浅き夢見じ、療養期間を終えて。
37度台の発熱は三日ほどで治まり、咳の症状も3月5日(土)くらいにはだいぶ改善されていた。
HER-SYSによる健康報告は毎日欠かさず行っていたが、特にレスポンスはなし。病状的に懸念材料のない患者と判断されていたのだろう。
熱が下がると自宅でぼんやりしているのも忍びなく、会社のパソコンに接続して黙々とリモートワークに励んでいた。社内のルールで、新型コロナ療養中は症状の有無にかかわらず休暇扱い(出社命令に対応できないため在宅勤務とは認められない)と定められている。自主的な只働きで、まああんまり褒められたことではない。
年度末までに仕上げておかなければならない資料作成がけっこう捗った。業務を引き継いだ同僚から問い合わせのメールも入ってくる。閉門蟄居の身としては、そうやって世間と繋がっていることに逆に安心できた。社畜と笑わば笑え。
上司には、これも社内の取り扱いルールに従って、毎日体温と症状を報告していた。休暇中なんだから仕事はほどほどにね、とちょくちょく釘を刺されつつ。
私はダイニングテーブルで仕事、夫はソファでゲーム、一日三食とおやつを摂って、夜はくだらないバラエティや明るいドラマを観る――長い療養期間は大きな変化もなく、実に平和裏に過ぎていった。
奇妙で穏やかな時間であったと思う。無限ループに嵌まって同じ毎日を繰り返すのは、きっとこんな感じ。
外の世界では日差しが柔らかくなり、昼間が伸びて、花粉が舞い始めた。
こんなのんびりした三月初旬を過ごすのは、社会人になって初めての経験かもしれなかった。春の宵に浅い夢を見続けているような心持ちである。
年末あたりからバタバタと忙しない日々が続いていたので、心身をリセットするよい期間であったと思う。
そして――そのまま症状が急変することもなく、3月8日の二十四時を迎え、私は放免となった。
以上のような顛末で、私の療養期間は無事に終了した。
職場では、もちろん私の事情は公にはされていなかったが、長期休暇にピンときた人も多かったみたいだ。私の方も別に隠すつもりはなく、症状や回復までの経緯などを話した。
コロナ禍初期のように、陽性をひた隠しにしなければならず、露見したら村八分にされる悲惨な状況は、少なくとも大都市部においては少なくなっている印象だ。罹患が一般化している証左ではあるが、「陽性者=罪人」というような歪んだ認知が解消されてきたのは喜ばしい。
「橘さん、今が抗体値MAXでしょ。ノーマスクで飲みに行けるチャンスだよ!」
などという不謹慎な冗談を言われるくらいだった。そして思わず納得しかける私。
復帰初日こそ駅の階段の昇降で足が疲れたものの、通勤や仕事のペースにはすぐに馴染んだ。二十数年の会社員生活の実績を舐めてはいけない。
浅い眠りから醒めた私は、年度末のシビアかつハードなスケジュールの中に戻されていった。
そして今、そんな多忙な毎日を悪くないと受容している。
さて、今回の新型コロナ感染症の療養がイージーモードに終始したのは、私がたくさんの幸運に恵まれたからだ。
第一に、同居家族が健康かつ家事の達者な成人だけだったこと。
我が家は夫婦二人きりの世帯で、身軽に過ごせた。子供がいれば全然話が変わってきただろうし、高齢者や基礎疾患のある家族がいても同様である。感染リスクを下げるため、宿泊施設への入所を考えたかもしれない。
また、献身的に療養生活を支えてくれた夫の存在が大きかった。かねてから「どちらが感染しても相手を責めないようにしよう」と約束していた通り、彼は一度も私を非難しなかった。私がつい謝ってしまうと嫌な顔をしたくらいだ。発症せずに済んだ頑健さもありがたかった。夫には感謝の気持ちしかない。
第二に、発熱外来受診からPCR検査までの流れがスムーズだったこと。
当日予約なし診療可のクリニックが近くにあり、検査も希望通りすぐに受けられた。同じ県内でも対応してくれる病院が見つからずに困ったという話も聞くので、居住地域に恵まれていたのだろう。その後の公的機関とのやり取りも、当初少し遅延したものの、おおむねシンプルで分かりやすかった。
第三に、勤務先が対応に慣れていたこと。
社内で陽性者や濃厚接触者が増え、対応マニュアルが確立されていた。私の所属はそういった社内事例が報告されてくる部署でもあり、特に上司が冷静だった。昨年秋に私が昇進し、抱えていた業務を後輩と分担するようになっていたのも幸いした。
そして最後に、最も大きかったのが、ごく軽症で済んだこと。
重症化しにくいと言われるオミクロン株(であると正式に判明したわけではないのだが)であっても、高熱を発したり、咽頭炎の症状が悪化したりしていれば、とてもこんなふうに暢気には過ごせなかった。療養も長引いただろうし、夫にももっと負担をかけてしまっただろう。
ワクチンの効果だったのか、それとも生来の体質だったのか――理由はともかく、軽い風邪程度の症状で抑えられたことが最大の僥倖だった。
自分自身が軽症で済んだからといって「新型コロナなんて風邪みたいなもんだよ」と過小評価するつもりはありません。逆に「みんな気が緩みすぎ! 更なる人流抑制と感染対策を!」と危機感を煽るのも本意ではありません。
実感したのは、COVID‐19は決して特別な感染症ではなく、いつどこで誰が罹患してもおかしくない病気になっているという現実です。予防はもちろん大切ですが、不幸にも罹ってしまった場合にどう動けばよいか、自分の生活パターンにおいて何が問題になってくるのか、一度シミュレーションしておくことをお勧めします。
この体験記が、みなさんの対策の一助になれば幸いです。
「例の感染症に罹患した話」完
2022年3月21日 橘 塔子




