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特別な子と呼ばれて

すみません、だいぶ長くなってしまいましたm(__)m

マリア・キャンベルと言うのが私の名前だ。

でも、私をこの名前で呼ぶ人は少ない。

皆、私をこう呼ぶのだ『光の魔力を持つ特別な子』と。



国の中心から少しだけ離れた小さな町で育った私が、光の魔力を発動させたのは五つの時だった。


一緒に遊んでいた友人が転んでしまい、その拍子に足に傷ができた。

ぱっくりと開いた傷はとても痛そうだった。

治してあげられたらいいのにと思いながら、私はそっとその傷に触れた。

すると、突然、私の手から眩い光が溢れでて、その光に触れた傷はみるみる消えていった。


光の魔力は癒しの力、傷や病気を治す。


しかし、当時の私にはそんなことはわからなかった。

貴族の家に生まれていれば、ある程度、魔力について学ぶ機会があったかも知れないが……

うちは普通の平民の家庭だった。

だから、まだ学校にもあがっていない私はそもそも魔力という存在すら知らなかったのだ……



そして、それは私が傷を治した友人も同じだった。

突然、私が手から光を出した。

しかもその光に包まれた傷が消えていった。


目の前で起こったできごとに友人は驚愕し、恐怖した。

彼女は悲鳴を上げると、私を押しのけて逃げていった。


すっかり混乱した私は、母親が心配して探しにくるまで、茫然とその場に座りこんでいた。


その後、やっとの思いで母親にその出来事を話すと、すぐに町の役所に連れていかれた。


そして、私は国による審査を受け『光の魔力保持者』と認められたのだった。




魔力が発動するまでの私は、どこにでもいる普通の子供だった。

家は特別お金持ちではなかったけど、たくましく頼もしい父とお菓子作りが趣味の優しい母と幸せに暮らしていた。

強いて特別をあげるなら、優しい母は町で一番と言われるほどの美人で、その母に良く似た私は、父はもちろん町の皆にも可愛がってもらっていた。


だけど……私が『光の魔力』を得てしまったことで、すべてが変わってしまった。


この国の魔力保持者のほとんどが貴族であり、平民が魔力を持つことはほとんどない。

それでも稀に魔力を持って生まれる者もいた。

しかし、そういった者のほとんどは貴族のお手付きになった女性が産んだ子供だったのだ。


そのため、私が魔力を持っていると分かった時……母の不貞が疑われた。

私が母には良く似ていたが、父にはあまり似ていなかったことも原因だったのだろう。


特に母は町で一番といわれるほど美しい女性だったので……どこかで貴族のお手付きになっていたのではないかという噂も流れはじめた。


もちろんそんな事実はなかったのだが……


小さな町に噂はあっという間に広がり、家族仲はぎくしゃくするようになった……


やがて、いつも仕事が終わるとすぐに帰ってきて、母や私の話を楽しそうに聞いてくれていた父はあまり家に帰ってこなくなった。

そして、いつも笑顔だった母はすっかり無表情になり、俯いてばかりいるようになった。

あんなに好きだったお菓子作りも、まったくしなくなってしまった。


………私が魔力なんて持っていたから……


そして、変わったのは家族だけではなかった。

あんなに親しくしてくれていた町の人たちも、気が付けばどこか遠巻きなり、それまで仲良くしていた友達も、私と一緒に遊んでくれなくなった。


どこかの貴族の隠し子かもしれない、魔力というほとんどの平民が持たない異質な力を持つ子供。


平穏を生きる小さな町の人々にとっては容易には受け入れられない存在だったのだろう……



こうして、光の魔力を手にした私は――

皆から煙たがられ、怖がられ、避けられる存在になった。



それでも私は……仕方ないと諦めることができなかった。

父に戻ってきて欲しかった、母に顔を上げて笑って欲しかった、もう一度、友達と遊びたかった。


だから、私は努力した。

