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勇者として召喚されたなんて知らなかったから異世界で農家になりました  作者: ほげえ(鼻ほじ)
異世界生活 -発展編-
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メルの恋愛事情



メルは魔王の娘として、次期魔王に君臨する者として教育を受けてきた。しかし、それも病に倒れるまでだ。


人間に自己免疫力が活性化しすぎて体を蝕む血液のガンと呼ばれる病があるように、魔力が活性化しすぎて魔力結晶を蝕む魔力のガンが存在する。


魔力結晶が機能を停止すれば治まるが、メルの魔力結晶は2本の大きなツノだ。高熱にうなされ続け、体力は削られ、いつ死んでもおかしくない状態だった。



なんとか体が持ちこたえ、回復したが魔力結晶はもう戻らない。魔界に住む魔族にとって、魔力結晶を持たないということは余命宣告されたも同然だ。



魔力結晶は魔力の貯蔵庫器官である。人間の治癒魔法と魔族の相性が悪いのは、魔力結晶に魔力を蓄えられるほど存在する多量の魔力を全身に循環させ肉体強化、及び回復させている魔族の体では他人の魔力を受け入れることが難しいからだと考えられている。



魔力結晶が失われ、弱体化し人間と変わらない体になってしまったメルは人間の治癒魔法士に回復魔法をかけてもらいながら生活していた。



回復魔法を体が受け入れ、体調が回復するたびに私はもう長く生きられないのだという現実を突きつけられ泣きたくなる。



まだ思春期のあどけなさが残る少女だ。

死にたくないと思うのは当然だった。



次期魔王の第一候補であったメルが病に倒れたことで派閥争いが激化している。魔王である父をそんな大人の欲で悩ませているのが心苦しかった。

病に倒れる前は慕ってくれていた魔族の子たちはみんな離れて行った。魔力結晶を失ったメルは用済みだと言わんばかりに。


魔力結晶は失われたが、魔力が完全に失われたわけではない。

息苦しくなると変化の魔法で魔物の姿になって空を飛びまわることが唯一の息抜きだった。



ある日、城内がざわついていた。

どうやら人間が勇者を召喚する計画を企てているらしい。


勇者が力をつけ魔王へ戦いを挑みに来るのをわざわざ待つ必要はない。召喚されたら毒沼へ落とし、殺害しよう。


父と大臣達が話している声を聞いた。


勇者とは異世界から召喚される人間だ。何も知らないまま気づけば毒沼にいて、猛毒に蝕まれて死ぬなんて、あまりにも可哀想だと思った。

いつも通りの日常を過ごしていたのに、突然病に蝕まれて大人になる前に死ぬであろう自身の境遇と重ねてしまったのだ。



父の膨大な魔力の気配を察知した日、メルは変化して毒沼へ向かった。


毒沼には一人の少年がいた。

ひょろっとした体格の、本当に彼が勇者なのかと疑ってしまうくらい弱そうな男の子だ。


男の子のそばに降り立った。

今のメルにはこの毒沼の毒は強すぎるため、毒消し効果のある白い草を数本食べる。

毒が完全に消えるわけではなく、和らぐ程度だが食べないよりはましだ。



毒の対策を済ませたところで男の子に背中へ乗るよう促し、聖域の大樹まで連れていった。

毒沼なんて恐ろしい場所ではなく、せめて聖域の綺麗な土地で死ぬといい。


運良く毒が回復したとしても、龍の住む山や毒沼に囲まれたこの過酷な土地では長生きは出来ないだろう。こちらの世界の都合に振り回されて長く生きられないことは残酷だと思うが、何も知らずに混乱のまま死ぬよりは少しでも長く生きたほうが幸せだと思う。そう考えてのことであった。



まさか勇者が聖域に住み着いて楽しく暮らしているなんて夢にも思わなかった。しかも企業しようとするほどこの世界に馴染んでいるとも思わなかった。


魔王である父から、スパイとして侵入するよう言われたときは血の気が引いて体が凍るかと思ったくらいだ。あのまま毒沼で死ぬ予定だった勇者が生きているのは間違いなくメルが聖域まで運んだことが原因である。


バレる前に自分の手で勇者を殺したほうがいいのではないか。

勇者とは、メルの父親を殺すために召喚された人間だ。少しでも魔族に敵対の意思があればこの手で始末しよう。


そう誓って潜入した。

久しぶりに会う勇者はひ弱な少年から健康的な肉体の青年に成長していた。


無事に潜入が決まって、初日に服を買うよう言われたときは信じられなかった。

確かに荷物は少なかったが、それは空間魔法で容量を増やしたカバンに着替えなどを入れたからであり、十分な着替えは持ってきていたのだ。まさか荷物の量を見て心配され、服を買うよう言われるとはお人よしにもほどがある。


一緒に迎えに来てくれた筋肉隆々の女性と思われる方は勇者が支払って当然という態度で商品の物色をして会計だけ任せていた。お人よしすぎて奴隷からなめられているのだろうか。


聖域へ向かうために乗った不思議な乗り物は、なんの拷問だろうと思うほど恐ろしかった。何度自分で飛んでいくと言いかかったことか。変化して自分が勇者を助けた存在だとバレるわけにはいかないので必死に恐怖に耐え続けた。


こんなに怖い思いをするくらいなら、もっといろんな種類に変化できるよう練習しておけばよかった。魂を飛ばしながら後悔した。


起業のためにギルド登録を提案すると自分は弱いからと謙遜するが、勇者が登録出来ないはずもなく、思った通り試験免除で登録できた。一安心しているとギルドでもめ事を起こしていた魔族が受付へ今にも殴りかかろうと身を乗り出したとたん、勇者は受付の女性を助けるために動き出そうとしていた。自分は弱いと思っているのに。



一緒に仕事を始めてからは、こちらを気遣うことが多かった。

想像以上に仕事が多く、書類仕事に忙殺されているとメルが気に入っているフレーバーのハーブティーを入れてくれたり、書類の整理はしておくからもう帰って休むよう促したりとメルが頑張りすぎないよう気を配ってくれている。



勇者自身の人柄に、徐々に惹かれているのは紛れもない事実だった。



次期魔王としての教育を受け、その道は病によって閉ざされた。

大人になることなく、恋も仕事も経験することなく、ゆるやかに死を待つ生活を送っていた。


そんな中、私に居場所を与えてくれた。仕事を与えてくれた。やりがいを教えてくれた。時間を忘れるほどの忙しさを経験させてくれた。楽しかったのだ。私は今生きているという実感があった。


だというのに勇者はメルにたまには休めばいいという。魔族の街で過ごせばいいという。


そんなの嫌だ。私はせっかく今生きているのだ。

この場所でないと生きている実感がないのだ。休みたくなんてなかった。

輝きを失った魔力結晶を見た見ず知らずの魔族から哀れまれる魔族の街になんて行きたくなかった。


ここに残りたい、生きている実感を与えてくれるヨシュア君と一緒にいたい。


そう伝えたら、まさか告白されるとは思っていなかった。


勇者は忘れてと言ったが忘れられるわけがない。


あなたが私を愛してくれるなら、あなたの隣にいられるなら。

私はずっと生きていられる。ただ死を待つだけの人形ではなく、メルとして生きていられる。

恋も仕事も人生も、もう手に入らないと思っていたのに、すべてを与えてくれた人が私を好きだと言ってくれた。



あなたは私を救ってくれた、最愛の勇者様。

私の勇者様。



プテラノドンもどきはメルちゃんでした。

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