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一章五話 大きな悲しみ

 これだけは聞いておかないといけない。

 安くなくてもいいから良い感じの宿屋に泊まって冒険者試験の準備をする。出来れば風呂とかが付いてくるとなお良いけど……まぁ、こんな世界じゃ期待も出来ないよな。だから、ズミに任せてみよう。


 とか思っていたら右手に抱きついてくる人がいた。それだけならまだいい。耳元で大きい声を出すもんだから、反射で叩きそうになってしまう。そう言えばこんなことを前にもされたっけな。異世界ではなく日本で……。


「小さな声で言って」

「私達と一緒に冒険者ギルドで泊まればいいんですよ。初級者だったり冒険者資格を受ける人なら安く泊まれるから」


 大きい声だけは勘弁して欲しかったので撫でながら言ってやると、犬みたいに飛びながら嬉しそうにしてくる。頭を撫でてやれば黙るってことが分かったし今度からは活用させてもらおう。全員の接し方とかは知っていて損がない。


 それにしても……よくある表現だが見えない尻尾が見えてくる気がするな。フウ自体は人間だからあるわけがないのに。あったらそれで虐めてやる気も……起こらないわ。もしも尻尾に触ることが何か面倒事に繋がるとしたらイタズラ心でやるわけにもいかないし。時々、尻尾とか耳とかを触るのは婚約の証でみたいな風習がある創作品とかもあるからな。注意した方がいい。


「……それって俺でも泊まれるんですか?」


 受付嬢の顔を見て聞いてみる。

 フウの言うように冒険者ギルドで泊まれるのであれば楽なことも多い。例えば明日は明日で準備のためにズミから聞きたいこととかもあったし、ましてや、分からないことが出来ればギルドの人に聞けるっていうのも良いな。


「冒険者試験を受けるのであれば大丈夫です」

「あ、それならそこにします」


 泊まれるのならそれでいい。

 毎日どれだけの費用がかかるか分からない以上は明日も少し外に出なければいけなさそうだな。そうなると魔物とかを狩ってお金に変えるってやり方が俺的には一番、楽だろう。他に稼ぐ方法があっても異世界の常識はないから怒らせてしまう可能性や、合法じゃない仕事をさも品行方正な仕事だと言われれば騙されないとも言えない。


 さっきのアップを見ている限り冒険者じゃなかろうとも、討伐した相手をお金に換えることはできるんだろう。ただズミ達のように依頼を受けることは出来なさそうだけどな。だから、俺の能力で倒した敵を運んで素材として売るっていうことが稼ぐ方法として簡単そうだ。お金はあっても困らないからな。


「先払いで大丈夫ですか?」

「ちょっと待ってくださいね。部屋は……あ、少し高めですが一部屋空いています」


 なるほど、レジみたいな見た目だけど両手を合わせたくらいの大きさの道具で検索出来るのか。かなり文明的には発達しているんだな。もっと紙媒体での発展がしていると思ったが……逆に考えると昔の日本みたいに紙は高いのかもしれない。


「先払いでも大丈夫ですよ。一日銀貨一枚ですけど本当に良いんですか?」

「ええっと……大丈夫ですよ」


 笑ってあげると少しだけ俺に対して表情を変えなかった受付嬢の表情が微かに変わる。何か照れているような感じだな。ズミとかに笑っていた感じとは少しだけ違う。……恋愛とかの一目惚れとも違うような気がするな。面倒だし何も気が付かなかったということで。


 銀貨を手渡して鍵の番号を貰う。

 一緒にどこから入って何回の何番目か、みたいな感じで部屋の場所を教えられた。これは覚えられなかったら面倒そうだな。そういうところは案内してくれるとかではないのか。別に冒険者ギルドの反対側から入って鍵を見せるだけ……それだけだからさすがに簡単に覚えられるか。日本でのサービスがどれだけ良かったか、悪く言えば過剰なサービスだったのかよく分かるな。それを『おもてなし』と称してしまうのは少し……。


 頭を左右に振る。考えが脱線してしまった。

 日本の悪いことを考えるのは別にいいけど今の異世界にいる状況で考えるのはナンセンスだ。もし俺がそういうことに関わることをするのならば考える理由はあるが今はない。無駄な糖分は使わなくていいんだ。