家事を積極的に手伝い、決して我儘は言わず、勉強も必死に学んだ。


必死に、私が頑張れば、いい子にしていれば、いつかまた元のような幸せな生活に戻れるのではないかと信じて……



そうして、気が付けば『マリア・キャンベルは特別な子』と皆に一目置かれる存在となっていた。


通いはじめた近所の学校でも色々な代表に選ばれ、教師からは素晴らしく優秀な生徒だと賞賛された。




それなのに……相変わらず、父は家に帰ってこず……母は私から視線をそらすようになった。


そして、他の子供たちも、誰も一緒に遊んではくれなかった。

無視されたり、苛められることこそなかったが、誰も一緒に遊んではくれなかった。


必死に頑張り続け『特別な子』と呼ばれる存在になっても、何も変わらなかったのだ。


それどころか『貴族の隠し子だから何か裏でズルをしているんだ』『魔力を使ってズルをしているのだ』と陰口を叩かれた。


どうやったら、昔のように皆と仲良くできるのか……いつも考えていた。

そんなある日、クラスメイトの女の子が学校に手作りのお菓子を持ってきて、皆がとても喜んで食べている光景をみた。


私もあの子のように皆に手作りのお菓子を振る舞えば、少しは仲良くなれるだろうか……

魔力が発動する前は、よく母と一緒にお菓子を作った。

母と一緒に作ったお菓子はそれは美味しかった。


その日、家に帰ると私は、母に教えてもらったことを思い出しながら、初めて一人でお菓子を作った。

できたお菓子は、母と作った時ほどにうまくは、できなかったが、とても懐かしい味がして、食べると胸がほっこり暖かくなった。


そうして、私はお菓子作りに励み、ようやくうまく作れるようになると、そのお菓子を学校へ持っていった。


そして、以前にクラスメイトがしていたように、お昼休み、皆の食事をしているテーブルにお菓子を置いて勧めた。


だけど……そのお菓子は、誰にも手を付けてもらえなかった。

お昼休みが終わり、皆が席に戻ってから、まるまる残ったお菓子をそっと鞄にしまった。


放課後、皆が帰り一人になった教室で、鞄からそのお菓子をとり出して口に運んだ。

いつもは食べると元気がでるはずのお菓子だったのに……ポロポロと涙が溢れて止まらなかった。


そうして、お菓子を全部、自分で食べて、家へ帰るとそのまま寝室で布団にくるまった。


母が『夕食はいらないの』と事務的な声で部屋のドア越しに聞いてきたけど『今日はお腹いっぱいだから』と答えると『そう』とそっけなく呟き去っていった。



学校の先生、同じ学校の子たち、町の人達、そして家族、皆が私を『特別な子』と言う――


その『特別』は『異質』と言う意味だった。


頑張っても、頑張っても、やはり私は煙たがられ、怖がられる存在のままだった……


『光の魔力を持つ特別な子』そんな呼び名で呼ばれたくない!


貴族の隠し子なんかじゃない……魔力でズルなんてしてない……

只、必死に……皆に認めてもらえるように只、頑張っているだけなのに……


誰も私を見てはくれなかった。

母親にさえ目をそらされてしまっている。


誰でもいい……誰でもいいから、誰か……私をみて……只のマリア・キャンベルをみて……



………十五歳になると、魔力を持つ者は必ず魔法学園に通うことが国の法で決められている。


魔法学園……そこにいけば、皆が魔力を持っている――

そこならば、私は普通の子になれるかも知れない


そこにいけば……もしかしたら、友達になってくれる人が現れるかもしれない……



暗い部屋の中、ベッドでまるくなった私の胸に湧いた希望……


魔法学園に行ったらきっと―――








そうして、長年の希望を抱いて入学した魔法学園だったのだが、入って早々に私の希望は打ち砕かれた。


魔法学園の生徒は皆、貴族の子息、令嬢であり平民である私は、もうそれだけでとても異質なものとされた。


それに、元々魔力をもっていない平民の人達の中では、あまり意識したことがなかったが、『光の魔力』というのは魔力のなかでも稀有なものであり、魔力保持者の中でも異質なものだったのだ。


