義弟と交流しました
翌日、朝食の席に出てきたキースは一晩休み、調子は戻ったとのことだった。
私は食事を終えると、早速、キースを誘いに行った。
「今日はとってもいい天気だから、庭を案内するわ。昨日はすぐ休んだから、よく見ていないでしょ」
「あ、はい。ありがとうございます。カタリナ様」
キースは了承してくれたが……とても、他人行儀なその感じに私は頬を膨らませる。
「キース、私たちは姉弟になったのだから、私のことは姉さんと呼んでいいのよ。それから、敬語も使わなくていいのよ」
「……でも……それは失礼では……」
とてもおどおどとするキースに
「もう、姉弟なんだからいいのよ!それに私、姉さんと呼ばれるのが夢だったのよ。ぜひ、ぜひ呼んで頂戴」
目をギラギラさせ、鼻息荒く詰め寄ると、キースはとても驚いた顔して―その後ややぎこちなく。
「……お願いします。姉さん」と言ってくれた。義弟、可愛い。幸せだ。
そうして、キースを引き連れ、庭にでれば、澄んだ青空のとてもいい天気で絶好の散歩日和だ。
クラエス家の庭はさすが公爵家だけあって無駄に広い。庭には小川に池までついている。
「ここの、小川には魚もいるのよ。釣りができるわよ」
「……釣り…??」
小川を覗き込むキースにそういうときょとんとした顔をする。
「そうよ、釣り。やったことないの?」
「…うん」
「では今度、一緒にやりましょう。私、結構、得意なのよ」
「……釣りをしたことがあるの?」
「ええ、キースにも私が教えてあげるわ」
私が得意げに頷くと、キースがとても驚いた顔をする。さっきからキースはこの顔ばかりだ。
まぁ、たしかにカタリナになってからはしていないが、前世ではフナやザリガニで手持ちのバケツをいっぱいにしていた。もちろん今世でも、バケツいっぱいに釣りあげる自信がある。
川の次には私の畑に案内した。
私の畑はあれから、庭師さんや召使さんたちの手を借りてだいぶ立派になった。
いくつか野菜の苗も植えた。
「ここがナスで、ここがトマトなのよ」と畑の作物を紹介した。
今世の野菜たちはほとんど前世のものと一緒なのだ。
「……畑、姉さんが作っているの?」
「そうよ、最初は一人で作っていたんだけど……やっぱり素人がひとりで一から畑づくりするのは大変で、今は庭師さんや召使さんにも一緒に手伝ってもらっているの。収穫できたら、みんなで収穫パーティーをして食べる約束をしているのよ。ぜひ、キースも一緒にしましょうね」
そういってキースを見れば、今日はこの顔が張り付いているのではないかと思う―驚いた顔をしている。
ぽかんと口をあけている可愛いキースを見て、私は彼のゲームでの設定を思い出す。
孤独に部屋にこもり過ごすキース。きっとここに来るまでのキースはほとんど外で遊んだことがなかったのではないだろうか。
キースにもっといろいろなものを見せてあげたい。
「キース。次は私が一番お気に入りの場所に案内するわ」
私はそう言ってキースの腕をつかんで速足で歩き出した。
「ここが私の一番のお気に入りの場所なの」
そういって私は庭の外れにある大きな木を指す。
クラエス家の庭で一番高く大きな木は今世の私の一番のお気に入りだ。
寄りかかって本を読んだり、木陰でお昼寝したりするのに最適なのだ。
そして、なんといっても―
「この木に登ってみる景色が最高なのよ」
そう、この木は庭一番の高さを誇るため上まで登ると、庭が一望できてそれは素敵な眺めを満喫できるのだ。
記憶を思い出すまでのカタリナは、木登りはしなかったようだが、今の私は違う、そこに木があると元野猿と呼ばれた血が騒いで登りたくなってしまうのだ。
この木のことは早々にマークし、畑仕事の合間に上まで制覇したのだ。
「木を登るのですか?」
「そう、木登り。キースはしたことある?」
口をぽかんと開けっ放しのキースに問えば「したことない」と首を振った。
