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持っているものが違うから

『聞いてみろ』と番人様は俺に言った。

 確かに、その通りなのかもしれない。


 俺はソラファのことを勝手な先入観で決めつけ、遠いものにしてしまっていた。

 彼女がめったに感情を見せないのも、俺になにも話してくれないことも、なにか理由があるのかもしれない。聞いてみれば多少は理由がわかって、納得できるかもしれない。


 ……なんて。

 そんなに良い方向に考えることはできない。


 期待しないこと、世界が自分に有利に動いてくれないという考え方に慣れてしまっていた。

 議会は俺を悪魔的だと決めつけていた。そんなことないのに、俺は危険因子の烙印を押されていた。楽観は裏切られてばかりだ。常に現実は負の方向へ上回る。


 常に最悪を想定するのは、癖と、教育が原因だろう。


『祈って願いが叶うほど、世界は優しくない』


 番人様からそう教わった。

 いい方向にものごとを考えて傷つくことがあっても、最悪を考えていればそれより悪くなることはない。それどころか、対応力が高くなる。

 だから、期待する心は、抑えておいた方がいい。


 ソラファと共に山を歩く。

 会話はない。

 うっそうとした木々をかいくぐり、進んでいく。


 どうやっているのか、ソラファはひらひらとした服装なのに木に引っかかったりしない。卓越した空間認識能力のおかげだろうか?

 俺は彼女の後ろをついていく。


 途中で熟れたパキリがなっていた。

 パキリ。甘くておいしい、赤色の果実。

 少し進行方向からずれたところに、たくさんぶら下がっている。


 ソラファが一瞬パキリを見た。

 欲しいのだろうか、と思い、ひょいひょい、と取ってくる。

 野生のものだし、取っても誰も困らないだろう。


「わ、ありがとうございます」


 お礼を言われる。

 判断は間違ってなかったな、と満足。


 ソラファが小動物みたいに小さくパキリをかじる。

 両手で抱えて、少しだけおいしそうに。


 俺もパキリをかじる。

 パキリ! と心地よい音。

 うむ、今日も絶好調だ。楽しい。


 驚いた様子のソラファが振り返る。

 すかさずどや顔……いかんな、癖みたいなものだ。


「今の、パキリの音ですか?」

「うん、そうだよ」

「初めて聞きました……」


 意外と世間知らずだ。

 というより、彼女は俺がひとりでいる間どこにいたんだろう?

 封魔一族の里は広いが、目撃情報が上がったのは最近だと考えると、もしかしたら外の世界にいたのかもしれない。


 俺はおいしくパキリを食す。

 口に広がっていくジューシーな甘さと、歯ごたえ。

 パキリって素晴らしい。


 そんな俺の様子をソラファが見つめていた。

 そんなに珍しいのだろうか? 確かに、俺はパキリをうまくかじれることに定評がある。ぶっちゃけパキリ丸かじり選手権があったら優勝できるかもしれない。そんなものないけど。


「私もやってみたいです。もう一回やってみてくれませんか?」


 そう言って彼女のパキリを差し出してくる。

 俺のパキリはもう食べ終えてしまっていた。


「わかった」と言い、受け取る。


 そして口にパキリを近づけた瞬間「あっ」とソラファの声。


 パキリ! と心地よい音。自分に百点をあげたい。


「どうしたの?」

「あ、あの、その、私の食べたところ、直接は、かんせつキス……うぅ……」


 かんせつ? 関節だろうか?

 俺たちの顎は結構強靭なので、思い切りがぶりといっても顎が外れたりはしない。なんたって封魔一族だから。

 そういえばミーファ教官もパキリを食べるとき、俺が思い切りよくかじるものだから驚いていたっけ?


