ピンチに陥りました
「『FORTUNE・LOVER』はどう?進んだ?」
休み時間、オタク友達で親友のあっちゃんがニマニマした顔を向けてきた。
「俺様王子とチャラ男は攻略できたんだけど、腹黒ドS王子がなかなか攻略できなくて……ライバルキャラの悪役令嬢の邪魔がすごくて……」
私がそう言ってため息をつけば、あっちゃんはさらに、ニンマリした笑顔になった。
「へへ、私はもう全部クリアしちゃった」
「えっ!?もう、クリアしたの!?」
「うん、攻略キャラ四人はもちろん、隠しキャラも全員、クリアしちゃったよ」
そう言って、不敵に笑うオタ友を私は尊敬の目で見つめる。
「さすが、あっちゃんだわ~早いわ~。そしてやっぱり隠しキャラもいたんだね」
「うん、攻略キャラ四人を全員クリアすると攻略できるようになるわよ。ちなみにどのキャラだったか知りたい?」
「ちょっと、やめて~~ネタバレ禁止~~」
そう言って耳をふさぐ私に、あっちゃんが意地悪そうな笑みを浮かべる。
「隠しキャラはね~」
「いや~聞きたくない~~」
「カタリナ様、朝ですよ。起きてください」
「う~、嫌だ、聞きたくない~」
「カタリナ様、寝ぼけていないで、早く起きていただかないと、授業に間に合いませんよ」
「……ん」
私がのろのろと目を開けると、メイドのアンがベッドの横に仁王立ちしていた。
「……アン、おはよう」
「はい。おはようございます。お目覚めになったなら、早くお支度をお願いします」
てきぱきと動きだしたアンを、まだいまいち起動しない頭でぼーっと見つめながら……
さっきまで見ていた夢を思い出す……
「なんか……割と重要な夢だった気がするのよね……」
「……夢ですか?」
私の呟きにアンが聞き返す。
「そう、さっきまで見ていた夢……なんだか、重要な夢だった気がするんだけど……起きたら忘れちゃったのよね」
「……そうですか……なにやら色々と寝言を言っておられましたが……重要なようには聞こえませんでしたが…」
「あれ?そうだった」
そうか、気のせいだったのかな?
どんな夢だったか、まったく思い出せないので……
アンにそう言われれば、そうなのかもしれない。
重要な夢だと感じたのは気のせいだったのだろう。
そう結論づけて、私は学舎に行くための準備を始めた。
学園に入学し、早くも半年以上の月日が流れ、季節は秋から冬へと変わろうとしている。
ゲームの主人公マリアとは、もうすっかり仲良しだ。
それに、生徒会以外にもクラスメートなど何人かの生徒と親しくなることができた。
畑も順調で、ヘビの玩具投げもだいぶうまくなってきている。
きたるべく破滅フラグへの準備は着々と整ってきている。
ただ、今後の展開を左右するであろう、肝心のマリアと攻略対象達の恋の進展具合がまったくわからないのが、唯一の困りごとといえよう。
いくら、マリアに意中の人を聞いても『カタリナ様をお慕いしています』とはぐらかされてしまう。
しかも、マリアにはモテている自覚がまったくない。
「生徒会の男性たちはきっと皆、マリアの魅力で、夢中になっているわよ」
と教えてあげようとしても。
「それは、絶対にありえないです。皆さんにはすでに夢中になっている方がいらっしやいますから」
マリアはとても驚いた顔でそんな風に言うのだった。
攻略対象である彼らが、こんなに魅力的な主人公マリアを差し置いて、夢中になる人などいるはずがないのに……
マリアはしっかりしていると思っていたが、そこは乙女ゲーム主人公の特性である『鈍感』と『勘違い』が発動しているらしかった……
この間、マリアとのことで探りをいれたキースも『僕の思う人は、すごく鈍感だから』とため息交じりに漏らしていたから、マリアの鈍感さはかなりのものなのだろう。
これは攻略対象達もさぞかし苦労しているのだろうな……
そうして、恋の進行状況こそわからないが、それ以外は実に順調で、穏やかな学園生活を送っていたのだが…
それは唐突にやってきた。
遂にゲームが動き出してしまったのだ……
だいぶ寒さを感じるようになってきたある日のお昼休み、私はクラスメートの何人かと食堂へと向かった。
いつもなら、生徒会メンバーである友人達や義弟も一緒なのだが、その日は皆、用事があり後から行くと言われたのだ。
思えば、その辺りからいつもと違っていた。
