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「できるか、んな事!!」


 ユカの一言に思わず叫んだ。

 やべっ、と思って辺りを見回す。どうやら人は居ないようだ、良かった。

 いきなり誰も居ないところに向かって叫んで、残念な人を見るような目で見られていたらたまらない。


「もちろん、私も死神としてそれなりの便宜は図るわよ?」

「いや、明らかにそういう問題じゃないだろ」

「そういう問題なのよ」


 ふふん、と鼻を鳴らしてユカはふんぞり返る。

 コイツは人間の倫理観をどこまで知っているのかと頭を抱えたくなってくる。


「じゃあ便宜を図る、って具体的にどういう事だか聞いて良いか?」

「うーん、貴方が手を下しても、『何らかの事故が原因だった』って事ぐらいにならできるわよ」


 ああ、凄いな。完全犯罪じゃないか。

 つかそんな恐ろしい事できるのか。……できるのか?


「おかしいだろ。他の人が見てたらどうなるんだよ」

「そりゃもちろん、誰も見てない所でやらなきゃダメよ」


 そりゃそうか、流石に現場を見られたらどうしようもないか。

 ……って、何を本気で考えてるんだ俺は。例えどんな事があっても、人を殺すとかそう言った事ができる訳ないだろ。

 そういった度胸があるわけないし、そもそも度胸とかという問題じゃない。人が人であるために、だ。

 今までもこれからも、とにかく俺はまともに暮らしたいんだ。

 

「俺には絶対ムリだ。それだけは言える」


 確信を持って言える。やられない限り、こっちからは人に迷惑をかけない、これは俺の信条だ。

 天と地がひっくり返っても、ってのは言い過ぎか。でも多分、そんな状況でも人に迷惑はかけないようにすると思う。

 草食系、大いに結構。厄介事に首を突っ込むくらいなら、草食系を貫こうじゃないか。

 もちろん、やられない限り、な。


「でも、その人が死ぬのは確定してるのよ? こっちも仕事だもの」


 俺が顎に手を当てて考えていると、ユカは塀の上に飛び移って歩く。真面目な話をしているのに、ユカは楽しそうに塀の上を歩いている。

 しかし、なぁ。

 死が確定しているのに俺を頼る必要があるのか? そう思うと、どう考えても怪しさがぬぐえない。

 何か裏でもあるのではなかろうか。考えすぎだと思うが、俺は他人を陥れる事ができない事を知りながら接触し、何らかの理由で邪魔だから監視したいとか?

