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重大なことを忘れていました

二十九話と三十話を更新させて頂きましたm(__)m

マリアが姿を消してから二日が経った。

私達は必死に捜索を続けたが、一向に行方は掴めず、全く手がかりも見つけられない。


ただ、気だけが焦り、心が乱れるばかりだった。


なぜ、あの時一緒についていかなかったのか……後悔は日々、大きくなる。






「はい。これを飲んで身体を温めて。ひどい顔色だよ」


そう言って生徒会長がお茶を入れて渡してくれる。


「ありがとうございます」


私は受け取ったお茶を口に運ぶ。

いつもと同じ優しい味のするお茶が身体を温めてくれる。


いつもの生徒会室、私はいつもマリアが座っていた席を見つめる。


普段ならこうして会長がお茶を入れてくれると、マリアが笑顔でお菓子を出してくれていた。

しかし……今、ここにその笑顔はない……



「マリアさんはしっかりしているし、強い光の魔力も持っているから、きっと大丈夫だよ」


マリアの席を見つめて固まっていた私に、会長が優しく声をかけてくれた。


マリア捜索にも、力を貸してくれている彼は、落ち込む私にもこうして優しい声をかけ、気遣ってくれている。



私だけがつらいわけではない……友人達だってつらい思いをしているだろう……

会長だってマリアと親しくしていたのだ、こんなことになってつらくないはずはない。


それなのに、こうして私のことまでも気遣ってくれる。



後悔して落ち込んでばかりいられない。

私ができる精一杯のことをしよう。


絶対に見つけ出すから……どうか無事で待っていてマリア……









そして、マリアの行方がわからなくなってから、三日目の夜のことだった。


寮での夕食も終わり、自室に戻って明日の準備をしていると、険しい顔をしたジオルドが部屋を訪ねてきた。

あまり良識のある時間帯の訪問ではなく、その険しい表情から嫌な予感が広がる。


「こんな時間に一体、どうしたの?まさか、マリアに何か……」


私が動揺しながら尋ねると、ジオルドが首を横に振る。


「マリアの行方はまだつかめません。……でも、もしかしたら関係あるかもしれない情報が手に入りました」

「……関係あるかもしれない情報?」

「まず、これを見てください」


そう言って、ジオルドが差し出したのは先日、私の悪事を暴くと断罪イベントを起こした令嬢達が持っていた悪事の証拠書類だった。


「これは……先日の……」

「そうです。先日、あの令嬢達が証拠として出した書類です。僕はこの証拠書類がどうしても気になって、マリアの捜索と並行してこの書類についても調べていたんですが……」


なんでも、ジオルドは私に断罪イベントを起こしたあの令嬢達が、私に対してよくない感情を持っていたことにずっと気づいていたそうだ。

だが、令嬢達の立場やその力量ではとても私に害をなすことはできないと判断し、そのままにしておいたらしい。

しかし、そんなジオルドの判断をよそに令嬢達は先日のような事件を起こした。


そして、そこに用意されていた書類はあの令嬢達の力量では作れないようなちゃんとしたものだった。


それがどうしても気になったジオルドは、ここ数日、マリアの捜索とともに、そちらの捜査もしていたのだそうだ。

すると―――


「とても奇妙なことがわかったんです。あの書類を作ったのはあの令嬢達ではなかったんです」

「……それはどういうこと?」

「書類を作ったのは、あの令嬢達ではなく別の誰かだったのです。そして、さらに奇妙なことに、令嬢達はあの書類をどこで誰から手にいれたのかまったく覚えていなかったんです」

「……!?……覚えていないって……そんなはず」

「信じられませんよね。僕も初めは令嬢達が嘘をついていると思い、色々確認したのですが……どうも本当に覚えていないようなのです」

「!?」


あんなに自信満々に出した証拠を誰がつくったものなのかも知らず、どこから手にいれたかもわからないなんて……ありえない……そもそもそんな物を証拠だと掲げることができるはずはない……