結局、こうしてさらに『異質』の要素が増えた私に、友達なんてできるはずもなかった。

それどころか、平民であるのに光の魔力をもっているのが、生意気であると嫌がらせも受けるようになってしまった。


それは、町で暮らしていた時と変わらない、むしろより辛い日々だった。


それでも……頑張っていれば…いい子にしていれば……と必死に努力した。


そうして、入学してから、数週間が過ぎた頃に、魔力と学力のテストが行われた。

必死に勉強したお蔭で、どちらのテストでもよい成績を収めることができた。


そして、その結果から私は生徒会のメンバーとなった。


一緒に選ばれた他のメンバーは町で普通に暮らしていたら一生、話すこともないほどの身分の方々だった。

そして二年の先輩にあたる方々もそれは同様だった。


そんな中で、初めこそかなり萎縮していた私だったが、メンバーの方々はその身分では考えられないほど、気さくで素敵な人たちだった。


特に、同じ学年のメンバーの方々にそれは好かれており、生徒会のメンバーではないが生徒会室への出入りを許可されている、公爵家令嬢のカタリナ・クラエス様――

彼女は平民の私に対しても他の貴族の方々とまったく同じように気さくに暖かく接してくれた。


学園の中で、生徒会室だけが私の心休まる場所だった。







「キャンベルさんはお菓子を作ってもってこられないんですか?」


カタリナ様がそんな風に訪ねてきたのは、ある放課後の生徒会室でのことだった。

その、突然の問いに私は思わず、固まってしまった。


「……あの、なぜ、私がお菓子を作っていると知っていらっしゃるのですか?」


確かに、私はあの時からお菓子作りを続けていた。

母のレシピで作ったお菓子を食べると、母との楽しい思い出を思い出すことができて、すこしだけ元気になれた。


この学園にきてからも嫌なことや辛いことがあると、食堂の調理場の片隅を借りてお菓子を作った。

しかし、それはあくまでこっそりとしていることだった。

もちろん、生徒会室でもそんな話をしたことはない。

それなのに、なぜ、カタリナ様が知っているのだろうか?

不思議に思い、カタリナ様を見つめていると。


「え~と、そ、その食堂のおばちゃんにそのような話を聞いて……」


そんな答えが返ってきた。

確かに、料理人さんたちに特に、内緒にしてくれと頼んではいないので、そのような話が噂になったのかもしれない。


「……クラエス様の聞かれた通りで、確かに食堂の調理場をお借りして自分用に少しお菓子を作っていますが……でもそれは、とても皆様にお出しできるほどのものではないので……」


私はテーブルに置かれた高級菓子を見つめる。


今までの生活でお目にかかったこともないような高級そうなお菓子……こんな素晴らしいものを食べている人たちに、とても私の作った安っぽいお菓子なんてだせっこない……

そうして俯いた私に――


「私、料理人さんの高級お菓子も好きだけど、手作りお菓子もとても好きなの」


カタリナ様が言った。


「え、クラエス様が手作りのお菓子を召し上がるんですか?」


私はとても驚いた。貴族の方々は基本料理をしないと聞いていた。

そのため、お菓子も職人が作ったものを食べるため、素人の手作りなど食べることはないと思っていた。


「ええ。屋敷のメイド頭さんが、お菓子作りが趣味で、よくおすそわけをいただいていたの。

学園にきて、あのお菓子の味が恋しくて、もし迷惑でなければキャンベルさんが作っているものをちょっぴりでいいので分けてもらえたら嬉しいのですけど、材料費もあるでしょうから、お金もちゃんと払わせてもらうから」


そう言ってカタリナ様は愛らしい笑顔を私に向ける。


「とんでもない!お金なんていただけません!材料だって学園の調理場であまったものをいただいているだけなので!………本当に素人の趣味で作っているだけのものですので、クラエス様のお口にあうかどうかわかりませんが……近いうちに作って持ってきますね」


