ツヴァイの絶望
孤児院で育った。母はどこかのメイドだったと聞いた。
貴族のお屋敷に努めるメイドが雇い主の子供を授かり、産んだ子を孤児院に預けるなんてよくある話だとシスターに教えられた。
捨てられた子供たちはどこかひねくれていたり、達観したところがある。シスターはそんな扱いにくい子供たちの世話におわれて、忙しそうにしていた。まだ二十代のはずなのに、自分の白髪を染め直すこともできないシスターの疲れが浮かんだ笑顔が痛々しかった。
成長するにつれて、俺の目はエメラルドグリーンになった。
それが何を意味するのか庶民には知られていなくても、貴族にとっては常識だった。
シスターは貴族の常識に詳しかった。
エメラルドグリーンの瞳が何を意味するか知っていた。
エメラルドグリーンの瞳は王族の血をひく人間であることの証明である。
その事実を悔しそうに教えてくれたシスターの姿はいまも覚えている。
孤児院には市民の人気取りに寄付へ来る貴族がいる。
貴族が来るたびに隠れるよう指示された。
王族の血をひくからなんだというのだろう。
子供の俺は理解していなかった。俺は俺だと思っていたんだ。
だから、シスターから隠れるように指示されていたのに、裏から行けば平気だろうと教会の中を歩いていた。隠れるだけは暇だから洗濯物でもしようかと裏庭に出て行った。
貴族は俺を見て驚愕の表情を浮かべた。
シスターは血の気が引いて真っ青になっていた。
その日シスターは静かに涙を流しながら、俺に話をした。
下級貴族の生まれであり、メイドとして王城に使えていたこと。
そのとき今の王様、当時の王子様に声をかけられ、王妃にはなれなくても妾にしてもらえるのではないかと舞い上がったこと。
王子は私を好いてくれているのだと本気で自惚れていたこと。
しばらくして身ごもっているとわかったこと。
メイドでありながら妊娠するなんてありえないと王城をクビにされたこと。
王子に子供を身ごもったことを伝えたが、王子からはお前は誰だと言われ覚えてくれてもいなかったこと。
自分はただの遊びでしかなかったこと。
王城をクビにされ、誰の子を妊娠したかもわからない娘なんて勘当だと家にも帰れず、教会で孤児の世話をしながら出産したこと。
シスターという立ち位置を守るため、我が子に自分が母であることを伝えることが出来なかったこと。
「貴族に見つかってしまった。私にはもうあなたを守ることが出来ない。私のせいで苦労させて本当にごめんなさい。最後に私のわがままを許して、名乗らせて。・・・私があなたのお母さんなの。あなたの本当の名前はツヴァイ・ゲイル・イスカリオテ。今の国王様と、馬鹿なメイドだった私の子よ。今後、貴族に何をされるかわからない。だから逃げて。この国から。お願い。逃げて、生きて。あなたが生きていてくれるなら、それだけでいいから」
言葉を詰まらせながら語る母。
「逃げない。逃げたっていつどうなるかわからない。それならここで暮らしてても一緒だよ」
そう言って、逃げることを拒否した。
子供の俺には、教会から、国から逃げるということが出来なかった。
それにシスターが自分の母だと知ったから、母と離れたくなかったのだ。
そして一夜明けると、母の姿は教会にはなかった。
置手紙には王族の血をひくことがわかっても、自分さえいなければ王族の誰の子かまではわからないだろうから身を隠す。あなたの幸せを一番に願っていると書かれていた。
少しでも母と一緒にいたかったから逃げない選択をしたのに、肝心の母がいなくなってしまった。
シスターのいなくなった教会は毎日大騒ぎだった。その後の母のことを考える余裕もないほど。
毎日子供たちの世話をして、家事をして、自分の瞳の色を利用して貴族に寄付を募り生活費を稼いだ。
貴族は王族の誰かの隠し子である俺を利用しようとわんさかやってきた。王を目指す気はないかと持ちかける奴、手切れ金を渡すからこの町から消えろと言う奴、父親である王族と繋がりを持とうと媚をうってくる奴。
こっちも貴族を利用して寄付してもらうくらいいいだろう。ひねくれて、相手を利用することだけ考えて生きていたのだ。
そして数年もたたないうちにタイムリミットはおとずれた。
ツヴァイに従軍命令が下されたのだ。
国王の子だとバレたのだろう。そうでなければいくら治癒魔法の使い手だといってもまだ子供であるツヴァイに従軍命令なんて下るわけがない。
死刑宣告されたのだ。
そして状態異常の耐性を上げる訓練をして、進軍するパレードの日。門へと続く道は軍を見送る家族や町の人で溢れていた。
その人混みの中に、白髪がなくなった母の姿があった。白髪は見当たらず、血色もいい母の姿を見て、母は元気に暮らしていたのだと安心したのもつかの間、呼吸が止まる衝撃が稲妻のように体を走りぬけ目を見開いた。
それは大きなお腹をした、母の姿だった。
身重の母を守るように、隣には優しそうな男性が立っていた。
なんだ、あの人は幸せに過ごしてたのか。
ツヴァイは笑顔で、母に手を振った。
俺はもう死ぬから、お荷物はもういなくなるからさ、幸せに生きてね。母さん。
心の中で言った。
声に出したってどうせ聞こえなかっただろう。
進軍中は来る日も来る日もけが人の治療をして、軍人のご飯を作り、いつ死ぬかわからない恐怖でおかしくなっていく軍人のストレスのはけ口にされ罵られる。
交戦中に大規模な攻撃があり、数えきれない負傷者が出た。
治療のために負傷者を運ぶより治癒魔法士が行ったほうがいいと、上官から駆け付けるよう命令が下された。
そして戦場を走っているところを魔族に捕らえられ、捕虜とされたのだ。
いよいよ死ぬ時がきた。死ぬのは仕方がないことだと諦めていた。
もう生きることを諦めていたのに、魔族に奴隷の焼き印を押された。
まだ生きてこき使われるのか、今までも孤児院で生まれ育ち、貧しい暮らしに耐え、シスターである母がいなくなってからは自分がシスターの代わりに皆の世話をし、生活費も稼ぎ、必死に生きてきた。
死んで解放されると思っていたのに。
国王の隠し子になりたいなんて自分が望んだわけではない。
生まれた環境がそうだっただけだ。
それなのにまだ苦しめというのか。まだ働けというのか。まだ解放されないのか。
教会に置いてあった神様の偶像を思い出した。
本当にこの世に神様がいるなら、恨んでやる。
いるかどうかもわからない存在を恨みながら、俺は商品になった。
話が重いので明日も更新します。