あの令嬢達は皆で記憶喪失にでもなってしまったのか……


茫然とする私に、険しい顔をしたジオルドがさらに続けた。


「でも、実はそれだけではありません。彼女たちはあの日、なぜ、あんなことをしようと思ったのかすら覚えていないのです」

「……え……」

「彼女たちは確かに、あなたを疎ましく思っていたそうです。それは事実でした。でも、だからと言ってあんな風に公な場で害をなそうすることなど考えられなかったそうです」


令嬢達は確かに、カタリナ・クラエスを疎ましく思い、実際に私が一人でいる時には、すれ違いざまに憎まれ口

を叩いてきたりしていた。

しかし、だからといってカタリナに実際に危害を加えるほどの度胸はなかったのだ。


私、カタリナ・クラエスは仮にも公爵家の令嬢で、第三王子の婚約者であるため、かなりの権力を有しているのだ。

下手に危害を加えれば、しっぺがえしをくらうのは自分たちである。

令嬢達はそれなりに高位な貴族であったが、さすがにそんなカタリナに正面から喧嘩を売ろうとは思えなかったらしい。


それなのに……あの日は違った。なぜか『なんとしても忌々しいカタリナ・クラエスに一矢報いてやろう』という気持ちでいっぱいだった。それも全員がである。


しかし、食堂から退散し、少しするとそんな気持ちはたちどころに消え、むしろ『なんであんなことをしてしまったのか』と全員で頭を抱えることとなったのだそうだ。


そのため、ジオルドに調べられる頃にはもう皆が平謝りだったそうだ。


「……でも、それが本当なら、とても奇妙な話ね。まるであの令嬢たちは皆、操られていたみたいね」


私がそんな風に呟くと、ジオルドの表情がさらに険しくなる。


「操られていたみたいじゃなくて……本当に操られていたのかもしれないのです」

「……え!?」

「あの時の彼女たちの様子はどうも妙でしたから」

「でも……操るとかそんなこと……」


土人形ならまだしも人間を操るなんてできるはずない。

こちらの世界で、催眠術的なものがあると聞いたこともないし、そもそもあんなに沢山の人を一度に操れるものなのか……


混乱する私の横で再び、ジオルドが険しい顔で口を開く。


「人を操る……闇の魔力を持っていれば可能なのです」

「……や、闇の魔力って……そんな魔力があるの?」


この世界での魔力は『水・火・土・風・光』に分けられており、その魔力を有して生まれた者はある程度の年齢になるとその力を発動する。

学校、あるいは家庭教師から、子供の頃にそう教わり皆が知っていることだ。


魔力の種類は『水・火・土・風・光』の五つだ。


この魔法学園にきてからも、それ以外の魔力が存在すると習ったことなどない。



「闇の魔力から生み出される闇の魔法、それは人の心を操る魔法なのです」

「……でも、そんな闇の魔力に魔法なんて聞いた事もないけど……」

「闇の魔法は危険なものだから、禁じられ、そして隠されてきたのです。その存在は国でも一部の者しか知りません」

「……危険?」

「心を操られ、しかも操られた方はそれを憶えてもいない、とても恐ろしい魔法でしょう」


自分の知らないところで心を操られ、しかもそれを忘れてしまう。

それは確かに、かなり怖いことだ。


「……でも、その闇の魔法であの時の令嬢達が操られていたとしたら……その目的は私を貶めることだったのでしょう。それとマリアがいなくなったことと何か関係があるの?」


本当に闇の魔法なんてものを使う者がいるならとても怖いと思う。

そして、なぜ令嬢達は操られたのかもわからない。


でも、あんな事件を起こしたからには、闇の魔力を持つ者は私をどうにかしたいのだろう。

ならば、マリアは無関係のはずだ。


「そうですね。普通に考えれば目的はカタリナであって、マリアは無関係です。でも、彼女は光の魔力保持者です」

「そうだけど……それがどうしたの?」

「闇の魔力は知覚することができないと言われていますが……闇に相反する力、光の魔力を持つ者だけはその魔力を知覚できるともいわれているのです」

「……!?じゃあ、マリアは……」

「あの事件の時に何かに気が付き、そして闇の魔力を持つ者に接触してしまった。そして連れ去られたというのが今の所の推測です」


闇の魔力、人の心を操る魔法……

マリアはそれに気が付いたの??