その愛らしい笑顔に押され、不相応とはわかりながらもつい承諾してしまった。

そんな私に――


「ありがとう」


カタリナ様がもう一度、優しく微笑んでくれた。



もしかしたら、カタリナ様は私に気を使ってくださったのかもしれない。

いつも一人ぼっちの平民が、調理場で一人お菓子を作り、それを一人で食べているという噂を聞き……同情してこんな風に言ってくれたのかもしれない。

カタリナ様はとっても優しくて素敵な方だから……


気遣われただけかもしれない、社交辞令かもしれない……


でも……はじめてだったのだ……私の作ったお菓子を食べたいと言ってもらえたのは……


私はすっかり浮かれてしまい、寮に帰るとその夜さっそく調理室でお菓子を作った。

誰かのためにお菓子を作るのは、あの日、泣きながら一人お菓子を食べきった時以来だった。




翌日の放課後、生徒会室に向かう前に、寮の調理場におかせてもらっていたお菓子を温めなおした。

カタリナ様に少しでも美味しく食べてもらいたかったからだ。

そして、温めたお菓子をバスケットにいれて、生徒会室へと向かった。


その途中で――それは起きたのだった。


寮から学舎へ向かう道で、私は数人の女生徒に声をかけられた。

それは高そうな煌びやかなドレスをまとった彼女たちはおそらくかなり高位の貴族の令嬢であるとわかった。


「少し話があるの」


そう言われ、強引に林の方へと連れていかれた。

道から外れた林につくと令嬢達は『平民風情が!』と私に罵りを浴びせ始めた。


学園に入ってから何度かこういうことはあったので、私は黙って令嬢たちの怒りが落ち着くのを待っていた。

すると……


「これはなんですの?」


令嬢の一人が私の抱えるバスケットに興味を示した。


「……あ、これは……生徒会の皆さんへ差し入れで作ったお菓子で……」


突然の問いに、私は思わず素直に答えてしまい……

そして、すぐに自分のうかつさを後悔した。


その私の答えを聞いた令嬢たちの顔色が目に見えて変わったのがわかった。

顔を真っ赤にした令嬢たちからは先ほどとは比べものにならない程の怒りが感じられた。

やってしまった……

自分の不用意な発言が令嬢達の怒りをさらに大きくしてしまったのだ。


そして―――

『バシン』と大きな音が響き、抱えていたバスケットが一人の令嬢の手によって地面に叩き落とされた。

落ちたバスケットから、コロコロとお菓子が転がり落ちていく。


「光の魔力を持っているというだけでチヤホヤされて、いい気になっているんじゃないわよ!こんな平民が作った貧相な物を生徒会の方々に食べさせようなんて、不相応にもほどがあるわ!」


そう叫んだ令嬢が、今度は、地面に落ちたお菓子を踏みつけようと足を上げる。


それまでとは比べものにならないほどの激しい怒りをぶつけられた私は、茫然と目の前でおこる光景をみつめていた……その時だった―――


「やめなさい!」


突然、響いた凛とした声。

背に流れる美しい茶色の髪、澄んだ水色の瞳、その声と同じ凛とした姿―――


なぜ、こんな所にいるのだろう、放課後はいつも生徒会室にいるはずなのに……


そしてその人は、まるで私を庇うかのように、すっと前に立った。


「……カ、カタリナ・クラエス様……」


今、まさにお菓子を踏みつけようとしていた令嬢が茫然と呟いた。


私もとても驚いたが、私を囲んでいた令嬢たちはもっと驚いたようだった。

目を見開き固まってしまっていた。


「あなたたち、一体何をしているの!」


そして、カタリナ様が厳しい声をあげると令嬢たちは途端に真っ青になる。


それもそのはずだ。

クラエス公爵家のご令嬢であるカタリナ様は、国の第三王子であり婚約者のジオルド様をはじめ、学園中の憧れである生徒会の方々がとてもとても大切にされている方で、またその朗らかな人柄から密かに慕っている者もかなり多い方なのである。


