「キト、あーんして」
「キト、あーんして」
パチパチと暖炉の中で薪が爆ぜる音がする室内で、穏やかな笑みを浮かべたアレンがキトにそう言った。
学園は冬休みを迎え、実家へと帰省したキトは毎日のようにアレンの家に通い、暖炉のある部屋で穏やかな時間を過ごしていた。することといったら昔のようなままごとや絵本の読み聞かせではなく、ソファに並んで座っての読書会や勉強会。キトがこてんとアレンの肩に頭を乗せるのが、息抜きの合図だった。
そうしてアレンにもたれかかったキトにアレンがかけたのが冒頭の言葉で、キトは素直にあーんと口を開けるのだった。
互いの想いを本当に通わせ晴れて恋人同士になってからというもの、キトとアレンがともに過ごす時間はこれまで以上に増えた。例えば寮から学園に登校する間の短い時間や、ランチに訪れる食堂での時間。それまではただ無為に過ごしていたその時間が、急に特別なものに変わる。その幸福感たるや、人目もはばからずに「ぬふふ」と浮かれたキトがルームメイトに容赦無く「浮かれやがって気持ち悪いな」と悪態をつかれてしまうほどである。――さらに言えばそのいつになく容赦の無い悪態も全く気にならないほどである――
これまでもずっとアレンとともに時間を過ごしてきたというのにアレンとの時間はいくら過ごしても飽きることが無く、やはり幼馴染と恋人ではこんなにも違うのだなあと思えばやけに気恥ずかしさを覚えた。まあ、その気恥ずかしさもすぐに幸福へと昇華されるのだからどうしようもないのだが。
と、このようになんでもないことがすぐに幸福へとつながってしまう今日この頃ではあるが、キトにとってこれは確かに幸福だと宣言できる幸福が、ひとつあった。
それは、アレンが自分で作った変な薬をまったく盛ろうとしてこなくなったことだ。
暖炉のある部屋での読書会でアレンが読んでいる本を見るに魔法薬学の趣味は変わっていないようだが、そういう素振りはまったく見せない。考えてみればあれは年頃になって急によそよそしくなったキトに構ってほしいというアレンの深層心理が現れた行動である。晴れて恋人同士になった今、その必要は無くなったのだから、そういうことは無くなって当たり前なのだろう……。
そう考えたからこそキトはアレンの言葉に素直に口をあーんと開け、差し出された一粒のショコラをぱくりとほおばったのだ。
「キト、美味しい?」
そう聞いてくるアレンの笑顔はとても穏やかで、その笑顔にもまた幸福を感じれば自然と頭のあたりがむずむずとするようではないか。
うん?……頭のあたりが、むずむずとする?
途端にキトは頭がかんと冴えた心地がして、アレンにもたれていた体をばっと起こす。そうして未だにこやかな笑みを浮かべたままのアレンの顔をじっと見据えながら、恐る恐るといったように自分の頭に手を伸ばした。
手に当たる、ふさ、という感触。
「今度は即効性に重きを置いて作ってみたんだけど、大成功みたいだ」
やっぱり自分の才能ながら恐ろしいなとほざくアレンを見据えたキトは、その顔に真ん丸に目を見開いた驚きの表情を張り付け、そして、猛省していた。
晴れて恋人同士になったからといって、油断をするべきではなかった。この恋人がどれだけ頭のきれる人物で、どれだけ悪知恵の働く人物であるかということを、昔からずっと、よく知っているはずだというのに……まったく浮かれるにも程がある。
キトの顔がついに、忌々しげな表情に歪んだ。
「……やられたあ!」
その叫びにアレンが「はは」と声を上げて笑い、キトの頭の上ではしま猫柄のネコミミが、嬉しそうにぴょこんと跳ねるのだった。