13
リズがドラゴン退治へ出発する前にみんなで早速買い物へ出かけた。
リズは野営するための旅グッズと大きなリュックを買い、ツヴァイはお小遣いで気になる食材と魔族の料理本を買い込み新しい料理に挑戦すると言い、アーノルドは意外にも煙管を買っていた。分煙どうしよう。早急にアーノルドの部屋には換気用の窓を作らねばならない。クリフは魔導書をいくつか買っていた。暇なときに言語を理解するところから勉強するのだという。
アイリスは髪をまとめる清楚な髪飾りやパックなどの美容品を買ったようだ。しばらくすると、アイリスとすれ違うと女の子の良い匂いがするようになったのである。リップも塗っているのか、唇もぷっくりとしている。つまり可愛さが増したということだ。ケア用品を買いに行って本当に良かった。
ちなみにヨシュアはお菓子とジュースを買い込んだ。
街で買い出しを終えたあとリズはすぐに荷造りをし、翌日期待に胸を膨らませて冒険へ旅立っていった。
買い出しの日にキノコを売る様子を見ていたアーノルドから、キノコ畑は作らないのかと聞かれた。
「キノコ畑も考えたんだけど、菌類のキノコをどうやって植え付けしたらいいかわからなくてね」
「原木になる木をくれたら菌の植え付けは俺がやる。たまに魔力を込めてやれば品質の良いキノコが多く収穫出来る。採取に行くより効率的に安定して売れるようになる」
「そんなことまで出来るの?じゃあ頼むよ、探しにいかないで済むのは助かる」
「任せろ」
幸い、原木になりそうな木なら大量にある。薪にするにも多過ぎて家の裏で積み重なっていた木である。しかもキッチンもコンロになり、暖房もいらない気候のため処分に困っていたからちょうどいい。アーノルドに言われた通り1.5メートルずつに切り分けて渡した。
世話はいらないし場所は日陰の方がいいというので、適度に木を抜いただけの聖域のはしっこの土地をキノコ畑とすることにした。アーノルドにキノコ畑作りをしてもらっている間に温室を作った。
木材で骨組みだけ作り、極力日光を遮らないよう透明な板で囲っていく。家の窓と同じように水晶もどきの謎の玉を変形させて使った。温室にはガラスで作るよりも水晶もどきのほうが強度が高くちょうど良かった。棚も水晶もどきの板で作り、出入り口は引き戸でスライドさせるだけにしてある。
骨組みに板を張り付けていくだけなのでわりと簡単に作れた。街で仕入れた強力な接着剤のおかげである。
唯一苦労したのは棚を排水のために板を斜めに設置し、やり過ぎた水が落ちるよう穴を明け、かつ植木鉢は落ちないように工夫した点だ。
アーノルドから植物を並べる棚に排水の設備だけは用意してくれと言われたときはどうしたものかと思ったが、ベランダやお風呂は排水のためにわざと少し斜めに作るという知識が役に立った。異世界転生ものにありがちな現代知識無双が出来ないのは無念である。
木材で四角い木製植木鉢を大量に作り、温室の中に置いていけば完成だ。
家畜の飼育小屋作りも着々と進んでいる。飼う家畜の種類が決まっていないため、現状だだっ広い小屋である。床は地面そのままで、出入り口は2ヶ所に用意しドアは作っていない。あえて開きっぱなしの状態にしてある。
小屋に光が射し込むように屋根は斜めに作りわざと隙間を作った。あとは腰の位置辺りにも隙間を作ってある。明るく解放感があり、家畜もストレスを感じず過ごしてくれることだろう。
アーノルドに任せていたキノコ畑は予想以上の規模になっていた。
聞くところによると、ツヴァイから食用にこのキノコも栽培して欲しいと要望されたため追加で畑を増やしたそうだ。
そういえばツヴァイはキノコ好きだ。キノコ畑を作る話が出た時点で声をかければ良かったがアーノルドから話を聞いて自ら要望しているからまぁいいか。
前回の相談会で出た意見は大体達成出来ただろうか、そう思っていた頃クリフから呼び出された。
「ヨシュア君、ちょっといいかな」
「うん。何かあった?」
「前に教えてくれた世界樹のうろの中のことなんだ。一緒に見て欲しいものがある」
「おお、ついに冥界への入口が見つかったの?やっと異世界ファンタジーが始まるのか」