そんな、カタリナ様の不興をかえば、学園はおろか、国にすらいられない状況に陥いることだって考えられる。


そして、先ほどまでの剣幕が嘘のように大人しくなった令嬢たちは―――


「申し訳ありませんでした」


そう言ってカタリナ様に頭を下げると……まるで競争をしているかのように我先にとすごい勢いで走り去っていった。


そんなあまりに急な展開についていけず、私は茫然としばらく立ち尽くしていたが……

そういえば、生徒会室にいかなくてはいけないのだったと思い出した。


作ったお菓子を持って生徒会室に向かう予定だったのだ……

そして、お菓子がもう私の手の中にないことも思い出した。


私が作ってきたお菓子は、すべて地面の上に転がっていた。

ああ、これではとても生徒会室に持ってなどいけない……


いつかのあの日を思い出した。

誰にも食べて貰えず、机の上にポツンと残っていた手作りのお菓子……

どんなに頑張って作っても無駄なのだ……誰にも食べてもらえない……


立ち尽くす私の代わりに、カタリナ様が落ちたお菓子をバスケットに拾ってくれていた。


それに気が付いた私は慌てた。

カタリナ様に地面に落ちたものを拾わせてしまうなんて……

そして、声をかけようとした時……


カタリナ様が地面から拾ったお菓子をパクリと口に入れた。

そして――


「……美味しい」


そう言って、微笑んだのだ。


地面に落とされたお菓子……

あの日と同じように自分で処理しなければならないと思ったそれを――


カタリナ様は美味しいと笑って食べてくれていた。


……あまりの衝撃的な出来事に私は目を見開き、カタリナ様をただ見つめていた。


そして、すべてのお菓子を食べ終わったカタリナ様が顔を上げた。

その澄んだ水色の瞳と視線がぶつかった。

すると―――


「あ、あの、つい調子にのって全部食べちゃって……ごめんなさい」


突然、頭を下げられた。しかも、なぜか『食べた』ことを謝られた。


「あ、いえ。それは構わないのですが……あの地面に落ちてしまったものでしたので……」


戸惑う私にカタリナ様がどこか得意げな顔で言った。


「落ちたのは芝生の上だったし、ほとんど汚れてなかったから問題ないわよ」


あんまりきっぱり言われて、なんとも返しようがなく私は少し困った笑みで返した。


「……そ、そうですか」



そして、カタリナ様はこれでもかと思うくらいに私の作ったお菓子を褒めてくれた。

そんな風に褒めてもらったのは、初めてで、うれしくて恥ずかしくて、顔が熱くなっていた。


そうしていると学舎の方から生徒会のメンバーであるジオルド様がやってこられた。

生徒会の会議に、いつまでこない私を探しにきてくれたとのことだった。


バスケットを抱え込みしゃがみ込むカタリナ様と、頬を赤くして立ち尽くす私に、怪訝な目を向けるジオルド様に『偶然、カタリナ様にお会いして、お話しをさせていただいていたんです』と説明をした。


嫌がらせをうけていたことを知られて余計な心配をかけたくなかったのだ。

そして、そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、カタリナ様も話を合わせてくれた。


ジオルド様と一緒に生徒会室に戻っている途中にも、なかなか顔にのぼった熱が引かない私に―――


「あれは、凄まじいタラシだから気を付けたほうがよいですよ」


ジオルド様が意味深な笑顔でそう言ったけど……一体、なんのことだかよくわからなかった。



それからの私は、ほとんど毎日のように手作りお菓子を生徒会に持参し、そのたびにカタリナ様はそれを喜んでくれた。






カタリナ様に庇ってもらってから、嫌がらせも少し落ち着いていたので、すっかり油断していた頃に、それはおきた。


ある日のお昼休みのことだった。


学園の学舎の食堂は、たくさんの貴族の方々が通っているだけあって、とても大きく立派である。

そして、学園の生徒である貴族の方々の多くがそこで昼食を食べている。


学園の寮は、その身分ごとにいくつかの棟に分かれ、食堂も分かれているため、平民の私でも普通に利用できるのだが……学舎の食堂は一つであり、高位な貴族の方たちが大勢、利用されている。


