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9.コイスル

リア:主人公。兄を探すと決め、RPGにログインすることを決めた。


カトルシア:カトル。

ログインしたリアを最初に見つけ、街に連れ帰る。

樹上の街ラシュラン出身。

リアを好きになり、守ると決め、共に旅立った。


ルーシア:オレンジの髪、ルビーのような紅い瞳。

とあるカプセルを探して旅をしている。

男しか産まれない、風の街サンドラ出身。


ダグラス:過去にカトルの父エルシア、母ユリと旅していた。

娘を襲われたことが原因でカプセルを嫌うようになったが、誤解だったのがわかって吹っ切れた。

クシィの父。


クシィ:宿屋の看板娘。

鈴の音のような声の美しい女性。

ダグラスの娘。

運命に抗うカプセルと共にいると思われる、彼に会いたいと思っている。


エルシア:カトルの父。


ユリ:カトルの母。

RPGに残ると決めたカプセル。


燃え上がる家から立ち上る真っ黒な煙は首都の空を焦がす。


あたしはそれを見ていたけど、カトルに呼ばれてすぐに後を追った。

まさか、こんなことになるなんて…。

「運命に抗うカプセルはここから北西、ジャックナイフと呼ばれる山脈にいるらしい。途中にはサンドラを始めとして、いくつかの村や街が点在している。それくらいの旅なら困らないだろう?」

着替えたダグラスさんがさも当然のように前を歩いている。

心なしか楽しそうに見えるのは、あたしの気のせいかな…。

「リア、遅れているぞ。今日中に隣街まで行く。まずは湖から船だ」

「は、はい…」

森の中の一本道。

あたしは急いでみんなに追い付いた。

…そういえばあたしの後方にそびえる絶壁の上から、巨大な湖が見えたっけ。

昨日のことなのに、まるで遥か昔みたいだ。

短時間にかなり多くの出来事があって、あたしの中では何週間、何ヶ月の時間が過ぎたように思えた。

カトルもルーシアも、そしてクシィさんも、短い言葉を交わすだけで何も話さない。

それだけ状況は悪いんだと思う。


…ダグラスさんはあの後、あたしとルーシアで撒いた油に火を放った。

燃え上がる炎は壁を焦がし、あっという間に広がった。

あたし達は隠してあった地下通路からシュレイティアス礼拝堂がある広場の隅に抜け、軍が使うために設置されているという小さな門からこっそり街を出ることが出来たのだった。

その後はこの通り、湖を目指して大分高低のある森をひた走りしているのである。


家が燃え上がる様は、軍を混乱させる為とはいえあたしにはかなり堪えるもので…。

そのせいか熱気と炎の閃きが今も目の前にあるような錯覚を覚える。

それは、熱くて息をするだけで肺が焼けそうな程で、じりじりと皮膚が焼かれいくような…。

あたしはこめかみを押さえて、きつく目を閉じた。

落ち着かなくちゃ。

「リア」

「っ!」

呼ばれてびくりと顔を上げると、カトルがすぐ前まで来てくれていた。

「大丈夫、俺だよ。一緒に歩こう。……心配無いよ」

彼は優しく言って、あたしの手を引いてくれる。

…あたしの様子に気を使ってくれたんだ。

あたしはその手をぎゅっと握った。

「ありがと」

小さく言ったけど、気付かなかったのか、気付かないふりをしたのか、カトルは何も言わなかった。

ふと前を見ると、少し振り返って心配そうにあたしを見るルーシアと目が合う。

あたしが微笑んで頷いてみせると、ルーシアは安心したのか頷き返してくれた。

…しっかりしなくちゃ。

あたしよりも、ダグラスさんやクシィさんの方が堪えたに違いないんだから。




湖に着いて船に乗るまでの時間、あたし達は休息を得ることが出来た。

船着き場はたくさんの人でごった返していて、後々特定される心配が低そうだったのだ。

乗船手続きは船着き場の横の小さな小屋で出来るらしく、ダグラスさんが済ませてくれていた。


目と鼻の先には大きな白い客船が停泊している。

…3階建てくらいだろうか。

湖を渡る船としては、大きい方なのかな。

この世界では、何で動いてるのかしら?

