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死後百億人目らしいけど、景品が雑すぎる

 

 ——数字が、揺れている。


 パソコンの画面に並んだ売上表の数字だ。エクセルにそんな機能はないハズだが、なんか動いている。


 たぶん、寝不足のせいだ。

 いや、たぶんじゃない。絶対そうだ。


 ……グゥ。


田名部たなべェ!!」


 机を叩く音で、意識が引き戻された。


「ハッ……」


 顔を上げると、壊れたアラームが鳴っていた。

 脂ぎっていて、うっすら汚い。


 ……あぶない。うっかり立ったまま寝てたわ。


「これで何回目だと思ってんだ!? あぁ!?」


「……今日で135日目です……記録更新中……」


「連勤の話じゃねえよ! これで五回だぞ!」


「……誤解じゃないです……ちゃんと数えて……グゥ…」


 俺、田名部たなべ 天成てんせい。二十八歳。独身。童貞。会社員。

 そして現在、ブラック企業に絶賛消費されている最中である。


 入社して六年。得たものは慢性的な寝不足、栄養ドリンクへの信頼、そして課長の怒鳴り声を聞き流す技術だ。


「お前なぁ、入社六年目だよな!? 六年やってこれか!?」


「……いえいえそんな……」


「褒めてねえよ!!」


 課長の声が頭の中で反響するが入ってこない。


 ここ一週間、睡眠時間は一日二時間。

 しかも最後の三日間は、実質三徹。


 無理を一週間やれば無理じゃなくなる、って社長が言ってたけど、やっぱり無理なものは無理みたいだ。


 文字が滲む。

 視界が歪む。

 床と天井の区別がちょっと曖昧になる。


「聞いてんのか!!」


 課長に頭をはたかれた瞬間、身体がぐらりと傾いた。


 あ、これダメなやつだ。


「……おやす――」


 言い終わる前に足がもつれた。


 身体が前に倒れる。


 スローモーションみたいに、課長のデスクの角が見えた。やたら角ばっていて、やたら硬そうだった。


 嫌な予感しかしない。


 ゴッ。


 鈍い音がして、視界が一気に暗くなる。


 痛みを感じるより先に、意識が切れた。


 最後に思ったのは、


 ——これ、労災おりるのかな。


 という、びっくりするくらい夢のないことだった。


 ⸻—————————


「はいおめでとー!」


 目を開けた瞬間に聞こえてきた第一声の感想が、それだった。


 視界いっぱいに広がるのは白い空間だ。


 あれ?俺もしかして死んだ?


