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 マカロ達が魔王城にやってきてから三日が過ぎた。


 スライム達がベッドに横たわる魔王の体を拭いて、グレーターデーモンが体を持ち上げて床ずれを直している。

 そしてリリス達が調合して持ってきた回復薬を匙に掬って魔王の口に与えている。


 そこにあったのは極々一般的な看病の様子。

 この三日間特に変わる事もなくそんな光景が繰り返されていた。


 周りには心配そうに見つめる場内の魔物達が集まっており、マカロとパンコの二人もその中に混じりながらそんな魔物達が魔王を看病する姿を静かに見守っていた。


 ちなみにナデコはリリス達の隣であれこれと世話を焼いている。今までそんな事をした事が一度もなかったからなのだろう。魔物達の看病は杜撰そのもので患者の寝かしつけ方から回復薬の調合の仕方。果ては看病する者の心の持ちようまでナデコが熱心にレクチャーする事となった。

 その結果がこの光景である。


「まさか、あれだけ反発していたナデコが一番魔王の看病に協力的になるとはな」

「根が真面目なのであろうな」


 マカロが呆れたように言うのに、パンコがそう言って豪快に笑った。

 パンコは魔物達とあれこれと話しているナデコを見ると、


「すっかり魔物達からも慕われているようだし」

「まったく恐るべき適応能力と言えるな」


 マカロもナデコに目を向けて感心するように言った。

 実際、ナデコのそれはもはや普通に人と接するのと違いがない。


「魔法使いは変わった奴が多いってのは本当だな」

「そう言わずにマカロももう少し魔物と話してみたらどうだ? 意外と面白いものだぞ。俺も脇道に逸れた所の隠し部屋の宝箱を守っているデュラハンの戦士と話してみたのだがこれが立派な武人でな。実に為になる有意義な時間であった」

「パンコ、お前もか。悪いが俺は魔物と馴れ合うつもりはない」

「ふむそうか、それは残念だな」


 心底残念そうにパンコが肩を竦めた。

 パンコは豪快な男で細かい事を気にするような質〈たち〉ではない。そんな男なので彼がこの状況を自然に受け入れていても別に驚くような事でもなかった。


 とはいえ二人共ともなると自分の方がおかしいのかという気がしてこないでもないのだが……。


「いや」


 マカロは思考を一旦リセットすると、「ところで」と話を仕切りなおした。


「パンコ、気づいているか? 魔王城内のモンスターのレベルがどんどん下がっていっている事に。それに魔物から発せられている邪気も消え失せている」

「ふむ、確かにそのようであるな。そもそも以前ならば、このように魔物と友好的に接する事が出来るなど考えられなかった事だ。おそらくは魔王の力が弱まったが故に起こっている事なのだろう」

