13.心惹かれる
ドアの近くのエリアで記録を取っていた研究員がドアの音を聞き、こちらを見ると目を見開いて腰を抜かす。
「お、お、王太子様?それにフェリシア様まで?」
「突然の訪問すみません。今、王太子宮周辺の植物の観察と採取していて、温室の植物も観察したくて」
「そういうことでしたら...」と研究員はフラフラと立ち上がり、私たちに待つように言うと温室の奥へと向かった。
待っている間キョロキョロと温室を見回してみる。日本で見たことがあるような植物から、この世界特有であろう植物がたくさん育てられている。
「ここにはシャルレイ王国以外の植物も研究のため育てられているんだ。繁殖力が強いものは別の場所で育てているそうだけど」
「なるほど〜それでもこんな」
ジャングルみたいな場所もあるんですねとは言えず、視界の端に映った、植物が伸びやかに生きているエリアから目を逸らして口をつぐむ。植物の生命力は人間がコントロールできるものではないとつくづく思う。
「お〜い!エドガー来たんだねぇ〜」
そう言いながら温室の奥から手を振りながら背の高い男性がやってきた。
「ジョセフ、いたんだ」
「そうだよ、仕事だもん〜。で、隣の子が?この間婚約したフェリシアさん?」
「そう。フィア、こちらは僕の従兄弟のジョセフ。父の弟の子だ」
「初めまして、従兄弟のジョセフです。エドガーよりちょっと歳は上だけどねぇ〜」
「初めましてジョセフ様。フェリシア・エリオットと申します」
「あ〜僕、様で呼ばれるの苦手なんだ。だからさんでいいからね」
随分ゆるそうな人だ。近づいてくる時にエドガーを呼び捨てにしていたのでギョッとしたが、従兄弟と聞けば王太子を呼び捨てできるのも頷ける。
王弟の子となると王位継承権があると思うが、穏やかにエドガーと話してるのをみると争っている気配はなさそうだ。
「それでどうしたの?今日の講師の話なくなったって聞いてたけど」
「2人でフィールドワークをしていて、ここの前を通りかかった時にフィアが入りたそうだったから」
「えー!フェリシアさんここの魅力が分かっちゃう?仲良くなれそう〜」
ジョセフさんはキラキラとした目をしながら握手をしようと手を差し出してしてくる。とりあえず私も手を差し出そうとすると、「必要以上に近づくな」とエドガーがジョセフさんを窘めた。「ちぇ〜」とジョセフさんが不満げだが手を下げたので、私も出しかけた手を引っ込めた。エドガーの意外な独占欲?ではないか...。
「手厳しいなぁ。で、何見る?ここは毒性があるものは無いから自由に見てもらって構わないよ」
「ありがとう。フィア、何が見たい?」
「とりあえず色々歩き回ってみたいです!」
「いいね〜なんでも解説してあげる!」
ジョセフさんと一緒に歩きながら、気になった植物は図鑑で調べたり解説を聞いたりしてノートにメモをする。図鑑だけでは分からないことも知れるのは貴重な機会だし、ありがたい。
そして、いまエドガーは薬にもなるという植物の解説を専門の研究員の方から聞いている。さすがに難しすぎてついていけず、エドガーから離れて1人で歩いていると白薔薇を見つけた。婚約式の時にお世話になった思い入れのある花。せっかくなので観察をしようと手を伸ばした。
「こら、触っちゃダメだよ」
上から降って来たジョセフさんの声に驚いて手を引っ込める。
「す、すみません!」
「あ、驚かせちゃってごめんね。でも見て?薔薇は茎に棘がある。触ったら怪我するから。ね?」
ジョセフさんはそう言って花の部分をポキリと折って私に手渡し「僕からのプレゼント」と言って笑う。花が欲しかったわけでは無いが、一度受け取ってしまったものを返す気にはならずお礼を言って受け取った。
「エドガーとはどう?上手くやってる?」
「はい、とても良くしていただいています」
上手くいっているかどうかは分からないが、少なくとも嫌われている気はしないし、良く気にかけてくれているとは感じる。
「そっか。エドガーはまだ小さいのに責務をこなそうと頑張れる優しい子だから良くしてやって」
「はい、わかりました」
私の返答で満足そうにゆるりと微笑むジョセフさんにドキッとした。これは大人の余裕の魅力というやつだろうか?なんだか居心地が悪い。