それでどこかへ連れていかれてしまったの……


突然、沢山もたらされた情報に頭がぐるぐるして考えがまとまらない。



そもそも、さっきまで闇の魔力なんていう存在すら知らなかったのだ。

禁じられ、隠される魔力……


あれ?でもじゃあ、闇の魔力を持って生まれた人はどうなるのだろう?


「……あの、でも闇の魔力が危険だからと隠されているのなら、その魔力を持って生まれた子はどうしているの?発動したら隠されるの?そもそもほとんど誰にも知らされていない魔力じゃ、発動しても対処に困るんじゃない?」


私は浮かんだ疑問をジオルドにぶつける。


「闇の魔力は、他の魔力のように生まれながらに持っているものではないのですよ。闇の魔力は魔力を持つ者が後天的に手に入れる事ができる新たな魔力なのです」

「……後天的に手に入れることができる新たな魔力……?」


魔力は、生まれながらに持っているものではないのか?

後天的に手に入れるとは……どういう意味なのだろう?


どんどん困惑が大きくなる私に、ジオルドが静かな口調で告げる。


「闇の魔力を手にするには儀式が必要なのです」

「……儀式?」

「はい、儀式です。その儀式で捧げものをすることで闇の魔力は手に入ると言われています」

「捧げもの?」


私の問いにジオルドは一度、口を閉じ、そして息を深く吸い込んだ。


「闇の魔力は儀式にて、人間の命を捧げることで、手に入れることができる魔力なのです。なので、それを持つ者は誰かの命と引き換えにその魔力を得ているのです」











真っ暗な場所だった。上も下もわからないただ暗いだけの世界に私は立っていた。


そんな私の足元には大切な人達が倒れている。

ジオルド、キース、メアリ、アラン、ソフィア、ニコル、マリア。

その顔にもはや生気はない……


「皆、起きて起きてよ!」


私は必死にそう叫び、皆の身体を揺さぶるが、誰一人ピクリとも動かない。


「……なんで、なんでこんなことに……」


ぐったりと動かない皆の脇で私はしゃがみ込む。

身体はガタガタと震え、目には涙が溢れてくる。


どうしてこうなってしまったのか……

大切な人たちをこんな風に失ってしまうなんて……


こんな結末を迎えるのならば、私、一人が破滅した方がどんなによかったか……


「……どうして……どうして……」


私は真っ暗な世界でただ、涙を流し続ける。










目を開けるとそこには見慣れた天井があった。

もう入学して半年以上使っている寮の部屋の天井である。

まだ、部屋は暗く、窓の外にも明かりは見えない。日が昇っていないのだろう。


「……夢……だったのか」


発した声はかすれており、身体は小刻みに震えている。

身体中に冷たい汗が伝い、頬に触れるとぐっしょりと濡れている。

どうやら、夢にうなされ現実でも涙を流していたようだ。


なんて、ひどい夢だったんだろう。

いまだに震える身体を両腕でぎゅっと抱きしめる。


闇の魔力を手に入れるには誰かの命を引き換えにしなければならない。

命が対価である魔力。



そんな恐ろしい話を聞いたせいなのだろう、ひどい夢を見てしまった。

しかし、あんな未来はある訳がない……


『FORTUNE・LOVER』のゲームで、アラン、キース、ジオルドのルートで唯一、命の危険があるのはライバルキャラの悪役令嬢カタリナ・クラエスだけだった。