「じゃあ、私が教えてあげるわ。まず、最初に私が登ってみるから見ていてね」
そう言って、私は履いていた靴を脱ぎ捨て、ドレスをたくしあげると木に登りはじめる。
畑用の作業着より今日のドレスは少し動きにくいが、それでもスルスルと登っていく。
前世では裏山に巨大な猿がいると噂されるほどの実力だった。ただ、家族には恥ずかしいからもうやめて欲しいと何度も言われたが……
スルスルと木を登る。
段々調子づいてきてスピードをあげる。
スルスルスルと登る。
木登りの天才と呼ばれた私だが、一つ大きな欠点があった。それは調子に乗りすぎるということだ。
親にも教師にもよく注意された。そもそも前世の死因もそれが原因みたいなものだ。
そして死んで生まれ変わっても……残念ながら、私の調子に乗る癖は治らなかった。
木の中間あたりでだいぶ調子に乗ってきた私は下にいるキースに満面の笑みで手を振った。
ぶんぶんと調子にのって大きく振った。
その結果―バランスを崩した私は……それは見事に木から滑り落ちた。
スローモーションのように落ちていく中、前世の家族の「このアホが~」という突っ込みを思い出した。
ドスンと派手な音を立ててお尻から地面についたようだ。
そこそこの高さから落ちたから無傷ではすまないだろうと覚悟していたのだが……
あれ?あんまり痛くないな。私ってかなり頑丈なのか。
しかも、下の土もなんかやわらかい気がする。
そうして下をみれば……
「キ、キース!?」
可愛い義弟が私のお尻の下敷きになっているではないか!?
しかも、私のお尻に踏みつぶされたまま仰向けで倒れぐったりしている。
「いや~~!?キース死なないで~~せっかく可愛い義弟ができたのに~~~」
ぐったりしたキースを腕に抱き私は号泣した。
昨夜、橋の下に捨ててしまおうなんてひどいことを考えた罰なのか……まさか、このお尻で可愛い義弟を亡き者にしてしまうなんて……私は涙と鼻水を多量に流しながら叫んだ~~
「キース、死なないで~~~」
「………あの、姉さん?」
「死なないで~~~まさか、お尻で義弟を殺してしまうなんて……キース~~」
「あの、姉さん?聞いてる?」
「死なないで~~キース~」
「カタリナ姉さん!!」
突然、大きな声で呼ばれてはっと腕に抱いていたキースを見ると、ぱっちりと開いた青色の瞳と目があった。
「キース!?生きていたのね!!」
感激のあまりキースを強く抱きしめると、腕の中でキースがビクっと固まった。
「はっ、キースどこか痛むの??」
「少し、背中を打っただけだから大丈夫だよ」
そういってキースは微笑んだけれど、どうも様子が変だ。
きっと、私に気を使っているのだろう。
「キース、少しここで待っていてね。すぐに召使さんに来てもらって屋敷まで運んでもらうから」
前世が庶民のため召使さんに付き従われるのに、なれなくてお付を断っていたのがこんなところであだになろうとは……
大丈夫だからとあわてる様子のキースを残して、私は屋敷へと駆けた。
★★★★★★★★★
キースの怪我は背中を少し打ち付けただけで、幸いなことにたいしたことはなく。
赤くなってはいるが、すぐによくなるということだった。
私は土下座せんばかりの勢いでキースに謝ったのだが、天使のような義弟は「姉さんに怪我がなくてよかった」と言ってくれた。その優しさにあやうくまた号泣するところだった。
こうしてキースに許され、お父様や召使さんたちに今後、くれぐれも気をつけて行動するように注意を受けこの一件は終了した。
……と思っていたのだが……
夕食を終えて、自室でベッドに寝転がっていると、なんとお母様から呼び出された。
正直、畑での王子様との婚約からなんとなく避けられているようだったのに、一体なんの用事だろうか。
私はとりあえず、アンに言われるままボサボサになった髪を整え、呼ばれた部屋へと向かった。
部屋に向かいながら私はふと思い出した。