「あ!あの花気になります!」
自分の気を紛らわそうと適当な空間に指を刺したら、その先に国花とされるソフィアが咲いていた。この世界特有の花だ。
「お〜いい目の付け所だね!あれはソフィアだよ。学名はルティアというんだ。元々ここには咲いてなかったけれど、僕が種を植えて最近咲いたんだ」
「そうなんですね」
「この国はルティアが育ちやすくて、土・日照時間・水分があればどこでも綺麗に咲く。希少価値はないけれど身近にあるからこそ愛される、まさに国の花だよね」
「なるほど」
「ちなみにルティアには色が数種類あるんだけど、生育環境で差が出るというのが研究で分かってね。ここのルティアは水をたっぷり得ているから、水が優位な時に出る青色が強く出ているんだ」
「へぇ〜」
「ちなみに通称の起源は初代王妃のソフィア様が亡くなった時に、国民が身近な花だったルティアをソフィア様と見立てて、感謝と鎮魂の祈りを捧げたことなんだ。今となってはソフィアの方が浸透して学名を上回る認知度になっているから、当時の王妃の影響力の高さが窺えるよね」
「それに〜」と語りは止まらない、相槌を打っても打っても終わらない。私が相槌もせずに笑顔で棒立ちしていても止まらない。
前世で聞き覚えのあるオタクの早口のような高い熱量の語りからは、さすがにジョセフさんが大のソフィア…もとい、ルティア好きだということを感じ取らざるを得ない。
「ジョセフさんがルティアをお好きなこと、とっても伝わりました!」
なのでもうルティアの話はお腹いっぱいです!とまでは言えないが一歩後退りする。しかしそれでは伝わらず一歩距離を詰められる。
「あぁ、もちろん!研究対象としてかなり興味深いよ〜。いつでもどこでも育てたいと思って種を持ち歩いてるくらいには!」
そういってジョセフさんはポケットから種を取り出した。想定以上のルティア好きについていけず、「ほぁ〜」という間抜けな声が出た。いくら好きとはいえ種を持ち歩いているのは斬新すぎる。
「よければ育ててみない?この花は育ちやすいから初めて育てる花としてぴったりだし!というわけで、はい。どうぞ〜」
「あ、ありがとうございます…」
呆気に取られている間に、さっとルティアの種を差し出されて受け取ってしまった。
右手に白薔薇、左手にルティアの種、そして右脇には観察を書き留める用のノートを挟んでいる。幸い分厚い図鑑はエドガーが持ってくれているが、かなり動きづらい。
立ち去れずにいると、ジョセフによるルティアの上手な生育方法の講義が始まった。半ば諦めてそのまま聴講していると、「フィア、大丈夫!?」とエドガーが駆け寄ってきて、立ちはだかるように私とジョセフさんの間に立った。
「フィアに変なことしてないよね」
「えー心外だな。何もしてないよ!むしろ守ったとも言えるよ、ね?」
エドガーはそうなのか?と聞きたそうな表情で、ジョセフさんは悪巧みを共有するような悪戯っ子の表情で私を見つめてくる。
「はい、薔薇をみていたら摘み取ってくださって…。」
欲しいとは言ってないけど。
「その種は?」
「これはルティアの種です。良かったら育ててみて。とプレゼントしてくださいまして」
これも欲しいとは言ってないけど。
「ジョセフは相変わらずルティアが好きなんだね」
エドガーもルティア好きを知っていたのか、呆れたようにそういった。ジョセフさんはその呆れをものともせずニコニコで頷いた。
「もちろん!僕の生涯をかけて観察していきたいと思っているからね〜!興味に忠実に生きたいんだ。だからこそ、いろんな場所やいろんな人に種から育ててもらってデータを集めてるんだよ」
なるほど、研究データの収集のために私も渡されたということか。きちんと育てて役立ててもらわないと。
「まぁ王宮内のデータはかなり集まっているから、今回はただのお裾分け〜」
「なんだ、データのためじゃないんだね」
「もちろん観察記録も大歓迎だよ〜」
ただのジョセフさんの趣味の布教活動なだけだった。「自然と触れ合う時間もないとつまらないからね」とも言ってくれたので勉強漬けの私たちに癒しをくれたつもりなのかも知れないが。