興味は尽きないけど元々船に詳しいわけじゃないし、あたしは苦笑して考えるのを辞めた。

「うわ…」

そんなあたしの横で、カトルが船を見上げ感嘆の声を漏らす。

「でかいな…これ、こんなに大きいのにどうして浮いてんのかな?軽いとか?沈まない?」

「カトル、もしかして客船見るの初めてなの?」

「こんなでっかい船見たことあるわけないだろ!せいぜい一人か二人乗るような、こんな奴なら」

カトルは頬を紅潮させながら興奮気味に両腕をいっぱいに広げて見せる。

そっか、そもそもカトルは樹上の街にいたわけだから、船には馴染みが無いよね。

「あたしのいた場所には、この船よりもっと大きな船があるのよ」

広がる海に浮かぶ豪華客船。

乗ったことは無いけれど、そのスケールには胸が踊ったものだ。

「もっと?」

「うん、すごいんだから!中にプールがあったり、大きなパーティー会場があったりして…むぐぐ」

あたしは後ろから口を塞がれて、慌てて振り返る。

「しーっ。この辺りじゃ、この船より大きい船は無いんだよー。もっと大きい船なんて俺も見たこと無いけど…あんまり話さないほうがいいかもー」

「ぷは。ルーシア…、そうなんだ?うん、気をつけるね…」

後ろにいたのはルーシアだった。

彼はあたしと目が合うと、ぱっと手を離し、さらにすすっと距離をとった。

「…?」

「えっと、あ、見てー。乗船時間みたいだよー!」

そのぎこちない笑顔。

昨日からたまに、何だか様子がおかしい。

意見を求めたくて振り返ると、カトルも眉を寄せていた。

「行こうか!」

降ろしていた荷物を抱え上げ、さっさと歩いていくルーシア。

「どうしたのかなぁ」

「…ん…。なぁ、リア」

「なぁに?」

「…」

カトルは一瞬だけあたしを引き寄せ、あたしのおでこに唇を寄せた。

「…!?」

それがあまりにも急で、あたしは目を見開いて固まっていたと思う。

「…俺、リアのこと好きだから」

カトルは何だか真剣にそう言った。

何で今、そんなこと…?

嬉しくないわけじゃないけど、急に態度が変わったカトルに不安が募る。

「か、カトルまで…どうしたの?」

「ううん…何でもないよ、言いたかっただけ」

カトルは苦笑して言うと、あたしの手をぎゅっと握った。

それは痛いくらいに強くて、あたしの胸は不安でいっぱいになる。

「仲良しなのね」

「えっ?あ、く、クシィさん」

驚いて顔を上げると、クシィさんがきらきらと目を輝かせてこっちを見ていた。

「カトル、ちょっとリアちゃんと話したいんだけどいいかしら?」

「えっ?…あ、は、はい…。あー、俺…。リア、ごめん」

「え、ええ?」

カトルは手を離すと、先に行くと言ってばたばたと船に消えた。

な、何がなんだかわからないよ…。

カトルもルーシアもどうしちゃったの?

掌にはまだカトルの温もりが残っていて、あたしはそれが消えないうちにそっと握った…。


「見て!船が発ったみたい」

岸を離れる様子に、銀の髪をなびかせたクシィさんは鈴が鳴るようにコロコロと笑った。

…思ったより元気そうだけど、カラ元気なのかもしれないと思うと胸が痛い。

船からは首都に上がる黒い煙がよく見えて、あたしは俯いてしまった。

「いいのよ」

「え?」

「リアちゃんは気にしないでいいのよ!あたしは良かったと思う。だって彼を探しに行けるもの!」

「…クシィさん」

「父さんもそうよ?親友の息子とその彼女に協力出来る道があったんだから。嬉しくないはずがないわ」

「…」

ダグラスさんは、あたしをリアと呼んでいた。

それは、カプセルを否定していた時と明らかに違うことだ。

…そうだよね、カプセルを嫌う理由が無くなったんだもん。

ダグラスさんだってきっと辛かったはずだ。

だから、良かったのかもしれない。

「そう…ですね。…あたしも前向かなくちゃなぁ」

あはは、と笑って見せると、クシィさんはにっこりと笑った。

「良かった、思い詰めないでほしかったの。正直、急すぎて気持ちの整理はまだついてないんだけれど。…リアちゃん、秘密にするよう言われてたんだけど、貴女が思い詰めないように話してあげるよう、ルーシアに言われたのよ」

「えっ?」

「…ルーシア、たぶんリアちゃんにカトルがいるから気を使ってるのね…。3人で気を使わずに話せるよう、何か私に出来ないかしら?」

…成る程。

ルーシア、それを気にしてたからあんなにぎこちなかったんだ?