そういえば、ゲーム通りであればカタリナの母である、クラエス公爵夫人もキースにつらくあたるのだ。
夫人はキースを夫の愛人の子だと誤解する。
確かに、キースが屋敷に連れてこられた時に召使さんたちがそのような噂をしているのを耳にした。
キースの青い瞳がお父様によく似ていると。
クラエス公爵夫人であるミリディアナと、クラエス公爵であるルイジの結婚は愛し合っての結婚ではない。
それはこの貴族社会においては珍しいことではないのだが……
今でこそ一人娘にメロメロすぎる残念な中年になりつつあるルイジは、昔はかなりの色男でそれはモテており、結婚を希望する女性は星の数ほどいたとか。
ミリディアナはクラエス家と同等の身分あるアデス公爵家の次女だったが、つりあがった瞳のきつめ容姿にくわえ人見知りで、なかなか縁談が決まらなかったとのこと。
そんなミリディアナをアデス公爵に世話になっていたということで、ルイジが引き取ったというのが二人の結婚のいきさつとされている。
仮面夫婦というほど仲が悪いわけではないが、二人の間がなんとなくよそよそしいのは娘のカタリナも感じていた。だからこそ、父とよく似た青い瞳のキース少年をみて、屋敷では旦那様の愛人の子ではないかとささやかれたのだ。
まあ、そんな噂も今日の午後からは、「お嬢様がまたやらかした」という噂に払拭されつつあるが……
そんな噂が流れ、ゲームの情報をもつ私はキースが父の隠し子でないことは知っているのだが、母はそうはいかないだろう。
キースのためにも、母のためにもキースが愛人の子ではないことをわかってもらわなくてはいけない。
こうして、いろいろ考えているうちに呼びだされた部屋に着いた。
部屋に入るとなぜかお父様とキースもいた。
え、何、何事だ?!まったく状況が分からずにおろおろして、お父様を見るが、自分もまったくわからないのだという様子で返される。
キースももちろん状況がわからないといった様子で、無駄に広い部屋のなかで所在なさげにしている。
そんな、なんともいえない雰囲気の中、呼び出しの張本人であるお母様が口を開いた。
「旦那様、カタリナ、キースさん、大切なお話があります」
お母様は私にそっくりな顔に沈痛な表情を浮かべていた。
「一体、突然どうしたんだいミリディアナ」
お母様の沈痛な雰囲気にお父様も固い表情をつくっていた。
そんな、お父様の瞳をしっかり見つめ、お母様は深く頭を下げた。
「どうか私と離縁して幸せになってください」
「………」
この突然の発言にお父様はもちろん私にキース、部屋に控えていた召使さんたちも絶句した。
固まっている私たちを前にお母様は―
「いきおくれになりそうだった私を引き取っていただいたにも関わらず、ひとり産んだ娘はこんな子になってしまい……あまつさえ、あなたの大事な息子であるキースさんに怪我までさせる始末……私は申し訳なくてしかたありません。私はこのどうしようもない娘を連れて実家に帰ります。旦那様はどうかキースさんとその母親と幸せになってください」
そういってお母様は目にいっぱいの涙を浮かべた。
つまりは、お母様はお父様に自分と離縁して、キースの母親である愛人さんと結婚して幸せになってくれと言いたいようだ。まあ、実際にはそんな愛人さんはいないわけだが……
それにしてもお母様ったら本人前にして「どうしようもない娘」って……
まあ、前世の親にもよく言われたけど……
部屋の中はまるで吹雪が吹き荒れているような、なんとも言えぬ雰囲気になっていた。
そんな、雰囲気の中、果敢にもお父様が口を開いた。
「なにを言っているんだ。ミリディアナ。そもそもキースはともかく、その母親とは一体、誰のことだい」
「お隠しにならなくても、キースさんが旦那様と愛人の方のお子様なのはすでに知っております。義理で、引き取っていただいた妻は、このどうしようもない娘を連れてすぐに消えますので、どうか旦那様は愛する方と幸せになってください……そういうことだからカタリナ、すぐに支度をしなさい」
