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導きのカプセル ~世界を救うロールプレイング?~  作者:


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10/16

10.サイカイ

リア:主人公。兄を探すと決め、RPGにログインすることを決めた。


カトルシア:カトル。

ログインしたリアを最初に見つけ、街に連れ帰る。

樹上の街ラシュラン出身。

リアを好きになり、守ると決め、共に旅立った。


ルーシア:オレンジの髪、ルビーのような紅い瞳。

とあるカプセルを探して旅をしている。

男しか産まれない、風の街サンドラ出身。

リアに恋をしてしまうが、カトルとリアの関係を祝福している。


ダグラス:過去にカトルの父エルシア、母ユリと旅していた。

娘を襲われたことが原因でカプセルを嫌うようになったが、誤解だったのがわかって吹っ切れた。

クシィの父。


クシィ:宿屋の看板娘。

鈴の音のような声の美しい女性。

ダグラスの娘。

運命に抗うカプセルと共にいると思われる、彼に会いたいと思っている。

小さな街はユーファより少し広いくらいだった。

森を切り開いて造った場所で、山脈を利用した林業と、街を行き来する冒険者や商人達からの収入で成り立っているようだ。

通り過ぎてきたコテージはこの街の人が運営しているらしい。

コテージを建てたのは、魔物がまだ徘徊する場所でも、街を訪れる(ゆくゆくお金を落としてくれるありがたーい)人々が往来しやすくするためだろう。

とはいえ、魔物から身を守りたい人々との利害も一致するわけで、コテージは魔物からの隠れ場所、休憩の場所として重宝されているってわけだ。


そしてその街の外れにダグラスさんの奥さんは住んでいた。

小屋というには大きく、屋敷というには小さい木造の家。

白い小さな柵で囲まれた庭にはたくさんの植物が生え、花や実をつけている。

煙突からはゆったり煙が上がり、窓からは明かりが漏れていた。

…部屋はカトルとルーシアに1つ、あたしに1つ割り当てられ、中にはだいたいの家具が一式揃っている。

「ここ、宿屋なのかな?」

カトルが荷物を置いてあたしの部屋にやってきて、ドアの辺りに寄り掛かった。

「どうなのかな?なんか違う気がするけど…。ルーシアは?」

「少し休むって言ってた。…あのさ」

あたしは何か言いたそうなカトルに笑った。

「入っておいでよ?そんなに遠くにいないでさ」

「あ、う、うん」



2人でゆっくり話すのは久しぶりな気がした。

そんなこともないのに、ベッドに腰掛けたあたしは、何だか落ち着かなくてそわそわしてしまう。

それを感じたのか、カトルは膝に両手を置いたまま身じろいだ。

「あのさ、そんな緊張しないでもらえると…」

その言葉にあたしはびっくりして、本当に飛び上がった。

「わ、わぁ!そう、そうだよねっ変よねっ」

びょんと跳ねたあたしを見て、カトルは目を見開いて笑い出す。

「ぶっ…あっははっ、変な奴だなぁ!」

ひーひー言って転げる彼に、あたしはむくれた。

「何よカトル、自分だってカチカチだったくせに」

「あはははっ、そうだよな、俺も馬鹿な奴だよなぁ」

言いながら、ずっと笑っている。

あたしはなんだかほっとしてその隣に座り直した。

やがて落ち着いたカトルは、いろんな事を話してくれた。

ルーシアの気持ちのこともだ。

「俺さ、リアが大好きだけど…だからってルーシアの気持ちを拒絶したくなかったんだ。あいつの気持ちはわかるし、だから対等でいたかった」

さらりと言って、カトルの手はそっとあたしの手を握る。

「聞いて…。本当は、リアをとられたらって思うと胸が詰まるんだ。ルーシアには強気で大丈夫って言ったけど、やっぱり心配だし不安になるぜ?でも…俺、もっとリアに好きになってもらいたいから、だから頑張るから」

カトルを見ると、驚くほどすごく近くに彼の瞳があった。

はっとする程綺麗なエメラルドの瞳は、キラキラと光っていて、吸い込まれそうだ。

「…リア、好きだよ」

吐息がかかるほどすぐそばで、カトルが優しく囁く。

あたしの手を握る手に、彼は少しだけ強く力を込めた。

瞬間、まるで爆発したみたいに急に心臓が跳ね上がった。

ばっくんばっくんいうのと一緒に、かぁーっと身体が熱くなる。

うわ、うわわ。

「…」

カトルは反対の手をそぉっとあたしの頬に添える。

目を反らせないあたしを、彼は真剣な顔で見ていた。

こ、これ、これって!