ニコルはまだクリアしてはいなかったが……ニコルのルートのライバルキャラはソフィアだ。

あの妹大好きなニコルがソフィアに何かするとは考えられない。


だから……あんな未来は絶対にあり得ないのだ……


このゲーム世界で危険なのはカタリナ・クラエス。私だけだ。

そして、私はその危険を乗り越えるために、この七年、色々準備を重ねてきている。


『大丈夫よ』自分にそう言い聞かせる。



それでも、あの夢が……あの光景がいっこうに消えてくれない。


結局、その後、私は眠りにつくことができなかった。






翌日、夜ほとんど眠れなかったからか、あんな夢を見てひどくうなされたからか……

私は午前中に具合を崩し、キース、ジオルドに付き添われ医務室で休むこととなった。


寝不足だったからか、暖かいベッドに横になるとすぐに眠りに落ちたようだ。


目が覚めるとだいぶ時間がたっており、もうすぐ昼休みになる時間帯で、ジオルドとキースはさすがに授業に戻っていた。


眠ったお蔭でだいぶ頭もすっきりした私は、医務室の先生にお礼を言い、教室に戻ることにした。


昨日、ジオルドからはくれぐれも一人で行動するなと言われたが、医務室から教室までの学舎内の短い道のりくらいは問題ないだろう。


医務室から教室までは中庭を通ると近道なので、そこを通って戻る。


私は昼の暖かな日差しが差し込む中庭を進む。

すると以前、マリアがお昼を食べようとしていた小さなベンチを見つけた。


私は、少しだけと……小さなベンチに歩み寄り、そこに腰掛ける。


私達と仲良くなるまで、マリアはここで一人ご飯を食べていたのだ。


可愛くて、優しいマリア……もう一緒にいるのがすっかり当たり前になっていたのに……


昨日の、ジオルドの話が真実ならば……マリアの身はかなり危ない。

なにせ、他人の命を捧げて、闇の魔力を手にした者が関わっているかもしれないのだ……




「カタリナさん?こんな所でどうしたの?」


突然、かけられた声にびっくりして振り返ると、そこには生徒会長がいつもの笑顔で立っていた。


「あ、あの……少し具合が悪くて医務室で休んでいて、これから教室に戻ろうと思って……」

「そうだったの。でも、マリアさんもまだ見つかっていないし、こんな人目につかない場所に一人でいるのは危ないよ。僕と一緒に戻ろう」

「あ、ありがとうございます」


そうして、私は差し出された手をとる。


そこでふと思った。会長はどうしてここにいるのだろう。

今は授業中で医務室には私しか生徒はいなかった。

彼のほうこそ、こんな所でどうしたのだろう?


そんな疑問が頭をよぎり、会長を仰ぎ見ると、その真っ赤な髪が太陽の光に照らされキラキラと光っている。


その光景を見た時、私の脳裏にその記憶がよみがえった。




『隠しキャラはね~意外と大変でね』


ニンマリ笑うあっちゃんは、ネタバレを嫌がる私をよそに楽しそうに続けた。


『闇の魔力を持っている危険な人なんだよね。攻略成功すれば主人公と甘々な日々なんだけど……失敗すると主人公とその友人である生徒会メンバー、皆が彼に殺されてしまうっていう、ひどいバッドエンドなんだよね。――――ちなみに、その隠しキャラはね……真っ赤な髪に灰色の瞳の――』