そう言って涙をボロボロこぼすお母様はもう今すぐにでも屋敷を飛び出しそうな雰囲気を醸し出していた。
しかも、もれなく「どうしようもない娘」も回収していくつもりだ。
確かに、お母様はキースを愛人の子だと思っているようだったが……
まさか、こんなに追い詰められていたとは……
そして、私が「木から落ちてキースを下敷きにした事件」によって長年、お母様の中にたまっていた何かが爆発したようだ。
まさかのこのまま離縁になるのか……と部屋の中の誰もが固唾をのんで見守っていると。
お父様がいつの間にか、お母様の隣に佇んでおりその肩にそっと手を乗せていた。
そして、ひどく悲しそうな顔をしている。なんだか、今にも泣きだしそうだ。
まあ、ありもしない浮気を疑われ、離縁してくれと迫られているのだから当然だろうが。
「……旦那様」
お母様が涙で溶けそうな目でお父様を見上げた。
「ミリディアナ、結婚した時から君が、私に線を引いているのは気が付いていた。君の許可もろくに取らずに結婚を決定してしまった私に君が心を許していないのだと思っていた」
「……それは、旦那様には他にたくさんのお似合いのお相手がいらっしゃったのに……私の父であるアデス公爵に義理立てして、私をもらってくださったのでしょう。私はそのことが申し訳なくて……」
そう言って俯いたお母様をなんとお父様が強く抱きしめた。
え、何この展開?私を含む室内の人々はただ唖然と二人を見守った。
「ミリディアナ、君はそんな風に思っていたんだね。気が付いてあげられなくてごめんよ。私がきちんと気持ちを伝えないばかりに君にはひどくつらい思いをさせてしまったね。ミリディアナ、改めて言おう君を愛している」
「……だ、旦那様……」
「初めてアデス公爵に君を紹介された時、一目で恋に落ちた。アデス公爵に君の縁談がまだ決まっていないと聞いた時には天にも昇るほどうれしくて、すぐ自分のものにしなければと強引に結婚を決めてしまった。でも、その後、君はいつも私によそよそしくて……強引に結婚を進めた私をきらっているのだと思っていた」
「……いえ、私も一目見た時から旦那様に惹かれていました。でも、義理で結婚しなければならなくなった私を旦那様はきらっていると思って……」
「ミリディアナ、私たちは互いに誤解しあっていたのだね」
「旦那様」
離縁の修羅場から一転して愛の劇場が始まってしまった。
お父様とお母様はもうお互いしか見えていない様子で、それはそれは甘ったるい顔で見つめあっている。
私、キース、他の巻き込まれた召使さんたちはただポカーンと立ち尽くすしかない。
しかし、そうしている間にお父様たちの愛の劇場は発展していき……
「お嬢様、お坊ちゃま。そろそろお休みの時間ですので、お部屋に戻りましょう」
主に忠実な召使さんによって、外へしめだされてしまった。
もちろん召使さんたちも撤退、部屋ではこれからクラエス公爵夫婦の二人きりの愛の劇場が発展していくのだろう。
しばらく、部屋の外に突っ立っていた私だったが、召使さんに促されて部屋へ戻った。
戻る前に、キースに「いろいろお疲れ様、お休みなさい」と言うと、キースもなんだか複雑な顔で「お休みなさい。姉さん」と言って部屋に戻っていった。
うん。本当に無駄に疲れた。
そもそも、お父様はいつもこのお母様にそっくりな悪役顔な私を「私の天使、世界一可愛い」と絶賛していたわけなので、たぶんこの顔がさぞ美しく見えているのだろう。
お父様自身は正統派の美形なのだが……人の好みはそれぞれだ。
でも、これでキースがお父様の愛人の子という誤解も解けたわけだし、もうお母様がキースにつらくあたることはないだろう。
とくに、何かすることなく問題が解決してしまった。
こうして、私の無駄に長い一日は今度こそ終了した。