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心を乱されて

二十九話と三十話を更新させて頂きましたm(__)m

「あなたの入れてくれるお茶はとても優しい味がするわ」


そう言って優しい笑顔で母が幼い僕の頭を撫でる。

穏やかでとても幸せだった日々。


しかし、その幸せは突然、奪われたのだ……あまりにもひどい形で……


そして僕は誓った。

僕たちの幸せを強引に奪った奴らに復讐をすることを、その地位も命も必ず奪いつくしてやると。







ディーク侯爵家の一人息子、シリウス・ディーク。それが今の僕の名だ。


魔力を持っていたため、十五歳の年を迎えて魔法学園に入学した。

学力も魔力も高く学園の生徒の憧れでもある生徒会のメンバーにも選ばれ、ディークの屋敷の人々に褒め称えられている。



そんな僕がその人物の名をよく耳にするようになったのは、学園で幼馴染のニコル・アスカルトに再会した頃からだった。


幼馴染のニコルと最後に会ったのは、彼が十歳になるかならないかくらいだったので、五年ぶりの再会だったのだが……その五年でニコルはすっかり変わっていた。


以前の彼はいつもどこか寂しそうな目をしている少年だった……しかし今、彼のその瞳は輝き、寂しさなどもう映してはいなかった。


正直、その寂しそうな目に親近感を覚えていた僕は、彼の変化を少し残念に感じた。


そして、そんな風に変わってしまったニコルの口から、その人物の名前がよく聞かれるようになる。


『カタリナ・クラエス』クラエス公爵家の令嬢。


寡黙で無表情なニコルが、この少女のことだけはよく話した、また彼女の話になるとその普段ほとんど動かない表情さえもいきいきと変化した。

おそらくニコルの瞳から寂しさを取り除いたのはその令嬢であるのだろう。




そして、次の年の春、二年に進級し生徒会長に就任した僕の前にその少女は現れた。


ニコルの話から、それは美しく、聖女のような人物だと思っていたのだが……


実際に目にしたカタリナ・クラエスの初めの印象は、特に特徴のない少女だった。


それなりに整った顔はしていたが、今年、生徒会に選ばれたマリア・キャンベル達に比べるとそれほど美しい少女でもなかった。


それに、特別に頭が良いわけでもなく、魔力もほとんどない。

はっきりいって公爵家の令嬢、ジオルド王子の婚約者という肩書だけの少女という感じだった。



しかし、そんななんてことのない少女を、婚約者であるジオルド王子はもちろん他の生徒会に選ばれた優秀なメンバー達はこぞって慕っていた。

それこそ教師を『カタリナを生徒会室に自由に入れるようにしなければ、自分たちは生徒会に入らない』と脅してしまう程。


一体、あの少女に何があるというのだ。


不思議には思ったが……

正直、僕の復讐の妨げにさえならなければ、そんなことどうでもいいことだった。


ただ、復讐をやり遂げるためにも僕は、まだここで優秀で穏やかな生徒会長を演じる必要があり、新しく入った生徒会のメンバーとも、それなりにうまくやっていかなければならない。