「…嫌?」

急に囁くカトルに、あたしは驚いて目をつぶり、首を振る。

「ふ、だってすげー切羽詰まった顔してるぞ」

「だ、だって…!」

言いかけたあたしの唇をカトルが塞いだ。

…!

目を見開いたあたしの目の前に、カトルの顔。

閉じた瞳。

睫毛が頬に影を落としている。

一瞬だったのか長い時間だったのか…カトルはぱっと離れると笑った。

「俺、ずるいな。ルーシアと対等って言いながら」

その時の少し照れて、でも嬉しそうなカトルに、あたしは胸がぎゅーっとなったのを感じて、飛び付いてしまった。

「う、うわ!」

「カトル…好き!大好きっ…あ、あたし…あたしも、二人が対等でいてほしい。でも…でも、あたしはカトルが…好きだよ」

「……」

必死で見上げたあたしを、カトルはぽかんと見ていた。

でも、その顔がみるみる赤くなる。

「や、や、やばい…か、可愛い…」

「え…。ひゃあ!」

カトルは我慢出来ないとばかりにあたしを強く強く抱きしめ、耳元で言った。

「リア、あんな力があるだろ?だから、守りたいなんて言えないなぁって考えて

て…。それに俺、今日助けてもらっただろ?情けなくて、あ、ありがとうも…言えなくて…。でも…うう、駄目だ。好きで好きで…」

その身体はあたしと同じで熱く、どきどきと胸が鳴っている。

あたしは腕の中で、嬉しくて半泣きになりながら笑った。

「やだなぁ、カトルったら…馬鹿なヤツ!…カトルはいつも、あたしを…守ってる」

「馬鹿かぁ…はは、ほんとだな。…さんきゅ」

優しい優しいカトル。

あたしはとても幸せだった。

「ルーシアはさ、多分、あたしとカトルを二人きりにしようとしてくれたんだね」

「え?」

「カトルがルーシアの前であたしを長く抱きしめたりしないの、ルーシアは気付いてるんだから」

言うと、カトルは突然がばりと身を引いた。

「うえ!?」

変な声をあげる彼。

さらさらの黒髪をがしがししてから、カトルはキッと顔を上げてまたあたしを抱きしめた。

「や、止めるっ!そんな気使って、二人の時にこんなことするの、馬鹿だよなっ」

「あは、馬鹿だね」

ルーシアがカトルに馬鹿な奴と言ってたのを思う。

ルーシアも優しい。

あたしがカトルを選んだのを、彼はよく出来ましたと言った。

ルーシアの気持ちを思って、切ないような、嬉しいような、不思議な気持ちになる。

きっとルーシアもこんな気持ちなのだろう。

「遠慮なんかしないからなルーシアっ…これからは本気でリアをとられないようにする!」

ここにいないルーシアに宣言し、カトルはもう一度あたしの唇に唇を寄せた。

あたし達は笑い合って、互いの手をぎゅっと握った。


恐いものなんて、何もなかった。



ご飯が出来たと呼ばれ、あたしとカトルはルーシアを呼びに行ってからダイニングへと向かった。

そして列んだ夕飯を見て、あたしは歓声をあげてしまった。

だってだって、白いご飯、お味噌汁!

煮物やお浸し、竜田揚げ。

これ、和食だぁ!

