封印のこと
◇
思わず身をすくませる。
俺は番人様にかけられた封印を解いてしまっていた。今は元通りになっている。
あの時は怒られはしなかったが、皆がいる手前そうしなかっただけかもしれない。
いや、怒られるわけがない。俺はみんなを守るために力を開放したのだ。たぶん……たぶんだけど大丈夫なはずだ。
頭ではわかっている。しかし、番人様の言いつけを破ったと思うとどうしても恐怖を感じてしまう。
「いや~カルマ! 友達を守ったのはよくやった!」
褒められる。
しかし、封印のことについては言及がない。
どうしても不安で俺はそのことを口にした。
「あの……番人様、封印を解いたことなんだけど……」
「ん? あ~ナイス判断。頑として俺のいうことを聞くガチガチ君にならずに、その場でしっかり判断したのは見事だったよ~」
ほっとする。
叱られることはなさそうだ。
俺の判断は正しかったらしい。
「ていうかさ……カルマ、女の子に抱き着かれてたよね? きゃー!」
このやろう、と思う。
そう言えばあの時、あとで番人様にからかわれそうだな、と思ったことを思い出した。
「そんなんじゃないって」
「きゃー!」
「うるせえ!」
思わず叫んでしまう。
こういった話は苦手だ。
番人様は腹を抱えて笑い焦げる。
いつか復讐してやろうとは思っているがこの手のものに関しては勝てる気がしない。
せめてもの抵抗として、パキリの蜜を番人様のマントに塗りたくってやるぐらいしかできない。
ついでに、ほんといやったら、次の日の朝、俺の顔がべたべたになっていた。
番人様が転げまわるのをやめる。
そして静かにこう言った。
「ソラファのことはどうするんだ?」
「……どうするって」
なにができるっていうんだろう。
彼女はもはや遠い存在だ。
認めたくはないが、俺は忌み子という低い立場だ。
一方ソラファは確実に次の歌姫になるだろう。
俺がソラファに襲われているのはあくまで番人様のコネであり、それ以上でもそれ以下でもない。
遠すぎるのだ。
技術が、立場が、お互いに対する感情が。
「好きだったんじゃないのか?」
「……昔のことだよ。今はもう、忘れた」
ほろ苦い経験だ。
幼いころ、一緒に手をつないで歩いた記憶。
――ずっと一緒にいようね。
鳥のさえずりを聞きながら「幸せだね」と笑いあった出来事。
最初に彼女を外に連れ出した。
たどたどしいながらも、彼女は笑ってくれた。
彼女の名前が、好きだった。
ソラファは昔から表情の少ない子だった。おとなしかったといってもいい。
しかし、少なくともたまには笑ってくれる子だったのだ。
それに比べて今はどうだ?
俺に再会した時も、話しているときも、彼女はちっとも楽しそうじゃない。
それは単純に俺がつまらないやつだから、ということもあるかもしれない。
しかし、今のソラファからは感情が感じられない。
常に冷静で、自分を見失わない冷酷な美貌の彼女。
遠すぎるのだ、と俺は思った。
「忘れた、か」
番人様が呟く。
ほんとはなにもかも忘れたわけじゃない。
しかし、今となってはその記憶は苦しいのだ。
彼女は何も言ってはくれない。
いっそのこと、昔のことなんてなにもかも忘れてしまいたい。
今は今、昔は昔。
俺は今の仲間がいれば、それでいい。
「まあ、恋愛なんて個人の自由だけどな。お前はソラファにどんな気持ちなのか聞いてみたことがあるのか?」
動揺する。
まるで番人様は、俺のことを咎めているようだった。
「ないよ。別に何とも思ってないでしょ。でも、ソラファはまじめだから一生懸命職務を全うしてくれるよ。いつだって――」
「聞いてみろ」
「……え?」
「聞いてみろってんだ! この間抜け! ばか! バカルマ!」
なんだか少しふざけた雰囲気を醸し出しながらも、そう言って番人様は去っていった。
聞いてみろ、か。
もしかしたらソラファが俺に対してなにか思うところがあるかもしれない。
……期待なんかしない。
ソラファが俺のことを考えてほしいなんていうのは所詮俺の願望でしかない。
願ったことのたいてい叶わないようにできている。
どうせ失敗する、と考えていた方がましだ。
しかし、ひそこに期待する自分もいた。
どうしてもその思いを捨てることができない。
無駄だってわかってるのに。どうせうまくいくわけないのに。
――だって俺は忌み子だ。みんなから嫌われていて、ひとりぼっちで、それで……。
頭を振ってその考えを弾き飛ばす。
ネガティブな考えだ。俺はそんなやつになりたくない。
不幸だ不幸だ、なんて考えていても幸せになれるわけがない。
もっと明るくいかないと。
「わっはっはー!」
とれあえず誰もいないけど笑ってみる。
鏡があったのでピースサイン。
……急激に虚しくなってきた。
いや、だが少し明るい気分にもなってきた。
やはり笑顔はいい。困ったときはとりあえず笑っておこう。
しかし、心配なのはこのひとりで突然笑いだして鏡でピースをする俺の奇行が誰かに見られていないかどうか。
番人様とかはわざと立ち去ったふりとかするかもしれない。実はこの外で笑っているかもしれない。
少し怖いが、そとを覗こうと扉を開けてみる。
……誰もいない。
ほっと溜息をついて、背後を振り返る。
すると天井にぶら下がっていた人物と目があった。
長いマント。さっきまでこの部屋にいて、立ち去った人物。
「なにやってんだ?」
「うわああああああああ!」