「…ルーシアったら、今更なんだから…。じゃあクシィさん、ちょっとカトルと話していてもらえますか?あたしちょっとルーシアと話してきますね」

「わかった。じゃあカトルを甲板に呼んでくれる?カフェになってるから」

「はい!」




「カトル、ルーシア、いるー?」

壁にくっついた二段ベットが2つある用意された部屋を覗くと、何だか変な雰囲気だった。

「あっ、り、リア?おかえり」

「あ、お、おかえり、リアちゃん」

カトルはそわそわ、ルーシアはしどろもどろ…。

「な、何?どうしたの?」

「いや、何でもないんだけどさっ」

何か話していたんだろうか。

あたしは不思議に思いながら、カトルに言った。

「そうだ、クシィさんが甲板で待ってるって。何か話があるみたい」

「え?わかった、行ってくるな」

カトルはよいしょ、と立ち上がり、出ていく前に振り返る。

「ルーシア」

「!」

「お前、ホント馬鹿な奴!…大丈夫だから」

にっと笑うカトルは、なんだかきらきらして見えた。

あ、あれれ。

なんかどきどきする…。

走り去るカトルを見送り、あたしは部屋に入る。

すると、ルーシアが立ち上がった。

「…馬鹿な奴かぁ。一応、俺お兄さんなんだけどねー」

「あはは、口癖なんだね。あたしも言われたことあるよ」

「…そっか。ちょっと、頭冷やしてくるねー」

「え?…ま、待って!」

あたしは出ていこうとするルーシアの手を掴んだ。

ルーシアは驚いた顔でそれを見、みるみる赤くなった。

「う、わ、わ。り、リアちゃん、待って…」

反対の手で口元を押さえ、ルーシアは視線をそらす。

…昨日もそうだったけど…。

「あ、あの、ルーシア?」

「てっ…手…ふ、不意打ちすぎるよ」

耳まで真っ赤なルーシアに、あたしは笑ってしまった。

「ふ…ルーシアってば。座って?あたしがお願いして、カトルを呼んでもらったんだ」

「え!?」

「話したかったから。…ありがとうルーシア、あたしのこと気遣ってくれたんでしょう?」

「……!」

ルーシアは、へなへなと座り込む。

な、何も床に座らなくてもいいのに…。

「い、いや…俺は、別にー…うぅ、リアちゃん、近いってば」

「ルーシア、どうしたの?あたしにくっつくのなんて、何とも無かったのに…」

俯くルーシアに思わず言うと、ルーシアは戸惑った声を上げた。

「い、いや、そんなことないよー、お願いだから離れてくれるー?でないと…」

「…でないと?」

「~~っ」

「ルーシア…?」

覗き込もうとした瞬間、あたしは一気にルーシアの胸にぶつかった。

一瞬、何が起きたかわからなくて、あたしは声すら出ない。

「…ホントに無防備なんだからさ…俺、狼なんだよー?」

背中に回った長い腕。

ルーシアが引き寄せたのだ!

「…顔、上げないでね…」

「る、ルーシア…?」

あたしはルーシアの心臓が破裂しそうな程ばくばくしてるのを聞き取った。

体温が上がっているルーシアの腕の中は熱いくらい。

「…」

ちらりと見ると、ルーシアの顔はまるで茹蛸みたいで、泣きそうに見える。

…あれ…。

…あれあれ!?

あたしはやっと今の状況を飲み込んだ!

抱きしめられてるんだ!

しかも、ルーシアはいつもの「女の子には等しく優しく」っていう感じじゃない。

ドキドキして、真っ赤で…まるで…。

「るっ…ルーシアっ?」

顔を上げる。

…まるで恋してるような。

「…リアちゃん…ごめん…俺、ごめんね…」

「あ…」

ルーシアの表情に、あたしは全てを悟った。

あたしの考えは、甘かったんだ…!

ルーシアは、あたしとカトルを気遣ってただけじゃなくて…。

ルーシアは固く目を閉じ、俯いた。

「…リアちゃんが好きみたい…ごめん…」

「…!」

ぎゅう…。

何も言えなかった。

抱きしめられたまま、あたしは呆然と動きを留めている。

突き放すことは出来なかった。

だって…それはルーシアを否定してしまいそうだったから…。

「…頼ってよ…俺のことも…。…変なんだ、女の子に触れても何ともないのに、リアちゃんは駄目なんだ…ドキドキして、熱くて…。昨日リアちゃんが泣いてた時苦しくなって…その時から変なんだよ」

…。

昨日、そっと抱き寄せて慰めてくれた。

あの時から、ルーシアは…。

長い時間に感じた。

沈黙があたし達を包んでいて、空気すら流れていないようだった。

…そうしていると。

「…ごめん、もう、大丈夫」

ルーシアはゆっくり身体を離した。

「カトルの奴、全力でリアを取りにこいっていうんだよー?…自信があるんだね、リアちゃんを取られないって」

彼は、少しだけ潤んだ瞳にあたしを映して笑う。

カトルったら、そんなこと言ってたんだ…というか、カトルはルーシアの気持ちに気付いていたんだ!

急にあたしを抱きしめたカトル、さっきこの部屋に着いた時の変な雰囲気。

納得がいって、あたしは成る程と一人頷く。

「俺、カトルも大好きだからさ。混乱してたんだよー。どうしていいかわからなくて。…ねぇリアちゃん、俺のこと好き?」

「え」

すぐ側でささやく、ルーシアの甘い声。

「嫌い?」

誘われるようにルーシアを見つめ、考えた。

好きか嫌いかと言えば、好きに決まってる。

でもそれは恋愛でいう好きじゃない…よね。

カトルに感じる好きは、もっと…愛おしいような、そんな好きだから。

「好き。でも、カトルを好きなのとは違う気がする」

「よく出来ました」

「!」

ルーシアは、さっきカトルがしたように、あたしのおでこに唇を寄せた。

「な、なッ…」

い、いきなりそれはっ!

「真っ赤だよーリアちゃん。…俺、すっきりした。決めたからね。カトルと真っ向勝負だよー!」

「仕方ないでしょ…って、ええー!?」

な、何でそうなるの!?

