北上(打合せ)
夜明けまで仮眠を取り、アリスは伯爵に頭を下げた。依頼内容は二つ。ノザンへの同伴と、眷属であるコウモリの配置だ。
オズと契約を交わしたとは言え、仮にオズが契約を破棄してこの隠居庵を捜索し始めたり、期限より早く軍を派遣したりしても、アリスにはその動きを把握する手立てがない。そこで、伯爵の眷属であり通信にも使えるコウモリに、オズの屋敷とキノコの森上空を見張ってもらうことにしたのだ。
アリスの要望を伯爵は快諾し、また、話を聞いたジャックもノザンへ同行することとなった。アリスとしては、重傷のチェシャ猫が眠っているこの隠居庵を手薄にはしたくなかったのだが、ジャックは言った。マーリン仕込みの結界を張り、虫一匹侵入させない、と。
「それによ、俺が看病で残ったとしても、チェシャ猫が起きたら嫌味しか言われねぇぜ。何で嬢ちゃんに付いてかなかったんだ、ってな。だから、守らせてくれよ、嬢ちゃんのこと」
「そこまで言われたら、私には断る理由がありません。どうか、宜しくお願いします」
非力を改めて自覚したところで、アリスが元の世界に帰るために自分だけで出来ることが少ないのは、揺るがぬ事実だった。マーリンの力を受け継ぎ、名実ともにこの時代最高レベルの魔力保持者となったジャックの協力は、とても有難い話だった。
かくして午前8時、オズとの契約通り、アリスはノザンに向けて出立した。ジャックが魔力で生成した「自動運転機能付きの軽トラック」に乗って。
「オズに書状が届いた。こちらの意思は伝わるだろう」
「ありがとうございます」
荷台から報告を受け、アリスは伯爵に礼を言う。彼の眷属のコウモリでは手紙を運ぶことはさすがに出来ないとのことだったので、アリスが書いた手紙をジャックの指示で鳥型に折り、実際に飛べるようにと魔法をかけて貰ったのだ。羽ばたいていく折り紙の鳥を見送った時はさすがに心配になったが、どうにかオズの元まで飛んでいけたらしい。伯爵が遣わせておいたコウモリから、オズの屋敷での音声が届き、手紙到着を把握できた。
「さて、問題はこっからだ。あの化け物……フランケンだっけ。嬢ちゃんはオズにそいつの処分を命じられたんだろ?算段は?」
「えーと……そもそもの話を覆しちゃうんですけど、私……フランケンが処分される理由に納得がいってなくて……だから、何てゆーか……」
「理由って、嬢ちゃんも見ただろ?あの怪力で街ん中で暴れてたんだ、そりゃあ処分ってことになるじゃねぇか。しかも、あん時は爆発騒ぎまで起こしててよ、」
「しかし、人の言葉を喋り、かつ、アリス嬢に何かを話そうとしていた。そして今回アリス嬢をこちらに呼び寄せたのもその声だった……。だから引っかかっているのだろう」
「……はい」
小さく頷くアリスに対し、ジャックも数秒考える。
「んじゃあ、もし、嬢ちゃんのカンが当たってたら、俺らはどーすんだ?オズに言い渡されてんのはフランケンの処分だろ?アイツを機械と同じように考えた上で『処分』っつーことは、破壊しろってこと。つまり、オズ的には機能停止させんのは最低条件だろーぜ」
「もちろん、分かってます。だけど私は、オズの指図してきた通りに攻撃をするんじゃなくて、フランケンと話をしようと思ってます。それが、私が元の世界に帰るための条件を見つける手掛かりにもなるはずだし」
「分かった。どっちみち残された時間は3 日切ってんだ、嬢ちゃんの判断に任せるぜ。けど、俺から見て、嬢ちゃんの身が危ないって思ったら、それなりに対処するからな」
「その点に関しては私も同意見だ。君が失われては元も子もない」
「えっと、それはその……気をつけます」
ジャックと伯爵に指摘を受け、アリスは口を噤んで窓の外を見た。東西に横たわる山脈を突き抜けるトンネルを抜けてからは、エメラルドシティのような整備された道路ではなくなっていた。時折車体がガタンと揺れて、その度に体を緊張感が駆け抜ける。クライマックスが迫るような、段々小刻みになる和太鼓を聞くような、正体不明の胸騒ぎだ。首にかかるクラウ・ソラスを握りしめ、そっと祈った。どうか、全員無事に地下森林へ帰れますように、と。そして、完治したチェシャ猫に笑顔で報告できますように、と。
移動開始から数時間。ひたすら北上しているため、車外の気温もだいぶ下がってきているのだろう。道端の草木が心なしか刺々しく見えてきた。葉は短く、花も小振りに、枝はゴツゴツとしていて、土は茶色が濃くなっている。
地理資料集で似たような景色の写真を見たことがあるかも知れない、とぼんやり考えていると、荷台にいる伯爵が、いち早く前方の状況を察知し、呼びかけた。
「アリス嬢、ジャック君、この先に小屋がある。距離は……40キロ弱といったところか」
「小屋?村落じゃないのか?」
「ああ。在るのは一軒だけのようだ。付近にその他の人工物は感じられない」
「でしたらまず、その小屋に向かいましょう。ワイズ・ワームさんからも、ノザンにはほとんど生物はいないって聞いてます。小屋にフランケンが居る可能性は充分高いです」
「オッケー。伯爵さん、このまま直進で大丈夫か?微調整必要なら言ってくれ」
「そうだな……やや西寄りに進めば正面に見えてくるだろう」
「了解」
ジャックがハンドル部分に手をかざすと、軽トラックはスッと進行方向を調整した。
「にしても、この車はすごいな。馬とは比べ物にならない速さで進んでいる」
「そっか、伯爵さんもチェシャ猫と同じく三百年トリップしたんだよなぁ。街並みとか見て、結構驚いたんじゃないか?」
「ああ、暴走状態だった間の記憶はほぼ無いからね……アリス嬢を連れて、オズの屋敷を出た瞬間は、さすがに目を疑った」
「馬での移動が完全になくなったワケじゃないんだけどよ、やっぱオズの発明ってすげぇんだよな……。市民の生活はホント、格段に便利になったと思うぜ」
「なるほど。聞いた話だけで判断するのであれば、そこまで市民のことを気にかけるという点においては、オズはアーサー王に引けを取っていないようだね」
正直なところ、アリスの中でその評価は腑に落ちないものだった。確かにオズはあらゆる学問で得た知識を活かして、市民の暮らしを豊かにしていってる。ただ、伯爵はオズと直接話したワケではない。アリスが感じたオズの威圧感は、かつてキャメロットで感じたアーサー王の威厳とは別物だった。とは言え二者の違いを明確に言い表せる自信はなかったため、大人しく前方に小屋が見えるのを待つほかなかった。