「異世界ファンタジー?確かに異世界の入口みたいなものは見つかったけど」
「あ、こっちの話です。ごめんなさい」
変な話をして混乱させてしまった。
よけいなちょっかいをださずクリフについていく。
木のうろの入口を指差して言った。
「ヨシュア君、このうろの中で明かりをつけたことはある?」
「ないな。明るくしたくても火種程度の火の魔法しか使えないから。それに世界樹を燃やすことになってもいけないし」
「そっか。じゃあ俺の魔法で照らすね、ライト」
クリフの手のひらの上には明るい球体が浮かんでいる。
なんて便利な魔法なんだ。練習しよう。
「ここがうろの中、そして見てほしかったのがここ」
クリフが指をさしたのは、人が1人寝転がるのがやっとの広さのうろの奥にぽっかり空いた穴。
腹這いになればなんとか通れそうな穴である。
「おお、冥界の入口」
「うん。真っ暗で、手を入れるとひんやりしていて、本当に冥界の入口みたいだ」
クリフがうろに入り、穴の中を魔法で照らす。
「中に入るとここより大きな空洞がある。そこに魔方陣があったんだ」
「魔方陣って……」
「そう、人間界へ転移するための魔方陣。どこに飛ぶかはわからないけど」
「そうか、じゃあ危険なとこに出る可能性もあるね」
「壊されずに残ってることから考えて、人が対処できないほど手強い魔物が出てくるような場所や人間の住んでいない山奥の中、捨てられた炭坑の中って可能性もあるね」
「悩むな……。リズが奴隷解放できてれば帰ってきてから見に行ってもらうんだけど。ツヴァイは奴隷じゃなくなってるけど治癒魔法師を危険な目には合わせられないし………」
ヨシュアが行くという考えはない。戦力がないうえに行ったところで土地勘もないためどうしたらいいかわからないからだ。
「クリフ、苦労して見つけてもらって申し訳ないけど、この魔方陣しばらく皆には内緒にしてもらってもいいかな。魔方陣があるなら帰りたいって思うだろうし、もしそのせいで契約紋に脱走の意思があったって記録が残っちゃうと奴隷解放出来なくなるから。クリフかリズが奴隷解放契約出来れば続きの調査を頼むよ」
「わかった。1年楽しみに待っておくよ」
「うん、ごめんね。クリフは奴隷じゃなくなったら、人間界へ帰る?」
「ヨシュア君さえ良ければ。俺は向こうに婚約者がいるからね。捕虜として捕まってからもうだいぶたつから、今も待ってくれてるかわからないけど」
それは帰りたい。一生懸命転移魔方陣探しをしていたのはそれが理由か。
「婚約者か、どんな人?」
「3つ年下の学園の後輩だよ。可愛らしい見た目からは想像出来ないくらい強情で自分の芯は曲げない強い人。ただ位が低いとはいえ貴族の娘だから、釣り合うために俺は王宮魔導師になったんだ」
相手を慈しむ表情で語るクリフが今でも彼女を想っていることは明白だった。
「………結局、魔族に捕まっちゃったけどね」
最後にポツリと呟く声があまりにも弱々しくて、ヨシュアは声をかけれなかった。
リズが旅立ってから10日ほど経過し、帰ってこないことに皆が心配しだした頃にやっと帰って来た。
珍しい素材が手に入ったら入れて持って帰って欲しいと伝えて渡していた空間魔法で容量を増やしていた袋をパンパンにして。サンタクロースのように袋を担いでいる。
ドラゴン退治に行くと言うので、本当に倒せるかはわからないがドラゴンの素材をを想定して家2件分くらいの容量にしていたのになぜパンパンなのだろうか。
よくみたら袋の入り口から牙のようなものがはみ出ている。それと白色だったはずの袋が褐色のシミが大きく存在している。どうみても血のシミが時間経過により変色したものである。何があったのか気になるが、まずは休息が大切だ。
「おかえり、リズ。思ったより遅かったね、今日は温泉に入って休みなよ」
「遅くなって申し訳ない。今日はお言葉に甘えてそうさせてもらうよ。袋の中身はヨシュアさんの好きに使って欲しい。ドラゴンの牙や肉、途中襲ってきた魔物の素材も入っている」
「ドラゴン倒せたんだ………」
一人でドラゴンを倒すなんて、いくらエリート兵士といえども強すぎないか。そのうちこの聖域に入れなくなるんじゃないか?
