↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/71

振り切れた判断 ―対抗―

 声を震わせるアリスを庇うように前に立ち、チェシャ猫は言う。


「見れば分かると思うけど、結構劣勢でね……。悪いけどアリスちゃん、一人でマーリンのトコに戻ってくれないかな……」

「な、何言って……」

「来る!」


 再びアリスを突き飛ばしたチェシャ猫の腕に、伯爵の牙が食い込む。尻餅をついたアリスは、そこで初めてチェシャ猫の弱気な発言の意味(・・)を察した。

 暴走状態ということは、伯爵は吸血鬼の力を全開放しているということ。驚異的な身体能力と速さに加え、負傷しても瞬時に完治するほどの回復力もあるのだ。つまり、どこを取ってもチェシャ猫に勝ち目はなく、ましてアリスを守りながらなど、残念ながら不可能と言いきれてしまう。

 恐らくアリスを迎えに来る途中で伯爵に遭遇したのだろう。攻防と言っても、圧倒的な速さで突っ込んでくる伯爵に対し、チェシャ猫は致命傷を避けるので精一杯だったのだ。首筋を噛まれたら終わり、脚が動かなくなったら終わり……だからこそ、両腕にばかり傷が集中した。


「痛、いん、だよっ……!」


 噛みついた腕から血を吸う伯爵の腹部に、チェシャ猫は全力で蹴りを入れて距離を取る。飛び散った血が、アリスの服にも付着した。


「チェシャ、」

「いいから早く……君の血吸って、更に覚醒するよりは……」


 そうだ。伯爵の力を最も強めるのは、若い女性の血。下手にアリスが出しゃばって血を与えることになれば、今度こそチェシャ猫の勝率は無くなる。しかし……


「…………嫌だ」


 耐えられない。あの優しかった伯爵が、こんな風に誰かを、しかもかつて一緒に旅した仲間のチェシャ猫を、傷つけているなんて。



―「誰彼構わず無闇に反発して危機的状況創り出すの、ナシだよ」


 つい2時間前に言われたことを守れなかったのは、申し訳ないと思う。それでもアリスは嫌だった。これ以上、チェシャ猫が傷だらけになってしまうなんて。


「お願い……助けて」


 アリスに出来る唯一は、伯爵の牙をチェシャ猫に届かせないことだった。


「チェシャを、守って……!」

「なっ……やめろ!!」


 チェシャ猫の耳が反応を示す。アリスの行動を察知して叫んだのとほぼ同時に、彼は虹色の光沢を持つ半透明のドームに包まれた。魔法具クラウ・ソラスは、アリスの強い願いに応じて、チェシャ猫を包むように守る「(ドーム)」となった。


「何、してるんだ……アリスちゃん! 解除しろ!」

「できないよっ……!」


 目に涙を浮かべて訴えるアリスに、チェシャ猫も言葉を詰まらせる。


「ごめんね、チェシャ。でも私……これでも、『勇者』だから……」


 伯爵のことも、チェシャ猫のことも、見捨てるなんてできない。そう伝えようとしたアリスの言葉は、それ以上続かなかった。首筋から伝わる、鈍くて冷たい痛み。息が詰まり、あっという間に指先が麻痺する。


「伯……爵…………」

「アリスちゃんっ……アリスちゃん!!」


 伯爵の吸血対象は、絶対不可侵の「盾」により守られたチェシャ猫から、無防備なアリスに即時変更されたのである。急激な貧血によって意識を手放したアリスには、チェシャ猫の呼びかけも届かない。


「――――――ッ!!」


 求める味にありつけた吸血鬼は、歓喜と興奮の雄叫びをあげる。その「音波」は周りの木々をしならせ、風を生んだ。未だ自分を守るクラウ・ソラスの「盾」を拳で叩きながら、チェシャ猫は見ていることしかできなかった。アリスを抱えて棲み処に飛んで帰っていく、ドラキュラ伯爵を。



  ***



 すすり泣く声が、聞こえる。一人ではなく、三、四人ぐらいの。ひんやりとした床……一体どこに寝かされているのだろう。

 自分の瞼をいつもの何倍も重たく感じながら、開けようと試みる。疲れているのか、手足に力が入らない。それでも、起きなければならない気がする。何故なら自分は……勇者だから。


「う……、」


 肘から先に力を入れて、うつ伏せだった上体を起こす。持ち上がったのはほんの少しだったが、自分が意識を取り戻したことを周りに伝えるには充分だった。


「大丈夫? まだ、安静にしていた方がいいよ」


 アリスの傍で膝を抱えて座る女性が、ぼそっと告げる。


「ここは……?」

「吸血鬼の根城(ねじろ)。私たちは、かわるがわる食糧にされるんだよ」


 見れば、そこは仄暗いランタンが四隅にかけられただけの、牢屋だった。オズの屋敷で囚われた時のことを思い出す。

 朦朧とする中で耳にした複数人のすすり泣く声は、一緒に閉じ込められた女性たちのものだった。アリスに話しかけた女性の他にも、4人が同じ牢に閉じ込められている。2名は泣きながら祈り、2名は肩を抱き合って震えていた。アリスの傍で膝を抱える女性は、ただ一人、全てを受け入れたようにジッとしている。


「きっと、(ばち)が当たったんだよ。他の人は知らないけど、私はそう」


 彼女の三つ編みは、ランタンの光によって淡い金色に見えた。ゆっくりと身体を動かし、うつ伏せから座り直し、アリスは問いかける。


「悪いこと、したの?」

「たくさん」

「そっか……私、アリス。貴女の名前は?」

「カーレン」


 視線を落としたままのカーレンと、すすり泣く4人の女性を順に見て、アリスは考えた。単に連れ攫われただけならば、結束して牢を壊そうと行動してもおかしくない人数。にも関わらず恐怖に支配されたかのように泣き、絶望しているということは、カーレンの言うように、全員がかわるがわる吸血されているに違いない。つまりここに集められているのは、女性の血を好む伯爵の味覚が、厳選した血を持つ者達のようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。