一章三話 コミュニケーション
「ズミに聞きたいんだけどさ」
「はい、なんですか?」
あまり難しい話ではないけどこれでもかってくらいに俺の方に集中してくる。そこまでされなくてもいいんだけどな。本当に小さな疑問でしかなかったし。
「何でゴブリンに襲われていたんだ?」
「ええっと……恥ずかしい話ですが初めての依頼でゴブリン討伐があって……」
「ああ、それで上位種のゴブリンリーダーがついてきてしまったと。ある意味、災難だったな」
初めてで上位種と戦う羽目になって、しかも負けそうになる。結構な恐怖だっただろう。俺がゴブリンナイトやゴブリンジェネラルと戦った時のような感じだ。あの時の精神は本当に恐怖と憤怒の二つしかなかった。いや、憤怒の方が勝っていたから恐怖はあまり感じていなかったか。
「少しだけ気をつけた方がいいぞ。ゴブリンナイトの軍勢に攫われた女性を見たが最悪だった。そこのフウって子、ズミとエンからしたら大切な仲間なんだろ」
「……分かっていますよ。だからこそ、本当にゼロ様には感謝しています」
「様付けはしなくていいよ。ただフウって子も理解した方がいい。捕まれば最後、ゴブリンの苗床にされて朝も夜も関係なくヤラれるだけだ。そのうち死にたいと願って、その結果、何も考えなくなる」
今でも思い出したくないが、あの時の情景が目に浮かんでくる。圧倒的な無力感、早くても救えなかったという最悪な気持ち。あそこに行ったからソヨメに会えたことだけは感謝している。俺が本気で生きようと思えた存在と出会えたことだけが思い出だ。
「そこに人間の男はいない。いるのは犯される女だけ。本当に魔物を倒そうと考えるのなら奥まで行くべきじゃなかったな」
ズミは何も言い返してこない。
俺に言い返せないと言うよりは正論すぎて何も返せないんだろう。結構、歩いているつもりだ。多分だけど街の近くだとゴブリンが見つからないから奥まで行ってしまったとかだろうな。そりゃあ倍率は低いかもしれないよ。だが、失敗した時の失うものが多すぎる。それを選択したリーダーのミスだ。
「あ、悪ぃ。どうしても伝えておきたかったんだよな。俺も無力だと思った時があった。失った時があった。同じ思いはして欲しくなかっただけなんだよ」
「ええ……本当に教えてもらえることばかりですよ。命だけじゃなくて体験したことを伝えてもらえるのは本当にありがたいです」
「でもさ! そのおかげでゼロさんに会えたんだし悪いことばかりじゃなかったんじゃない?」
ポジティブシンキングなのか。
それでもフウのようにズミやエンは考えられないだろうな。女の子としてのフウを好きなんだろうから、そんな子がゴブリンに犯されている姿なんて大概の人が嫌がる。本当に気持ちの悪い変態だけだろうな、喜ぶ人なんて。
「まぁ、強くなるのなら遠回りしろ。安直に考えて行動するな。それがリーダーには最低限、必要なことだからな」
「……その口振りからして……」
あ、そうか、言い方を間違えたな。
確かにこう言ってしまえば俺がリーダーを担っていたってことになってしまう。担ってはいたけど好んでやってねぇしな。否定するのも面倒だからしないけど。というか、元リーダーからの言葉の方がズミには響くだろ。
「そう言えばここってどこなんだ?」
「えっと……街がってことですか? 国がってことですか?」
重い話を切り上げるために聞いただけ。
街が、国が……どちらかと言うと聞きたいのは国に関してだな。
「国の方だよ」
「フランク王国ですよ」
となると、皆とは違う国ってことだ。
ソヨメが自分を連れて行って欲しいって話した時に帝国の関税がって言っていた。つまりソヨメ達のいた国は帝国ってことだ。なおさら会うのに時間がかかりそうだな。面倒だし会わないっても手だけど……元気なら見たいよな。その時に変な期待を持たせないためにも零だとは言わないでおこう。
「帝国に勇者が現れたとかって話はあるか?」
「勇者……いえ、ただ短期間で名を上げた冒険者パーティの話は聞きました。確か剣士と格闘家、魔法使いと騎士というパーティでしたね」
……ああ、アイツらも元気にやっているんだな。
それだけ分かれば今はいい。そんな変なパーティはあんまり多くないだろう。ってか、前衛が三人って言うだけでも尖っているって言うのに。普通は二対一とか、二対二で分けておくだろ。
「ちなみにパーティ名とか知っている?」
「オーズだったような気がします。カッコイイ男性二人と見目麗しい女性二人のパーティで付き合っているって噂も……」
はいはい、あの人達ですね。
付き合っている……は別にいいや。それにしてもオーズか。文字遊びでのネットでの使われ方とは違うよな。土下座みたいな意味だとわけがわからんし。それならオー……O、ゼロか。それの複数形でオーズってことか? 何とも秀らしい名前の付け方だ。
「どれくらい前に有名になった?」
「半月ほど前ですね。ゴブリンジェネラルに襲われた街を共に救ったとかで有名になりました」
なるほど、上手く活用したってことだな。
とりあえず俺が転生するまでのインターバルは半月ほど。秀とかなら簡単に強くなれるだろうから今頃はめちゃくちゃすごいことになっているんだろう。会いたくねぇ、俺の非力感がヒシヒシと伝わってくるだけだろうし。今度は死なないように隔離されそうだから絶対に会いたくねぇわ。
生きていたんだな、それだけで良かった。
会えなくても友達が生き残ってくれたことだけは本当に嬉しい。死んでまで戦った甲斐があったってもんだ。少しだけズミが不思議そうな顔をしているけど話せるわけがないよな。それを話すと俺が異世界人だって話す羽目になるし。
適当に歩いてようやく街が見えてきた。
本当に遠出をしていたみたいだ。さすがにここまでやってでもいいところを見せたかったんだろうな。少し気を抜いた隙に左腕を奪われてしまって笑えないわ。いちいちスリスリしないでもらいたいんだけどな。ニーナが嫉妬する。
「おっ……って、あれ?」
「ああ、アップさん」
王国に入る前の兵士が訝しげな目を向けてきた。
主に隣の抱きついてきているフウのせいだろう。俺は俺で助けて欲しいって目を向けておく。俺が望んでいることではないって分かって欲しい。お守りは面倒だし嫌なんだよ。しかもフウはド変態だって分かっているし。
「……苦労しているんだな」
「……ええ……」
とりあえずは通してもらおう。
そう思っていたけどアップに静止される。
「待て待て、とりあえず身分証明書を提示して欲しい。後は税だな」
「……悪い、身分証明書を持っていない」
身分証明書……なんだそれ?