そのため、彼らが慕うカタリナにも適当に愛想よくしておく必要があるなという程度のことだった。




だから、その日、カタリナ・クラエスにお茶を入れて差し出したのも、単純に愛想をとるためのことだった。



「会長の入れてくれたお茶はとても優しい味がしますね」


受け取ったお茶を飲んだカタリナ・クラエスはそう言って穏やかな笑顔を見せた。



その言葉と笑顔に僕はひどく動揺した……

長年、貼り付けていた穏やかな表情の仮面を取り落してしまいそうになるほどに……


いままで、他の生徒会メンバーにも普通にお茶を入れ『美味しい』とは言われてきたのだが……

僕の入れたお茶を『優しい味だ』と言ってくれていたのはこれまでの人生でたった一人だけだったから……


しかも……その穏やかな笑顔もあまりにもよく似ていて、胸がひどくざわついた。


あまりに動揺した僕はそこから、どのようにカタリナに対応したのか、自分でもよく覚えていない。

しかし、長年において培ってきた演技でなんとか普通に接することができていた気がする。




そうして、そのできごとから僕はカタリナ・クラエスと接するたびに、激しく動揺するようになってしまった。


すべてを奪われたあの日に復讐を誓ってからずっと、そのためだけに生きてきた。


穏やかな仮面を被り、優秀な成績を修め、まわりの目を欺きながら――


手に入れた闇の魔力を使い、準備を重ねてきた。

資金を集め、罪をねつ造し、この手で復讐を果たせる日もそう遠くないところまできたのだ。


それなのに……カタリナ・クラエスに関わってから……上手くいかない……


復讐のためならば後ろ暗いことにも平気で手を染めてきた。

それに、後悔や、迷いなんてなく、心が乱れることもなかったのに……


それなのに……

カタリナの澄んだ水色の瞳でまっすぐに見つめられるたびに……

『会長は優しいですね』と笑顔を向けられるたびに……

ひどく心が乱れるようになってしまった。







生徒会にマリア・キャンベルという少女がいる。

平民であり、光の魔力を持っている特別な少女。

優秀な頭脳に、高い魔力、そして多くの人々が見惚れるほどの美貌をもつ、とても恵まれている少女。

それなのに、彼女はよく寂しそうな目をしていた。


それは昔の、ニコルのそれによく似ていて、僕は彼女にも以前ニコルに感じたような親近感をもった。


だが、彼女も変わってしまった。



ある時を境に、マリアからあの寂しそうな雰囲気が消え、そしてカタリナ達と生徒会以外でも親しくしている様子を見かけるようになった。


そして、マリアの目はカタリナを追い、目が合えばそれは嬉しそうに微笑むようになっていた。



沢山の人に囲まれて、楽しそうに微笑むカタリナ・クラエス。

ニコルやマリアもその瞳をキラキラさせ、彼女の傍で幸せそうにしている。


そんなカタリナの姿は、以前ニコルから聞いていた聖女のような人物像そのものに見えた……



しかし、その姿を見ていると、心がざわついて仕方ない……

時にはこれまで長年かけてつくってきた仮面が剥がれかけている時さえあった。


カタリナに心を乱される僕に――『あんな奴にかまうな!復讐の準備を続けろ!』ともう一人の僕が言った。


それでも……どうしてもカタリナの存在を無視することはできなかった……





マリア・キャンベルが嫌がらせを受けているのを見かけたのは偶然だった。

彼女が嫉妬から嫌がらせを受けていたことは知っていたが、それを目の前で見たのは初めてだった。


とりあえず、生徒会長シリウス・ディークとしてはそれを止めに入らないわけにはいかず、止めに入り、嫌がらせをしていた令嬢に注意をする。


『大丈夫かい?』と聞くと、マリアは『ありがとうございます。大丈夫です』と気丈な様子で答えた。



それにしても、このように嫌がらせをする貴族の子息、令嬢達の浅はかさには呆れてしまう。


マリア・キャンベルは確かに平民であり、貴族が集うこの学園内での身分は低い。

しかし、彼女は光の魔力保持者だ。

光の魔力を持つ者はわが国でもほんの一握りしかいない本当に貴重な存在だ。


そんなマリアは、この学園に入学時より、すでに魔法省が目をつけている。


光の魔力、それもかなり高い魔力を持つマリアはこの学園を卒業すれば、間違いなく魔法省に入り、そしてそれなりの地位を手にいれるだろう。


そんな、王に次ぐ権力を有する魔法省での地位が約束されているマリアに、こんな嫌がらせを続けていれば、そのうち罪にとわれるのは必然だ。そんなこともわからないとは本当に愚かな奴らである。



