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 さて、まずどこから話そうか。

 俺は学校の帰宅途中、猫を見かけたんだ。そう、猫だ。

 何故かこの猫に違和感を感じたのだが、近づこうとした時その違和感の元に気が付いた。目が合った事に心底驚いている、そんな表情をしていたのだ。

 まぁ動物に詳しくないし、猫ってのは目が合うとこういった顔をして立ち止まるクセがある気がする。

 目の前の猫の表情はそれなのだろうと一瞬思ったが、それもおかしい。あの猫はずっとこっちを見ている。最初の驚きは一瞬で、その後は俺を値踏みするようにだ。

 猫ってのは近づくとすぐに逃げると思っていたが、今はむしろこっちが逃げ出したい。それだけ目の前に居る猫は異質な雰囲気を纏っている。


 ゆっくりとこっちに近づいてくる猫。

 毛の色は真っ黒。その毛並みは綺麗で、とても野良猫とは思えないが首輪などはしていない。


「ハロー、こんにちは」


 仕舞いには俺に向かって喋った。こうなるともうドッキリ企画としか思えず、先ほどまで目の前の猫に違和感を覚えていた自分がおかしくて苦笑した。

 見た限りは、結構大掛かりなドッキリ企画だろう。この猫もよく調教されているようだし……実はロボットなのかもしれないが。

 そうなると、仕掛け人は一般人を巻き込んで反応を見るどこかのバラエティー番組か。

 ずいぶん面倒な事をするもんだと、カメラを探して辺りを見回す。


「何してるの?」


 猫が小首をかしげて俺の行動を見ていた、持って帰りたいくらいに可愛い。

 可愛いが反応するわけにはいかない。俺はそういう企画にハマるのがもの凄く嫌いだ。

 昔もそんな事があって――まあいいか。

 なんか段々イラついてきたので、一刻も早くこの状況の種明かしをしなくてはと思い、さっきより怪しい場所に向かって視線を送り続ける。


「な・に・し・て・る・の?」


 猫も俺が反応しないことに対してイラついてきたらしい。

 若干毛が逆立ってきている気がする。

 カメラは見つからない。前じゃなくて後ろ側にあったのかな、などと思いつつ、もう猫を無視して帰ろうとした矢先。


「何してるのって聞いてるでしょ、無視するなっ!」


 勢い良く飛び上がった猫が、凄いスピードで俺の顔を引っかいた。


()っ!」


 ここまでやられると、ドッキリだろうがもう冗談じゃない。頬の辺りに若干の痛みと、ほんの少しだろうが出血していると思われる不快感。

 俺はこの猫をどうしてくれようかと怒気の混じった目で猫を見下ろす。

 猫もずっと無視され続けて怒っているらしい。全身の毛は逆立ち、二本(・・)の尻尾もピンと張られている。


 そもそも、何故今まで気付かなかったのか。

 もしかするとコイツは最初、「目が合った事」ではなく、「自分が見えた事」に驚いていたのかもしれない。

 この怒れる猫の尻尾は二本あった。近所の悪ガキなんかが遊びでつけたようなニセモノの尻尾ではなく、見てすぐに判る本物の黒い尻尾。

 二本尻尾がある猫なら聞いた事がある。確か、猫又(ねこまた)とか言う妖怪だったか。


「何見てるのよ!」


 無視するなと言われ、今度は見てる事を咎められ。どうすりゃ良いんだ。


「お前が話しかけて来たんだろうが」


 怒れる猫に対して呟くと、逆立っていた毛は一気に落ち着きを取り戻した。ああ、そう言えばそうかといった具合で。

 しかししばらく視線を泳がせた後、俺を見て猫は言い訳をする。


「だって無視するんだもん」


 全く悪びれた様子の無い、むしろ音符マークすらつきそうな声色だった。

 なんかもう、コイツ尻尾持って投げ飛ばしてしまっても良いんじゃないだろうか。

 そう思って猫に手を伸ばす。

 ……が、猫はその行動が判っていたかのようにするりと俺の手を避けると、わざとらしく優雅に歩きながら俺の隣まで来て止まる。


「で、なに。キミは私がちゃんと見えてるの?」

「まあ黒猫だって事は判った」

「そうじゃなくて……はぁ、さっきっから意思疎通が取れてるって事は見えてるのね」


 なんかすっごく呆れられている気がする。猫に。

 どうやらドッキリの類でもないらしいし、色々ととぼけるのはやめにしよう。


「っていうか、キミ逃げないんだね。私としては話しやすくて助かるけど」


 確かに猫又に話しかけられている現状、普通なら真っ先に逃げてもおかしくないのだろうが、あいにく俺は普通じゃない。

 別に大した理由ではないのでそれは置いておくが。


「そのなんだ、一応慣れてるからな」

「……ふーん」


 訝しげな視線を向けられた。

 おそらく妖怪の類なのだろうが、見た目は猫だ。猫からそういった視線を向けられると悪戯心がわいて来る。