 死後の世界ってもっとこう、厳かだったり薄暗かったりするんじゃないのか。

 なんでこんなイベント会場の控室みたいなノリなんだ。


「田名部天成さん、死後百億人目到達でーす。いぇーい、キリ番!」


 目の前には、ちっちゃい女の子がいた。


 しかも狐耳つきだ。ふわふわの尻尾まである。服装は赤と白の巫女服。


 見た目は可愛らしいのに、ノリが完全に軽薄なソシャゲ運営だった。


「……え?」


「いやー、めでたいねえ。死後百億人目ってなかなか出ないからね。あ、わし神様ね」


 神様はそう言って、ぴこぴこと狐耳を揺らした。


 待て待て待て。


 今さらっと神様って言ったな。


 いや、それ以前に。


 あの耳。


 めちゃくちゃ、触りたいな。


「なんか今すごく不純なこと考えなかった?」


「触っていいですか?」


「ストレートだな君!?」


 だって仕方ないだろ。狐耳だぞ。生まれてこの方、おっさんの汚い頭皮しか見たことない俺に、いきなりこんな高レベルなモフモフを見せつけるな。


「いやいやいや、初対面で耳触らせろはだいぶ終わってるよ?」


「俺、二十八年間モフモフと無縁の人生だったんです」


「重い重い」


「お願いします。先っちょだけ。一回だけで良いんで」


「一回だけ、の信用がゼロなんだけど?」


 そう言いながら、神様は半歩だけ下がった。

 だが、まだ俺の手が届く範囲にいる。


 つまり触ってもいいよ、という合図である。


「ちょっ――」


 ふに。


「ひゃあ!」


 やわらかい。


 あたたかい。


 思っていたよりずっとちゃんと毛並みがあって、指が少し沈む。この世にはまだこんな救いがあったのか。


「ちょ、ちょっと! ほんとに触る!?」


「……最高」


「感想が雑!」


 耳がぴくぴく動く。反応がある。生きてる。いや神様だけど。


 俺は吸い寄せられるように、もう片方にも手を伸ばした。


「待て待て待て!」


 もふ。


「ひゃうっ!?」


 変な声出たな、この神様。


「いや無理ですこれ。理性飛ぶやつです。なんで止めなかったんですか」


「止めたわ! 今まさに止めてたわ!」


 そのとき、視界の端で大きな尻尾がふわりと揺れた。

 あまりにも“触ってください”の形をしている。


「おい、今度はどこ見てる」


「尻尾です」


「正直すぎて逆に怖いわ」


「一回だけ!」


「さっきも聞いたよその台詞!」


 もふ。


「ひゃっ!」


 耳より柔らかい。包容力が違う。なんだこれ。毛布より上等だぞ。


「はぁ……ここが天国か……」


「まあ死後の世界だから、大枠では合ってるけど!」


 神様が尻尾を引っこ抜くようにして逃げた。耳も尻尾も赤くなっている。やばい、もっと触りたい。


「はぁ、はぁ……。もうダメ。君いったん説明聞いて? モフモフは後で!」


「後であるんですか?」


「言質取るな!」


 こほん、と神様はわざとらしく咳払いした。


「えー、改めて。田名部天成くん、君は死にました」


「はい」


「過労でフラついて上司のデスクの角に頭ぶつけて」


「やめて! 死に方の字面がダサい!」


「まあでも死後百億人目なんで、特典付きで異世界転生させまーす」


「急にキャンペーンみたいな事言い出した……」


「実際そういう記念枠みたいなもんだし。景品豪華だよ?」


 神様がパンッと手を叩くと、光が集まって一振りの剣が現れた。


 見た目は格好いい。装飾は多すぎず少なすぎず、いかにも“主人公用”って感じの剣だ。


「魔剣テンブレード!」


「名前が不安になるなあ」


「テンプレ能力ほぼ全部入り! しかも大半オート発動!」


「説明が雑すぎる……」


「便利だよー。鑑定とか、戦闘補助とか、いろいろ!」


「便利すぎて逆に怖いんですけど」


「まあちょっとだけ注意点もある」


 ちょっとだけ、という言い方をする奴は信用してはならない。会社で学んだ。


「テンブレードはね、この世界そのものと言っても過言ではない力の塊なんで」


「はい?」


「壊さないでね」


「設定の割に何か軽くないですか? 壊したらどうなんの?」


「大丈夫大丈夫、普通は壊れんし!」


「だからその雑さが怖いって!」


「あとサポート役としてナビゲーターAIもつけちゃう」


「AI?」


「うむ。名前はアイ。たぶん役立つ」


「今たぶんって言った?」


「言った!」


 開き直るな。


「転生先はよくある感じの異世界ね。人族とか魔族とか色々いる。君はそこの貧乏貴族の次男、十六歳として転生する予定」


「急に情報量が多い」


「大丈夫。細かいことは現地で何とかなる」


「それ、下請けが一番困るやつですよ?」


「さーて、では行ってみよー!」


「待って、まだモフり足りない—―」


 神様が手を振る。


 視界がぐにゃりと歪んだ。


「――テンセイ」


 どこからか、別の声が聞こえた。


 女の声だ。落ち着いていて、少しだけ無機質。


「ナビゲーターAI、アイです。起動に成功しました。たぶん」


「お前もたぶんかよ!?」


 叫んだ瞬間、身体がふっと軽くなって、意識が暗闇に沈んでいく。


 最後に思ったのは、


 ――せめて転生先にブラック企業がありませんように。


 という、やっぱり夢のない願いだった。

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