憑き物が落ちたような顔で、彼はすっぱりと言い放つ。

「すっきりしたら喉渇いちゃったよー。さ、行こうリアちゃん」

「ちょっ…ま、待ってよぉ!」

ルーシアはにっこりすると背中を向け歩き出した。

でもその自由な感じがルーシアらしくて、あたしは自然と笑ってしまう。

「もうー。ルーシアったら、さっきまであんなに泣きそうだったのに…ふ、ふふふ」

「…う。手厳しいなー」

背中を追うあたしから表情は見えないのに、ルーシアが微笑んでるのがわかる。

いつものルーシアがそこにいた。



ルーシアとあたしは甲板に出てきていた。

甲板はテーブルが並び、飲み物を買えるカフェになっている。

あたしにジュース、自分にコーヒーを買って船首の方に向かったルーシアは、何かを見つけて嬉しそうに笑った。

「いたいた。おーい、カトルー」

「お、ルーシア…もういいのか?」

ルーシアの背中越しにカトルが見えた。

隣にはクシィさんが座り、あたしに手を振る。

「リアちゃーん」

あたしは手を振り返してそっちに向かう。

その時、ルーシアがあたしの手を取った。

「え…」

「走るよー」

「え!?」

ルーシアはあたしを引き、全力で甲板を駆け抜ける!

蓋をしてあるジュースから、しゃばしゃばと音が聞こえた。

カトルとクシィさんの隣に着くまで、ルーシアは止まらなかった。

何でそんなことするのかわからなかったけど、何だか楽しそうだ。

「到着ー」

カトル達がぽかんと見ている横で、ルーシアはあたしの手を離し上機嫌に言った。

「…ふっ」

そんなルーシアと目を合わせ、カトルが笑う。

ルーシアも笑って、二人は何故かお腹を抱えて笑い始めてしまった。

「…何なのかな」

息をつくとクシィさんがあたしの袖を引く。

引かれるままにクシィさんの隣に腰を降ろしたあたしは、まだ笑い合っている二人を眺めた。

「男って、どうしてああなのかしらね…女は入り難いわよね」

「ホントにそうですね。…もー、こっちは結構堪えたんだけどなぁ」

ルーシアの告白を思い、あたしは頭を抱える。

「あら、どうかしたの?」

「あ、いえ…気を使ったっていうか…」

慌てて取り繕うと、急に隣にルーシアが座った。

どき。

うう、今更心臓が跳ねる。

「リアちゃん、ちょっと頂戴ー」

知ってか知らずか、あたしのジュースにストローを挿し、ルーシアがぱくりとくわえた。

「ん~美味しい。ほら、リアちゃんもー」

「あ、う、うん」

勧められるままにストローをくわえ、ジュースを飲む。

甘酸っぱい柑橘系の味は、爽やかでなんだかすっとする。

オレンジよりも爽やかで、檸よりは甘いような。

「あ、美味しい」

「あーっ!ルーシア、お前…それ!」

「ふふ、カトル、俺を敵にしたこと、後悔するからねー?」

「な、何言ってんだよ。絶対負けないからな!俺の方がずーっと好きなんだからなっ」

「でもリアちゃんと先に間接ちゅーしたのは俺だもんねー」

うわっ…ちょっと、それは…。

もう、余所でやってくれないかなぁ…。

あたしは恥ずかしくてたまらず、頭を抱えたまま俯くばかりだった。

「ははぁ、そういうこと」

隣でクシィさんの笑い声がする。

「り、り、リアっ…お、俺にもっ……ひとくち……」

急にカトルが言い出して、あたしは何だか堪らなくなってジュースを抱え、一気

に飲み干してやった。

「あ、あーっ!」

「あげない!カトルの馬鹿!」

「えーっ!?何でだよ、リア!?」

「は、恥ずかしいでしょう!もーっ」

あたしが中身の無い紙コップを投げると、カトルはそれをキャッチした。

「……」

それを見つめ、何やら真面目に考えて何故か赤くなるカトル…って…!

「だ、だ、駄目!返してーっ」

「俺が捨てるからっ!いいだろっ」

「や、嫌だもん!何する気なのよ!馬鹿ーっ」

「あはは、仲良しだねー」

「る、ルーシア!元はと言えばルーシアがカトルに変なこと吹き込むからぁ!」

「ふっふー、俺はフェアだからねー」

フェアとかそういう問題じゃない気がするぅ。

あたしが唖然としていると、クシィさんがやんわり言った。

「あんまりリアちゃんを困らせちゃ駄目よ二人とも」

「そうですよね!クシィさん優しいです~」

持つべきものは同性の味方よね!