「という事はそろそろか」

「そうなのだろうな」


 今までの旅を思い返しているのだろうか。パンコは遠くを見るような目でどこか感慨深そうに言った。

 旅の思い出か……。マカロは魔王の眠っているベッドに視線を向けると刃のように目を細くした。


「はいはい、用のない子は出てって出てって。面会時間は終わりだよ。あんまり大勢でいるとストレスを与えてよくないからね」


 回復薬を与え終わったらしい。魔王に布団を掛けなおすとナデコがベッドの周りを取り囲んでいる魔物達を払って部屋の外に出していく。


「ほら、マカロとパンコも」

「ああ」

「了解した」


 ナデコがやってきて声を掛けるのに、マカロとパンコは頷くとナデコの誘導に従ってぞろぞろと部屋から出ていく魔物達の最後尾に着く。

 ナデコは最後にベッドの脇に佇む老スライムに声を掛ける。


「じゃあ、スライムさん何かあったら呼んでね」

「はい、かしこまりました」


 深く礼をするのを確認すると、老スライムを残して他の魔物と共にマカロ達は部屋を出て行った。

 それから遅めの朝食を取り、自由な時間となる。


 すでに三日このライフサイクルでやってきているが、はっきり言ってマカロにとってかなり苦痛な時間だった。

 ナデコのように魔物と交流をしようという気にはならないし、かと言ってパンコのように魔王城の隅々までマッピングしようという気にもならない。


 知的好奇心がないと言ってしまえばそれまでだが、どうしても暇つぶしの術が思いつかない。

 これまでただ魔王を殺す為だけに生きてきたのだ。

 無趣味なのも仕方ないのだった。


「マカロ」


 マカロがする事もなく廊下の隅に座りぼんやりとしているとナデコがやってきた。


「何か用か?」

「何か用かはないでしょ。どうせ暇を持て余してるんじゃないかと思って来てあげたのに」


 そう言うと、ナデコはマカロの隣に腰を下ろした。


「骨に囲まれていたみたいだが、もうそっちはいいのか?」

「骨っていうか、エルダーリッチね。魔法を見せてくれってせがまれてたの。魔法使い系の最上級モンスターのエルダーリッチに認めて貰えるのは嬉しいけど、これがもう大変でさ。やっと抜けてきたとこ」


 そう言うと、ナデコはんーと伸びをした。

 最初は気分よく自身の魔法をエルダーリッチに見せていたが、やがて大規模な魔法談義へと発展し一向に終わる気配がないので隙を見て逃げてきたのだという事だった。


「大丈夫なのかよ」

「平気平気、最後の方はわたし関係なくなってたし、きっと居なくなった事にも気づいてないよ」


 もし、エルダーリッチ達がわたしを探しに来たらマカロお願い何とかして。とナデコが手を合わせて言った。どうやらここに来た本当の目的はそっちらしい。


 マカロが「わかったよ」というと「よろしく」とナデコが笑う。

 それからしばらく二人でぼんやりしていると、流石に空白過ぎる時間に耐えかねたのかナデコがおずおずとマカロに話しかけてきた。


「ねぇマカロ、ちょっと訊いてもいい?」

「何だよ?」

「なんで、あの時魔王を倒さなかったの?」

「ああ……」


 何かと思ったらその話かとマカロは脱力する。


「まだあの時の事を根に持ってるのか」


 魔王城の深奥でベッドに横たわり今にも死にそうな魔王を前にして、ナデコはこのまま魔王を倒すべきだと主張していた。結局マカロとパンコの二人によって強引に押し切られる形となったが、ナデコにとってはかなり不本意な事だったに違いないだろう。


「別に根に持ってはないけど」


 口ではそう言っているが、不満が全身から溢れ出している。


「いや、めっちゃ不満そうなんだが」


 マカロがその事を指摘すると、火に油を注いだのかナデコはかなり不満そうな素振りで「別に根に持ってないけどっ」ともう一度言った。

 それから、細めた目でじっとマカロの目を覗き込むと、


「わたしが不満を持っているとすれば、それは今マカロがどういう気持ちでいるのかさっぱりわからないって事だよ。魔王の事だって見てるだけで何もしないし」

「そりゃ、看取るとは言ったが、看病をするとは一言も言ってないからな」

「看取るのと看病するのは同じ意味だと思ってたよ」


 ナデコが苦笑しながら言った。

 ああ、なるほどナデコの中では看取るという事の中に看病をするという事も含まれているのだ。だからというわけだけではないだろうが、ナデコが魔王の看病を一生懸命やっているのはそういう理由もあるのだろう。彼女は魔法使いであると同時に治癒師でもある。


 病人を看取る以上はしっかり看病もするという意識が彼女の中に染み付いている。


「あの時はなんか聞けなかったけど、やっぱりちゃんと聞いておきたい」


 今度は引かないという強い意志が感じられるきっぱりとした口調で言った。

 実際ナデコも人生の多くを魔王討伐の為に捧げてきた。その非凡な魔法の才能を早くから見出された彼女は幼い頃から魔王を倒す時の戦力とするべく魔法の勉強漬けの生活を余儀なくされた。