「うわぁ!うわぁぁ!」

何だか懐かしくて。

あたしはダグラスさんの奥さんに言った。

「美味しそうです!嬉しいです!」

奥さんはそれを聞くと笑い出した。

「嫌だ、あんたったらユリそっくりだね!なぁに、娘なの?あっはは!」

「ええ?」

「ユリもこれ見た時、懐かしいわ!嬉しい!って言ったのよ、やぁね、ホント笑っちゃう」

さぁどうぞ、と言われて席につく。

そっか、ユリさんもこれ見て嬉しかったんだ…。

そう聞いたら、なんだかじーんとする。

「なんで嬉しいのー?」

ルーシアがあたしの左隣に座りにこにこと言う。

「好物なのか?」

右隣りにはカトルが。

「あたしとユリさんのいた場所のお料理なのよ。食べてみないとわからないけど、匂いも同じだし。…あぁ、でも何だか懐かしいなぁ」

うっとりしているとお箸が運ばれてきた。

漆塗りみたいなお箸だ。

ずっとフォークやナイフだったし、あたしはそれにも心が弾んだ。

「お箸まで!」

にこやかに見ていたクシィさんはじゃあ食べましょうと言うと、ダグラスさんや奥さんを見てから手を合わせた。

「いただきます」

「いただきます!」

食べ始めて、すぐに気が付く。

お箸に、カトルとルーシアが四苦八苦してるのだ。

あたしの手元を見ながら、二人は顔をしかめて必死で真似ている。

「…」

あたしは手近にあるお豆にお箸を延ばしてそれを摘んで見せる。

二人はそれを見て我先にと自分のお豆を摘みにかかった。

「…お、おぉ…。どうカトル!摘んだよー」

「ええっ、お、俺だって…っく、ほら!」

「カトル摘んでない!乗せてるだけじゃない」

あたしが言うと、摘んだお豆を口に運ぼうとしてたルーシアのお箸からそれがぽろんとこぼれた。

「うあ…」

「あはっ二人とも下手くそだぁ」

笑うと、見ていた奥さんもクシィさんも笑う。

「みんな最初はそうなのよ、特殊な物だから。フォーク出しましょうか?」

「い、嫌だっ!俺は頑張る!」

不満そうにカトルはお箸を握り直す。

それを見たルーシアがにやりとした。

「じゃあご飯後のリアちゃんとの特訓を賭けよう。カトルが勝ったら、カトルも一緒!俺が勝ったら秘密の特訓しちゃうからねー」

「望むところだ!」

二人はお互いを見て火花を散らした後、すごい勢いでお箸を使い始めた。

「早く食べ終わった方の勝ち、使っていいのはお箸とお椀を持つ左手ね」

クシィさんがにこにこ付け足す。

あたしはため息をついた。

「く、クシィさん~勝手に賭けられたあたしはどうしたらいいんですかぁ」

クシィさんはそれを聞くと、優雅にお味噌汁を飲んで言った。

「勝って当然のリアちゃんが負けたら、1時間リアちゃんと二人きりの時間をあげればいいのよ!」

「え、えぇ!?」

「ほら、負けられないわよぉー?」

カトルとルーシアはあたしを見ると、もぐもぐしながら言った。

「リア!負けないからな!」

「リアちゃーん、約束だよー」

そ、そんなぁ!

クシィさん、絶対楽しんでるー!

あたしは必死でおかずを口に運び、ご飯を食べ、お味噌汁をすすった。

二人きりが嫌なわけじゃないけど…だって、負けたら悔しいもん!



「ご馳走様でした」

優雅にお箸を置いたあたしは二人をにっこり見回した。

「ふふーん、あたしが1番ね」

「く、くそー!リアは1番で当たり前じゃんか!」

「……」

カトルは悔しそうに言ったけど、ルーシアは何も言わずにもぐもぐと食べ続けている。

「あ!ルーシア、お前返事くらいしろよな!うぅ、俺だって!」

カトルも留めていた手を動かし出す。

それを見て思った。

…ルーシアが勝つなぁ、と。

まだぎこちないカトルに比べ、ルーシアのお箸はすいすいしているのだ。

彼はハープを奏でるし、その分器用なのかな。

あたしはそのままでいいという奥さんに甘えさせてもらって、席を立った。

「特訓の準備してくるね」




ご機嫌なルーシアはあたしの剣を軽々と弾き、言った。

「リアちゃん、左に隙があるよー」

「は、はい」

ご機嫌はご機嫌なんだけど、剣には容赦がなくてあたしは必死だ。

「意識しすぎて右が疎かだよー」

「ひゃ、わわ!」

突かれてひっくり返ったあたしに、彼は慌てて手を伸ばした。

「ああ!ごめんっ大丈夫?」

「うん…いたた」

ルーシアはあたしの手を引き立ち上がらせて、そのままあたしを優しい笑顔で見ている。

わわ。

そんな顔されると急に意識してしまう。

あたしにはカトルがいるけど、ルーシアだってそんなことわかってるのだ。

「決めたんだー」

「えっ?」

「大好きだよ、リアちゃん」

「…!」

ルーシアはにっこりすると、いきなりあたしをぎゅーっと抱きしめた。

「ひ、ひゃああ!ちょっと、ルーシア!?」

「カトルの宣戦布告、受けてたつよー。遠慮は一切しないからね」

「!」

あたしは驚いてルーシアを見上げた。

カトル、ルーシアに宣言したんだ!