生徒会のメンバーである友人たちはそれなりに忙しくて、時折、お昼休みにも仕事があることがあったが……
それでも、それが全員であったことなど、今までなかったのだ……
しかし、その時の私はそんなこと少しも疑問に思わず、今日のお昼の献立のことで頭がいっぱいだった。
そうして、何にも気が付くことなく、呑気に食堂を訪れた私に―――それは起こった。
「カタリナ・クラエス。あなたに大事な話があるの」
食堂に入った私の前にそう言って立ちはだかったのは、それなりに高位な貴族のご令嬢であった。
彼女は、ジオルド王子が私と婚約する前に、一番の婚約者候補だった令嬢で……いつも一方的に睨まれ口を叩かれるだけの関係で……正直、まともに口を聞いたことなどなかった。
しかし、やや吊り上った目に薄めの唇の彼女は、私と同じ悪役顔の系統で、なんとなくその顔に私は仲間意識を持っていたのだが……
その悪役顔の彼女がつり上がった目をさらに吊り上げ睨みをきかせながら、私の前に立ちはだかったのだ。
私は訳が分からずに目を丸くするしかなかった。
そして、そんな彼女の後ろには、十数名の生徒達が従い、やはり彼女と同じように私を睨みつけている。
それは、やはり、彼女と同じようによく一方的に憎まれ口を叩いてくる人々であった。
しかし……どこかで見たことのある光景な気がする。
「カタリナ・クラエス、私たちは今日、この場であなたの悪事の数々を公のものとするわ!」
私の前に立った令嬢が食堂内に響き渡る声で大きな声でそう言った。
昼食時の食堂は学園の半数以上の者達が集まっていたが……
そう響いた大きな声に……それなりに騒がしかった食堂はいっきに静まりかえり、食堂にいる人々の視線が私たちに集まった。
そのことに気をよくしたのか、令嬢は薄い唇をくっと引き上げる。
そんな中、私はというと……正直、まったく訳が分からず、ただ茫然と固まっていた。
私の悪事って……なんだ……
ヘビの玩具を投げていること?いや、でもあれは人に投げつけているわけではないし……特に迷惑をかけてもいないと思うのだが……
それとも学園内に畑を作っていることがばれた?由緒ある学園に畑なんて……ということかしら?
そうして、ぐるぐると思考を巡らす私の様子にかまうことなく、令嬢は続ける。
「あなたは、公爵家の令嬢であり、ジオルド王子の婚約者であるその権力を振りかざし、身分の低い者たちを虐げてきた!そして、ジオルド王子や生徒会の方々と懇意にしている光の魔力保持者であるマリア・キャンベルに嫉妬し犯罪まがいの嫌がらせを繰り返している!」
「……!?」
その彼女の台詞で、私は思い出した……見たことがあると感じるはずだ。
これはゲームの中で何度か目にしたカタリナ・クラエスの断罪イベントであり……
ここで多くの生徒達の前で罪を公にされたカタリナは破滅へといざなわれるのだ……
あんなに警戒していたのに、まさか突然、こんな風に窮地にたたされるとは……
私は茫然と、目の前に立つ令嬢たちを見つめた。
皆、険しい顔で私を睨んでいる。
しかし……どうも腑に落ちない…
確かにこれはどうみてもあのゲームのカタリナ断罪イベントであるのだが……
本来、こうしてカタリナを断罪するのは、攻略対象達を含む生徒会メンバーであったはずなのだ。
ジオルドルートなら、ジオルドがマリアを守るように立ちはだかり……
キースルートなら、キースがマリアを守るように立ちはだかるはずなのだが……
今、ここにその姿はない……
ひたすら混乱する私に、なぜかゲームの生徒会メンバーの立ち位置にいる令嬢が高らかに告げる。
「とぼけても無駄よ!こちらにはちゃんとした証拠もあるし、証人もいるのだから!」
そうして彼女は、紙の束を掲げ、傍に控えていた同じように私を睨みつける令嬢を示す。
掲げられた紙には、私にはまったく身に覚えのないマリアへの嫌がらせの数々に……私が行ったとされる証拠が書かれており、証人だと言う令嬢は私がマリアに嫌がらせをしている場面を何度も見たと証言した。
次々と色々なことをたたみかけられ、私はもちろん、一緒に来ていたクラスメートたちも茫然とし、食堂にはなんとも言えない不穏な空気が流れた。
食堂に集まった人々は皆、固唾を飲んで私達の動向をうかがっていた。
そんな時だった……
マリアと幼馴染の友人達、生徒会メンバーが食堂に現れた。