聞いたことがないぞ。ってか、ソヨメも話していなかったから分かるわけがない。驚かれても困るって。マジで持っていないものは持っていないんだから。どうすればいいんだ。この三人を助けたから中に入れさせてくれとは言えないしなぁ。
「……お金を少し多く貰うことになるが銀貨はあるか?」
「これをお金に出来ないか?」
金に出来るものと言えばイノシシとゴブリンリーダーの死体だ。驚いた顔をされたけど別に何とも言えない。それにイノシシを見て目を何度も何度も擦っているし。そんなに高級品だって言うのか。絶対にこれは美味いだろ。
「……イノシシはD級の魔物レベルはあるんですよ。そりゃあ、ゴブリンリーダーなんて目でもないわけです」
「イノシシの肉とかどれくらい久しぶりなんだろうな。買ってくれるとすれば銀貨どころじゃないだろ」
「これを金に変えて欲しい。相場より少なくてもいいから。悪いけど手持ちがないんだ」
スラさんを撫でて無害アピールをする。
「……というか、そのスライムは本物のスライムなんだな。攻撃してこないってことは使役しているってことか」
「まぁ、仲が良くなったんで」
「……そういう帽子だと思っていんですけど本物だったんですね……」
より遠い目をされるんだけど……。
やっぱり、スライムって希少なのか。もしくはかなり強い存在なのか。こんなに愛らしくて可愛らしいスラさんがそんなに強い存在なのか。もちろん、俺よりは強いぞ。
「スライムごときでそこまで騒ぐか?」
「おま! スライムと言えばB級だぞ! それも使役したってなればお前はどれだけ強いってことなんだよ……」
B級……って、すごいのか?
だってさ、イノシシでさえDでしょ。それに俺が使役しているというよりも固有スキルで出てきただけだしな。俺が強いとかじゃなくて純粋に俺の運が良かっただけの気がする。普通に考えて運良く手に入れただけで凄さなんて分かるわけもない。
「スライムは水魔法の強さと物理攻撃が効かないことから倒せる人が少ないんです。その顔だと本当に知らないんですね……」
「そりゃあ、スラと喧嘩しようとか思ったことがないしなぁ」
スラもプルンと震えている。
そうだよな、喧嘩するくらいなら他のことで決着をつけようと思うし。それにスラよりもニーナの方が面倒くさい。スラから特に何かを言われることは無いけどニーナからは色々と文句を言われるからね。今だって鳴っているリロード音とか。
「ま、まぁ、強い奴が街に来ることはいいことなんじゃないか? ズミ達だって嫌いなわけじゃないんだろ?」
「ええ、それはもちろんです。命まで助けてくれた人ですから」
「それなら尚更だ。ちなみに街に行って何をするとかは決めているのか?」
何をするのか……って聞かれると冒険者になりたいとは思うな。商人とかはなってもやることが分からないし却下だ。他にぽんと思いつく職業もないから安牌だろう。それに稼ぎながら強くなれるのはコレだ。……アイツらに会うかもしれないって言うのだけが心残りだな。
「冒険者になろうと思っている」
「それなら丁度いいな。数日後に冒険者試験が行われるから受ければいい。その話も兼ねてズミ達に冒険者ギルドに連れて行ってもらえばいいんじゃねぇか。悪いがすぐにお金には出来ないから俺達も着いていくことになるしな」
ふぅん、冒険者ギルドを通すことでしっかりとした契約にするつもりか。もしくは俺が強いと思って少しだけ態度を軟化させているのか。どちらにせよ、それが一番に楽そうだ。
「お願いしたい」
「任せておけ。これはこっちが運んでおくからズミ達はこのアンちゃんを冒険者ギルドまで連れて行ってくれ」
渡したものをパクられる危険性はあるが……話した感じ悪意はなさそうだしな。そこは信用しておこう。学校の時のような変な感じもない。絶対的に信頼は出来ないが門番という役職に見合った信頼はしてもいいだろう。見た感じは普通に銀のような輝きは無いにせよ、槍を持って鎧を着込んでいる。兜のせいで顔は見えづらいけど普通の爽やかそうな男の人だ。詐欺師に居そうな顔といえばそれまでなんだけど。
そのままアップに一礼をしてズミに連れられながら門を後にした。初めて見た異世界の街並みは中世の西洋の雰囲気があって嫌いじゃない。ただよくあるリザードマンみたいな人は見えないな。獣人のような獣耳を生やしている人は何人か見かけるが多くはない。ボーッと街を眺めながら少し歩いて街の中心に近づいたところでズミが立ち止まった。
「ようこそ、ここがファスの街の冒険者ギルドですよ!」
次回は二十日投稿です。