そんな風に思っていた時に僕はふと一つの考えを思いついた。

この愚かな者たちが行っているマリアへの嫌がらせの罪をカタリナ・クラエスにかぶせることができないだろうかと。

もし、その罪をかぶせることができれば、いくら公爵家令嬢とはいえ、ただではすまないだろう。

うまく行けば……カタリナをこの学園から……自分の前から消せるかもしれない……


そうすれば……あの少女さえ消えてくれれば……もう心を乱されることもない。


そう決めてからの行動は早かった。マリアが受けてきた嫌がらせを調べ、それをカタリナが行ったように仕立てあげる。


あとは、実際にカタリナを闇の魔力で操り、マリアへいくつか嫌がらせをさせればよかったのだが……

それは叶わなかった。



闇の魔力、それを手にすれば人の心を自在に操ることができるといわれている。

ただ、その魔力を手に入れる方法と、その能力の危険性から公にはされていない魔力である。


しかし、この魔力は決して万能な訳ではない。

人の心なら何でも、好きなように操れる訳ではないのだ。


記憶を消したり、一時的に意識を奪ったりといったことはできるのだが……ないものを作りあげることはできないのだ。


嫌いなものを好きにすることはできず、好きなものを嫌いにはできない。


そこに妬み、憎しみが少しでもあればそれを増長させ、行動を起こさせることができるが……

持っていない妬み、憎しみを作り上げることはできないのだ。



そして……カタリナにはマリアを妬む気持ちが少しも存在しなかったのだ。


妬む気持ちを増幅させ、嫌がらせという行動に移そうにも……ないものを増幅させることはできない……


結局、カタリナにはマリアへの嫌がらせの行為をさせることができなかった。


そのため、状況証拠だけをそろえ、カタリナを良く思っていない令嬢達の妬み、憎しみを増長させることで、カタリナを糾弾させた。

彼女の頼もしいナイトである友人達も遠ざけ、最初こそ、カタリナを追い詰めることができていたのだが……


予定より早く現れてしまったカタリナのナイト達の手によってそれも失敗に終わってしまった。

完璧に作った証拠もカタリナを溺愛する彼らに一蹴された。


そして、一番予想外だったのが、マリア・キャンベルである。

彼女は、それは強い意志で『カタリナではない』と言い切った。

それなりの証拠をそろえてあったにも関わらず、そこにはカタリナへの大きな信頼があった。

マリアもいつの間にか、ナイト達と同じく、すっかりカタリナに取り込まれていたのだ。



こうして、カタリナを追いやる作戦は失敗した。


しかし、令嬢達の記憶は消してあるし、あの昼休みに生徒会メンバーを足止めした者たちの記憶もいじってある。


だから、この件と僕を結びつけることはできない。


友人達に囲まれたカタリナが幸せそうに微笑む様子を冷めた目で眺め、僕は生徒会室に戻った。





こうして、この件は幕を閉じたはずだった。

しかし、僕が生徒会室に戻り、しばらく仕事を片付けているとそこに彼女が現れたのだ。


マリア・キャンベル、先ほど見事にカタリナを庇い、僕の計画を失敗させた―――この学園で唯一、光の魔力を持つ少女。


昼休みも、もう終わるという頃に、彼女はなぜ、ここに現れたのか……

疑問はすぐに解決する。


顔色を青くしたマリアが口を開いた。


「以前、会長がカタリナ様を睨んでいるのを見た気がして……その時は気のせいだと思ったんですけど……今回のことで思い出して……でも、まさか会長が今回のことに関係しているとは思えなくて……だから少しだけ会長の様子を確認しておきたかったんです。……それなのに……会長、それはなんですか?」

「マリアさん、一体、なにを言っているんだい?今回の件とはなんだい?カタリナさんに何かあったのかい?」


僕は困惑した表情をつくる。


まさか、仮面が剥がれ落ち、よりによってカタリナを睨んでいるところを見られていたとは、とんだ失態だったが、そんなことは何の証拠にもならない。ここはしらばくれて、さっさと記憶を消してしまえばいい。


「……知らないのですか?でも……まったく関係ないわけではありませんよね……だって、会長の周りには……カタリナ様を糾弾していた令嬢の方たちと同じ黒い気配がこんなに漂っているんですから!」