「…なーんてねー」

ぱっ。

「えっ」

ルーシアはあたしから離れると、どきっとする程真剣な表情で言った。

「リアちゃんを困らせたくない。だから俺は今まで通りだよ。でもこうやって二人になったら、少し甘えちゃうかもしれない。…だから」

ルーシアはあたしの右手を取り、ひざまずいた。

「誓わせて。俺はリアちゃんが好きだよ。でも、リアちゃんが嫌がることはしない」

長いオレンジの髪に映える、燃えるような紅い瞳。

「そばにいさせて、俺の気持ちが落ち着くまでは」

それを聞いた時、突然涙が溢れてきた。

「ええ、り、リアちゃん!?」

「や、やだなぁ…。ごめんなさいルーシア…あたし、ルーシアの気持ち考えたら…急に」

さっきは、切ないけど嬉しい気持ちだった。

でも今のルーシアの気持ちは、あたしには想像もつかなかった。

ルーシアの目線に合わせるように、あたしもしゃがみ込んだ。

ルーシアは戸惑った様子で泣いているあたしを見ていた。

「わからないの…ルーシアは嫌じゃないの?辛くないの?ルーシアが辛いのは嫌だよ…。でも…うぇぇん」

「わ、わ、リアちゃんっ…な、泣かないで」

一生懸命あたしを慰めようとするルーシアは、あたしをどうにか座らせ、やがてハープを取り出した。

奏でる曲は幸せな音色に、どこか切ない音が混ざっている。

胸が苦しくて、苦しくて、でも明るい曲調で。

ルーシアは小さく言った。

「俺の気持ちはこんな感じ。幸せそうでしょ?」

あたしは泣きながら、張り裂けそうになる胸を押さえた。

幸せそうなのに、こんなに苦しい。

自分ではわからないのだろうか?