私はうるうるきて言葉を返した…が。

「そういう時は、もっと喜ばせてあげなくちゃ!」

「え、えーっ!」

「そ、そっか…」

カトルはそれを聞いて納得したように考えこむ。

ルーシアは成る程~と笑って、急にハープを取り出した。

「クシィさん、楽しんでますよね」

「うふふ」

「リアちゃん、俺、リアちゃんのために詩を紡ぐよ~」

「い、いい!いいってば!こんなとこでルーシアが歌ったら人が集まってきちゃうよ!」

さ、騒がしすぎる…。

あたしは慌ててルーシアをなだめ、考えなくていいとカトルを窘める。


でもカトルもルーシアもギクシャクしてなくて、すごく安心した。

かなり賑やかになったけどね…。

これからどうなるのか、先が思いやられるのだった。



船は昼頃に別の桟橋に着き、あたし達は他のお客さんと共に降り立った。

ふわふわした船上に慣れた足が、固い地面に違和感を覚えさせる。

「なんか変な感じ」

カトルが顔をしかめ唸るのを見て、ルーシアが笑っている。

「まずはサンドラに向かう。オレンジのお前、名前は」

ダグラスさんが不意に呼んだので、ルーシアは顔を上げた。

「ルーシアだよ」

「お前はサンドラ出身だな?早くサンドラまで行きたい。近道はないか」

ルーシアはきょとんとした後、腕を組んでにやりと笑う。

「ふーん、おじさん、俺がサンドラ出身だってわかってたわけねー。普通なら4日はかかるけど、3日で行ける道があるよ」

ダグラスさんはおじさんという言葉に眉を寄せた。

「気持ちが悪い、名前で呼べ」

「オレンジのお前って呼ぶのもどうかと思うけどなー」

その言葉に、あたしは笑ってしまった。

ルーシア、根に持ってたんだ!

「だから名前を聞いただろう」

ダグラスさんは案外楽しそうに言い返し、すたすたと歩き出す。

「隣街までは街道を行くのでいいのか?」

「そうだね。そこを抜けたら街道からそれて山越えをするよー」

「ほう。よし、街でルートを教えてくれ」

森の木々の間を縫うようにして造られた、長い時間をかけて踏み固められた街道を、あたし達はぞろぞろと歩き出した。

他のお客さんも隣街に行くのだろうか?

あたしは周りの人を気にしながら歩いていたけど、あっという間に先頭になってしまった。

他の人達はゆっくり歩いているせいかその後もぐんぐん距離が開いていく。

「あんなにゆっくり歩いて、あの人達は隣街に今日中に着けるの?」

見たところ野宿の道具を持ち合わせてない人がほとんどな気がする。

それどころか、武器だって持ってない人が多い。

あたしが言うと、カトルとルーシアが答えてくれた。

「街には着けないんじゃないか?」

「途中にコテージがあるんだー。そこに行くんじゃないかなー?」

ルーシアの言葉にカトルがふーんと呟いて、あたしとルーシアに見えるよう地図を差し出した。

「今いるのがこの街道。ここが隣街。…コテージは載ってないなぁ」

湖は縦長になっていて、あたし達は南から北へと客船で進んだようだ。

湖の北端から街道が延び、途中S字に大きなカーブを描いた先に隣街の記号があった。

「コテージはここらへんだねー。1年くらい前に出来たんだよー」

ルーシアが指したのはSのちょうど中央あたり。

カトルは唸って眉を寄せた。

「んー。このカーブを無くして真っ直ぐに街道を通せなかったのかなぁ?無駄に時間がかかりそうだ」

「そういえばそうだねぇ」

相槌を打つあたしに答えてくれたのは、先頭を行くダグラスさんだった。

「昔、その辺りには魔物が巣くっていた。それを避けた結果だ」

「魔物…」

「カプセルが来てからは頻繁に討伐隊が出て、魔物は駆逐されたがな」

そっか…カプセルが倒したんだ。

あたしはなんだか複雑な気持ちになる。

自分達が撒いた種だもん、当然なんだよね…。

「…どんな魔物だったんですか?」

カトルが言うと、ルーシアが待ってましたとばかりにハープを出した。


ぽろん。

軽やかに弦を弾くと、彼は歌い始めた。


魔物は森に住んでいた

鈍く光るは漆黒の牙

通れ人よその喉笛に

鋭く突き立て血を吸わん


魔物は森で殺された

牙を向けたは空からの使者

止まれ魔物よその胸元に

銀の十字を突き立てん



「ほお…たいしたものだな」

「こう見えて詩人だからね」

ダグラスさんとルーシアのやり取りを他所に、あたしは腕を組んだ。

血を吸う…?銀の十字…?