「猫と話す事に」


 と、わざと言い放ってやった。

 猫は、おそらく俺の見る限りだが狙った通りイラッとしたのだろう。見た目どおりプライドが高いようで、猫呼ばわりは嫌らしい。

 前足を片方出しながら一瞬動きが停止して、彫像のようなポーズを取った。

 その体勢に思わず吹き出した俺を、猫は無表情で咎める。

 むくれたりしているわけではない、無表情だ。とにかく無表情でこちらを見ている。

 怖い。この無表情の裏では何を考えているのだろうか。怒りのオーラのようなものがこの猫に集まっている気がしたので、とりあえず謝ろう、そうしよう。


「すまん、言いすぎた」


 猫はその言葉を受けて少しだけ怒りが和らいだのか、無表情は止めてくれた。

 しばらくお互いに黙っていたが、猫は口を開く。


「猫ね、猫。そう、猫よ……」


 その呟きに狂気じみたものを感じる。

 そんなにも猫呼ばわりされるのが嫌なのだろうか。見た目はどう見ても猫なのに。


「逃げないから話しやすそうな人だと思ったけど、話の通じないムカつく人ね」

「そりゃどうも」

「ああ、もう! 口を開かなくていい!!」


 そう言われると何かしらの方法で喋りたくなる。俺はひねくれてるからな。

 とりあえず、手始めに口を開かずにもごもご言ってみた。


「……やっぱ開いていい」

「そうか、助かる。喋れないと不便だからな」


 猫はあっさり折れた。バカバカしいと思ったのだろう、俺もそう思った。

 ただ、そのやり取りで猫の怒りは僅かながら収まってくれたようだ。

 そもそも俺が蒔いた種ではあるが。


「自己紹介をさせてもらうわね。猫のユカよ」


 何故かいきなり自己紹介を始めたユカと名乗った猫は、猫呼ばわりされていた事を根に持ったらしい。

 『猫』の部分だけ特に強調して、言い終えると同時にそっぽ向いてしまった。


「あー、いや本当すまん。何度も猫呼ばわりしたことは忘れてくれ。魔が差したんだ」

「……別に、私も見た目は猫だし。許したげる」


 二本の尻尾を強調するようにこちらに向かってひらひらとさせた後、こちらに向き直る。


「それじゃこれから先しばらく厄介になるだろうし、改めて自己紹介させてもらうわ。"死神"のユカよ」

「は?」


 我ながら凄く変な声が出たと思う。

 だってアレだ、一言のうちに突っ込みたい事が二つも入ってるとは一体どういうことだ。

 いや違う、三つだ。コイツは猫又じゃなかったのか?


「待ってくれ、いきなり何言ってるのか理解できなくて整理が追いつかない」

「そう? 何が判らないのか教えてくれれば答えるわよ」

「死神っつったよな、それはアレか? 人に止めを刺すヤツか?」

「うーん、そうねぇ。一応キミ達にも判り易いように死神って名乗ってるだけだから、そんなもんだと思ってくれればオッケー」

「じゃあ、これからしばらく厄介に、ってのは?」

「言葉通りの意味よ」


 いきなり嫌な事を言い出す。

 つまり、なんだ、俺の命運が尽きたから止めを刺しに来ましたよーって事か。

 急に現れてとんでもない事を言い出しやがりますねこの死神様は。


「じゃあ俺はもう死ぬのか?」


 言って思ったが、もの凄くおかしな質問だ。

 この猫が言った通り死神である確証は無い上に、俺が狙われているなら既にばっさりやられているはずなんじゃないか?

 ああ……さっきの仕返しか。猫だ猫だ言ったから言葉巧みに俺をビビらせようってんだな。

 一瞬で思考を巡らせた俺に対して、ユカは首を振る。


「えっと、予定では死ぬのはキミじゃないわ。全然別の人」


 ユカはそう言って、ピンっと体を張った。頭の上に電球マークが見えそうだ。


「念のため聞くけど、キミの名前は?」

「あー、犬塚だ。犬塚(いぬづか) (ひろき)

「そう。なら全然違うわね」


 どうやら猫呼ばわりしまくった仕返しでは無いらしい。

 ユカは『本物』なんだ。おそらくだけども。

 でも、だとしたら何で俺の所に来たんだか判らない。


「別の人ならその人の所に行けば良いだろ、俺と話してる暇があるのか?」

「うーん、そこなんだけどねぇ……」


 どうやら、考えるたびに「うーん」と唸り、同時に虚空を眺めながら右前足の肉球を口に当てる仕草をするのがユカの癖のようだ。

 狙ってやっているのではないかと思うくらい、その仕草は実に可愛らしい。

 そのポーズをする事約一分。うまい言葉が見つからないのか。

 というか考えるの長い。そもそも猫って頭良いのか? なんて思ったが、目の前にいるユカは死神を名乗っていたし、受け答えもしっかり出来ていた。人間と同じか、それ以上の知能はありそうな気はする。