私が入ってきた入り口とは反対方向の入り口から現れた彼らは、必然的に私と反対に位置する令嬢達の側に歩み寄る形になる。
「これは、一体何事ですか?」
不穏な空気の中、対峙する私と令嬢たちに怪訝な目を向け、ジオルドが口を開いた。
それに対し、待っていましたとばかりに、私と対峙していたジオルドの元婚約者候補の令嬢が、先ほどと同じように私の悪事の説明をはじめた。
私の前に立つ、生徒会メンバーである幼馴染の友人達とマリアの顔が険しく歪む。
ああ、これこそゲームのカタリナ断罪イベントそのものだ……
そこではカタリナの悪事を暴くのはジオルドか、キースだったけれど……
その二人の背に守られるように佇むマリアの様子は、まさにゲームの中で見たままだった。
ゲームのシナリオでは、攻略対象がカタリナの悪事を暴いた後、それまで背に隠れていたマリアが強い意志を宿した瞳で前に進み出る。
そして―――
『この話は事実です!私はずっとカタリナ・クラエス様にこのような嫌がらせを受けています!』
凛とした態度でそう宣言するのだ。食堂に集まった人々はマリアのその内に秘めた強さと凛々しさに感嘆する。
令嬢達によるカタリナの悪事の暴露がおおよそ終わると――
まさにゲームのシナリオ通りに、マリアがすっと前に出てきた。
前世の記憶を取り戻した私は、ゲームのカタリナとは違い、悪事など働いていない……
それなのに……本当にゲーム通りになってしまうのだ……
……このままいけば私はもれなく破滅のルートをたどる……
……身一つで国外に追放されるか……攻略対象に殺されてしまう……
ポケットにヘビの玩具はいれてきていただろうか……
国外追放になったら、愛用の鍬を持っていけるだろうか……
進み出たマリアはゲームの時と同じで強い意志を宿した瞳をしていた。
そしてマリアがその口を開く―――
「この話はまったくの出鱈目です!私はカタリナ・クラエス様にそのような事をされたことなど一度もありません!」
その凛とした声は、食堂に響き渡った。
そして、マリアはくるっと向きをかえ、私を庇うように令嬢達に向き合うと。
「このような出鱈目な話で、私の大切な方を侮辱しないでください!」
今まで聞いたことのないような厳しい声をあげた。
そんなマリアに、最初こそ驚いて固まっていた令嬢達だったが、すぐに調子を取り戻した。
「何をいっているの!マリア・キャンベル!私たちはあなたのためにこうしてカタリナ・クラエスの悪事を暴いてあげたのよ!」
「そうよ!それに出鱈目なんかじゃないわ!こうしてちゃんとした証拠も、証人もそろっているのよ!あなたのほうこそこの悪女に騙されているのではないの!」
令嬢たちはそう言って、次々にまくしたてたのだが……
「こんな状況証拠だけ挙げ連ねて、ちゃんとした証拠とは笑ってしまいますね」
紙の束を手にしながら、そう言ったのはジオルドだった。
そして笑ってしまうなどと言いながら、その顔はまったく笑っていない……無表情。
これが、無表情がデフォルトのニコルならばなんてことなかったが、何せいつも笑顔のジオルド王子……
その無表情と、うちからあふれ出る威圧的雰囲気に先ほどまであんなに騒がしかった令嬢達もすっかり怯えた様子で口をつぐんだ。
「そもそも、ここに書かれたような緻密な嫌がらせなんて、単純な姉さんにできるはずがないよ。だいたい、僕はほとんど姉さんと一緒に過ごしてるけど、証人と名乗る彼女たちを見かけたことなど一度もないのだけど……本当に姉さんがこんな嫌がらせをしている所を見たの?」
紙に目を通しながら、キースが見たこともない冷たい笑顔を浮かべて、証人と名乗った令嬢を見ると彼女は『ひっ』と声をあげ後ろへと引っ込んだ。
「本当に!カタリナ様がこのようなことやるはずがありません!キース様の言われる通り、カタリナ様はとても単純な方です!こんな緻密な計画立てられません!」
険しい顔のメアリがそう言えば、続いてアランが口をひらく。
「まったく、その通りだ!この馬鹿は、そもそもこんな緻密な嫌がらせなどできない!馬鹿だからやるとしたら真向勝負しかできんのだ!」
ソフィアとニコルもそれに同意を示す。
「そうですわ!カタリナ様は裏で動くとか、そんな器用なことなどできませんわ!カタリナ様にそんな器用さありませんから!」
「……その通りだ」
……なんか、皆おそらく庇ってくれているんだけど……