その曲は突然ぷつりと終わった。

「…カトル…」

「……」

まだ瞳からはぽろぽろ涙が落ちていく。

それでも顔を上げたあたしは、カトルが瞳を伏せて立っているのを見た。

「…秘密の特訓なんだから、覗いちゃだめだよー?」

ルーシアはぽろんとハープを鳴らして笑う。

でもカトルは黙っていた。

「…あ、あのさ…。そんな顔しないでよー二人とも。俺は二人とも大好きなんだからさー?」

さらに取り繕いあははと笑うルーシア。

それでもカトルは何も言わず、沈黙が辺りを包む。

あたしの涙も止まらなかった。

「…ま、参ったなぁ」

ルーシアは手をひらひらさせた後、突然立ち上がった。

「何か来る!」

あたしとカトルははっとした。

微かに足音がしたような気がする。

ここはダグラスさんの家から少し離れた、街を囲む柵寄りの開けた場所だ。

最初、軍に追い付かれたのだと思った。

でも違った。

突然、それはルーシアの背後からひらりと現れ、身を捻ったルーシアの鳩尾に一撃を入れた。

「うぐ…」

膝をつくルーシア。

夜の闇に紛れたそれが人であることは確かだ。

でも、その動きは流れるように自然で、速く、あたしはぴくりとも動けなかった。

カトルは咄嗟に短剣を抜いたけど、首の後ろを一突き。

よろよろっと崩れた。

「っ…」

気が付くと、その人はもう目の前だった。

その手にカプセルの印が見え…あたしは言葉を発しようとしたけど、相手の方が速かった。

その瞬間。

あたしの鳩尾に当て身をくらわせようとしたその人が、びたりと動きを止めた。

「……!」

そのせいか、夜の闇がさあっと晴れたように、その人を見ることが出来る。

目を見開いた驚きの表情に、あたしはまるで誘われるように釘付けになった。

月が照らして碧白く浮かび上がったその人は、絞り出すように呻いた。

「り…あ…?」

「…嘘…まさか…?」

「理亜なのか…?」

あたしは息が詰まるのを感じた。

少し髪は伸びていたし、身体は引き締まったみたいだ。

でも、その声も、表情も、あたしは全てを知っている。

「兄さん…!?」



運命はあたしを翻弄していた。

状況も感情も、周りは目まぐるしい速度で変化していく。

その変化の波に飲み込まれまいと必死にもがくのに、意思とは別にまるでそうあるかの様に流されてしまう。



意識を失ったカトルとルーシアをダグラスさんの家に運び込んだあたしと兄は、街にある酒場の隅に陣取り、話していた。

…どちらかといえば細身だった兄の腕は引き締まり、随分日に焼けた気がする。

服はといえば、あたしと似たような鞣革の鎧に、しっかりした革紐のベルト。

さっき見えていた右手の甲のカプセルの印は、指先が出る革の手袋で隠している。

内側には生地の厚めな白っぽい服を着込み、下はジーンズに似た色合いのズボンをはいていて、さらに銀色の金属で出来た膝当て付きのロングブーツだった。

腰にはダガーが2本あるだけで、ずいぶん身軽そうな格好だ。

あたしと同じ茶色っぽい黒髪は、常に短くしていた3年前より長めになっていたけど、全体的に健康で清潔そうな印象を受けた。

「…格好良くなったね、兄さん」

喧騒は全然気にならない。

あたしの耳には聞き慣れた兄の言葉だけが響いているみたいだ。

「何言ってんだ。兄貴褒めたっていいことないぞ」

兄はそう言いながら、満更でもなさそうににやりとする。

しばらくしてお酒が運ばれ、あたしはこれまでのことを話した。

カトルのこと、エルシアおじさんとユリさんのこと…。

ユーファでのこと、ルーシアのこと、首都、クシィさんとダグラスさん。

「そうか。お前、俺を追って」

驚いたように聞いていた兄は、やがて小さく息をついて肩の力を抜いた。

「…父さんも母さんも、もっと視野を広げるべきだったんだよ」

カラカラ、と氷を鳴らして、兄はお酒を飲み干した。

「悪かったな、俺のせいで1番辛い目にあったのは理亜だ」

何て言ったらいいのかわからないけど、と困った顔をする兄は、昔のままだった。

「いいの、あたしが追い掛けてきただけだもの。…おかしいなぁ、たくさん話したいことあるはずなのに…」

自分の髪をくしゃくしゃすると、彼は笑った。

「俺なんて、まだお前が幽霊みたいに思えるぞ」

「ええ!ひ、ひどいよ。あたしもう3年も頭使っていろいろたどってきたんだからね!」

言ってから、あたしは付け加えた。

「今もこの世界についてはわからないことばっかり。…教えて?ここはどこなの?だいたい、どうして兄さんはあたし達を襲ったの?」

殺そうとしたんじゃないのはわかっている。

カトルもルーシアも気絶してるだけで何ともなかったもの。

空いたグラスにお酒を継いで、兄は真剣な面持ちで宙を見据えた。

「…ここがどこか、か…。RPGの世界には見えないのか?」

「見えない。あたしは…この世界は実在してるって確信してる」

きらり、とあたしと同じ茶の瞳が光った気がした。

「…聞かせてもらってもいいか?その確信」

「うん」


……


話し終える頃には、兄はお酒を飲む手を止めて真面目に聞いていた。

あたしの仮定に、彼は何も口を挟まずに黙っている。

「…って感じなんだけど…」

「…そうか、うん。…成る程な。確かにいい線だよ。でも根本が…」

ふと兄が視線を巡らせた。

あたしも見回そうとした時、彼は素早くあたしの目線にお酒のビンを突き出した。

「マスター、おかわり」

「はいはい」

カウンターから太っちょのマスターが人懐っこい笑顔で返事をする。

兄はビンを下ろしながら小声で言った。

「…あんまりキョロキョロすんな、軍の人間がいる」

あたしは驚いて身を屈めるようにして聞いた。

「あたし達を追ってきたのかな…気付いてない?」

「あぁ、大丈夫みたいだ」

返事を聞いてほっとした時、ふと思った。

「軍はカプセルの居場所を把握してるみたいだったけど…兄さんは登録したの?」

すると兄は大袈裟に肩を竦めてぱちりとウインクをした。

「まさか。俺は各地のカプセルが狩られたりさけずまれたりしてるのを助けてまわってるんだ。…登録なんてしてもしなくても狩り対象さ。…まぁ本来の目的は別だけど」

本来の目的…?