「それって吸血鬼?」

「きゅうけ…何?」

カトルが地図をしまいながら訝しげに聞いてくる。

「きゅうけつき。血を吸う鬼って書くのよ。人間みたいな容姿で牙があってね。それで首を噛んで血を吸うの」

牙を表そうと人差し指を立てて口元にあてると、カトルがイーッと口を開いて歯を確かめる。

「人間に牙?うーん、ちょっと違うよー。ここで言う魔物は、狼みたいな頭で人間に似た姿だよー。で、その大きな口で首を噛んで血を吸うんだ」

両手の指先を曲げ、それを口元でかみ合わせてまるで狼が噛み付くかの様に動かしてルーシアが言う。

狼みたいな人間…。

「満月の日だけその姿になるとか?」

あたしの世界の狼人間ではなかろうか。

そう思って聞くと、声をあげてクシィさんが笑った。

「あははっ、リアちゃんたら変なこと言うのね。満月だけだったら普段はどんな格好なの?狼か人間なのかしら!」

「あたしの世界では狼人間っていう、満月だけその姿になる話があるんですよぅ~、そんなに笑わなくてもいいのに」

「へぇ、そいつは血を吸わないの?」

カトルが面白そうに聞いてくる。

「吸わないよ、ただ狼人間なだけ」

「じゃあさ、それをカプセルが退治するのか?やっぱりカプセルはすごいな」

「ど、どうだったかなぁ」

そういえば詳しい話はわからないや。

「…蛇が頭から生えた女の話は聞いたな」

唐突にダグラスさんが割って入ってきて、あたしは驚いてそっちを見た。

「メデューサですか?」

「名前まではわからん。…蛇が髪の毛ならそいつだ」

「うわ、何その女の子?インスピレーションくれそうかもー?」

意気揚々と言うルーシアに、あたしは顔をしかめたに違いない。

「え、えぇ、どうかな…石化光線ーってやってきて、目を見たら石になっちゃうんだよ?」

「石にしちゃうのか!?恐いな…じゃあどうやって倒すんだよ」

カトルは両手を握りしめて言う。

「確か、鏡になった盾で写して、本人を石に…」

「石になったの!?その石、見たいよー!あぁ、俺もリアちゃんの世界が知りたいなー」

いや、ただの物語だから本当にその石があるわけじゃないんだと思うけど…いや、あるのかな…?

考えながら思う。

何故似た要素があるのだろう。

あたしの世界とこの世界…全然違う世界でも同じ形の人間が生まれてきたんだし、物語なんかも似るのかもしれないな。




そんな話を続けるうちに、コテージ群が見えてきた。

湖から3時間もかかっていないんじゃないだろうか。

日が傾き始めてあまり届かなくなってきたのか、森は心なしか少し暗くなったみたいだった。

「コテージはばらばらに建ってるのね」

街道の左右に点在するコテージは丸太を組み合わせたような造りで、何故か窓が無い。

不思議に思っていると、同じ様に思ったのか、カトルがルーシアの肩を叩いた。

「何で窓が無いんだ?」

「魔物が入ってこないようにだよー」

あたしは驚いて辺りを見回した。

「えっ、倒したんじゃないの?」

「流石に全部は無理だったみたいでねー。今でもたまーに出るとか出ないとか…」

オォーン…。

「!」

何かの鳴き声がしたのはその時だった。

「今のは!?」

あたしが縮こまっていると、ダグラスさんの鞭がひゅんと空を切る音がした。

「…最近は報告は無かったんだがな」

武器を握り、辺りを伺いながら言うダグラスさんに、思わず剣の柄に手を伸ばしてしまう。

「や、やっぱり狼人間なんですかっ?」

オォーン…。

二度目の鳴き声。

さっきよりも近く聞こえるそれは、やはり狼のものに似ている。

「…困ったねー。早足で過ぎてもいいけど、後から来る人達はほとんど丸腰だったからね」

ルーシアも柄に手をかけていた。

「もし襲われたらひとたまりもないな」

カトルが弓に矢を番えながら言う。

ダグラスさんは近くのコテージの扉を開けると、クシィさんを呼ぶ。

「クシィ、隠れていろ。リア、お前は戦えるのか?」

「えっ…えっと…」

「俺が一緒に戦いますから」

カトルがあたしの前に出てくれて、ダグラスさんは「そうか」と言うとドアを閉めた。

中からかちゃりと音がして、クシィさんが鍵を閉めたのがわかる。

「俺も一緒だよーリアちゃん!」

ルーシアがにこりとして言う。

「ありがと、二人とも」

あたしは笑って剣を抜いた。

二人に迷惑はかけたくないし、後から来る人を襲わせたくない。

「…危なくなるようなら、ちゃんと隠れるから」

そう言うと、二人は顔を見合わせてあたしの左右に立つ。

「馬鹿な奴…。俺達が危なくさせないからな!どんと構えといていいぜ!」

「そうだよリアちゃん!さぁ、世界を救う第一歩だねー」

オォーン。

オォーーン。

遠吠えに応える声。

一匹じゃないことを確信して、あたし達は前後左右に気を配る。

「力が強い。鋭い爪もある。近接ではまともに組まずに動いて隙をつけ」

ダグラスさんの短いアドバイスを心の中で反芻して、柄をにぎりしめる。

「お出ましだぞ」

ザザザッ

前と後ろに1体ずつ、2体飛び出してきた黒い塊は四つん這いになった人間に見えた。

しかしその顔は紛れも無く狼で、硬そうな毛で被われた身体はどことなく不恰好に見える。

ぐるる。

喉を鳴らすような唸り声。

獣臭い臭いが鼻をついて、息苦しい。

「前は任せろ。後ろをやれ」

ダグラスさんの声に、あたしはじりじりと後ろの奴に向き直る。

右にいたカトルは前の奴を警戒しながら矢を向けた。

…警戒してるのか、狼は鼻をひくひくさせながら動かない。

銀に光る冷たい目がこっちを見据え、あたしの背中につ、と冷たいものが走った。

カトルが身じろぐのがわかった。

瞬間、カトルの矢が放たれてルーシアが飛び込む!