そう、私はあっちゃんから確かに聞かされていたのだ。


隠しキャラの存在とそのエンディングを……


昨日の夢は決してあり得ない話ではなかったのだ……

主人公と生徒会メンバーが皆、命を落とす……そんなエンディングも確かに存在していたのだ……


背に冷たい汗が流れる。


なぜ、こんなに大事なことを今まで忘れていたのか……

私は本当に馬鹿だ……




真っ赤な髪に灰色の瞳―――私は目の前に立ち優しそうな笑みを浮かべている生徒会長シリウス・ディークを見つめる。

『FORTUNE・LOVER』の隠しキャラであり、闇の魔力を持つというその人を―――



この優しい人が……マリアに生徒会メンバー、私の大切な人たちの命を奪うなんて……

とても信じられない……


しかし、ジオルドの話が真実なら、今回の事件は闇の魔力を持つ者が関わっていて……

そして会長――シリウス・ディークはおそらく闇の魔力を持っている。


人の命を捧げて得る闇の魔力を……


「カタリナさん、どうしたの?」


手をとったまま固まった私を不審に思ったらしいシリウスが声をかけてくる。

それはいつもの優しそうな表情。


本当にこの人なのだろうか……


「会長は……闇の魔力を持っているんですか?それで、マリアに何かしたんですか?」

「………闇の魔力ってなんだい?」


気が付くと思わず、口から出てしまった問いに、シリウスが困惑した表情になる。

それは、そんなものは知らないといった顔だった。


そうだ。そんな魔力のことなど普通は知らないだろう。

私だって、ジオルドから話を聞くまで、そんなものが存在することなど知らなかった。


本当に知らないのかもしれない。

ゲームの中では闇の魔力があるとされていたが、現実は違うのかも知れない。


友人達もゲームの中の人物と違うところが沢山あるのだ。

会長だって、ゲームの中とは違う可能性も高い。



「そうですよね。そんなもの知らないですよね。こんなに優しい会長が闇の力でマリア達に何かするなんてありえないですよね。変なことを聞いてすみません」


そうだきっと違う。こんなに優しい会長が人の命を奪って闇の魔力を手に入れるなんて考えられない。


そう思い、再びシリウスに目を向けると―――


彼は今まで、見たこともない冷たい瞳を私に向けていた。



「……かいちょう……?」

「……優しいか……君はいつも僕のことをそう言うね」

「……だって、会長は優しいですから……」


その冷たい瞳と声に動揺しながらも私がそう答えると―――

シリウスは顔を歪める。


「そんなのは演技だよ。優しく穏やかなふりをしていれば、過ごしやすいからね。馬鹿な君たちはまんまと騙されていたみたいだけどね」

「!?」


驚きに目を見張った私を見て、シリウスは唇の端を持ち上げて馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「ちなみにマリア・キャンベルを攫ったのも僕さ。あの子は知らなくてもいいことを知ってしまったからね。

それから、カタリナ・クラエス、僕は君が大嫌いだ。寂しい奴らに声をかけて、救ってやっているつもりの偽善者!お前を見ているとイライラして仕方ない!」


冷たい口調から一変して、荒々しく吐き出された言葉は悪意に満ちていた。

まだ、つないだままだった手がとても強い力で握りしめられ、だいぶ痛い。


「いい加減にどこかに消えてくれ!」



さびしい奴らに声をかける?救う?偽善者?

シリウスの言っている言葉にはわからないことが多かった。


でも、その言葉が強い悪意に満ちており、彼が私を嫌っているということだけは理解できた……

そして、やはりこの人がマリアを連れ去った張本人だった。


では、この人がゲーム通りにマリアや、他の生徒会メンバー達、私の大切な人達の命を奪ってしまうのか……


私はシリウスの灰色の瞳を見つめる。

いつもの穏やかな表情とはまるで違う、冷たく冷え切った瞳。


自分がマリアを攫ったと言った。

優しさは演技だったと言った。

吐き出される言葉は悪意に満ちている。


それなのに………なぜ……


「……大丈夫ですか?」


私は掴まれていない方の手をシリウスの顔へ伸ばした。


冷え切った瞳で、悪意ある言葉を吐き捨てるシリウス。


それなのに、その言葉に反してその顔は、とてもとても苦しく辛そうで……

今にも泣きだしそうな顔をしているのだ。


顔色もひどく悪い、今にも倒れてしまいそうなほどに……


伸ばした手で触れたシリウスの頬は氷のように冷たかった。



「……この偽善者が……いいかげんにしろ!僕にかまうな!近寄るな!笑いかけるな!……もう僕の前から消えてくれ!」


頬に触れていた私の手を叩き落とし、彼はそう叫んだ。



すると……なぜか、目の前がゆっくり暗くなっていった……

そして、意識がしだいに薄れていく……


「そのまま眠り続けろ。その命が尽きるまで」


シリウスが吐き捨てるように言った。



薄れゆく意識の中で最後に見たのは―――

シリウスの瞳から流れる涙だった。


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― 新着の感想 ―
10年以上経って一個目!?やっぱり面白いです
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