「大丈夫大丈夫。パキリを食べるときは思い切りの良さが必要なんだ。顎の関節のことは気にしなくても平気だよ。俺たち、結構丈夫だし」

「えっと……そ、そうですね」


 パキリをソラファに渡す。彼女は両手で受け取った。

 彼女は白い頬を赤らめ、思い切りパキリにかぶりつく。


 パキリ! と澄み渡る音。


「できました!」


 嬉しそうな声。

 なんだか俺も嬉しくなってくる。


 しかし、彼女はすぐに顔をそむけ、俺の方からは彼女の嬉しそうな表情は見えなくなる。


「おいしい、ですね」


 ここからはどんな感情を抱いているか、見ることができない。

 でもたぶん、喜んでいるはずだ、なんて思う。


「うん、おいしいよな」


 封魔一族はみんなパキリが好きだ。

 これだけできっとみんなと繋がれる。一種のコミュニケーションツールとしても使えるかもしれない。

 なによりも音がいい。うまくならせると、謎に楽しいし。


 俺たちは山道を進む。途中でなっているパキリを補充しながら、少し会話もしたりして、楽しんだ。意外と話せるもんだなあ、なんてことを思う。


 やがて、川についた。

 辺りは蛍が舞っていた。

 昔はこの蛍、魔力を一切持たない弱い生物だったらしい。すぐに死んでしまうし、成虫になることがそもそも難しい、そんな生き物。


 しかし、突然変異で光の部分に魔力を溜め込めるようになったため、生存率は飛躍的にあがったそうだ。

 昔は七日程度しか生きられなかったのが、今は一か月近く生き延びる。そんなことを、番人様から聞いた。


「綺麗でしょう?」


 うしろで腕を組み、にこりと微笑みかけてくる。

 今日一番の、飛び切りの笑顔だった。彼女はこの光景を知っているようだから、もしかすると俺にこの光景を見せたかったのかもしれない。


 どきり、とさせられる。

 俺のバカみたいな妄想と、彼女の笑顔が重なって。


 期待なんてするものか、と強く念じる。

 甘い考えを自分に許せない。そういう風に育ってきた。それがこの世というもので、俺にとっての現実だった。


 川のほとり。

 そこに俺たちは腰を下ろす。


 おもむろにソラファがブーツを脱ぎ始めた。


「水、冷たくて気持ちいいですよ」


 とても楽しそうにな彼女。

 彼女は控えめに声をあげて、笑った。


 なんだろう。

 ソラファにはまるで感情なんてないのだと、ずっと思っていた。でも、今はとても楽しそうで、表情がころころ変わる。まるで、子供のころに戻ったような、小さい頃、一緒に過ごしたときのような――。


 気恥ずかしくて、彼女の顔を見ることができない。

 そうすると自然と視線は足元にいく。


 すらりとした綺麗な白い足が見える。

 女の子の足。俺の足とは違って、すべすべしてそうだ。

 ……俺は変態かよ!


 頭を振る。

 困った。目のやりどころがない。

 いや、足はセーフだろうか? 俺が勝手に恥ずかしがっているだけで、別に変な意味とかはない、はずだ。


 ……そもそも、俺自身も何だか変だ。

 感傷に浸って、昔のことを思い出して、虚しい妄想をして。


 なにかに、期待しているんだろう。

 やめたくても抑えることができない。どうしても、沸き上がってきてしまう。


 彼女は完璧だったけれど、女の子だった。

 その姿は美しく、月光が称えるようにその姿を照らす。

 なにもかもを持っていて、神聖性さえも感じてしまう。

 俺とは違う。なにひとつ不自由がなく、満たされた存在。


 ――少し、羨ましい。


「ねえ、カルマ」


 ポツリとした、呟き。


「昔のこと、覚えていますか?」


 突然、切り出される。

 動揺する。

 ずっと、考えていたこと。


 ずっと一緒にいたかった。しかし、彼女は俺を置いていってしまった。

 消えて、しまった。


「ああ」と短く答える。


 なにかを期待したくなんて、ない。


「私、この里と外の世界を行ったりきたりしてました。外の世界にはいろいろなものがありましたよ。おいしいお菓子だとか、この里では見られない不思議なダンジョンとか、珍しいものでいっぱいでした」


 ちくりと、胸が痛んだ。

 彼女は一応、この里に戻ってきていたらしい。

 なのになんで会いに来てくれなかったんだろう?

 一瞬でも、一年に一回でも、もっと少なくてもいい。でも、俺からは会いに行けない以上、彼女から会いに来てほしかった。


 ――記憶がある。


 俺は番人様に「ソラファに会いたい」となんどもなんども頼んでいた。

 でも番人様はとりあってくれなかった。その時の対応はとても冷たかった。「会うことはできない。いったん忘れろ」と、厳しく言い渡された。

 逆らうことはできなかった。その時の番人様は、特別恐ろしくて、絶対に許してくれないということがよくわかったから。


 彼女はどれぐらい俺に会いたがったんだろう?