なんだろう……貶されている気もするのだけど……
そうして、友人達が声を上げてくれると―――
一緒に食堂にきたクラスメート達も『そうよ!カタリナ様がそんなことするはずがないわ!』『カタリナ様が嫌がらせなどありえないわ!』と次々に声を上げてくれた。
その声は次第に大きくなり、食堂のあちらこちらから上がり始める。
そして―――
「皆さんの言われる通りカタリナ様がこんな嫌がらせをすることなどありえません!確かに私はこの紙に書かれているような嫌がらせを受けたこともあります。でも、それをしたのはカタリナ様ではありません!むしろカタリナ様は何度も私を庇ってくださいました!そして、この嫌がらせを本当にしてきた人たちを私はちゃんと覚えています!なんなら、ここでどなただったか申し上げてもいいですが」
いつも穏やかで優しい姿とはまるで別人のように、凛々しく勇ましくマリアがそう告げると……
食堂に集う人々の何人かが顔色を変える。
その中には私に対峙していた令嬢達も何人か含まれており、彼女たちは深く顔を伏せた。
明らかな劣勢……もはや何も言えなくなった令嬢達は、最初の勢いが嘘のように小さくなり、そそくさと食堂を去っていった。
そして、あまりの出来事にずっと言葉を失っていた私の横にマリアが寄り添ってくれた。
「カタリナ様、大丈夫ですか?」
とても心配そうな顔で覗き込まれ、私は大きく頷く。
「うん、大丈夫。………あの、皆ありがとう」
私は友人達と、そして他の私を庇う声をあげてくれた人たちにお礼を言う。
「いいえ。むしろ、すぐに助けに来れなくて、すみませんでした」
「遅くなってごめんね。姉さん」
ジオルドとキースがそっと肩に手をかけてくれた。
気が付けばずっと張っていた肩の力がゆっくり抜けていく。
そして『ぐ~』と壮大にお腹がなる。
昼食が延びて私の空腹が限界を迎えていたのだった。
「それにしても、まさかあの令嬢達が、カタリナにこんなことをするとは思いませんでしたね」
「そうですね。確かにあの方たちは姉さんを目の敵にしていましたけど……ここまでのことをする行動力があるようにはとても思えなかったので……」
「そうだな。こんなのでも一応、公爵家の令嬢だ。侮辱したとなれば……色々、立場も危うくなる。そうまでして行動を起こすタイプには見えなかった」
「それに、この証拠も……とてもあの方達が用意したとは思えませんわ。あまりにもうまく作られ過ぎていますわ」
「確かに、メアリ様の仰る通り、あの方たちには、ここまでしっかりした証拠書類を準備できるとは思えませんわ」
「……俺たちが全員、何らかの用で呼び出されていたこともおかしい……」
ようやくありつけた昼食をとりながら、友人達が難しい顔をしてなにやら話をしていたが……
私は断罪イベントを乗り切り、破滅ルートを回避できた喜びで浮かれていた。
正直、乙女ゲームの終了は来年の春前の卒業式までなので、まだまだ安心はできないが……
それでも最大のピンチを皆のお蔭で見事に乗り切ることができた。本当に良かった。
こうして、浮かれまくる私は、その時マリアが一人、何かを考え込んでいたことにまったく気が付かなかった。
そうして、昼食が終わり教室へと戻ろうとなった時、マリアが口を開いた。
「少しだけ行っておきたい所があるので、皆さん、先に戻っていてください」
「一緒に行こうか?」
嫌がらせはだいぶ沈静化したようだったが、なんとなく心配だったのでそう聞いたのだが――
「いいえ、たいした用事ではないので、一人で大丈夫です。皆さんは先に行っていてください」
きっぱりと断られてしまった。
お腹の調子が悪くなってトイレにでも行くのかな?
それだとあんまりしつこく食い下がらないほうがよいだろう。
「うん。わかった。授業までそんなに時間がないから早めに戻ってくるんだよ」
「はい」
マリアは笑顔で返事をすると、教室とは反対方向に駆けていった。
その後、私はこの時にマリアと一緒に行かなかったことを深く後悔することになる。
早めに戻ってくると言ったマリアはその後、いつまでたっても教室に姿を見せなかった。
具合が悪くなって医務室に行ったのかもしれないと確認したが、そこにも姿はなかった。
そして、その後、どこを探してもマリアをみつけることはできなかった。
あの昼休みの別れを最後にマリア・キャンベルは姿を消してしまった……