「!?」


僕は思わず、目を見張った黒い気配……それはまさか闇の魔法の気配か……


今まで、何度か、この闇の魔法を使ってきたがそんなことを指摘されたことなどなかったし、まわりもそんなものが見えているようではなかった。


―――光の魔力を有するがゆえか。

この闇の魔力を手にしてから、今まで光の魔力を持つものに出会ったことはなかった。


闇の魔力と光の魔力は対極にある。


その力を持つがゆえにマリア・キャンベルには……闇の魔法の気配が具現化して見えるのだろうか……


厳しい表情でしっかりと僕を見据えるマリアの様子に……さすがにしらばくれ続けるのは、難しいかもしれないと感じた。

それなら……


「はは、さすが光の魔力保持者様だね。そうだよ。今回の件は僕が仕組んだんだ。あの忌々しい女を消すためにね」

「!?」


目を見開き固まったマリアに僕はゆっくり歩み寄る。

闇の魔法は触れていないと発動できない、僕はマリアの肩に手をかける。


「……でも、そんなことは君が知らなくていいことだから」


闇の魔法でマリアの記憶から都合の悪い部分を消す、数秒後には、マリアは今の話をすべて忘れている。

そのはずだった……しかし……


「さあ、マリアさん。早く教室に戻らないと授業が始まってしまうよ」

「……何をいっているんですか?会長。まだ話は終わっていません」


マリアは怪訝な顔を見せた。

……まさか……

僕は再び、マリアに闇の魔法をかけた……しかし……


「先ほどから、何をなさっているのですか?」


マリアは怪訝な顔を見せるだけで……魔法にかかった様子はなかった……

まさか、光の魔力を持つ者には……闇の魔法が効かないのか……


それでは記憶を消せない……ならば、このまま返すことはできない。


「会長、なぜカタリナ様を……」


魔法がきかないマリアを僕は物理的に気絶させた。


よけいなこと知ってしまったマリアを、記憶も消さずにカタリナ達の元に戻すわけにはいかなかった。

そうして、僕は意識を失ったマリアを学園内の隠し部屋へと運んだ。


それはここまで順調にやってきた僕の初めての大きな失態だった。


これもすべて……カタリナ・クラエスに関わったがためだ……


『あの女は邪魔だ』もう一人の僕が言った。





マリアの行方不明はすぐにカタリナ達の知る事となった。


そして、カタリナ達の懸命な捜索が始まった。


学園にある隠し部屋の存在は、ディーク家のほんの一部しか知らないため、そう簡単には見つけることはできないだろうが……


それにしてもいつまでもマリアを閉じ込めておくわけにはいかない。

あれから何度も闇の魔法をかけているが、いっこうにかかる気配のないマリアに途方に暮れていた……

『いっそこのまま、口封じに殺してしまえ』ともう一人の僕が言いはじめる。




マリアを監禁し四日目の今日も、自習の授業の合間にマリアの様子を見にいく。

マリアの気持ちが落ちれば、闇の魔法もかかるのではないかと窺っているのだが……

ずっと薄暗い部屋に閉じ込められているというのに、マリアの様子は気丈なままだ。


一向に好転しない状態に嫌気を覚えながら、学舎へ戻ると、中庭外れの椅子にぽつんと座る人影を見つけた。


それは僕をこの窮地に追い込んだ元凶であるカタリナ・クラエスだった。





「カタリナさん?こんな所でどうしたの?」


その背に声をかけるとカタリナは驚いたように振り返った。


「あ、あの……少し具合が悪くて医務室で休んでいて、これから教室に戻ろうと思って……」


そう言ったカタリナの顔色は確かによくなかった。


「そうだったの。でも、マリアさんもまだ見つかっていないし、こんな人目につかない場所に一人でいるのは危ないよ。僕と一緒に戻ろう」


生徒会長シリウス・ディークとしては、こうやって声をかけなければならない。

そうして、僕はカタリナに手を差し出した。


「あ、ありがとうございます」


カタリナが笑顔で僕の手にその手を重ねると――いつものように心がざわつく。


太陽の光が降りそそぐ中庭はどうにも居心地が悪かった。

早く教室へ戻りたい。


それなのに、なぜかカタリナは僕の手を取ったきり固まってしまった。


「カタリナさん、どうしたの?」


声をかけると、カタリナはその水色の瞳でじっと僕を見つめてきた。

そして―――