そのため、平民である私は気後れしてしまい、とても利用できず、私は寮で自分用にお弁当をつくって持参し、一人中庭などで食事をしていた。


そして、その日もいつものように、学舎中庭の外れに置かれた小さなベンチに腰を掛けて、お弁当を開こうとした。


その時だった。

気が付けば、また見覚えのない令嬢たちに囲まれてしまっていた。


「平民のくせに、少し光の魔力を持っているからって、生徒会に選ばれて、調子に乗ってるんじゃないわよ!」

「光の魔力を持っているからって特別扱いされて、それで仕方なく相手をさせられている生徒会の方々も本当にお気の毒だわ!」

「そうよ!どうせ、学力のテストだって魔力が特別だから贔屓されたに決まっているわ!」


私を囲んだ、令嬢たちは口々に罵りの言葉を浴びせてきた。

私はまたいつものように黙って、彼女達の怒りが落ち着くのを待った。


彼女たちの言葉は……

ここにきてから……いや、今までずっと言われてきたことだった……


『光の魔力を持っているから』

その魔力を発動したその日から、ずっとずっと私についてきた言葉……


どんなに私自身が頑張っても……すべては『光の魔力を持っているから』なのだと言われてしまう……


欲しいのならば、誰かにあげられるのならば、喜んで差し出すのに……


こんなものいらないのに……私はただ……



罵りを浴びながら、そんなことを考えていた時だった。


おもむろに一人の令嬢が手を掲げた。

その手には赤く燃える炎が揺れていた。


今までも、何度か頬を打たれたり、足を踏みつけられたりという嫌がらせを受けたことがあったが……

このように魔法を使われるのは初めてだった……


真っ赤に燃える炎には現実味がなくて、私はまるで別の世界のできごとのようにぼんやりとそれを見つめていた。


そして、炎を掲げた令嬢が私に歩み寄ってきた、その時だった。


また、あの凛とした声が聴こえたと思うと、炎を掲げ、私の所へ歩み寄ろうとしていた令嬢が、目の前でひっくり返り尻餅をついていた。


そして、気が付けば、また、あの凛とした背中が私の前にあった。


「一体、何をしているの!!そもそも、光の魔力を持っているから贔屓されてるなんて、言いがかりもいいところだわ!この学園は完璧な実力主義であって贔屓なんて存在しないわ!それに、マリアちゃんは、それは努力してるのよ!テストはその努力の成果なのよ!」


以前のように私を庇うように立ち、カタリナ様はそう言った。


そうだ、カタリナ様の言うとおり、私はずっとずっと努力し続けてきた。

テストもズルなどしていないのだ……ただ必死に頑張っただけだ……


でも、そのことに気付いてくれる人なんて誰もいなかったのだ……いないと思っていた……

それなのに……この人は、カタリナ様は気が付いてくれた……


私は目を見開きカタリナ様のその凛とした背を見つめた。

そして、茫然とする私の前で、カタリナ様がさらに続けた。


「それに、生徒会の皆も私もマリアちゃんが光の魔力を持っているから一緒にいるんじゃないわ!努力家で、何にでも一生懸命なマリアちゃんが好きだから一緒にいるのよ!」


その言葉に目じりが熱くなり、涙が頬を伝っていた……


光の魔力を持ったその日から、皆から特別という呼び名で、異質なものとして扱われてきた。


どんなに努力を重ねて成果を出しても、特別な力があるのだから当たり前だ、ズルをしているのだ、と言われ続けてきた……


皆が『光の魔力をもつ特別な子』として私をみた……

誰も私をマリア・キャンベルという一人の人間として見てはくれなかった……



なのに……カタリナ様は―――

私が努力していることに気が付いてくれた……

光の魔力を持っている子だからでなく、マリア・キャンベルだから好きだと……一緒にいたいと言ってくれた……


まるで、ずっと貯めていたダムが壊れてしまったのではないかと思う程に涙がとめどなく流れ続けた。


カタリナ様は、ボロボロと涙を流し続ける私に近寄り、そっと背をなで言ってくれた。

その優しい手の温もりに、先ほどから感じていた疑問がぽつりと口から洩れてしまった。


「……あの、クラエス様……私の名前……」


カタリナ様はいつも私のことを『キャンベルさん』と呼んでいた。

でも、先ほどから『マリアちゃん』とファーストネームで呼んでくれていたのだ。


「あ、あの、ごめんね。いきなり慣れ慣れしく呼んでしまって……」


そういって慌てた様子のカタリナ様に、私は大きく首を横に振った。


「いえ、全然構いません。むしろ『ちゃん』付けも不要です。私のことはマリアと呼んでください」


そう頼めば、優しいカタリナ様が笑顔で言ってくれた。


「ありがとう。マリア」


そうしてその凛とした声で名前を呼んでもらい、私は勇気を振り絞った。


「あの、その……もしその、許していただけるなら……私も生徒会の皆さんのように『カタリナ様』と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか」