 そう思った矢先、先手を打たれた。


「貴方に頼むのは、それを更に確実にしたいのと、辻褄合わせを防ぎたいってのがあるのよ」

「辻褄合わせ?」


 思わず聞き返してしまったが、なんとなく犯罪に加担してる気分になってきた。

 人の生き死にがどうとか、できるなら聞きたくない話題だ。もう明らかにタイミングを逃してしまっているが、ユカを突き放して帰ってしまいたい。

 だが、どうせユカは突き放そうがなんだろうが俺の家まで突入してくるだろうな。飄々とした態度とは別に、仕事にすごい責任感持ってそうだし。

 ……でも、辻褄合わせか。


「うーん、死ぬ予定の人が死なないと、そのしわ寄せが親しい別の人に行っちゃうのよ。それが辻褄合わせ」


 どこかで聞いた事があるな、運命的な何かとか因果的な何かとかそういったものか。

 他の人間がその『死ぬ予定の人間』の代わりに死んで、本人はその人間の代わりに生きると。

 聞く限り多分そんな感じなんだろうな。


 一度聞いてしまった以上嫌な気持ちではあるが、俺の意見は最初から変わらない。

 できるかそんな事、だ。


「ユカ、悪いけどそう言われても無理なものは無理だ」

「そんな事言わないでよ、お願い!」

「そもそもなんで俺なんだ、無理だって言ってるんだから別の人探せば良いだろ?」

「あのねぇ、キミは知らないだろうけどね、こうやって話せる人は本っ当に稀なのよ。なんでキミが私と話せてるのか判らないくらいね」


 ユカと話せる人は稀なのかもと思っていたが、本当にそうだったようだ。

 しかもユカの口ぶりからすると、この町で話せるのは俺ぐらいとかそのレベルなのかもしれない。……いや、そんな事無いと思うんだけどなぁ。

 でも死神とコンタクトが取れる、か。まっとうに生きたい俺にとって迷惑この上ない状況である。

 たとえ思うように操れるのだとしても、「頼むから大人しくしていてくれ」とか言いそうだ。




 と、そんな事を話しているうちに家に着いてしまった。さてどうしたものか。


 俺の家はいわゆる普通の一軒家だ。

 父さんと母さんが居て、兄貴も居たけど、少し前に一人暮らしを始めると言って引っ越した。昔は兄貴と同部屋だったが、そのお陰で今は俺が二階の一部屋を使っている。

 とりあえず、猫であるユカを家に上げるのは忍びないが、両親は共働きだから、この時間ならまだ誰も居ないだろう。

 できれば猫を連れて帰る事で両親を困らせたくはない。


「聞く必要はないと思うが、どうせ家の中まで入ってくるんだろ?」

「もちろん」


 図々しい事この上ない猫が、当たり前でしょ? といった顔で答えた。

 鍵を開けて家に入る。一応「ただいま」と言うが、やはり誰も居ないので反応が帰ってくることは無い。


「誰も居なくて良かったわねぇ」


 白々しい。おそらく俺の反応を見て誰も居ないと初めから判っていたんだろう。

 そんな事を考えながらユカを見ると、勝手に近くの部屋――リビングへ入っていった。


 そっちじゃないとユカを引き止めてから、俺は黙って階段を登り自分の部屋へ向かう。

 ユカは後ろから付いてきていたが、俺の部屋の前でピタリと急に立ち止まった。

 今までと少し違う空気を感じ、俺はユカを見る。


「そう言えば、男の人の部屋って入った事ないのよね」


 何を言うかと思えばこれだ。

 ちょっとワクワクしている、といった感じの声色を抑える事もせずに言った。

 別に面白いものなんか何も無いだろうに。



 部屋に入ると、ユカはキョロキョロあっちやこっちを見ている。

 本棚に詰まっているマンガや、机の上のパソコンやゲーム機、クローゼットなど。

 しばらく歩き回った後、部屋の中央辺りに座り込んだ。

 俺はというと、自分のイスに足を組んで座る。


「なんか想像してたのと違うわ」

「大方もっと汚れてるとでも思ってたんだろ」

「ご名答」


 よほどつまらなかったのか、けだるそうに答えて大あくびをした。ふん、残念だったな。俺は結構片付けが好きなタイプだ。

 兄貴が散らかしっぱなしなタイプだったので、逆に片付けに慣れてしまったとも言えるが。仕方ないだろ、気になるんだよ。

 そして案の定、ユカは急に話題を変えて先ほどの話の続きをし始める。こっちとしてはその仕事の話をされても困るしかないんだが、この死神様は聞く耳を持たない。


「そう、さっきも言ってたけど辻褄合わせよ」

「何か問題でもあるのか?」

「大問題よ、大・問・題!」


 大振りな動きで問題っぷりを披露するユカ。あ、この格好面白い。

 おおよそ普通の猫が行わないであろう動きをじっくり堪能した後、俺は尋ねる。


「何が問題なんだよ」

「死神の存在理由がなくなっちゃうでしょうが!」


 なるほど。言われてみれば確かに。

 短い前足でうまく頭を抱え込んでいる。どうでも良いがこのポーズも可愛い。

 しかしそうなると流石にどうにもならんよなぁ。

 一応、俺に頼むのは『確実にしたいから』とも言っていたし、きっと辻褄合わせが起こる可能性が百パーセントというわけではないのだろう。

 俺が手にかける事は絶対に無いと言いきれるし。


「何度も言うけど、絶対に俺が人を殺すことは無いぞ」

「わかったわよ……わかったけど」


 ユカも悩み始める、それほど問題なのだろう。しかも俺が役に立たないというオマケ付き。

 もう全身を投げ出して潰れたカエルのようになっている。

 しばらく見てると、また頭を抱えだす。


「期限まではまだあるのよ」


 ユカが呟きだした。嫌な事を考えてそうな声色。なんか危ういなぁ。

 と、いうか辻褄合わせが発生するなら死神は元々必要ないんじゃないか? そう考えて、自分の考えがおかしいことに気が付く。

 各地で辻褄合わせが発生し続けたら、それこそ何があるか判らないような無法地帯になるのか。

 死神ってのが存在している以上、きちんとスケジュール通りに人が亡くなるってのは必須事項なんだろう。

 目の前に可愛いポーズしまくってる本物様が居るから聞いてみる事にする。


「なあ、例えば老衰なんかも死神の手が必要なのか?」


 ユカはごろごろと横に転がり続けていたが、その言葉を聞くと「うーん」といつものポーズを作って考える。俺の言葉の意図を理解したようだ。


「そうよ、必要。もし手を下さなかったら、こっちも辻褄合わせが発生するでしょうね」

「でしょうね、って事は試したこと無いのか?」

私は(・・)ね。聞いた話よ」


 私は、か。死神は各地に沢山居るのだろうか。それはまぁ今の所どうでも良いとして。

 確かにそれなら死神の存在は必須だし、辻褄合わせに問題があるってのも頷ける。人間の倫理観を根本からぶち壊すほどの脅威だ。


「その、他の死神は手助けしてくれないのか?」

「……他に死神が居るのかしら、見たこと無いわね」


 ん? なんかかみ合わないぞ。さっきの口ぶりからすると他の死神と一度は話した事がありそうな感じだったのだが。

 そこを聞いても、またよく判らない答えが返ってくるのだろうか。

 そうこうしている内にユカは本棚の空いているスペースにうまく潜り込む。


「寝るわ」


 キュッと四角くなってしまいそうなスペースでいきなりそんな事を言い出した。寝て、ゆっくり考えを纏めるとかそういうやつだろうか。

 狭そうだが陣取った場所は良い。もし急に親が入ってきたとしても、そこならいきなりバレる事はないだろう。

 どのように考えるにせよ、俺が役に立たないってのは判ってくれたと思いたい。

 

 それにしても辻褄合わせか。ユカの面白い動きを思い出すと少し笑えるが、先ほどの話を聞いた後だと笑えない。

 本当に困っているようだし俺にできることなら手伝ってやりたいが、できない事を押し付けられても困る。



 ユカが寝てからしばらくユカを眺めていたが、本当にただの猫にしか見えない。

 猫の目の瞑り方は、なんとなく半開きでこっちを見ているような気がする。ユカだから尚更か。

 あの寝方はあまり気持ち良さそうに見えないが、心なしかユカ自身は気持ち良さそうに見える。それをじっと見ていたからか俺まで眠くなってきた。

 少しだけ仮眠でもと思って、パパッと着替えた後俺もベッドにダイブした。

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