再び夫人会にて
活動報告で載せさせて頂いた小話を修正、追加したものです。 6.3(4/8)
「本当にクラエス様のご令嬢は素晴らしいですわね。他の生徒からは聖女様と呼ばれて、慕う方もとても多いそうですわね」
月一で開かれる夫人会のお茶会。
私と同じく子供が魔法学園に通っている夫人にそう言われ、まず思ったのは自分の聞き間違いだろうということだった。
しかし再度、聞き返しても、やはり同じ答えが返ってきたので……
きっと、誰か別の人物と勘違いしているのであろうという結論に落ち着いた。
なぜなら、うちに娘は一人しかいない。
そして、その娘はもうなんでこんな風に育ってしまったのかと思う程の問題児である。
貴族のしかも公爵家の令嬢であるというのに、ドレスのまま木に登り、ほっかむりを被り畑を耕し、庭に落ちている食べ物を拾い食いするような、ほんとうにどうしようもない娘なのだ。
これが、学園で猿のような問題児がいると言われているのならば、間違いなく我が娘のことなのだが……
聖女などと呼ばれるご令嬢がうちの娘な訳がない。
しかし……
「あの、どなたか別のご令嬢と勘違いされているのではないですか?」
「いえいえ。カタリナ・クラエス様のことに間違いありませんよ。実は、うちの娘もカタリナ様の愛好会に入らせて頂いているんですよ」
「……あ、愛好会なんてあるのですか?」
「ええ、非公認なものらしいですが、結構、沢山の方が入っているらしいですわよ」
あまりの驚きに私は思わず口をポカーンとあけたまま固まりそうになる。
まさか、そんなはずがない!
なぜ、あんなとんでも娘に愛好会!?あんな猿娘の何を愛好しようというのか!?
もしかして、キースと間違っているのではないか……
実の娘は非常に残念だが、義理の息子であるキースは親の贔屓目を差し引いても、非常に優秀で素晴らしい息子に育っていた。
そう思い、何度も何度も確認するが……どうやら間違いなく、娘、カタリナのことであると判明してしまった。
それにしても、そうやって他者から聞いた娘の話は、どうやっても自分の知る娘と結びつかないような話ばかりだ。
植物を愛でる?いや、確かに木にはよく登るし、その辺の木の実をもぎ取って食べているが……
動物に好かれている?いや、よく犬には吠えられて、時には追いかけられており……とても好かれているようには見えない……
どうしても、自分の娘の話だとは信じられなかったが……
……もしかしたら、自分が知っているあのどうしようもない部分はあくまで娘の仮の姿で、本当は話に聞くように立派で聖女のような令嬢なのだろうか?
都合の良いことに娘は、丁度、学園の休暇で家に帰ってきている。
帰ったら、真相を訪ねてみようと心に決めた。
★★★★★★★★
「よっこらせ~の、どっこいせ~」
夫人会を終え、屋敷に戻ると、ほっかむりを被り、顔に泥をつけた娘が、謎の掛け声をあげながら、自作の畑を軽快に耕していた。
その姿を目にして……
やはり夫人会での話は、勘違いで間違いないと結論付けた。
『本当は、話にでていたような立派で素敵な部分があるのかもしれない』と、少しだけ頭をよぎった思いはあっという間に消え去っていく。
「よっこらせ~の、どっこいせ~」
気の抜けるような、娘の謎の掛け声が、由緒正しきクラエス家の庭に響きわたる。
その掛け声を聞いていると、なんだか無駄に疲労感を覚え、私は早々に屋敷の中に入った。
あの話に出てきた聖女のように素敵なご令嬢になれとまでは言わないが……せめて、もう少しまともになって欲しい。
私は自室に戻り深い深いため息をついた。
その後、畑から屋敷に戻ってきた娘に、あの変な掛け声をやめるように注意したが……
翌日、クラエス家の由緒ある庭には「よっこらせ~」という掛け声がまた響いていた。
★★★★★★★★
「今日、またあの娘が――」
寝室で夫にもう習慣になってきている娘の愚痴をもらすと。
「まぁ、元気があっていいじゃないか」
いつものように笑顔で返された。
私の夫、ルイジ・クラエスは顔もよく性格もよく、仕事もできる、本当にすばらしい人物なのだが、一つだけ欠点がある。それが娘に甘すぎる所だ。
とにかく娘大好きな彼は、カタリナがどんな問題を起こしても、だいたい苦笑して許してしまう。
しかし、いい加減にしっかり娘を見て、その現状を知ってもらわなくては困る。
「元気なんて可愛いものじゃありませんのに……大体、あの子は思い込みも激しくて、思い立ったらすぐ突っ走って……本当に周りも見えていなくて……まったく誰に似てあんな風になってしまったのかしら」
そう言って、私が大きなため息をつくと、夫が何か言いたそうにこちらを見ていた。
「なんですか?」
「……いや、なんでもないよ」
その後も、私はしばらく夫に娘について愚痴をこぼした。
本当に、誰に似てあんなになってしまったのかしら……
そんなことを考えながら、眠りについた私の横で、夫が小声で呟いた言葉は、幸運なことに私の耳に届くことはなかった。
「カタリナは、見た目だけじゃなくて中身もだいぶ君に似ている所が多いのだけどね……」