 とりあえず一礼だけして外へ出た。

 少ししてからズミ達が付いてくる。


「送りますよ」


 純粋に宿へ戻るつもりだったんだろうな。

 頭をかいてから少しだけ考える。ここまでやってあげて、やってもらえて……俺がこの子達の近くにいる必要性なんてあるのか。悩むほどではなくても考えて首肯だけしておいた。答えが見つからないことを考える、それが俺の本当に悪いところなんだろうな。優奈に見られたら笑われてしまうよ。というか、勝手に右腕に抱きついてくるフウは本当にどうすればいいのか分からない。


「……ズミと他の二人はどんな関係だったんだ」

「え……ただの幼なじみですよ。親が農業を営んでいて、村を守ってくれた冒険者に憧れて少し前に入っただけです」


 なるほどな、よくある話なんだろう。

 俺がもし聞かれたらなんて言うんだろう。生きるためって言えばいいのか、嘘をついてまで冒険者に憧れがあったからって言えばいいのか。わざわざ聞いてきた人を面接官に見立てて嘘をつく必要なんてないんだろう。それでも怖い……もし生きるためと言って何で何でと聞かれ続けるのは。それなら区切りやすい嘘の方が楽でいい。


「そうか……なれてよかったな」

「はい! これからも助けてください!」


 助けてください、か……。

 ズミからすればソヨメの時のように俺は命を助けてくれた英雄なのかもしれない。俺には重すぎる役職だ。それこそ俺が就いている無職がピッタリすぎる。どんな失敗があっても無職だからって言い訳が出来るからな。ただ……求められているのならば俺は応えたい。可愛い奴だと思うしな。俺なんかに無邪気な笑顔を浮かべてくれるんだ。


「……時間があればな」

「お願いします!」


 割とおざなりに返したつもりなのに嬉しそうにされては元も子もない。そのまま部屋の場所まで行って離れてしまっても同じように嬉しそうにしているのかもしれない。下手をすれば自分の恋敵となるかもしれない俺に愛嬌を振りまけるんだ。


 部屋に入る、普通のホテルより少し広いくらいの大きさだ。ベッドはなぜかダブルで独り身の俺を馬鹿にしているのかって思ったが、そもそもの話が高めの部屋として銀貨一枚だったはずだ。一人用の部屋とは誰も言っていない。俺には勿体なさすぎる部屋だな。


 そんなことを思いながらリュックサックをベットの端に置いて、ベットの上に腰かけニーナを枕の横に置く。スラが自分の意思でニーナの近くまで行ってプルプルしている姿が可愛くてしょうがない。この子は愛玩動物か何かなのかもしれないな。抱きしめたくなるような可愛らしさだ。少しだけ抗議のようにリロード音がしたけど軽く撫でたら少し小さめの音で返ってきた。ニーナなりの「よろしい」的な意味合いなんだろう。


「ああ、そう言えば」


 移動のことで頭がいっぱいだった。

 使っていなかった道具のことを思い出してポンっと横に置く。それを出した瞬間に小さくリロード音を何回もしたから欲しいって合図だな。武器進化石とかいうたいそうな名前のアイテムだけど効果はあるのかどうか。……と、その前に備え付けられていた小さめの布を手に取っておく。


「スラ、少しだけ濡らして」


 俺がそう言うとスラが本当に水で布を濡らしてくれた。軽く撫でてあげるとプルプル震えたから喜んでくれたってことだろう。ニーナの気持ちは繋がっているのか分かるけど、スラに関しては少しだけ分からないことが多い。本当に何となくででしか気持ちを計れないんだ。


 ニーナを持ち上げて布で拭いていく。

 どうせ何か変化の兆しというか、そういう記念日になりそうな時に少し汚れてしまったのニーナのまま、したいとは限らない。絶対にそうだとは言えないけど気分的には初めてのそういう行為の時にシャワー浴びてもらえないのは嫌だな、みたいな感じかな。いや、したことないんで分かりませんけど。


 念入りに拭いていって埃とかも取っておく。ニーナはニーナなりに何かを感じているのか、何度も我慢したように小さく、それでいて何度か途切れながらもリロードしている。人で表すところのアレかもしれないけど……いかんせん、ニーナが武器だから何も思わない。怒って大きな音でリロードされても事実は事実だ、諦めろ。


