最終話:永遠のアーカイブ
一ヶ月後。西新宿の寂れた雑居ビルの一角。
看板のないその古びた事務所のドアには、小さな手書きの札で「池田・吉沢」とだけ記されていた。
美波は、新調した(けれどやっぱり安物の)革ジャケットを羽織り、佐伯が持ってきた「依頼書」という名の恋文のような書類に目を通していた。
「先輩! 今度は大物代議士の裏金&不倫調査ですよ! 燃えますね!」と一人で騒ぐ佐伯。
その隣から、ハルが「……駄犬。……うるさい。コーヒーを淹れろ」と無表情のまま鋭く制す。
里香は、古いラジカセのパーツを改造して作った自作サーバーの横で、最高級の茶葉を静かに蒸らしていた。
「美波。……一つだけ、答え合わせをしてもいいですか」
里香が、温かいティーカップの向こうから、深みのある眼差しを美波に向けた。
「あのタワーの屋上で、死を覚悟して目を閉じた時。……あなたの脳内アーカイブの、最後の一行には、一体何が記されていましたか?」
美波は、自分の心臓を直接掴み取るような里香の強い視線を、真っ直ぐに受け止めた。
「……あんたの淹れる、あのアホみたいに高い紅茶。もう一度飲まないと、死んでも死にきれない。……それだけだったわ」
太陽が弾けるような、無邪気で、けれど凄絶なまでに美しい笑顔。
里香は一瞬、呆然としたようにその薄い唇を震わせ、やがて、これまで美波の前で一度も見せなかった「少女のような」屈託のない笑い声を上げた。
「……高くつきますよ。一生分の紅茶代、その美しい瞳で、たっぷり稼いでいただきますからね。……美波」
二人は窓辺に並んで立ち、再び忙しなく呼吸を始めた新宿の街を見下ろした。
光が影を、嘘が真実を飲み込み、また吐き出す、美しくも残酷な欲望のキャンバス。
けれど、もう何も恐れるものはない。
ここには、どんな絶望もその拳で砕き、光を灯し続ける「美波」がいる。
ここには、どんな孤独もその言葉で救い、真実を綴り続ける「里香」がいる。
「行くわよ、里香! 今日も街が私たちを呼んでる!」
「……ええ。一文字も、一秒も逃さず、あなたの勇姿を私の書庫に綴らせていただきます」
美波が嵐のように部屋を走り出し、里香がその風に優雅に導かれるようにして、すぐ後を追う。
硝子の瞳に映る、移り変わる「現在」と。
紙に深く刻まれる、決して消えない「永遠」。
二人の蒐集家による、誰にも書き換え不可能な『真実のアーカイブ』が、今、新宿の青い空へとどこまでも高く解き放たれた。
『三番目の書庫の蒐集家』、これにて完全完結となります!
最後まで美波と里香の旅路を見届けてくださり、本当にありがとうございました。
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