 ソラファの話は続いていく。


 それは彼女の冒険譚であり、成長の記録だった。

 彼女は多くとふれあい、知り、過ごしてきた。

 じつに、充実している。エルフの弓術の正確性や、ドワーフの力強さ。

 人間たちの魔術による炎の龍。次期歌姫として神域魔法を学ぶため、魔力の輝きを見学していた。


 あまりにも俺とは違う。

 いっそのこと、皮肉的なほどに。


「次期歌姫として、鍛え上げられました。武術の才能を見初められて、人間の『剣鬼』に、刃の鋭さを教わりました。私、頑張ったんです。そんな中でもずっと、ずっと……」


 そう言い、言葉を途切れさせる。


 ――嫌な予感が、した。


 ◇


 なぜだろう。彼女が今までのことを話せば話すほど、距離感が遠のいていく。


 彼女は別世界の住人で、俺とは違う。

 すべてを持っていて、完璧で、満たされていて。

 俺は忌み子だ。ずっとひとりで、孤独に生きてきた。

 俺の空白の期間は、彼女にとっては限りなく満たされたものだった。


 場は限りなくロマンチックだった。

 淡い光をまとった蛍が飛んでいる。

 月明りに照らされた川が光を反射して、輝いている。


 しかし、光があれば闇が目立つように、木々の暗がりからは恐ろしささえ感じた。

 対照的な存在があるからこそ、その特徴は、いっそう引き立てられる。


「いろいろあったんだな」

「はい。それで私は、その……」


 恥じらうように顔を伏せ、なにかを言おうとする。

 そして時間をかけて、ようやく、彼女はその言葉を口にした。


「ずっと、ずーっと、あなたのことを考えて、ました」


 ようやく言い切った、という感じに彼女はうつむいた。


 その言葉は、俺が待ち望んだもののはずだった。

 俺が期待していた言葉。

 欲しいと思っていた言葉。


 ――なのに、なぜか、心には大して響かない。


 かわりにどんよりとたまっているものがある。

 意識の違い、持っているもののズレ。


 俺が苦しんでいた期間、皮肉的なほどに彼女は充実していた。

 それがはっきり言ってうらやましい。

 だがそれを咎める気はない。それはただ単に住んでいる世界が違っただけで、誰かが悪いとか、そういうものではないからだ。


 ――けれど、強い疎外感を覚える。


 でもそれだって、大した問題ではなかった。


 幼少期の俺にとって、彼女の存在は残された最後の希望であり、救済だった。彼女がいたから、狂わずにいられた。


 でも、たぶん、彼女にとってはそうじゃない。空白の期間、俺のことを思ったのは努力の方向性のためのだしであり、手段でしかない。


 だって、そうじゃないなら、なぜ、彼女は――。


 その言葉をいってはならない気がした。

 ずっと疑問に思っていたこと。

 寂し、かったこと。


 激情のようなものが胸を駆ける。

 こんなものは、くだらない。そう思いながらも、自分を止めることができなかった。


「――じゃあ、どうして会い来てくれなかったんだ?」

「――あっ」

「できなかったわけじゃ、ないはずだ」


 彼女が息を飲んだのを感じた。


 たぶん、俺のひとことは、やわらかではなかった。

 憎しみすら籠っていたかもしれない


 ソラファの能力は高く、きっと、会い来るのは不可能なことではなかったはずだ。

 会うな、と言いつけられていたのかもしれない。でも、それは大した拘束にはならないだろう。会いに来よう、という意思があればの話だが。


 ……場は限りなくロマンチックだった。

 祝福の光が地を照らす。

 けれど、暗闇はそのままだ。


 彼女はずっと夢を見て生きていた。

 俺は見捨てられることを恐れてながら生きていた。


 俺がそのことを批判する権利はない。

 そのつもりもない。


 だが、彼女は俺に会いこれたはずだった。

 それぐらいは、してくれてもよかった。

 機会はあったのだから。


 たぶん、意識が違うのだ。

 執着の度合いが違うといってもいい。

 俺ははっきり言って、彼女が消えた時、死んでもいいとさえ思った。でもその時、彼女はずっと再会を楽しみにしていた。大して苦しんだわけじゃない。


 怒りの感情がわいてくるも、それに正当性がないことは理解している。

 代わりに、強い疎外感や拒絶感は、正当なものだと感じた。


 俺は彼女を受け入れられない。なにもかも、違いすぎるから。


 ――どうして、会いに来てくれなかったんだ。


 そのひとことが、すべてだった。

 それさえしてくれれば、なにもかも、受け入れられたはずだった。


 しかし、彼女は、


「ごめ……んな……さい」


 それだけを、言った。

 なにか理由を聞きたかった。でも、そんなものはなかった。


 後悔、した。

 俺は彼女を傷つけたかったわけではない。

 でも……彼女を受け入れるのは、たぶん、無理だ。


 俺が死にたかったとき、彼女は充実していた。この、俺がひとりで苦しんでいた時間はどうなる? おそらく、ソラファは残された俺の気持ちを、心情を考えたことがない。

 なんで会いに来てくれなかったんだ。それだけで俺は、俺は……。


 誰かが泣いている。

 とても、現実感がない。


 なにもかも間違いだったらいいのに、と思う。

 だが、ここは現実だ。


「べつに、気にしてないよ」


 彼女の嗚咽が止まった。


 代わりに押し殺すようななにかが、聞こえる気がする。


 美しく舞う蛍を眺めていた。

 ぼやけた頭でなにかを考えて続けているフリをしていた。


 会話はなかった。

 ずっと、その場に座っていた。


「帰りましょう、か」


 しばらくたって、最初に口を開いたのは彼女の方だった。

 透き通った声と、冷静な表情。


 泣きあとなんてまるでなくて、今までのものすべてが夢だったじゃないかって思えるほどで。

 でも、その手が小さく震えていた。

 すぐに後ろに手を回して見えなくなったが、それは、幻覚ではなかった。


「うん、そうしようか」


 俺もゆっくりと立ち上がる。

 来た道を戻る。

 頭が痺れている。


 たぶん、きっと彼女は俺のことが好きだった。

 そして、俺は彼女のことが好きだった。


 しかし、意識にはズレがある。

 過去は過去でしかなく、現在は現実だ。

 どうしようもなく、やるせない。

 俺の心がもっと広ければよかった。

 しかし、俺には無理だった。

 ……ごめん。


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