 ピカピカとまではいかないにしてもまぁまぁ見れるようになったと思う。ってか、銃の整備とかしたことがないから分からないけど少し誇らしげに見えるあたり悪くはないんだろうけど。軽く一撫でしてから石を手に取って近付けてみる。かなりゼロ距離に近くなったけど未だに変化はない。そう考えると触れさせなければ変化はないってことでまちがいはなさそうだ。


「……ニーナが欲しそうにしているから毒ではないんだろうけど……」


 少しだけ怖いな。

 何事も初めては怖いというけど弱い俺にとってニーナは無くてはならない存在だ。もし与えて壊れたりでもしたら悲しいだけではない。武器としてだけど愛着はかなりあるんだ。もし壊れてしまったら……いや、恐れてばかりだと何も変わらないよな。壊れたら直してやればいいんだ。変に考えすぎるな、ニーナが欲しがっているという状況が害を与えるものでは無いと教えてくれている。道具ではなくニーナを信じよう。


 軽くコツンと当ててみるとニーナが淡く光る。

 そのまま収束して姿を現した時には……何も変わっていないニーナがいた。武器進化石と聞いて怖がったり期待したりとか色々な感情もあるにはあったが……少しだけ拍子抜けだな。ただまたもう一個の武器進化石を欲しがるあたり一個で大きな変化があるってものでは無いのだろう。


「はぁ……ゆっくり食えよ……」


 もう一個を与えて同じことを繰り返す。

 二個目を食べ終わった後は小さくリロードしたからゲップでもしたのかもしれない。少しだけ恥ずかしそうにしているように見えたし。まぁ、俺が他の女性と仲良くして嫉妬するあたりニーナは女の子だろうから、女の子としてゲップするのは、はしたないとか恥だったりするのかもな。別にそんなこと気にしないんだが。


「……明日、何するかな……」


 試験は三日後だとジャンガが話していた。

 つまり試験の日まではフリー、加えてお金を持続させなければいけないんだ。ズミから話も聞いておきたいから割と丁度いい期間だな。……それにしても幼馴染三人でのパーティか……もし、俺が死んでいなければアイツらと一緒に戦っていたのかな……。


 アイツらは絶対に俺を裏切らないだろう。それこそ安心して背中を任せていられた。秀に至っては俺が殿を務めることを嫌っていた。もし俺が残らなければアイツが残っていただろう。アイツらと一緒にいたいと本当は思っていた。……だけど、ソヨメを見てしまってからはソヨメ以上に大切だと思えそうな人はいないと思ってしまったんだ。


 ……ダメだな、俺はまた期待しようとしている。自分でいいだけ期待されることを嫌って一人になったっていうのに……自分は身勝手に誰かに期待している最低なヤツだ。

 この子達なら裏切らないと勝手な期待を持って仲良くしようとしている。どうなるかなんて分かるわけがないんだ。俺を認めてくれたソヨメが死んでしまったことだって……短かろうと俺が本気で愛した大切な人だった存在を先のことなんて分かっていれば……俺は愛さなかっただろう。


 愛さなければソヨメは俺を守ろうとなんてしなかった。俺が不意をつかれて傷を負い死ぬだけ。好きだという感情を外に出してしまったことが、守りたいという考えを持たせてしまった最悪な行動だった。


 本当はずっと心のどこかに穴が空いているような気持ちに襲われている。それを見て見ぬふりをしているだけなんだ。もう二度と会うことが出来ないだろうソヨメも、今の俺を見てどんな気持ちになるか分からない友人達も俺の隣にはいない。そんな存在をズミ達に押し付けようとしている。また失うかもしれないって言うのに……。


「ソヨメ……何で死んだんだよ……」


 不意に漏れた声と涙。

 止めたくても止められなくてただ頬を流れ続けてしまう。服で拭って薄っぺらい布団にくるまって無理やり瞳を閉じた。横で動いてくれるスラと小さくリロードしたニーナが無性に愛おしく感じてしまう。もう失いたくない、俺が異世界で生きるために一番、重要なことはそれだけだ。例え増えたとしても無くなりはしないだろう。

転生……進化石……うっ、頭が……。

進化石などに関しての話は後々、書いていくので楽しみにして貰えるとありがたいです。


次回は二十四日に投稿します。

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