「会長は……闇の魔力を持っているんですか?それで、マリアに何かしたんですか?」


ひどく動揺したが…長年、演技を続けてきたかいがあり、スムーズに返すことができた。


「………闇の魔力ってなんだい?」


闇の魔力、そんなものは知らないと、困惑した表情をつくる。


カタリナは考えこむように俯く。


突然、なぜこんなことを言い出したのか……

そもそも闇の魔力のことを知っていたのか、それとも彼女の優秀なナイトの誰かが何か嗅ぎ付けたのか……


しかし、ここで認めるわけにはいかない。

カタリナは、マリアのように、確信を持った様子ではないため、誤魔化してしまえば問題ない。

そのつもりだったのに……


「そうですよね。そんなもの知らないですよね。こんなに優しい会長が闇の力でマリア達に何かするなんてありえないですよね。変なことを聞いてすみません」


そう言っていつものように笑ったカタリナを見た途端に―――僕の中の何かがはじけてしまった。


気が付けば、長年、つけてきた穏やかなシリウス・ディークの仮面は剥がれてしまっていた。



「……かいちょう……?」


カタリナが動揺した様子で僕をみている。


「……優しいか……君はいつも僕のことをそう言うね」

「……だって、会長は優しいですから……」


この仮面の剥がれた僕をみてもまだそんなことをいうカタリナ。

彼女は本当に愚かだ。


「そんなの演技だよ。優しく穏やかなふりをしていれば、過ごしやすいからね。馬鹿な君たちはまんまと騙されていたみたいだけどね」

「!?」


驚きに目を見張ったカタリナに、僕は唇の端を持ち上げて馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「ちなみにマリア・キャンベルを攫ったのも僕さ。あの子は知らなくてもいい事を知ってしまったからね。

それから、カタリナ・クラエス、僕は君が大嫌いだよ。さびしい奴らに声をかけて、救ってやっているつもりの偽善者!お前を見ているとイライラして仕方ない!」


まるで、せき止めていたものが壊れてしまったかのようにどんどんと言葉が溢れてくる。


「いい加減にどこかに消えてくれ!」


僕は悪意と憎悪に満ちた言葉を目の前の少女に投げつけた。


これで、カタリナもだいぶ怯えたのではないか……

もしかしたら同じような悪意や憎悪の視線や言葉を返してくるかもしれない。

そう思ったのだが……


「……大丈夫ですか?」


カタリナから返ってきたのはそんな問い……

そして、その瞳はなぜか、心配そうに僕を見つめている。


なんでだ……

なんで、まだそんな目で僕を見るのだ……

いま、自分に言われたことを聞いてなかったのか……マリアを攫った事も言ったはずなのに……


そうしてカタリナは、握っていない方の手を僕の頬へと伸ばし、気遣うように優しく触れた。

なんで……なんで……なんで……


なぜ、僕を恐れない、嫌わない……そんな目で僕を見るな!


僕は頬に触れていたその暖かい手を叩き落とす。


「……この偽善者が……いい加減にしろ!僕に構うな!近寄るな!笑いかけるな!……もう僕の前から消えてくれ!」


その水色の瞳で見つめられると―――

近くに寄って来られると―――

笑顔を向けられると―――


僕は今までの僕でいられなくなりそうだった……


『復讐のためならどんな事でもする』と誓った思いが揺らぐ――

もう一人の僕が言う『この女を消してしまえ』と―――


その声に従い、握っていた手から闇の魔法をかける。


「そのまま眠り続けろ。その命が尽きるまで」


僕の目の前で、カタリナはゆっくりと地面に崩れていく―――


意識を奪い、夢の中へと誘われた彼女は、このまま夢に囚われ眠り続けるだろう。


その命が尽きるまで―――



これで、ようやく目障りで邪魔な女はいなくなる。

また元の通りに復讐のためにだけ生きていくことができる。


もう心を乱されることもない。


そのはずなのに……胸のざわつきは少しも消えてくれない……


それどころか……眠るカタリナの姿に……さらに大きく心はざわついた。


瞳から水のような何かがポタポタとこぼれ落ちる。

これは一体、なんなのだろう。



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