「暇はあるの」

「え?」


 突然ユカが口を開いた。が、要領を得ない一言で意味が判らない。

 頭上にクエスチョンマークが出ている俺に向かって、ユカは言葉を続ける。


「キミと話してる暇よ。予定までの時間はあるわ」

「ああ、そこか」

「でも、その予定の人の場所には行けないの」


 予定の人の場所には行けない。何か理由があるのだろうが、なんだろうと考える。

 ユカなら、たとえ断崖絶壁だろうが高い山の頂上だろうが行けそうだ。パッと見は妖怪だし、死神を名乗っている以上きっとそれくらいはお手の物だろう。

 まあ、勝手な思い込みだけどな。


 その理由を話す気があるのか無いのか、急にユカが歩き始めた。


「ん、どこ行くんだ?」


 そう聞くと、ユカは「あっちを見ろ」と言いたげに横を見る。

 少し離れていたが、人が見ていた。


「何かまずいのか?」

「……はぁ。キミね、今ただの猫にずっと話しかけてるだけの変な人よ?」


 言われて気付いた。そうか、会った時「ちゃんと見えるの?」とか聞いてきたっけか。

 それにユカはきっと自分がきちんと見えているかどうかある程度は判別可能なんだろう、そうでなければ『ただの猫に話しかけてるだけの変な人』なんて言葉は出てこない。

 つまり、他の人から見たらユカは普通の黒猫になるわけだ。多分。俺はちゃんと見えてるからなんとも言えないけど。

 とりあえずユカの後ろを付いて行く事にする。

 歩いていればあまり人目を気にすることも無いだろう。


「で、ね。その予定している人ってのがまた厄介で、近づけないのよ」


 ゆっくり歩きながらユカは言った。

 近づけない、ねぇ。何が厄介なのか聞いてみようとすると、再びユカが口を開く。


「死神の存在を感知してるのか何なのか判らないんだけどね。どうしても逃げられちゃうの」

「逃げるって、ずいぶん暇人だな。相手は人間なんだろ? 寝てる時とか狙えば良いんじゃないのか?」

「ああ、違う違う。物理的にじゃないのよ、なんて言えば良いのかなぁ」


 ユカはキョロキョロと辺りを見回して、土が露出しているしている場所を見つけるとその上に立った。

 そのまま前足を器用に動かして爪で円を描く。

 そして、そのまま円にくっつくように外に「く」の字を描いた。


「こんな感じ」

「判るか」


 バッサリ切ってやった。

 なんとなく言いたい事は判らないでもないが、説明があまりにも適当すぎる。

 要するに判らん。

 ってか、そもそもこの絵を見る限りだと物理的に近づけないようにしか見えない。いわゆるバリアーみたいに見えるし。

 そうなると物理的にではないと言ったユカのセリフとは異なってしまう。


「まぁ、死神が手を下しにくい存在なんだって思ってくれれば良いわよ」

「ふーん。で、それを俺に言ってるって事は俺と何か関係あるのか?」


 一番の疑問であった事を尋ねる。

 何でユカは俺にそんな事を喋っているのか。

 しばらく厄介になるって言ってた事とも関係しているのだろうか。


「うん、すっごく関係ある」


 その口調は強かった。

 ユカはそのまま何か考えたそうだったが、歩きながらだから前足を口に当てられないのだろう。ユカが虚空を眺める。

 もの凄く嫌な予感がする。

 死神が手を下しにくい相手が居て、俺と死神がコンタクトを取れて、更にすっごく関係あるの一言。

 ああ、これはなんか色々とまずいヤツだな。絶対厄介ごとだ。


 思えば最初に喋る猫を見た瞬間に立ち去れば良かったんだ。

 ……いや、どうせユカは追っかけてくるか。

 他の人が俺らを見ていた時、その人に対してユカは自分が猫又だと絶対に知られていないと思われる態度をとっていた。

 つまり、俺みたいにユカを見える存在は稀だと言う事なのだろう。


 いやでも、その稀に見える人間だからと言ってこんなにグイグイ話しかけてくるだろうか。

 話してて判ったが、ユカはきちんと物事を考えるタイプだと思う。

 現に何度もあの考えるポーズをしていたし。

 でも別に俺の事は知らないようだった。つまり、こうやってユカと話せる存在っていうのは、稀どころではなく極稀なのだろうか。


「……ねえ、聞いてる?」


 ユカの声で集中して考えていた俺は現実に引き戻された。


「いや悪い、聞いてなかった」

「じゃあもう一度言うね」


 回りくどい事を言っても仕方ないと判断したのだろう。

 さっきは短い言葉を一言だけ喋っていた気がする。

 しかしさっきも思ったが、その嫌な予感が強くなる。ユカの顔が若干真面目になったからだ。


「その対象の人を、キミが殺して欲しいの」


 ほらな、やっぱりすっげー厄介事だ。

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