聞こうとすると、調度お酒が運ばれてきた。

その時ちらりと盗み見ると、成る程、反対側の隅に、首都で蛙の様な男が着ていた濃いブルーで袖に白いラインが入った軍服姿の男が2人いた。

「袖のラインと胸の階級章が階級を表してる。袖のラインが少ない程上位だ。隊長クラスが1本、その上は金のラインになる。…あいつらは白3本だから中の下ってとこだな」

「うわぁ、そうなんだ。…気付かれてないみたいだし、ダグラスさんのとこに移動する?」

たしか蛙男は白が1本。

つまり隊長クラスだってことだ。

あんなのが隊長だと思うと嫌気がさす。

「…いや、その前に言っておきたいことがあるんだ」

その雰囲気が、胸の奥をざわつかせ、知らず拳を握った。

兄は声を落とし、自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぎ出した。



この世界は本物、現実のものだ。

魔物の長を倒すのが目的なのはわかってるだろ?

俺達カプセルはまさにその為にここに送られた。

でもそれはカプセルが…俺達の世界の人が起こしたミスからじゃない。

この世界の人間のミスからなんだよ。


…そもそも、魔物の長は何か。

元はこの世界の人間だよ。

そして…理亜、よく聞いて。

それは、俺達を「創った」人間だ。




「…え?」

間の抜けた声が漏れる。

理解出来なかった。

今、何て言ったの…?

創った…?

「カプセルを…えーと、この世界の、あたし達のこの身体を創ったってこと?」

兄はゆっくり首を振る。

あたしは自分の身体が冷えていくような気がした。

「言葉通りだ。俺達カプセルが…俺達の方が、元々『データ』なんだよ…。実在しない、ただの作りものなんだ…」

「あたし達が、データ?…え、でもあたし達はちゃんと生きて…」

「俺達が、データの世界で生きてただけさ。現実だと思ってただけ…言うなればAIだ」

「まさか?だってちゃんと生きてた。死んだりも…」

「そう、俺達は生きてたさ。俺達が現実と思ってるあの世界ではな。…でも理亜、お前は答に近い。自分で言ってたろ?記憶の操作なんて、普通の人間に出来ると思うか?」

…っ!

言葉を失う。

あたし達が…この意識が元々データなら、それは出来ると言ってるのだ。

ただデータを書き換えればいいのだから…。

「でも!もしあたし達がデータなら、普通の人だって同じ様にデータ化出来るんじゃないの?」

「そこだよ。魔物の長はデータになりたかった。理由は…俺にもわからない。…でも、元々データで出来てた俺達と、普通の人間じゃ違いすぎたんだ。普通の人間をデータ化するのは難しすぎた…。だから、魔物の長はまず他の生物で実験を始めることにした」

あたしははっとした。

「…じゃあ、魔物は…この世界の生き物をデータ化する実験で生まれたってこと…?」

「そう。あれは実験台達さ。何から説明したらいいか…魔物の長は元々、ここよりずっと文明が発達した場所の人間なんだと思う。彼によって俺達の世界は創られ、彼の与えた歴史や文化を経て、俺達は進化していった。…創った理由はわからないけど、きっと育成ゲームみたいなものだったんじゃないかな…」

そんな。

そんなことって。

そう考える一方で、あたしは冷静にログインカプセルが空から降る様を思い浮かべていた。

空からじゃないと、カプセルをこの世界に落とせないってことだ。

「…じゃあ…空…宇宙に、研究所があるの…?」

「そうだ。彼の巨大な船が浮いていて、そこからログインカプセルが降るんだよ」

兄は留めていた手をまた動かし始め、お酒を煽る。

「長は、自己のデータ化の失敗を恐れていた。そこで、失敗した場合の保険として、自分が育てた存在…自分がなりたい、データで出来た人間に、RPGを創るよう指示したのさ。失敗したデータを処理するために。…それが初期開発者の2人だ」

そしてひと呼吸おくと、彼は意を決したように呟いた。

「長はデータになった…データ化は失敗し、長は凶暴な魔物になってしまった。初期開発者の2人は預言者を名乗り、カプセルが降ることをこの世界に知らせてからRPGを始動した。そして…俺がお前達を襲ったのは、そこに魔物の長がいるからだ」