飛びのいた黒い塊は着地と同時に膝を曲げ、勢いよくルーシアに突っ込んでいった。

ガッ!

鈍い音がして狼の右腕がルーシアの剣を押さえ、左腕が唸る。

危ない…!

咄嗟に飛び出そうとした時、カトルの矢がその左腕を貫いた!

「ガウゥ!」

よだれを撒き散らして跳び下がった狼はゆらりと立ち上がった。

…大きい。

ごくりと息を飲む。

その身体は少し前屈みでもゆうに2メートルはあった。

狼は左腕の矢を引き抜き投げ捨てると、そのままのしのしと走ってきた!

「…ふ」

ルーシアが息をはいたのが聞こえた。

彼は軽やかに狼の横に回り込むと、ルーシアを追って振り下ろされた右腕の指の間に細い切っ先をねじ込んだ。

「グオォ!」

激痛に違いない。

狼はまるで虫を掃うように腕を振り回した。

ルーシアは素早く間合いを取ってそれをかわしていて、うまく誘導したところにカトルが3本の矢を放つ。

背中に矢を受けた狼のうめき声がこだました時、あたしは女の人の甲高い悲鳴を聞いた。

「な、何…!?」

見ると通りのずっと向こうに、ここまでたどり着いた男女が座り込んでいたのだ!

「馬鹿野郎…!」

カトルがそれを聞き付けて走り出す。

怒りをあらわにして腕を振り回していた狼がまた四つん這いになり、さっと森に隠れたのはその時だった。

あたしはダグラスさんと戦う狼が同じように姿をくらませたのを確認してカトルを追う。

ルーシアもいち早く走り出していて、二人はあたしより大分先を走っていた。

その二人の少し後ろ、がさがさと左右の茂みが揺れている。

「カトル!ルーシア!左右から!!」

二人が男女の元にたどり着くのと、狼が飛び出すのはほぼ同時。

二人は互いに狼の爪を武器で受けたけど、カトルの短剣は短すぎて攻撃を受け止めるのには向いていなかった。

鈍い音がして弾かれた剣。

その勢いで投げ出されたカトル。

振り上げられた右腕。

「カトル!!」

あたしは狼に向かって飛び掛かっていた。

「うあああぁーっ!」

剣を握る拳にかっと熱が宿る。

カトルを攻撃する狼のがら空きだった首に、あたしの剣は深々と突き刺さった。

それを思い切り振り払った瞬間、狼の眼から光が消えた。

あたしは肩で息をしながら、目を見開いてそれを見ている。

恐ろしい程熱い血が身体中を駆け巡り、まるで身体そのものが心臓になったように脈打った。

あたしの腕には、貫いた時の重い感触がまざまざと残っている。

動かないそれから血が出ることは無かったが、それはするすると解け始めた。

ギィン!

鈍い音で我に返る。

それでも意識は夢の中にあるような、不思議な浮遊感があった。

もう一体の狼が、ルーシアと戦っている。

ルーシアが弾いた爪先は素早く振り下ろされ、またルーシアの剣が受け止める。

「何やってるんだよ!早くコテージへ!」

苦しそうにルーシアが叫ぶ。

いつの間にか起き上がったカトルは、男女を引き起こし近くのコテージに逃げるよう言った。

あたしは身体中の熱に促されるままに、ゆらゆらとルーシアと戦う狼に歩み寄った。

「リア!?」

熱が。

熱が身体を重くするのに、感覚は鋭く研ぎ澄まされて、まるでそれは透き通る水のように全てを見透かすことが出来るみたいだった。

カトルと戦った時も、あたしは熱い何かを感じた。

これは、何?

