの帰りに転んじゃってね、財布を落としちゃったの。散らばったお金を集めたけど、どうしても全部見つからなかった」
―「まぁカーレン、怪我は痛くないのかい? お前が無事なら良かったよ」
祖母は清く正しい人だった。カーレンの言葉に一切の疑いを持たずに接した。ただ、格好については厳しかった。女が無闇に派手な色を身に着けるものじゃない、と言って、カーレンに与える服も靴も帽子も、モノクロで統一されていた。最初はそういうものだと思っていたカーレンだが、徐々に周りの子達との違いを意識し始め、最終的には祖母の趣向に反発するようになった。
靴屋さんに飾られている赤い靴が欲しい。けれどその気持ちをそのまま伝えても靴を買うお金なんてくれるはずもない。カーレンはこれまで履いていた黒い靴の爪先をナイフで裂いて、祖母に言った。
―「おばあちゃん、靴の先端が破けちゃったの。新しい物を買ってもいい?」
―「どんな靴を買うんだい?」
―「この前見つけた黒い靴だよ。小さなリボンの飾りがついてるの」
カーレンの計画通り、祖母は靴を買うためのお金を渡してくれた。もちろん買ったのは赤い靴。盲目の祖母の前では、違う色を買ったことなど発覚するはずもなかった。
ところが、思わぬ展開がカーレンに訪れる。
―「カーレン、正直におっしゃい。その靴は、何色なの?」
―「急にどうしたの? もちろん黒だよ、おばあちゃん」
―「木こりの親父さんに聞いたのよ。お前が近頃、赤い靴を履いて歩いてるって。それだけじゃない。水色のスカートや桃色のブラウスを着ているなんて話もあるの。ねぇカーレン、一体どういうことなの? お前は私の教えた通り、清く美しく生きなくては……」
―「私の好きな色を着て、何が悪いの?」
祖母に問い詰められて家を飛び出したカーレンだったが、すぐに知り合いの木こりによって捕えられた。村の住民はよってたかって嘘つきのカーレンを責めたてた。祖母が盲目なのをいいことに、服と靴の色を騙していたこと。正直に言わずに隠していたこと。「女手一つで育ててもらったクセに」と、「教えに歯向かうなんて」と、罵られた。
悪くない。悪くない。どうして着る服や履く靴の色まで指定されなくちゃいけないのか。育ててもらったことは感謝している。だから家事を手伝っているし、遠くまでお遣いにも行ってた。教会にもきちんと毎週お祈りに行って、その度に神様に懺悔した。神父さまは、そうして祈れば赦されるって言ってたのに。どうして? 私が悪いの? 何が悪いの? 全部従わなくちゃいけないなんて、誰が決めたの?
カーレンの訴えは何一つ人々に受け入れられなかった。彼女は、罰を与えられた。
―「……笑ってた。木こりのおじさん」
―「キミの足を切り落とした男かい?」
これまでのことを思い返していくと、必ず最後に木こりの笑みが蘇る。悪意と興奮に満ちた人々の「断罪しろ」という声に押され、木こりはカーレンの両足に、赤い靴に包まれたその両足首に……斧を振り下ろした。
―「もしかして、楽しかったのかな。私はすごく、痛かったのに。今も、痛いのに」
祖母の亡骸を見つめるカーレンは、ぽつりぽつりと続ける。
―「泣いても叫んでも、誰も助けてくれなかった。おばあちゃんは、私に何があったか分かってないみたいだった。それから適当に傷口を焼かれて塞がれて、血は止まったけど……立てなくて、棚の上にあるおばあちゃんの薬を取ってあげられなくて……毎日飲んでた薬なのに、飲めなくて……おばあちゃんは、死んだ」
―「キミのせいで、ってことだね」
―「……うん」
カーレンのもたれる棚の上を見て、ハンプティは「ああ、この薬か」と瓶を手に取る。
―「それで? ボクはまだ、最初に投げかけた質問の答えをもらってないんだけど」
―「あ、うん、そうだね…………誰かの足を、切ってみたい。木こりのおじさんが何で笑ったのか、知りたいな」
―「ふぅん……なかなか良い答えだねぇ」
口角を上げたハンプティの深緑に光る瞳が、虚ろなカーレンの表情を正面から映した。
―「騙したキミに罪はある。けどボクは思うんだ、騙された側にも責があるんじゃないかってね。だってそうだろ? 自分の五感で得た情報をロクに吟味せず、思い込みで動くんだ。これほど危険なことはないじゃないか。昨日優しくされたからって今日裏切られないとは限らない。そんな不確実な世界で生きているのに、人間っていうのは変わらないことを期待するのさ。とりわけ、自分にとって都合のいいことについて、ね」
―「騙された責って、初めて聞いた」
―「そんなキミに提案するよ。ボクが仕えるオズ様は、キミに新しい足を授ける技術を持っている。未来永劫オズ様のために、ボクの下で汚れ仕事を引き受けるなら、エメラルドシティに連れてくよ」
―「汚れ仕事って何?」
―「ゴミを探して、片付けるのさ」
悪魔の囁きであるような気がした。しかし拒む理由が見当たらなかった。目の前の彼が言う「オズ様」が、どんな人物なのか知らない。たった一つ、カーレンの足を治す技術を持つ者だということしか。
祖母の価値観が押し付けられるのが嫌で、逆らった。真っ向から逆らえなかった弱さが、カーレンの口から嘘を生んだ。祖母の信頼を裏切ってしまった自覚はある。だが、両足を切られた今、思うのは……――
―「……わかった。やるよ。私に、足をちょうだい」