「…魔物の長がいる?」

どういうことかわからずに聞き返したあたしに、兄は言った。

「お前といる二人のどちらかが魔物の長だ」

「え、ええ?何言ってるの…そんなはずない!だって二人とも歳はそんなに変わらないよ?魔物の長はもっと昔に生まれたんでしょう?」

「外見は若いだろうな。…彼は、生まれ変わったはずなんだ」

もう何がなんだかわからない。

情報を処理仕切れないあたしを見て、兄は説明を始めた。



何年も前、運命に抗うカプセル達は、魔物の長を追い詰めた。

しかし自己のデータ化に失敗して凶悪化した魔物の長はデータで出来た魔物を生み出せる力があり、それ以上は手に負えなかった。

それでも、着実に長は弱っていった。

…しかし予期せぬことが起こる。

長は自分の意識のデータを、どこかに飛ばして逃げたんだ。

そこに残った身体は、ただの抜け殻になった。

運命に抗うカプセル達はその身体を「還し」て、長の意識は二度と戻れなくなった。

そう、戻れない…つまり倒したと…それで終わったと、みんな安堵したんだ。


でも違った。

ある人のデータの身体が、その意識を「赤ちゃん」として宿してたんだよ。

カプセルの身体はログインカプセル内で生成されるけど、あくまで造られた身体だから子供を宿せないように出来ている。

だけど、もう一人のデータを組み込むことで例外が起こったんだろう。

残っている魔物を駆除していた運命に抗うカプセル達は、カプセルが子供を産んだという噂を耳にする。

それが長じゃないかと疑った人達は、独自に研究をすることにした。

その頃、世界ではカプセルが忌み嫌われ始め、俺達の世界でもRPGが危険視されるようになって研究が滞り出したんだ。

…おかげで、それが長だとわかるまでこんなにかかってしまったってわけさ。


…あたしは息を飲んだ。

カプセルは、子供を宿せない…?

その言葉は心臓をえぐり出すような響きだった。

つまり、ユリさんとエルシアおじさんの子供が出来るはずがない…。

それは、カトルが魔物の長だと言っていることになるのだ。

そんなの、信じられなかった。

「兄さんは、魔物の長を、どうするつもりなの?」

「記憶が無いのかわからないけど、まだ暴れてはいないみたいだな…その間に消えてもらうよ。運命に抗うカプセル達はそのためにいるんだから」

「…で、でも。もし普通の人として生まれ変わってたら?」

「それも考えられてたさ。でも、芽は摘まないといけない。魔物の長として覚醒する可能性が0でない限り」

「そ、そんなの…」

「理亜。この世界は守らなくちゃならないんだ。俺達は、俺達を創った人間の過ちを正す力がある」

あたしははっとした。

自分が熱を持った時のことを思い出したのだ。

あの状態になれば、どこを狙えば「還す」ことが出来るのか、あたしにはわかる。

「…その顔だと、お前はもう力があるんだな?」

「そ、それは…」

あれが力でないとしたら、なんだというのか。

あたしは頭を抱えるようにして唸った。

「…でも、使えない人もいるよね?」

「…あれはカプセル全員に与えられた力だ。データで出来ているなら急所が見える。感情とリンクして使える、そうだな…、魔法みたいなものなんだろうな…。与えられていても、使えない人も多いし」

「……」

あたしは兄の言葉に黙り込んだ。

あの力が長を倒す力だとしても…それをカトルに使うなんて出来ないよ…。

だって、カトルは…カトルは、優しくて愛しい、あたしの…。

兄は黙ったままのあたしを見つめた後、言葉を続けた。

「…ただ、俺にはお前といた二人のどっちの急所も見えなかった。もしかしたら勘違いで、どっちもカプセルの子供じゃないかもしれないな…。何か知らないか?」

「…そ、それは…」

「……。お前、どっちが長か知ってるな?理亜。まあいいさ、一緒に旅して来たんだ…戸惑うだろうしな。自分で確認する。行こう」

「……」

止めることが出来なかった。

あたしはただのデータ。

あたしは「理亜」をロールプレイしているだけなのだ。

ずっと自分だと思っていた意識は、そうあるように造られた記号の集合体…。

苦しくて泣きたいこの気持ちも…そう感じるように書き上げられたもの。

…そんな、そんなのって、酷すぎる…。

こんな真実、あたしは知りたくなかった。


お読みくださってありがとうございます。


順次更新しますので、

お付き合いいただければ幸いです。


かなり前の小説で、

いわゆる異世界ものは流行ってなかった頃です。

今の流行では知識面などもかなり深くて、

自分の知識と語彙力の無さをしみじみ。


こんなお話にお付き合いいただいてくださる皆様には、

重ねて御礼申し上げます。


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