狼がルーシアの剣をまた弾き、それが振り下ろされる時、あたしはまるで導かれたように剣を突き出していた。

見える……。

確実に相手を「還す」ことが出来る場所…そこを貫く道筋が、光を帯びて空に描かれている。

爪があたしを掠める寸前、あたしの剣は吠える狼の口の中へ吸い込まれた。

断末魔さえあげることを許されず、狼はするすると解け空気に溶けていく。

「…リア、ちゃん?」

汗を拭ったルーシアが、呆然とあたしを見ているのを感じる。

剣を引き抜いた時、あたしはやっと現実に引き戻された。

熱がさぁっと引いていく。

指先が氷のように冷えてあたしは剣を取り落とした。

「や、やだ…何、今の」

「大丈夫か?…お前…」

何か戸惑ったようなカトルの呼びかけに、あたしは困惑した。

「あたし…何かおかしかった…?」

冷えた指先で、震えながらカトルの腕にしがみつくと、カトルは黙ってあたしを抱き寄せた。

「大丈夫。…大丈夫だ」

冷えた身体に心地よい温もりが伝わってくる。

カトルはすぐに身体を離すと、早く隣街に行こうと言った。

「…リアちゃん」

ルーシアの呼びかけに顔をあげると、彼はぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。

「カトル、無駄な気を使ってるんだよー。まったく、どっちが馬鹿なんだろうねー」

あたしは苦笑してしまった。

ルーシアは、あたしがもうちょっとカトルに抱きしめてもらいたかったのをわかってるんだ。

見ていたダグラスさんは、さっきの男女に声をかけると、コテージの管理人に魔物が出たのを伝えるよう念を押して戻ってきた。

「…行くぞ」

クシィさんがコテージから出てくると、ダグラスさんはすぐに出発した。

あまり目立ちたくなかっただけに、気を引き締めなければならない。

あたし達は急いでコテージ群を後にしたのだった。


「ユリが戦ってるのを見たことがあるか?」

不意にダグラスさんが声をかけてきたのは、S字カーブを抜け、森が終わりを告げる頃だった。

さっきの感覚がいったい何だったのか考えていた私は顔を上げた。

空は薄暗く、そろそろランプが必要になりそうだ。

疎らになった木々はそれでも視界を遮っていたけど、どうやら森を抜けてすぐが隣街らしい。

「…無いです」

「カトルシアはどうだ」

「…小さい頃、一度だけ…」

コテージ群からカトルは言葉少なに歩いている。

この時も少し掠れた声が絞り出されたように聞こえた。

「どうだった」

「…」

カトルは何故か答えをためらい、その手は固く握られている。

「…無駄な動きは一切無くて、まるで…相手の動きを知ってるみたいでした。小さかったから、俺は…母さんが強いからだと思ってた。でも、違ったんですね…」

「そうだ。リアもユリと同じ、戦いに秀でた力があるらしいな」

二人の会話に、あたしははっとする。

ずっと考えていたけど、わからない力のことを思った。

「あの力、ユリさんにも?」

「…あぁ」

「でも、彼には無かったと思うわ」

クシィさんが首を傾げた。

長い銀の髪がふわりと揺れる。

「カプセル全員にそんな力があったら、今頃ここらはカプセルに支配されていたかもしれんな」

ダグラスさんは鼻先でふ、と笑った。

一瞬ちくりと胸が痛む。

ダグラスさんは今もカプセルが嫌いかもしれない、なんて思った。

「カプセルにだっていい奴悪い奴がいる。人間だってそうだ。…同じなんだろうよ」

…。

その言葉は、あたしを気遣ったものだと思う。

あたしの心に、何か温かいものが流れ込むように感じられた。

ぶっきらぼうに見えて、それは最大限、カプセルを認めてくれている言葉だ。

振り返らないで言うダグラスさんの細身の背中が、何故かとても大きく見えた。

「特別な力なのかな」

ルーシアが呟く。

カトルはまだ何か考えているようだ。

「でも毎回出来ることじゃないよねー?リアちゃんは温泉郷ユーファでは戦えなかったし」

「うん…身体が熱くなったのはカトルと手合わせした時も感じたけど、今回みたいにはっきり見えたのは初めて」

「…ユリも毎回使えるわけではなかった。あいつの場合は感情の高ぶりが関係していたようだ」

突然あたりが開けたのはその時で、むっとする草の匂いにむせそうになった。

ぱたりと森が終わり、草が広々と生え、少し先には丸太の先を削って尖らせたのを並べた高い柵がどんと構えている。

街に着いたのだ。

森にいる間はわからなかったけど、街の向こうからあたしたちの右側には山脈があった。

「最初、カプセルのために森を切り開いたこの場所を街の一部…宿場にするはずだったのよ。でもカプセルが来なくなって計画は無かったことになり、今は草地のままなの」

クシィさんがぐるりと見回しながら言う。

「詳しいんですね」

あたしが言うと、彼女は髪をかきあげて笑った。

「私の母さんはここに住んでいるもの。ね、父さん」

「ええ、お母さん!?」

…その時のダグラスさんの苦虫をかみつぶしたような顔といったら。

あたしはこっそり笑ってしまったのだった。



「あら…お帰りなさいあなた」

出てきた人はふっくらした頬に肩までの銀髪、サファイアのような深い蒼のくるくるよく動く瞳の小柄な女性だった。

成る程、クシィさんはよく似ていたけど、彼女よりははるかに小さい背はあたしにも及ばなかった。

「…お客さんが多いこと…ささ、おあがりなさいな!クシィ、食事を作るのを手伝える?」

「はぁい」

「あなた、部屋に案内して」

「あ、あぁ」

ばつが悪そうなダグラスさんに、ルーシアがにやりと笑った。

「へぇ、姉さん女房持ちなんだねー」

「うるさい。だいたい、歳がわかるのか」

「ふふ、サンドラの民を甘く見ないでほしいなー。そうだね、52歳だな」

「……」

仏頂面のダグラスさんから肯定の色が滲む。

あたしは笑ってしまってから慌てて口をつぐんだ。

ダグラスさん、睨んでる!

「あれ、もしかしてルーシア、あたしの歳もわかって…?」

慌てて言うと、ルーシアはぱちりとウインクしてみせる。

あたしは顔をしかめてしまった。

「特技っていうか…う、うーん。大人の女性には知られないほうがいいよね…」

考えこむと、奥から鐘のように声が響いた。

「ほらほら!そんなとこに突っ立ってないで!早くおあがりなさいな!」


お読みくださってありがとうございます。


順次更新しますので、

お付き合いいただければ幸いです。

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