「近場の飛竜だけだがな。魔界の飛竜だけあって力だけでは倒せなかったが、戦いながら戦略を練り上げてなんとか倒せた。3匹倒したあたりで何故かエンシェントドラゴンが現れてしまって逃げ出したのだが、聖域が狙われないようエンシェントドラゴンを撒いていたら帰るのに時間がかかってしまったよ」
3匹も倒してしかもエンシェントドラゴンから逃げ切るって、僕なら命を諦めそうだなあ。
「その状況でよく無事に帰って来てくれたね」
「残念だがエンシェントドラゴンにもなれば、私のような小物に本気になってくれない。退屈しのぎにただ追い回して遊んだいただけだ。相手が遊びでも捕まったら死ぬだろうけど。いつか本気で戦ってみたいものだ」
袋を地面において家へと帰るリズ。残していった袋を開けてみると牙か爪かよくわからないものが30本、霜降りステーキのような血がついたお肉が50キロ程、ドラゴンの皮3匹分に謎の魔物の毛皮が5枚、魔族の結晶化した魔力によく似た綺麗な結晶が大きいの3個に中くらいの5個、小さなものが27個、何故持って帰ったのかよくわからない大量の石。
いくら魔法で容量を増やして重さも軽減されるとはいえ、よくこれ担いで持って帰ったな。素直に尊敬した。ヨシュアが試しに担いでみようとしたが無理だった。
ツヴァイを呼んで血だらけのお肉は任せ、魔物の素材についてはアーノルドとクリフに相談した。
牙らしいものと皮は素材として売れると言うので今度素材屋に売りに行くとして、綺麗な結晶は魔石という貴重なものらしい。素材として売っても良いが、MP回復の薬や特殊効果を持つ装備品の材料にもなるので自分用に大事にとっておく冒険者が多いとのこと。
人間界のギルドでは魔石を持っているというだけでCランク以上の討伐対象になるという。
大きな魔石にいたってはAランク級の物だという。
やっぱりファンタジーらしくギルドとかあるんだなぁ……。
そう心の中で思いながら泉のおかげでMP回復が必要な事態にならないしどうしたもんかなぁと悩んで家に置いておくことにした。リズがまた冒険に旅立つときにでも回復薬を作ればいいだろう。
大量の石はアーノルドいわく鉱石ではないかとのこと。試しに金属か宝石だけ出てくるよう抽出するイメージで魔力を込めたら青い塊が出てきた。
塊を見てクリフが驚愕した表情でつぶやく。
「………まさか、ミスリル?」
「多分、ミスリル、だな」
アーノルドも呆気にとられた様子で答えた。
ヨシュアはゲーム終盤によくある素材だなと一人納得しながら他の石からも同じように抽出していくと、透明な塊や白金の塊や赤色の塊、金、銀も出てきた。
「貴重すぎて種類がわからないけど、白金が金貨として国で用意してるのは知ってる。使ってる人見たことないけど」
「透明なものは、宝石じゃないか?」
クリフをアーノルドが鉱石の価値がわかる人でよかった。白金も透明な物も貴重な物らしいので売ることにしよう。ミスリルはクワやカマなどの農作具の作製に使おう。
「ミスリルのカマなら切れ味良さそうだね」
能天気な発言にこいつマジか、と言わんばかりの眉を寄せた表情の二人。
「……カマを作る前に、せっかくだからこの素材でリズの剣も作ったらどうだ」
「そうだね!リズには好きな石で武器作ってもらおうか。クリフもロッド新調する?」
「………白金の杖に魔界のドラゴンの魔石をはめれば伝説級の武器になるが、今の俺に使いこなせるかわからない」
というか賢者クラスでも持ってないんじゃないか?と何やらブツブツつぶやいている。
「じゃあ材料だけ残しといて、使えそうになったら作るといいよ」
思わぬ鉱石の入手にホクホクのヨシュアである。ドラゴンの素材や余った金属を売りに行き、今いる奴隷全員分の購入費用どころかしばらく遊んで暮らせるお金が手に入り、驚愕するのはまだ先の話である。
リズが一日ゆっくり休んでから、持って帰ったドラゴンのお肉でステーキが振る舞われ帰還パーティーをしたのであった。
渡しておいた袋に中に入っている物の劣化を防ぐ作用があったからか泉の水の回復力に守られたのか、皆お腹を壊すことなくステーキをお腹いっぱいたいらげた。
ヨシュアは大金を手に入れ、ミスリルのクワやカマ、ハンマー、オノといった贅沢な農具を手に入れたことで格段に生活レベルが上がった。
試しにミスリルの斧で薪を割ってみたが、豆腐を切るかのようにすっと割れる。薪にオノを当てただけで割れる。
1番の功績者であるリズには好きなだけ武器や防具を用意した。動きやすさを考慮した白金の胸板、肘あてと膝あて、ドラゴンの革で作った服の上に白金装備を身につけられるよう服も特注した。兜、ミスリルと白金を混ぜた剣と弓も街で作ってもらい、毎日大事そうにお手入れしている。
街の鍛冶屋に作って欲しいと依頼をしに行った時に初めての冒険のときに採ってきた白金だけでは足りないと言われ、足りないなら採取してくると鉱石の採取に行ったので貴重な金属がヨシュアの家にはゴロゴロと転がっている。
ヨシュアは石から抽出して金属の塊を取り出したが、金属の塊の状態で売りに行くと商品価値がはね上がるようで買い取るお金が足りないと素材屋が唇を噛み締めて血の涙を流していた。
純粋な金属の塊は魔界でも貴重な物のようだ。来月までに借金してでもお金を用意するから絶対うちに売ってくれと必死の店主が怖かった。
素材屋の店主には残念な結果になったが、金属は結局鍛冶屋が買い取った。買い取り価格が高かったからだ。そこは商売だから致し方ないところである。鍛冶屋も何個か渡したところでこれ以上は買い取るお金が足りないということで、街に行くたびにすこしずつ売ることにしている。