 不幸中の幸いだったのはナデコが魔法を好きだった為にそれをあまり苦だと思っていない事だが、それでも彼女なりに魔王に対して思う所はあるに違いない。


「パンコは武人の矜持で納得したみたいだけど、わたしは武人じゃないから納得できないし、マカロだって本当はまだ納得してないんでしょ?」

「何でそう思うんだ?」


 自分の決断に自分が納得してないと他人から言われた事が意外でマカロは思わず目を丸くする。


「だって、納得してる人間はあんなに殺気を出さないよ。自分に向けられてるものじゃないってわかってても魔王の看病しててわたしもちょっと怖かったもん」

「殺気なんて出してないだろ」

「出してるよ。だからマカロの周りには魔物が寄り付かないんだよ」


 どうやら自分でも気づかないうちに看病の様子を見ながら殺気を出してしまっていたようだった。だから邪気が抜けて割りとフレンドリーにナデコやパンコには話しかけてくる魔物達がマカロに対してだけは一切話しかけてこないのだ。


「本当は辛いんじゃないの?」


 ナデコが心配そうな顔をマカロに向けてくる。

 納得出来ないという言葉とは裏腹にナデコはもう魔王を倒す事には執着していないようだった。そこにあるのは魔王どうこうではなくマカロに対しての心配だけだ。先ほど「別に根に持っていない」と言っていたがそれは確かに彼女の本心なのだろう。


 そうでなければ魔王の看病など出来ない。

 そもそもナデコが魔王を倒す事を否定しないのは、もしかしたら自分の事を思っての事なのかもしれないとマカロは思った。


 もしかしたら今からでも判断を変えられる逃げ道を彼女は確保してくれているのでは。

 いや、それはさすがに考えすぎか。

 マカロはふっと笑みを漏らす。


 いずれにしても心配してくれているのは確かなので彼女の望みに応えてやりたいとは思うのだが、実の所マカロ自身にとっても整理しきれてないのだった。


「もしかして、自分でもよくわかってないとか?」


 的確に図星を突いてくる。

 普段はそうでもないのに、こういう時は妙に鋭いのがナデコだった。

 マカロは降参してありのままを伝える事にした。


「何となく、あのまま魔王を殺したら負けだと思ったんだ」

「負ける?」

「自分でもよくわからないんだが」


 ナデコはキョトンとしてから「ああ、あれかな」と思考を泳がせるように上を見つめてから言った。


「試合に勝って勝負に負ける的な?」


 えらいカジュアルな表現になったが、そんな感じかもしれない。


「ふーん、そっか」

「そんなんしか出てこなくて悪いな」


 マカロが謝るとナデコが「ううん、いいよ」と目を細めた。


「自分の事がよくわからないなんて普通の事だもん、よくわからなくてもちゃんと理由を話してくれればわたしは満足だから。でも、安心した。わたしマカロが後悔してるんじゃないかと思ってたの。でもマカロの態度は不安によるものだった。だから安心したよ」

「不安だと安心するのか?」


 よくわからない感性だとマカロは眉を顰めると、ナデコは「まあ、あれだよ」と微笑んだ。


「だって同じ落ち込むのでも将来に不安を抱く方が、過去を後悔するよりも健全でしょ」


 そんなものだろうか。とマカロは疑義の目をナデコに向ける。というか。


「俺、落ち込んでるように見えたか?」

「すごい見えたよ。実はわたしマカロは普通に魔王を倒した方がいいって思ってたの。だから後悔してるんじゃないかと思ってたんだけど、そうじゃなかったみたいだからわたしはもう何も言わない」


 やはりあの時ナデコが魔王を倒すべきだと殊更に主張したのは、ナデコ自身がというよりもマカロの事を考えての事のようだった。

 やはり、今からでも判断を変えられる逃げ道を確保してくれていたのだろう。


「ありがとな」

「いや、いいって」


 マカロが礼を言うと、ナデコは照れたように顔を赤らめて手を振った。

 そんな事を話しているとバタバタと魔物の集団が二人の前を通り過ぎて行った。


「? なんだ?」

「さあ?」


 お互いに顔を見合わせて首を傾げる。

 魔物達が走って行ったのは魔王城の入り口の方だった。

 程なくすると激しい物音が反響を伴って、マカロ達の耳にも届いてくる。


「これは……、魔物達が戦っているのか?」


 ここまで激しい音はそうとしか思えない。


「マカロ、行ってみよう」

「ああ」


 ナデコが言うのにマカロは頷くと、立ち上がり魔物達の向かった方向へと走り出した。

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