嘘と偽りのボイスレコーダー(6)
フルカンはプラスチックの破片が何なのか、ウムトが何をしたのか、すぐに理解したようだった。バランスを崩して床に倒れていたウムトが顔を上げると、目の前には既にフルカンがいた。胸ぐらを掴まれたと思った瞬間、腹部に激痛が走った。
息ができなかった。殴られたことは腹部の痛みからすぐに理解したが、その時にはもう視界が揺らぎ、顔を殴られていた。口の中は血の味がしたし、出血していたのだろう。
次々と全身に痛みが走り、今どこを殴られているのか、蹴られているのか感覚が追いつかなかった。顔は既に血だらけで口から垂れた血が資料室の床を赤く染めていた。
棚にある資料にも血が飛び散っていたかもしれない。それでもウムトは悪い気分ではなかった。それだけの痛みに値することを自分はしたのだと、ボイスレコーダーの重要性を痛みによって理解することができた。
薄れていく意識の中で女性の叫び声が聞こえた。資料室の前を通りかかった際に部屋からする異様な物音に気がついたのかもしれない。「誰か救急車を呼んで!」何度も叫ぶ女性の声がウムトが意識を失う前に覚えていた最後の記憶だった。
意識を取り戻し、目を開けると白い天井が目に飛び込んできた。ここはどこなのか?体を起こそうとしたが激痛がそれを許さなかった。人の気配を感じてもその方向に顔を向けることさえできなかった。
「鼻と肋骨の骨折、誰と喧嘩したんだ?」聞き覚えのある声だった。段々と目が覚めて、その声の持ち主がアフメド医師だと分かるまで大して時間は掛からなかった。
「アフメド・・・医師・・・」つまりここは病院?口が思うように動かせなかった。特に唇が痛かった。それから自分の身に起きたことを思い出せるくらいに意識がはっきりしてきた。
「君を殴った覚えはないよ。記事を書くためにここまでしたなら君は生粋の新聞記者だね」アフメド医師がこんな冗談を言う人だとは思っていなかった。全身の痛みが思考の邪魔をし、何て返事すればいいのか思い浮かばなかった。
ウムトが目覚めるのをただ待っていたかのだろうか?アフメド医師はそのままベッドを離れて行ってしまった。窓際のベッドは陽の光に照らされて心地よく、それだけが救いだった。窓に少しだけ視線を傾けて外を眺めていると風が木を揺すっていた。
何度か病院を訪れていたのに、患者としてここで寝ているのは変な気がしたし、マルコとアフメド医師の会話を録音するために歩き回った場所だとは思えなかった。それから一時間が経っただろうか?看護師ではなく、同僚のメルべがウムトのベッドにやって来た。
同じ会社で働いていながら話す機会はほとんどなく、年齢も近かったがウムトの苦手なタイプの女性だった。会社で擦れ違うといつも甘い香水の匂いがした。「大丈夫?訊いても意味ないわね・・・」確かに無駄だったかもしれない。
ただメルべの声が記憶に残っていた。恐らく、資料室に入ってきたのも、救急車を呼んでここまで付き添ってくれたのもきっと彼女だろう。親切な女性だと思えるかもしれないが、ウムトの彼女に対する印象はそれだけではなかった。