私が決死の思いでそう打ち明けると、カタリナ様はきょとんとした表情になり、そして――


「もちろん、好きなように呼んで貰っていいわよ。だって私達、もう友達なのだから」


優しい笑顔でそう言ってくれた。


こんなに身分の差のある平民の私を友達だと言ってくれた……

やっと落ち着きそうだった涙がまた溢れてきた。


誰でもいい……誰でもいいから、誰か……私をみて……只のマリア・キャンベルを見て欲しい……

ずっと願ってきた……


私がもっと頑張れば……学園に入れば……持ち続けていた希望はことごとくうち砕かれてきた……

この願いはもう叶わないのかもしれないと思っていたのに……


カタリナ様の暖かい手に背をなぜられながら、私は涙を流し続ける。

長年の願いが叶ったその喜びに―――


しばらくして、私の涙も落ち着いた頃に、キース様がカタリナ様を迎えにやってきたので、三人で一緒に食堂に向かった。


カタリナ様に差し出された手に思わず顔が赤くなってしまった私をみて、キース様が『……まさか、また、一体、どれだけタラシ込む気なんだ……』と茫然と呟かれた。

一体、どういう意味だったのだろう。







それから、私は生徒会以外でも、カタリナ様たちと親しくさせてもらっている。

今日も、一緒に授業を受け、そのまま生徒会室にやってきた。


そして、生徒会の差し入れ用に作ってきたお菓子を出すとカタリナ様はとても喜んでくれた。

嬉しくて思わず、にやけてしまった顔がちょっぴり恥ずかしくて目をそらしてしまう。


しかし、そのまま周りを見渡せば、他の生徒会の方々も皆、カタリナ様にとても愛おしいといった目を向けて、笑っている。


ジオルド様たちはもちろん、普段ほとんど表情が変わらないニコル様も微笑んでいる。


そうして、生徒会の皆さんを見ていたのだが……あれ?……

なんだか違和感を感じ、私はもう一度、その人に目を移した。


すると、その人はいつもと変わらない柔らかな笑みを浮かべていた。


……気のせいだったのだろうか……

一瞬、その人がとても冷たい表情をしていたように見えたのだ……


でも、再び目を移したその顔はいつもと変わらない優しい表情を浮かべている。


だから、私は見間違いだったのだと結論づけた。



だって、いつもあんなに優しいその人が、あんな冷たい表情で……カタリナ様を睨んでいるなんて……ありえないことだもの……



「マリア、このお菓子、とても美味しいわ」


なぜ、変な見間違いをしてしまったのだろうと考えこんでいた私に、カタリナ様が満面の笑顔で言った。


また、とっても嬉しくなって、そんな考えもすっと消えてしまった。


明日もこの笑顔を見るために、腕によりをかけてお菓子をつくってこよう!



光の魔力を手にしてから十年、頑張って、願い続けた幸せな日々を――ついに、手に入れることができた。



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― 新着の感想 ―
カタリナが凛としているという事実。産まれや育ちはどうしたってにじみ出ますからね。公爵令嬢なので育ちの良さは隠しようがないから当然ですよね。綺麗で可愛くて、優しくて明るくて、なんて魅力的な主人公なんだ!
ごめん、やっぱり落としたものは食べるべきじゃないと思う。(本音)
[良い点] うーん、やっぱりカタリナ視線もそして別視点も好きだ。前後して読める事でそれぞれのものの見方でその人となりがよくわかって、それぞれがどんどん魅力的になっていく。
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